7、イベントが目白押しの二学期
(1)9月1日
9月1日と言えば、誰もが知っている防災の日である。1923年(大正12年)に発生した関東大震災を教訓に、防災の意識を高めようというのが目的である。ある家では災害に備えて、懐中電灯やラジオ、非常食、自家発電機やモバイルバッテリーなどをそろえていた。
しかし、災害は地震だけとは限らない。ここ近年台風、線状降水帯による大雨、土砂災害、記録的な猛暑、また冬になれば大雪なども発生する地域もある。
それと同時に、もう一つ発生したのは新学期だった。言うまでもなく、担任の先生に通知表と一緒に宿題も提出しないといけないのだが、夏休みにフルに遊び倒した人間にとっては、地獄を味わっていた。担任の先生がみんなの通知表と宿題を回収してチェックしていた時、田代の宿題を見て何か違和感を覚え始めていた。
「田代、ちょっと来てくれないか」
「なんですか、先生」
「これ、お前の字じゃないだろ」
「と、言いますと?」
「数学と英語の字、明らかにお前の字じゃないよな」
「そんなことないですよ」
「なら、ここで数字とアルファベットを書いてみろ」
先生は教卓の上に白い紙と鉛筆を用意して、田代に書かせようとした。
「今、ここで書くのですか?」
「そうだ。やましいことがなければ書けるはずだ。早く書け」
田代は先生に言われるまま、紙に書いてみた。
「明らかに違うだろ。誰に書いてもらったんだ。正直に言え」
「道志さんと早乙女さんです……」
「道志、間違いないか?」
「はい」
「早乙女、お前もか?」
「はい、間違いありません……」
「おまえら二人、今後は田代に協力するな。やっていないのが悪い。それと、田代に関してだが、避難訓練のあと教室に残って補修だ」
「予定では集団下校のはずですが……」
「なら、先生が家まで送るよ」
「遠慮しておきます……」
「遠慮するな」
そう言って、車の鍵を見せた。
「いいなあ。私も宿題やらなきゃよかった」
1人の女子がぼやいたとたん、教室の中は大爆笑。その直後だった。校内に非常ベルが鳴りだし、みんなで一斉に廊下へ出て校庭に行ってしまった。学級委員が点呼をとって、担任の先生に報告したあと、集団下校をし始めたが、田代だけが教室へ残って居残りの補修となってしまった。しかも、よりによって担任の教科担当が数学だったので、理解するのに苦労させられてしまった。
一対一の補修だったので、家庭教師をつけてもらっている状態で続けていた。担任の先生は独身の男性だったが、2人きりっていう空間は妙に緊張していた。一学期に居眠りをしていたツケが回ってきたようだった。宿題にでも出た方程式は田代にとっては、かなりの難問だった。残暑の教室の中はまるでサウナと一緒。一応冷房は作動しているが、設定温度が28度のため、きいてないのと一緒だった。おまけに夏休みボケもあったので、まさに地獄だった。
長い補修(実際は1時間弱)が終わって、田代は駐車場に行って先生と一緒に赤いコンパクトタイプのスポーツカーに乗って帰ることになった。
「中狭いけど乗ってくれよ」
「よろしくお願いします」
田代はボソっと言ったあと、助手席に座り込んで、少し緊張した状態でフロントガラスを眺めていた。
「ちょっとドライブしようか。行きたいところある? あ、でもあんまり遠い場所は勘弁してくれよ」
「先生のおすすめの場所をお願いします」
「おすすめの場所か……」
「例えば知られたくない場所とか」
「知られたくない場所はないけど、おすすめの場所ならあるよ。そこへ行ってみようか」
先生はギヤをDに入れたあと、国道411号線に出て、そのまま甲府の方角へと走らせた。
「ここだよ」
着いたのは、柳沢峠だった。降りてみると眺めは最高だった。
「どうだ、気に入ったか?」
先生は自慢げに田代に言ってきた。
「ちょっとベンチに座って話そうか」
「なんですか?」
急に改まった顔で言うので、田代は少し緊張した表情になってしまった。
「そんなに緊張するなよ。ちょっと話をするだけだから」
それを言われると余計に緊張してしまう。
「実を言うと、先生もお前くらいの時には、夏休みとなれば宿題をやらないで遊んでばかりだったんだよ。『まだ始まったばかり』とか『まだ10日ある』とか言って、ギリギリまでやらないでいて、友達や親に助けを求めていたんだよ」
「先生って、どちらかと言うと優等生のイメージがしました……」
「そんなことない。やんちゃで、まわりの大人を困らせてばかりで、お手上げの存在だったよ」
「そんなふうには見えません」
「それは先生が大人になったからなんだよ」
「そろそろ家に帰ろうか。って言いたいところだけど、腹が減ったからどこかで食べようか。もちろん、先生がおごるよ。何が食べたい? 遠慮なしに言ってくれ」
「先生にお任せします」
「じゃあ、道志の店に行こうか」
田代は先生と一緒に車に乗って、そのまま軽食屋へと向かった。
「先生、一つだけお願いがあります」
「なんだ言ってみろ」
「今日のことは両親には内緒にしてもらえませんか」
「言わないよ。逆にそんなことを言ってどうする? 田代はご両親に話してほしいのか?」
「そんなことはありません……」
「じゃあ、この話はおわりにしようか」
先生はそのあと何も言わずに運転に集中していた。
そのころ、笛花とゆかりは私と一緒に店の手伝いをしていた。
「田代ったら、私とゆかりに手伝ってもらったことがばれて、1人で補修だったんだよ」
「今頃、親にも叱られているんじゃない?」
笛花が楽しそうに私とゆかりに話していたら、ゆかりまでが便乗してきた。
「でもさ、田代の両親って会社勤めじゃん。だとしたら、今夜めっちゃ説教食らうんじゃない?」
笛花は「ざまあみろ」と言わんばかりの顔で笑いながら話を続けていた。
「笛花、今夜お母さんと楽しい話をしようか」
ひかるさんが言う「楽しい話」とは言うまでもなく、お説教のことだった。
「遠慮しておきます」
「遠慮しなくてもいいんだよ」
「『楽しい話』は間に合っていますので」
「じゃあ、今夜楽しみにしておいてね」
ひかるさんは不気味な笑みを見せながら一方的に話を終わらせたので、笛花は完全に諦めた顔になっていた。
そのあと、入口のドアから先生と一緒に田代が入ってきたので、笛花とゆかりは少し驚いた顔になっていた。
「なんで、先生と田代が一緒なんですか?」
「道志、仮にも俺と田代はここでは客なんだぞ。入ってきたら『いらっしゃいませ』くらい言ってくれたっていいじゃないか」
