6、サマーホリデーその2
(1)バーベキュー大会
8月に入って、お盆を迎えようとしていた時だった。外では気温40度を超える記録的な暑さが続いていた。私の住んでいる大菩薩村は周囲が山に囲まれているため、言うまでもなく海がない。おまけに人口の少ない村なので、大きなレジャープールも存在しない。水遊びと言えば、近くを流れる大菩薩川か学校のプールしかない。
「宿題が終わったんだから、学校のプールへ行ってもいいでしょ?」
「だーめ。宿題が終わってもお店があるんだから、しっかり手伝いなさい」
「えー! お手伝いなら毎日やっているじゃん」
笛花はひかるさんにピシャリと厳しいことを言われて、不満をぶつけていた。
「笛花ちゃん、お店なら私がやるから、泳いできたら?」
「雫ちゃん、あんまり甘やかさない方がいいわよ」
今度は私にまで厳しく言ってきた。
「じゃあ、手伝うわよ」
笛花は渋々と返事をして、店の手伝いをやり始めた。その数分後にドアを開ける音が聞こえた。
「いらっしゃい」
入ってきたのは清江さんだった。
「ひかるさん、野菜を届けにやってきたよ」
清江さんは汗をかきながら、ひかるさんに野菜を渡してきた。
「ありがとう。何か食べていく?」
「そうだね、冷やし中華出来る?」
「出来るわよ」
ひかるさんは、そう言って準備にかかった。私が働いている軽食屋さんでは夏限定で冷やし中華のサービスをやっている。しかも、嫌いな食材があった場合、お客さんの要望でほかの味付けや食材のトッピングをするサービスもやっている。清江さんは特に好き嫌いがないので、ひかるさんにすべて任せることにした。
「おまたせ」
そう言って、用意した冷やし中華にはトマトとレタスがたくさん入っていた。
「このレタスとトマトはうちの畑でとれたものか?」
「そうよ」
「やっぱ、うちの畑の野菜は最高だ。特にこのトマトの甘酸っぱさが最高だよ。最近の子供たちは野菜を嫌がって、肉や魚を食べてばかりだよ」
そう言いながら冷やし中華を食べ続けた。
「確かにそうですよね。昔に比べたら好き嫌いが多すぎますよね」
「私のころは野菜をおやつ代わりにしていたよ。それを最近の子供たちは、スナック菓子やチョコレートを食べてばっかりだから、すぐに病気になるんだよ」
「本当にそうですよね。私の頃は甘いものと言えば、サツマイモや柿だったよ」
「この時期なんかスイカを食べていたよ。今の子供と言えばアイスやジュースに目を向けてばかり。スイカは種が多いから食べるのが面倒と言って食べようとしない」
「私なんかスイカが出た時には、大はしゃぎだったよ。庭に行って友達と種飛ばし競争もやっていたわよ」
「私もだ。あ、冷やし中華ごちそうさま。お代、ここに置いておくよ」
「ありがとうございます」
清江さんがいなくなったあと、再び店の中はガランとしてしまった。テーブルを拭いて、食器を洗っても時間に余裕ができた。
「こんちはー、アイスコーヒー用意できる?」
店に入ってきたのは、杉村義則さんだった。杉村さんは、そう言いながら空いているカウンター席に座った。
「いやあ、暑いねえ。外歩いていたらオーブンに閉じ込められたような気分だったよ」
「杉村さん、どこへ行ってきたの?」
「うん。今日は村長に用事があって……」
「村長に何の用事があったの?」
「それは、秘密だよ」
「ちょっと気になる」
ひかるさんは、杉村さんの迷惑などお構いなしに、何度も問い詰めてしまった。
「母さん……じゃなくて店長、杉村さんが嫌がっているんだから、その辺にしてあげて」
「わかったわよ」
笛花に注意されて、ひかるさんは渋々とあきらめてしまった。
「杉村さん、すみませんでした」
笛花が一言謝ったら「いや、大丈夫。アイスコーヒーごちそうさま」と言い残して、いなくなってしまった。
「あとで村長に会いに行ってみない?」
「村長になんの用事があるの?」
笛花はひかるさんの一言が気になって、聞き返してしまった。
「さっきの杉村さんの言葉気にならなかった?」
「だからと言って、村長に会いに行っても同じだと思うよ」
「大丈夫だよ。あの村長、口が軽いからすぐに教えてくれると思うよ」
ひかるさんのマイペースな言い方に、笛花は何も言い返せなくなった。
「そういえば、今日駐在さん来ないの?」
いつも来る星音さんが来なかったことに、ひかるさんは疑問に感じてしまった。
「今日は上野原警察署に呼ばれているみたいなんです。朝からパトカーで行きました」
「そうなんだね」
私の言葉にひかるさんは、あっさりと納得してしまった。
「……で、本当に村役場に行くの?」
笛花は少し呆れた顔で、ひかるさんに聞き出した。
「うん。村長さんと杉村さんが何の話をしたのか気になるから」
「遠慮したほうがいいよ」
「別にいいじゃん」
「あとで何か言われても知らないよ」
「大丈夫だよ。あの村長、普段から穏やかな性格だから、その程度で何も言ってこないって」
「どうしてもと言うなら止めないから。その代わり、何を言われても助けないからね」
笛花の反対などお構いなしに、ひかるさんは車の鍵を持ち出して、村役場まで行こうとした。
「行くのは勝手だけど、料理は誰が担当するの?」
「じゃあ、プレートを”準備中”にしておいて」
そう言い残して、車で村役場まで向かった。
「こんにちは、村長さんはいますか?」
受付で、いきなり要件を切り出した。
「あの、アポはとりましたか?」
「大丈夫。いつもアポなしで会っているから」
「名前は?」
「道志ひかる」