先生に注意された笛花は少し畏縮した顔で「いらっしゃいませ」とボソっと言ったら、今度は、再び先生に言い直しをさせられた。「いやな客だ」と思いつつ、先生と田代の注文をとったあと、料理が出来上がるのを待っていた。退屈だったのか、笛花は制服のポケットからスマホを取り出してSNSの画面を見ていた。私が「スマホをしまったほうがいいよ」と注意に入ったとたん、ご機嫌斜めになってしまった。
「笛花、仕事中なんだから、このふてくされた顔をなんとかしなさい」
今度はカンターからひかるさんにとどめを刺されて、完全にすねてしまった。
「料理出来上がったわよ」
ひかるさんに言われても笛花は知らん顔。仕方がないので、私が料理を運ぶことにした。
「お待たせしました。カレーライスは、どちらですか?」
「僕です」
田代は少し遠慮がちに手を挙げたので、そのままテーブルに置いた。
「オムライスのお客様、ケチャップにお絵かきするサービスがございますが、何かリクエストありますか?」
「特にないので、お任せします」
私はケチャップでハートの絵を書いて「どうぞごゆっくり」と言って下がってしまった。さらにその直後には田川さんが入ってきた。
「ひろゆきちゃん、今日は何にするの?」
「じゃあ、オムライスで」
カウンターに座った田川さんは、出された水を飲みながらオムライスをひかるさんに注文した。
「お待たせしました。ひろゆきちゃん、オムライスに書くケチャップで何かリクエストはありますか?」
「特にないかな。任せるよ」
ゆかりは田川さんのオムライスに<回送>と大きく書いたあと、おまじないをしようとした時だった。
「ちょっと待ってくれ。いくらなんでも『回送』はないだろ!」
「えーん、えーん。ひろゆきちゃんが私にいじわるを言ったー」
「ちょっと、ひろゆきちゃん、うちのメイドを泣かすことはないでしょ!」
「どこから見ても泣いているフリだろ!」
「そんなことを言っていいの? 今日のことを所長に言いふらすわよ」
「それだけは勘弁してくれ」
「じゃあ、うちのメイドに謝ってちょうだい」
ひかるさんはニヤリとした顔で言ったので、田川さんは諦めた顔をして、ゆかりに一言「言いすぎて悪いかった」と謝った。「じゃあ、許してあげる」とにこやかに言ってきたので、言うまでもなく田川さんの怒りは少しずつ増していった。店を出る時も「ゆかりちゃん、次俺が来た時には覚悟しておけよ」と言い残して、いなくなってしまった。
「何を覚悟したらいいの?」
ゆかりは首をかしげながら考えてしまった。
「どうせ、ろくなことを考えないから。あの人は」
ひかるさんもカウンターから口をはさんできた。
「ごちそうさま」
食べ終わった先生は会計を済ませたあと、田代を連れていなくなってしまった。
客がいなくなったあとも、笛花はダークな状態で店の隅っこに行ってスマホをいじっていた。
(2)気まずいお彼岸
9月の三連休に入っても、お店は通常通りの営業をやっていた。しかも、最終日の敬老の日には店を貸切って敬老会を企画していた。例年なら公民館でやるはずが、今年に限ってなぜか軽食屋さんを貸切って行なうことになってしまった。連休初日の土曜日には店を臨時休業にして、ひかるさんは、どんなメニューにするか考えていた。
「母さん、難しい顔をしてどうしたの?」
店の奥から笛花がやってきて、声をかけてきた。
「ん? 実はもうじき敬老の日だから、お年寄りに合いそうなメニューを考えているの」
「それだったら、上野原か笛吹に老舗の料亭があるから、そこで頼んでみたら?」
「それも視野に入れてみたけど、予算が厳しそう」
「一番安いのでも無理?」
「じゃあ、金額を見てみる?」
ひかるさんは、スマホで料亭のサイトを開いて、笛花に見せた。
「げ、マジ!?」
「マジだよ」
金額を見た笛花は完全にムンクの叫びになっていた。
「一つ気になっていたけど、なんで敬老会の場所がうちになったの? 毎年公民館でやっていたじゃん」
「他の予約でいっぱいになったの」
「じゃあ、自治会館は?」
「子供会の予約が入ったんだって」
「子供会って、普通『子供の日』にやるんでしょ。なんで、この時期にやるの?」
「私に聞かないで」
ひかるさんは、少しイラだった感じで返事をした。
「ねえ、それって特別なメニューじゃないとダメなの?」
「そんなことないと思うけど……。ただ、敬老の日だから……」
「私思うんだけど、いつものメニューでいいんじゃない? だって考えてごらんなさいよ。ここに来る常連って、ひろゆきちゃんと駐在さん、田代たちバカ連中をのぞけば、みんな年寄りばっかじゃん」
「確かにそうだよね。あと、クラスメイトをバカ呼ばわりしない」
「はーい」
「じゃあ、今まで通りにのメニューでいこうか」
「あと、タイの尾頭付きは? 縁起がいいと思うよ」
「それもいいね。じゃあ、魚屋さんに頼んでみようか」
ひかるさんは、さっそく甲州市と笛吹市にある魚屋さんに問い合わせて、タイをを頼んでみたら、考えることは同じで、予約がいっぱいになっていた。
「難しいって」
ひかるさんは、肩を落として返事をした。
「そうか……」
「じゃあ、ホールケーキは? ケーキ屋さんなら予約が可能じゃない?」
「それより、うちで作った人参のケーキは?」
ケーキ屋を提案したひかるさんに、笛花は自家製のケーキを提案してみた。
「それもいいね。そっちにしようか」
「あと、当日何人出席するの?」
「うちの村はそんなに多くないと思うから、来てもせいぜい15人くらい?」
「そんなに少ないの?」
「招待状を渡しても、断る年寄りが多いから」
「なんで?」
「みんなが自分の足で移動できればいいけど、中には車いすや杖の人もいて、自力で移動が難しくなっているの」
「送迎を頼むのは?」
「その送迎、誰がやるの? 言っておくけど、父さんや母さんだってお店から出られないんだよ」
「……やっぱ、そうなるよね……」
結局、当日参加出来るのは、自力で来られるお年寄りだけとなってしまった。
そして迎えた当日。私とゆかりも手伝い要員として呼ばれてしまった。店の入口には<本日貸切>と書かれたプレートをドアに下げておいた。
「来ないわね」
笛花の最初の一言だった。
「まだ、9時だよ。来るとしたら10時くらいじゃない?」
「確かに……」
ゆかりの言葉に笛花は今一つ納得していなかった。店の時計が10時を回った時、ドアが開く音がしたので、目を向けてみたら、田川さんだった。
「ひろゆきちゃん、今日は貸切なんだよ」
「ちっちっちー、今日の俺はお年寄りたちの送迎を引き受けたんだよ」
笛花の言葉に、田川さんは人差し指を左右に動かしながら、自慢げに言ってきた。その直後、お年寄りたちが店の中に入ってきた。
「じゃあ、ひろゆきちゃんはこのあと、仕事なの?」
「今日のバスは一日貸切なので、運休にしたよ」
「大丈夫なの?」
「まあね。バス停に告知しておいたから」
ひかるさんは田川さんの言葉に少し不安を覚えてしまったらしい。
「じゃあ帰りもお年寄りたちを送っていくの?」
「もちろん」
「じゃあ、ビールは飲めないね」
「当たり前だ!」
ひかるさんの言葉に田川さんはムキなって言い返した。
その日は無礼講という形で、田川さんと飲めない人ををのぞいて、ビールで乾杯をした。そのあと、注文した料理をみんなで食べて飲んで騒いでいたので、楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまった。
「宴もたけなわですが、そろそろお開きにしたいと思います。残った料理につきましては、お持ち帰りが可能ですので、ご希望の方はおっしゃってください」
私がそう言っても終わる気配がなかった。
「もう少し待ちましょうか」
田川さんはカレーライスを食べながら、待つ態勢になっていた。その30分後、お年寄りたちはやっと帰る態勢にはいった。帰りにお土産の紅白饅頭を受け取ってバスに乗って帰ってしまった。
食器の片付けをしている時だった。「もうじきお彼岸じゃん? 雫ちゃんは何か予定あるの?」と笛花が話を持ちかけてきた。
「私は特にないかな。なんで?」
「実は、お店を休みにして、みんなでおはぎを作ろうと思っているの」
「おお! いいね」
笛花の提案に、私は思わずテンションをあげてしまった。
「でしょ? ゆかりも呼んでやってみようか」
笛花のテンションも完全にマックスになっていた。
「ゆかりちゃんの都合、どうなっているの?」
「たぶん、大丈夫じゃない?」
「笛花、手を動かしなさい」
その興奮に水を差すような感じで、ひかるさんが注意に入ってきた。
ゴミを出して帰る準備をしていた時だった。
「途中まで一緒に帰らない?」
珍しく、ゆかりが私に声をかけてきた。
「いいけど、私自転車だよ」
「私も自転車だから、一緒に帰ろうか」
歩道に設置されたベンチに自転車を止めて、私とゆかりは少し休むことになった。
「少しだけ時間とれる?」
「どうしたの?」
急に改まった感じで言うので、私は少し緊張してしまった。
「雫ちゃん、リラックスして」
「それで、話ってなんなの?」
「実はお彼岸なんだけど……」
「もしかして、予定入ったの?」
「違うけど……」
「じゃあ、なんなの?」
「私たちだけじゃなくて、みんなを呼ぶのはどう?」
「みんなって?」
「お店の常連客に」
「それ、私たちだけじゃ判断できないから、ひかるさんに相談したほういいよ」
翌日、ゆりかはひかるさんにお彼岸の件で話を持ちかけてみたら、意外な返事がきた。
「え、私聞いてないけど……」
「笛花さんから、聞いていませんでしたか?」
「聞いてないけど……」
「笛花、お彼岸におはぎを出すって話、本当なの?」
ひかるさんは、テーブルを拭ている笛花に問い詰めてみた。
「それ、あとで言おうと思った」
「おはぎを作るって簡単に言うけど、材料はどうするの?」
「材料って、お米と小豆だけでしょ?」
「実際はもち米、小豆のほかに黄な粉とかあるでしょ?」
「あれって、もち米だったの? 普通米かと思った」
「違うわよ」
ひかるさんは少し呆れた顔をして答えていた。
「お店でやるなら、また休まないといけないから」
「ですよね……」
「それにみんなで作らないと、難しいと思うよ」
「それなら、私も手伝いに入るよ」
テーブルで、お茶を飲んでいた清江さんが口をはさんできた。
「清江さん、大丈夫なんですか?」
「畑の仕事が一段落したし、お手伝いなら出来るよ。それで、何をすればいい?」
「そうですね、もち米と小豆ですね」
「任せな。あと、甘いものだけじゃなくて漬物もあったほうがいい。うちの畑でとれた野菜を用意するから」
清江さんは自信満々の顔で言ってきたので、ひかるさんはすっかり甘えてしまった。
「それで、他にどんなおはぎを用意するんだ?」
「どんなって、一応ゴマとか黄な粉を用意する予定」
「わかった」
「でも、今日じゃなくて作るのはお彼岸当日ですよ」
「わかっている。じゃあ、当日よろしく」
それを言い残して、清江さんは店を出て行ってしまった。
「清江さん、すごいやる気だったね」
清江さんのやる気に私は、思わずビックリしてしまった。
「清江さん、当日畑でとれた野菜をたくさん用意するみたいだよ」
今度は笛花が付け加えるかのように言ってきた。
迎えたお彼岸当日、またしても店を貸切にして、おはぎパーティを開くことになった。私と笛花、ゆかりもメイド服になって手伝うことになった。
「そういえば、ひかるさんは?」
「母さんなら、車で清江さんを迎えに行ったわよ」
私があたりをキョロキョロして、ひかるさんを探していたら、笛花が教えてくれた。
「じゃあ、待っている間に道具をそろえようか」
「そうだね」
ゆかりの一言に私は短く返事をした。
待つこと20分、ひかるさんが運転する一台の軽のミニバンが店の入口に止まって、助手席のドアから清江さんが降りてきた。さらにトランクから大量の食材が出てきたので、私たちも手伝うことにした。大きなレジ袋には小豆、黄な粉、ゴマ、枝豆、その他にも山菜などが入っていた。
「清江さん、枝豆のおはぎを作るのですか?」
「正確には『ずんだ餅』っていうのを作ろうと思っているんだよ」
「ずんだ餅?」
私は始めて聞く名前にクエスチョンマークを浮かべて聞き出した。
「私の実家が仙台だから、作ってみようと思ってみたんだよ」
「そうなんですね」
そう言って、あらかじめ火を通してきた枝豆をタッパーからとりだして、すり鉢の中に入れてつぶし始めた。
私とゆかりはゴマすり、笛花は黄な粉と小豆、ひかるさんはもち米を炊いていたり、山菜の天ぷらを作っていた。
その数分後には、近所の人たちがお酒の一升瓶や自分の畑でとれた野菜や果物を片手に入ってきた。
「男手が必要なら言ってください」
「じゃあ、ゴマすり代わってもらえませんか?」
私は息切れをしながら、杉村さんに頼むことにした。
「オーケー」
すり鉢の中身を見るなり、「これ油が出ていますよ」と一言言ってきた。
「じゃあ、砂糖、醤油の順番で入れてちょうだい」
今度はひかるさんが、厨房から砂糖と醤油を取り出して杉村さんに渡した。
「ひかるさん、量はどれくらいですか?」
「そうねえ、最初に砂糖をスプーンで二杯少々かな。それで一度すり鉢でこねてちょうだい。そのあと、醤油を小さじ二杯入れて、またすり鉢でこねて」
「へーい」
杉村さんは言われた通りにやってみた。
「ひかるさん、かなりギラギラしていますけど、これでいいのですか?」
ひかるさんは、すり鉢の中身を見て確認したあと、オーケーサインを出した。
「じゃあ、2ラウンド目に入ってもらおうかな」
「もう一度やるのですか!?」
「頼むよ」
断り切れなくった杉村さんは、渋々引き受けてゴマすりをやり始めた。そのころ、自治会長の臼井さんもゆかりに代わって、ゴマすりをやり始めた。
「臼井さん、これかなり体力いりますね」
息切れをしながら杉村さんが言っていたら、「男がこれくらいで弱音を出すんじゃないよ」と清江さんが横から言ってきた。しかし、清江さんには逆らえないので、渋々従ってゴマすりを続けることになった。手の空いた私とゆかりは天ぷらにつける大根をすりおろしたり、薄手のビニール手袋をはめて、炊きあがったもち米をこねて、ゴマや黄な粉、小豆を付けていった。
「枝豆も出来上がったよ」
清江さんはすり鉢に入った枝豆をひかるさんに持って行って、もち米を付けてもらった。出来上がったおはぎや天ぷらを大きなお皿に乗せて、テーブルに運んでいくことにした。その時だった。店のドアが開いたので、てっきり近所の人かと思えば、見慣れない顔をしたギャル風の女子大生と思われる二人組が入ってきた。
「今日って、おはぎが食べられるの?」
「すみません、本日は貸切になっているので、お引き取り願いたいのですが……」
「だって、普通に営業やっているじゃん」
女子大生の一人は納得してない顔をしていた。
「本当に申し訳ございません。本日は近所の集まりとなっているので……」
「なにそれ、感じ悪い。うちらだって客じゃん。今日のことをSNSに載せようか」
「それいいね」
「しかも、メイドのコスプレってマジ受ける。写真撮っちゃおうか」
カメラを向けた直後だった
「嬢ちゃんたち、文句があるならオレが相手するよ。それと、写真撮るなら撮影料置いてもらおうか」
今まで黙っていた、杉村さんが椅子から立ち上がって、入口にやってきた。
「何、ここのお店って、ヤバそうな人間がいるじゃん。これもSNSに投稿しない?」
「いいね。客が来ているのに『貸切』と言って、追っ払うクソ最低な店って叩こうよ。クソ田舎にクソ最低な店。早くなくなればいいんだよ」
女子大生が好き勝手にスマホで叩いていた時だった。
「こんにちは。君たちどこからやってきたの?」
星音さんが顔をにこやかにして声をかけてきた。
「ポリ公がなんの用で来たんだよ!」
「なんの用ってほどじゃないけど、ここの村とここの店を悪く言うのでしたら、出て行ってもらおうかしら」
「はあ? こっちは客なんだぞ! その客を追っ払うって、この店完全にイカれているよ。ま、もっとヤバいのはポリ公の頭だけどな。完全に頭の中、わいているんじゃね」
「マジうける!」
それを聞いたひかるさんは、怒りを完全に制御できない状態だった。
「あんたたち!」
「ひかるさん、抑えて」
星音さんは必死にひかるさんをなだめていた。
「あなたたち、ちょっとスマホを見せてもらっていい? まさか『個人情報だから見せられない』とは言わないよね? どうする?」
星音さんの顔は完全に鬼になっていた。女子大生の2人は、観念して星音さんにスマホを預けた。
「なんのアプリで投稿した?」
「Xに投稿しました。あの、他のアプリは……」
「大丈夫よ。他は絶対に見ないから」
星音さんはそう言いながら、Xのアプリを開いてチェックし始めた。
「これね。結構炎上しているじゃん。じゃあ、2人を威力業務妨害罪の現行犯で逮捕するね。このスマホは裁判の証拠として使わせてもらうから」
「あの、逮捕だけは辞めてもらえますか? 投稿した内容や撮った写真はすべて消去します」
「私たち、来年卒業なんです。就職も内定が決まっていて、その思い出としてここに来たのです」
「卒業の思い出作りに、お店の営業妨害をする人がいるの? あなたたちがやっているのは、嫌がらせというレベルじゃないわよ。すでに拡散されているし、このお店もやがては客が来なくなる。その時の責任とれる?」
「あなたたち、どこの大学? 家はどこ? まさか『個人情報だから言えない』とは言わせないわよ」
店の中からひかるさんが出てきた。
「個人情報なので、言えません……」
「じゃあ、選んで。このまま逮捕されるか。それとも家と学校に連絡されるか」
「お願いです。学校に連絡されると、私たち卒業できなくなるのです」
「内定も取り消しになってしまうのです」
「あのさ、いくらなんでも虫がよすぎない? さんざん好き勝手なことをしておいて。都合が悪くなれば、頭を下げて泣きつくって。こっちは、あんたらのせいで商売ができなくなるんだよ」
ひかるさんは完全に怒りくるっていた。
「それでしたら、撮った写真や投稿した内容を今すぐ削除します」
「それをやったことろで、遅いんだよね。こんだけ拡散されてしまっては……」
「……」
女子大生2人は完全に観念した顔になってしまった。
「じゃあ、今回は学校と家に連絡するだけで勘弁してあげる」
「ええ!」
「何その声。逮捕されないだけマシでしょ? 卒業と就職がダメになるのは自業自得。早く教えてちょうだい」
女子大生2人はスマホで学校と家の固定電話の番号を星音さんに見せた。そのあと星音さんは家と学校に今までのことをすべて話した。
「これで、私たちの人生終わりだ」
「あ、そうそう。撮った写真、ちょっと見せて」
「なんで?」
「消去するから。あとSNSも消去しておくね」
「これは見逃してくれるんじゃ……」
「逮捕しないから消去したんだよ。じゃあ、気を付けてね」
女子大生2人が乗った車を見送ったあと、星音さんは店の中へと入った。しかし、言うまでも空気は重たかった。
「せっかくみんな集まったわけだし、食べようか。あんなアホな女子大生のことを忘れて騒ごうよ」
「わかっているとは思うけど、お車や自転車で来られた人はお酒はご遠慮くださいね」
星音さんの一言で、臼井さんは諦めてコーラを飲むことにした。
「臼井さん、今日車なんですか?」
杉村さんが意外そうな顔をして聞いていた。
「野菜や果物を用意したから、車で来たんだよ」
「そうなんだね。じゃあ、今日はコーラで我慢しなさい」
「臼井さん、ノンアルコールのビールもありますよ」
臼井さんがコーラを飲もうとした時、ひかるさんがノンアルコールビールを勧めてきた。
「ひかるさん、ちょっと見せてもらっていいですか?」
今度は星音さんが「まった」をかけた。
「なんですか?」
ひかるさんは少々納得行かない顔をして星音さんに言ってきた。
「ごめんなさい。一応立場上、こちらのビールがノンアルコールのビールかどうかチェックさせていただきます」
そう言ってチェックし始めた。
「アルコール度数0(ゼロ)なので、飲んでいただいても結構です」
「いや、せっかくだけど、コーラにさせてもらうよ。駐在さんはお仕事でやっているかもしれないけど、こっちは疑われているみたいで、どうも気分が悪い」
おはぎを3つ食べて、天ぷらをいくつか食べたあと、椅子から立ち上がって、「今日はごちそうさま」と言い残して帰ってしまった。
「駐在さん、気持ちはわかるけど、こういう席でアルコール濃度のチェックは勘弁してくれないか」
「すみません……」
杉村さんの注意に星音さんは気を落として返事をした。言うまでもなく、お店の中の空気は完全に重たくなってしまった。
「駐在さんが気にすることはないですよ。もとはといえば、私がノンアルコールのビールを勧めたのが悪かったんだから……」
ひかるさんが星音さんをかばった時だった。
「こんな辛気臭いんじゃ、食事がまずくなってしまう。今日はおひらきにするよ」
そう言って、清江さんは椅子から立ち上がって片付けを始めた。
「余ったおはぎと天ぷらは、みんなでわけて持ち帰ろうか」
ひかるさんは使い捨てのタッパーを用意して、その中におはぎや天ぷらなどを詰めていった。さらに杉村さんや私たちにまで手伝わせた。そのあと、ひかるさんと清江さんが皿洗いをしている間、私たちは退屈になったので、スマホをいじっていた。
「そろそろ帰ろうか」
星音さんは私とゆかりに帰るように言ったら、2人で「うん」と短く返事をしたので、着替えて帰ることにした。
「私の家、こっちだから」
ゆかりは駐在所とは反対方向に自転車を走らせたので、星音さんは「気を付けてね」と言って見送った。私も「また明日」と言って見送ったあと、2人で家(駐在所)へ戻って行った。
部屋着姿になってテレビを見てくつろいでいた時、玄関のドアチャイムが鳴ったのでドアを開けてみたら、ひかるさんがおはぎと天ぷら、ずんだ餅の入った袋を差し出してきた。
「ちょっと多くない?」
星音さんは少し驚いた表情で聞き出した。
「駐在さんと雫ちゃんの分、あとお手伝いを頑張った分のおまけ」
「本当にいいの?」
「いいんだよ。じゃあ、このあと杉村さんとゆかりちゃんの家にも届けるから」
「ありがとうございます」
そう言って、車を走らせていなくなった。
「たくさんもらったよ」
食卓に置いて、私に言ってきた。
「今夜もおはぎにする?」
「いいの?」
星音さんが冗談交じりで言った直後、私が嬉しそうに反応したので、その日の夜もおはぎと天ぷらになってしまった。しかし、今日は気まずいお彼岸となってしまった。
(3)文化祭でもピエロが大活躍
気まずいお彼岸から一週間、笛花たちの学校では文化祭が開かれることになった。クラスも少ないことから、外の人たちも屋台を開くことになっている。軽食屋さんも毎年出店しているが、今年は清江さんも畑で取れた野菜をPTA相手に学校で売ろうと考えていた。
朝晩がすっかり涼しくなったころ、私はいつもより早めに出てマウンテンバイクで少し寄り道をしてみた。畑の前を通ってみたら、清江さんが畑の手入れをしていたので、声をかけてみた。
「おはようございます」
「おはよう、雫ちゃん。これから、ひかるさんの所へ行くのかい?」
「はい、そうなんです」
「清江さんは、収穫を終えたのですか?」
「そうだよ」
「ちょっと見せて下さい」
かごの中に入っている野菜を見たら、キュウリにナス、トマトなどが入っていた。
「みんな美味しそうですね」
「よかったら、少し持っていくかい?」
「いいのですか?」
清江さんは私のリュックの中にトマトとキュウリ、ナスを何個か入れてくれた。
「あとで、駐在さんと一緒に食べな」
「ごちそうさまです。今日はお店に来るのですか?」
「一応、そのつもりだ」
「わかりました。それでは、お先に失礼します」
お店に着いて、私は着替えを済ませたあと、清江さんからもらった野菜を、ひかるさんに頼んで冷蔵庫に入れさせてもらった。
「雫ちゃん、この野菜どうしたの?」
「さっき、清江さんから分けてもらいました」
「そうなんだね。今日、清江さん来るの?」
「たぶん来ると思います」
「わかった」
日曜日だったので、その日は笛花とゆかりも手伝いに入ってくれた。開店時間から2時間たっても客は誰も来なかった。
「もうお昼だよ」
笛花が不満そうにぼやいた直後だった。清江さんが籠いっぱいの野菜を抱えて入ってきた。
「野菜届けにやってきたよ」
「ありがとうございます。今日は食事されていきますか?」
ひかるさんが軽く笑みを見せたら、清江さんは「何か頂こうか」と返事をした。
「何にしますか?」
「メニューを見せてくれ」
メニューを見るなり、清江さんはしばらく迷ってしまった。いつもならピラフかカレーライスを注文するのに、珍しく選ぶのに時間がかかっていた。
「清江さん、もしかしておなかをすかせていますか?」
私が控えめに質問すると、「今決めるから待ってくれ」と強く返事をした。その数分後、清江さんはハンバーグ定食を注文した。
「こんちは」
今度は田川さんまでが入ってきた。
「ひろゆきちゃん、今日はトンカツ定食とオムライス、どっちにする?」
「ちょっと待って、まだメニュー見てないぞ」
「だって、いつもトンカツ定食とオムライスの『どっちか』でしょ?」
「じゃあ、トンカツ定食で」
ひかるさんに言い丸められた田川さんはトンカツ定食を頼んだあと、スマホを見ていた。
「田川さん、あとでアンタの所にも野菜を届けるから、家まで乗せてくれないか?」
「ああ、いいっすよ。清江さん、今日何が取れたのですか?」
「キュウリとナス、トマトだよ」
「トマトあるのですか!? 俺、清江さんのトマス好きなんですよ!」
「そうかい。そりゃ、よかった。食べ終わったら頼んだよ」
「了解です!」
出されたトンカツ定食を食べ終えたあと、田川さんはバスを回送にしたまま、清江さんを家まで送ってしまった。
その帰り道のことだった。
「田川さん、大菩薩中学の文化祭がもうじきなんだよ」
「そうみたいですね」
「田川さんは参加するのかい?」
「その日も仕事だと思います」
「そのついででいいんだけど、私を乗せてくれないかね。野菜を出店する予定になっているから」
「何時ごろ出る予定になっているのですか?」
「一応、8時ごろ予定している」
「なら、僕より駐在さんに頼んでみてはいかがですか?」
「田川さんは、無理なのかい?」
「多分、そのころ朝礼をやっている可能性が高いので……」
「わかったよ。他をあたるから」
家に戻った清江さんは、家の固定電話で自治会長の臼井さんに電話をした。
「もしもし、臼井ですが」
「私だよ。清江」
「清江さん、どうしたのですか?」
「文化祭の当日、私の足代わりになってくれないか?」
「それは構いませんが、清江さんの家から学校までそんなに遠くないはずでは……」
「学校の文化祭で野菜を出店することになったんだよ」
「そうしたいのは山々ですが、あいにく母の命日で墓参りに行くことへなったんだよ。本当に悪く思わないでくれ」
気分を害したのか、清江さんは黙って電話を切ってしまった。次に電話したのは、ひかるさんの所だったが、ひかるさんの店も当日、出店予定となっていて、車は不可能となってしまった。さらに星音さんの所へ電話をして、車を都合してもらえるよう交渉に当たった。
「申し訳ございません。この日は……」
「駐在さんもダメなんだね」
諦めかけようとした時、杉村さんを思い出して、電話を切ってかけなおしをした。
「申し訳ないけど、車を出してくれないかね」
「構いませんけど……」
「本当に申し訳ない」
受話器をもったまま清江さんは、何度も頭を下げて電話を切った。
そのころ、軽食屋では笛花とゆかりが文化祭の話をしていた。
「文化祭、何がいい?」
「私は、なんでもいいかな」
ゆかりは、めんどくさそうに返事をすると、笛花が「それだと、男子の言いなりになるよ」と言ってきた。
「なら、笛花は何か考えているの?」
「私なら、お化け屋敷かな」
「教室の中の出しものだったら、外の屋台でもいいかなと思った」
「だったら何にする?」
笛花は少し不満そうに言ってきた。
「やっぱ、定番のクレープ?」
「あのさ、ここで話し合ってもしょうがないんじゃない?」
カウンターで食器を拭ていたひかるさんが口をはさんできた。
「確かにそうだよね。明日、ホームルームの時に意見を出そうか」
ゆかりの一言に笛花は「そうだね」と短く返事をした。文化祭は外の人が参加できる数少ないイベントなので、学校側もそれなりに力が入っていた。
夕方近くになって、星音さんが店に入ってきた。
「駐在さん、こんにちは。これから食事?」
ひかるさんは、意外そうな顔をして聞いてきた。
「うん、今日は帰っても作る気力がないから、ここで食事をしようかなと思ったの」
「そうなんだね。それで何にする?」
「そうだねえ、うーん。じゃあ、カツカレーにしようかな。ねえ、君たちも一緒に食事にしようか」
星音さんがみんなに声をかけた瞬間、私たちは顔を見合わせた。
「この時間になれば、お客さんも来ないし、仮に来たとしても1人か2人くらいだから、一緒に食べたら? あと今日だけ私のおごりにするよ」
ひかるさんの一言で、みんなで食事にすることになった。
「ひかるさん、私もいいのですか?」
星音さんが期待のまなざしで言ってきたので、ひかるさんは「駐在さんの分もおごるよ」と苦笑いをして答えてくれたので、星音さんは小さい子供のようにはしゃいでいた。
4人掛けのテーブルで食事をしている時だった。
「ねえ、君たちの学校、もうじき文化祭なんでしょ?」
「なんで、それを知っているの?」
星音さんから文化祭の話題を持ちかけられたので、笛花は少し驚いた表情をしていた。
「さっき、外で清江さんに会って聞いたの。清江さん、自分の畑で取れた野菜を学校で売るみたい」
「そうなんだね。私からの提案なんだけど、雫ちゃんにピエロになってもらって、学校で風船配りをするのはどう?」
「それ、いいですね。ヘリウムガスは学校に置いてあるから、先生に頼んでおくよ」
「ありがとう」
「でも、あのピエロで風船配ったら、みんなビビるかもしれないよ」
ゆかりも苦笑いをしなら、突っ込んでしまった。
「でもさ、駐在さんが一緒なら大丈夫じゃない?」
笛花も苦笑いをしながら意見を出した。
「それも含めて、明日先生に話してみるよ」
ゆかりの一言で話が終わってしまった。
翌日のホームルームの時であった。その日のテーマは案の定、文化祭の出し物であった。一学年一クラスしかない学校なので、出し物は単純計算すれば3つだけ。さらに部活動の出し物もあるので、出せるものはかなり制限されていた。
部活動の出し物は演劇部と吹奏楽部、バスケ部のフリーシュートだけだった。私たちのクラスの出し物はベターなところで、メイドカフェをすることになった。
ホームルームが終わって、笛花とゆかりは2年生と3年生の所へ行くことになった。最初に2年生の教室へ行ったら、眼鏡をかけた男子生徒が教室から出てきた。
「先輩、突然声をかけてすみません。先輩のクラスでは何をされますか?」
笛花は少し緊張しながら声をかけた。
「僕のところはゲームコーナーで、景品は駄菓子屋のお菓子になっているよ。なんで、そんなことを聞くの?」
「参考までに先輩たちの出し物を聞いておこうかなと思って……」
「そうなんだね。君たちのクラスは?」
「私たちのクラスはメイドカフェをすることになったのです……。当日お時間がありましたら、来てください」
「わかった、そうするよ。君たちもよかったら遊びに来てよ」
男子生徒は軽く笑みを見せながら、教室へ戻ってしまった。次に向かったのは、3年生の教室だった。教室から出てきたのは、少し人相の悪そうな背の高い女子生徒だったので、声をかけるのに少し勇気が必要だった。
「私、さっき2年生に声をかけたんだから、今度はゆかり頼む」
「えー!」
不満そうな声を出した直後だった。3年生の女子が笛花とゆかりの所へやってきて「何か用?」と声をかけてきた。
「あの、先輩に聞きたいのですが、先輩たちの出し物が気になったので……、参考までに教えて頂きたいのです」
「私たちのクラスはカラオケよ。よかったら歌いに来てよ」
短く答えたあと、3年生の女子は教室へいなくなってしまった。
「ちょっと怖かったね」
廊下を歩きながら、笛花はゆかりに声をかけた。
「私もそう思った。だけど、ツンツンする必要ってあったのかな」
ゆかりも今一つ納得していなかった。教室へ戻って笛花とゆかりは荷物を持って家に帰ってしまった。
帰宅後、笛花はひかるさんに頼んで店の制服と同じ型紙を作ってもらい、翌日のホームルームにみんなで作ることになった。男子の制服は蝶ネクタイタイプの執事服になった。
「ねえ、田代にはメイド服でいいんじゃない?」
笛花がふざけて言うと、田代がやってきて「全部聞こえたぞ。仕返し覚悟しておけ」と言い残してしまった。「本当に冗談が通じないんだから」と独り言のようにブツブツと言いながら作業を続けていった。
そのあと、看板やメニュー作りなども順調に進んでいき、本番当日となった。
その日は朝から、一般のお客さん(ほとんどが地元の人ばかり)が集まって、私たちの模擬店にやってきて楽しんでいった。清江さんも一般の露店コーナーの一角に野菜を並べて、PTAや親子連れを相手に野菜を売っていた。
「みんな安いよ。どれもみんな今朝取れたばかりの野菜だから、おいしいよ」
清江さんは来る人たちに野菜を売り出していた。
「このキュウリ、おいしそう」
ある生徒の親は袋詰めされているキュウリを手に取って眺めていた。
「このキュウリ、スーパーや道の駅で買うと300円近くするけど、今日は半額以下の120円。どう?」
「確かに安いわね。じゃあ、一つ買おうかしら」
一人が買えば、あとから来た人も次から次へと順次買っていったので、あっという間に売り切れてしまった。清江さんは片付けをしたあと、杉村さんと一緒に適当にぶらつくことになった。
そのころ、私は空き部屋を利用して着替えを済ませて、星音さんと手の空いている先生と一緒にヘリウムガスと風船を持って校庭の入口で風船配りをやっていた。私のピエロ姿を見て泣き叫ぶ子供もいれば、反対になついてくる子供もいた。
「あ、ピエロのおねえちゃんだ!」
聞き覚えのある声がしたと思えば、肝試しで一緒だった沢田姫夏ちゃんだった。
「姫夏ちゃん、こんにちは。今日はお母さんと一緒?」
「こんにちは。今日はお母さんと一緒に来たんだよ。駐在さんも遊びに来たの?」
「ううん、今日はお仕事だよ」
「そうなんだね。ピエロのおねえちゃんが来るとわかっていれば、私もピエロの服を着てくればよかった」
「ごめんね。急に決まったから。でも、ハロウィーンの時はおねえちゃんと一緒の格好になれるよ」
「本当に?」
「本当だよ。もしかして、信じてないでしょ?」
「ううん、そんなことない。ただ……」
「ただ?」
星音さんは、姫夏ちゃんの言葉に少し疑問に感じてしまった。私は風船を一つ差し出して「おねえちゃんのこと信じてない?」と声に出してしまった。
「そんなことないよ。私、おねえちゃんのことを信じているから」
「それならよかった」
「おねえちゃんも、一緒に回ってくれない?」
「そうしてあげたいけど、ピエロさん忙しいから、あとにしようか」
星音さんがにこやかに言うと、姫夏ちゃんは明るい声で「うん」と返事をした。
私と星音さんが風船配りをしているころ、笛花とゆかりは自分の教室で客の相手をやっていた。
「そろそろ交代で休憩に入っていいよ」
担任の一声で順番で休憩をとることになったけど、役立たずの田代たちが真っ先に休憩に入ってしまった。
「田代め!」
笛花が怒りマックスの状態で言ったら、ゆかりが「落ち着いて、ああいう連中には天罰が下されるから」と言って必死になだめてくれた。
バックレの3人組が外の屋台へ向かったら、”大菩薩”と書かれた屋台に差しかかり、案の定、ひかるさんに引き留められてしまった。
「そこの3匹の少年たち、少し手伝ってくれない? もちろんただでとは言わないよ」
ひかるさんはこの一言を最後に、いなくなってしまった。田代たちはひかるさんが作りだめしておいた、品物を売る羽目となってしまった。
「こっそり抜けて行かない?」
「それもいいけど、道志の仕返しが怖いから、俺はパスするよ」
田代の提案に醍醐はあっさりと辞退してしまった。
「山口はどうする?」
「ひかるさんの雷が怖いからパスするよ。やるなら、田代1人でやってきたら」
山口の冷たい返事に田代は逃亡を諦めてしまった。
「あれ、田代たち頑張っているじゃん」
「道志、ちょうどよかった。代わってくれないか。ここ、お前の店の屋台だろ」
田代が泣きそうな声でお願いをしたら、笛花は「やーだ。クラスの出し物をバックレたんだから、当然の罰よ。頑張って店番をしてちょうだいね。言っておくけど、ここの店番をバックレたら母さんに言いつけるから」
「テメー、ふざけんな!」
「文句があるなら、客の相手でもしたら」
笛花はそう言い残して、よその出し物へと向かった。
「ねえ、カラオケ行ってみない? 高得点の人には賞品がもらえるみたいだよ」
笛花がテンション上げて言ったので、ゆかりも一緒について行くことにした。
カラオケルームの入口にはすでに長蛇の列、諦めて笛花とゆかりはゲームコーナーで輪投げや射的をやって、駄菓子屋のお菓子をもらって戻ることにした。
あれから何時間か経って、片付けの準備が始まり、私も着替えを済ませて一足先に星音さんと一緒に帰ることになった。清江さんも杉村さんと一緒にとっくに帰ってしまった。
ホームルームが始まる数分前、ひかるさんに解放された田代たちも疲れ切った顔をして、教室に入ってきた。
「みんな、今日はお疲れ様。若干3名はバックレをしたのに、なんで疲れた顔をしたのか、あとで聞くとして、このあとの連絡をするから静かに聞くように」
「ちょっと待ってくれ」
田代が「待った」をかけたので、担任が「どうした」と言ってきた。
「今日はサボったのではなく、他の屋台の捕虜になって、ずっと手伝い要員になっていて、たった今釈放されたんだ!」
「どこの屋台なんだ?」
「『軽食・大菩薩』だ!」
「ま、自業自得だ。わかったから早く座りなさい」
しかし、田代だけは納得していない顔をしていた。
「まずは、みんなお疲れさまでした。出した品物は売れ切れて残ったものは何もない。売上金は生徒会の予算として使わせてもらうから、間違ってもネコババだけはしないこと。それと明日は撤去日、明後日は代休となるので、通常授業は水曜日からとなるので、そのつもりでいること。このあと、後夜祭があるから全員体育館に行くように」
担任の一声で、みんなで体育館に向かってみたら、すでに他の学年の人たちが集まっていた。校長先生の堅苦しい話から始まって、表彰式が行なわれていた。優勝は3年生のカラオケだった。機材をレンタルしてやったのは反則ではないかと言う声も出ていた。しかし、結果は結果だったので、優勝であることには変わりはなかった。賞状をもらったクラスの代表者は嬉しそうに壇上から降りて、担任のもとへ戻った。
そのあとは特にやることもなく、教室へ戻って帰る準備を始めた。次の日の撤去日が終われば待望の代休。何して過ごそうかと笛花とゆかりは考えていた。
(4)楽しい代休
平日に休みがもらえるなんて、何だか不思議な気分だった。普段なら学校へ行く日だったので、思わず朝早く起きてしまう人も多かった。これも一種の条件反射かもしれない。軽食・大菩薩にも1人寝坊と勘違いをして慌てて学校の制服に着替えるなり、食卓へと向かった人がいた。
「寝坊したー!」と騒ぎながら笛花はパンをくわえながら、玄関から出ようとした時だった。
「笛花、制服に着替えてどこへ行くの?」
ひかるさんは、少し驚いた表情で聞き出した。
「これから学校」
「文化祭の代休なのに?」
「あ、そうか。今日代休だったんだ」
慌てて部屋に戻って、部屋着姿になった。
「まさか、代休を忘れていたとは思わなかったよ」
「母さん笑いすぎ」
ひかるさんは、終始笑い続けていた。
「ごめん。実は今日だけお店を臨時休業にして、一緒にドライブへ行かない?」
「それ、いいねえ」
ひかるさんの提案に笛花はノリノリでいた。
「どこへ行きたい?」
「急に言われても困る」
「どこでもいいんだよ」
「じゃあ、母さんに任せるよ」
「ブドウ狩りに行こうか」
「いいねえ、賛成!」
さっそく店のドアに臨時休業の張り紙をだして、2人で身支度を始めた。
そのころ私たちはと言うと、星音さんが非番をとって私を連れて撮影を兼ねたドライブに行こうとしていた。
「勝手に非番にして大丈夫なんですか?」
「こんな田舎に犯罪なんて、めったに発生しないから大丈夫だよ。あと、ひかるさんに電話をして、休みをもらったら?」
「大丈夫かな……」
「平気、平気。なら私が電話をしておくよ」
星音さんが電話をしたら、ひかるさんから「臨時休業」と言われたので、私の休みが自動的に決まった。さらに、ひかるさんは私たちにドライブを誘うことになった。
「せっかくの誘いで申し訳ないんだけど、今日外でピエロの撮影をしようかなって思っているの」
「どこで撮影する予定なの?」
「柳沢峠」
「着替えは?」
「車の中か、茂みの中で……」
「じゃあ、私の車を更衣室に使いなよ。カーテンもついているし、ガラスはUVカットになっているから、外から覗かれることはないと思うよ。それに車1台で行けば経済的でいいんじゃない?」
「そうねえ」
「じゃあ、それで決まり。何時ごろにする?」
「ひかるさんに任せるよ。私たち乗せてもらう立場だから……」
「じゃあ、撮影するなら早い方がいいわね。9時って大丈夫そう?」
「まあ、なんとか」
「あとで行くからよろしくね」
電話を切るなり、食事を簡単に済ませて身支度に入った。着替えて、すぐに屋根裏部屋に行って、ピエロ衣装一式を用意して居間で待つことにした。
ドアチャイムが鳴って玄関に出てみると、軽のミニバンが止まっていた。
「駐在さん、おはようございます、今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。それと今日一日お世話になるので、少ないですけど、ガソリン代の足しにしてください」
「いけません。うちは、そこまで貧しくはありませんので」
「ただで乗せてもらうわけには、いきませんので」
「そうですか。かえって悪いことをしたみたいで……」
「気にしないでください」
ひかるさんは、そう言ってお金の入った封筒を手提げバッグの中へしまい込んだ。そのあと、荷物をトランクに詰め込んで、車を走らせることにした。最初に立ち寄ったのは柳沢峠だった。平日の午前中だったのか、車は一台も止まっていなかった。ひかるさんは後部座席を倒したあと、トランクから荷物を取り出して私を着替えさせた。
「峠でピエロっておかしいですよ」
私が不満をぶつけると、星音さんは「墓地よりマシだと思うよ」と言ってカメラを向けた。
「撮った写真をどうするのですか?」
「これ? SNSに載せる予定。いや?」
「そんなことありません……」
星音さんがカメラを向けた直後、今度はひかるさんと笛花がスマホで写真を撮り始めた。
撮影が終わって、着替えを済ませたら、車は峠を下って国道20号線の方角へと走らせて行った。笛吹市内の市道を走っていたら、左側にブドウ農園が見えたので、駐車場の中へ入って農家に挨拶をした。
「こんにちは」
「ひかるちゃん、こんにちは。今年も来てくれたんだね」
「さっちゃん、今年もたくさん取らせてもらうわよ」
「ひかるちゃん、ほどほどにしてね」
さっちゃんと呼ばれている女の子はひかるさんに笑いながら肩を叩いていたけど、どんな関係なのかしら。
「幸恵さん、こんにちは」
「笛花ちゃん、こんにちは。しばらく見ないうちに大きくなったわね」
笛花にまでフレンドリーになっている。私はますます気になってきた。
「あの、後ろのお2人は?」
幸恵さんは私と星音さんに声をかけてきた。
「私はひかるさんのお店で働いています、峠時雫です」
「ひかるさんにコキ使われていない? あの人、人使いが荒いから」
「そんなことありません」
「さっちゃん、あとで覚えておきな」
ひかるさんに言われ、幸恵さんは軽く苦笑いをしていた。
「あなたは?」
「私は地方公務員をやっています、白丸星音です」
「公務員なんですね」
「はい。公務員と言っても雑務専門なんです」
「でも、公務員って頭がよさそうなイメージがしますが……」
「そんなことないですよ」
星音さんは苦笑いをしながら答えていた。
「挨拶はそこそこにして、早くやろうよ」
しびれを切らせた、ひかるさんがみんなを呼んだ。
「あ、そうだった」
そう言って、幸恵さんは私たちをブドウ畑の中へ案内して、簡単な説明を済ませたあと、私たちは取り放題のブドウを堪能していた。
「ねえ、幸恵さんとひかるさんって、どんな関係なんですか?」
ついに私はひかるさんに聞き出してしまった。
「私と幸恵は小学校と中学校の時の同級生だったの。彼女、もともと甲府市内のIT企業で働いていたけど、彼女のお父さんが急に倒れて、仕事を辞めてこっちで働くようになったの」
「そうだったのですね。なんか悪いことを聞いちゃいました」
「大丈夫よ」
ブドウ狩りを終えて、幸恵さんの家で食事をごちそうになったあと、来た道を走って家(駐在所)に戻ることになった。着いた時には完全に真っ暗。お風呂に入って、パジャマに着替えたあと、そのまま寝てしまった。
翌日、店に行ってみれば”臨時休業”と書かれた張り紙が貼られていたままになっていた。
「おはようございます。今日もお休みなんですか?」
「あ、はがし忘れ。悪いけど、はがしておいてくれる?」
ひかるさんに言われて、臨時休業の張り紙を店の奥へ置いて、開店の準備を始めた。
8話へ続く。