受付の女性の人は内線電話で、村長につなげた。
「……はい。今受付に道志ひかる様という方が見えていまして……。……はい、そうですか。わかりました、ありがとうございます」
電話を切った直後、ひかるさんに「村長室まで来るように」と伝えた。ひかるさんは、そのまま村長室まで向かい、入口でドアを数回ノックした。
「どうぞ、入っておいで」
「失礼しまーす」
「ひかるさん、今日はどうしたのかね?」
ひかるさんが入ってくるなり、村長さんは要件を切り出してきた。
「いきなり要件?」
「まずかったかね?」
「なんていうか、最初は軽く世間話をするんじゃない?」
「正直言うと私も忙しいんだよ」
「すみません……」
「気にするな。せっかく来てくれたし、用件だけも聞かせてくれないか?」
村長さんは、ソファに座って改めて要件を切り出してきた。
「実は、今日杉村さんが見えたはずですが、なんの話をされたのですか?」
「本当に聞くつもり?」
村長さんの表情は急に曇り始めた。
「と、言いますと?」
ひかるさんは、今一つ理解していない顔をしていた。
「まだわからないのかね?」
「はい……」
「君が小学校の低学年なら、その場でちゃんと教えなくてはならないが、君は大人だろ。少しは考えてくれないか」
「……」
村長さんの厳しい言葉に、ひかるさんは何も言い返せなくなってしまった。
「君が今やろうとしているのは、プライバシーの侵害になるんだよ。悪いが、これは私と杉村さんとの秘密だ。どうしても知りたかったら、本人から直接聞き出してくれ」
「わかりました……」
「ほかに要件は?」
「いえ……」
「なら、下がってくれないか? 私は忙しいんだよ」
店に戻ったひかるさんは疲れ切った顔で、入口のプレートを”営業中”に戻して客が来るのを待っていた。
「おかえり。役場で何かあったの?」
「いや、別に」
笛花の質問に短く返事をした。
「村長さんから厳しいことを言われたのですか?」
「……」
今度はゆかりさんから図星を言われ、何も言い返せなくなった。
「だから、言ったのに」
「だって、村長さんなら簡単に教えてくれると思ったから……」
「考えが甘えすぎだなんだよ」
「はい……」
ひかるさんは、親に叱られている5歳児と同じ状態になってしまった。
「こんにちは、今大丈夫?」
ドアが開いて、入ってきたのは星音さんだった。
「駐在さん、今帰ってきたのですか? アイスコーヒーを入れますね」
少し元気をなくした、ひかるさんはカウンターでアイスコーヒーを入れる準備を始めた。
「実は上野原警察署と大菩薩村の共同主催でバーベキュー大会を開こうと思っているの。場所は大菩薩川の河川敷で。どう?」
「いいと思うよ。道具はどうするの?」
星音さんの提案に、ひかるさんは疑問に感じていた。
「炭や鉄板、飲み物などは警察署や村役場で用意するけど、食材と食器は自分たちで用意してもらう形になったよ」
「わかりました」
「詳細はチラシを見てちょうだい」
アイスコーヒーを飲み終えた星音さんは、それを言い残して店を出て行った。”バーベキュー大会”と聞いて反応した私と笛花、ゆかりは急にテンションが上がってしまった。
「店長、食材はどうされるのですか?」
「あとで、近所のスーパーか道の駅に行って、買いそろえるよ。何か食べたいのある?」
「私、肉がいい!」
「肉以外でないの?」
「うーん、魚、イカ」
「野菜も食べなさい」
「はーい」
それを言われたとたん、笛花は一気にテンションが下がってしまった。
「笛花、なんか小さい子供みたい」
「ゆかり、言い過ぎ!」
ゆかりに笑われた笛花はムキになて言い返した。
その日、仕事を終えた私は家(駐在所)に帰って、星音さんからバーベキュー大会のことを聞き出した。
「ねえ、いつやるの?」
「次の日曜日かな。食材は明日巡回ついでに買いに行こうと思っている。雫ちゃん、食べたいものある?」
「私は骨付きチキンと玉ねぎ、ウズラの卵が食べたいです。あとは星音さんに任せます」
「オーケー」
「そういえば、食器はどうするの?」
「なるべくゴミを出したくないから、プラスティックの食器にしようかなと思っている」
「ここにあるのですか?」
「まあね。じゃあ、風呂に入ってくるから」
そう言って、星音さんは浴室へ行ってしまった。その間、私は退屈になってしまったので、充電しながらスマホをいじっていた。
次の日、軽食屋さんへ向かっている途中、電柱や掲示板にバーベキュー大会のチラシが貼られていた。さらにひかるさんと一緒に店の食材を買いにスーパーへ行ってみると、いつもより人が多かった。おそらく、当日のバーベキュー大会の買出しに違いないと思った。
「すごい人ですね」
「そうだね。雫ちゃんは食材を買いそろえたの?」
「星音さんが、巡回ついでに買いそろえてくれるみたい」
「そうなんだね。駐在さん、何を買うって言っていたの?」
「私のリクエストかな」
「お、いいね。何をリクエストしたの?」
「骨付きチキンと玉ねぎとウズラの卵。あとは星音さんに任せました」
「そうなんだね」
ひかるさんは、私が話している内容に短く返事をした。
「ひかるさんは、もう買ったのですか?」
「うん、あとで道の駅に行って買いそろえるつもり」
「早くしないと、売り切れになりますよ」
「そうだね。今日は早めに店を閉めて、食材を買いそろえることにするよ」
そして、迎えた当日。
星音さんはコンパクトSUVを出して、食材や食器などを詰め込んで会場まで向かった。しかし半分はお仕事なので、服装は制服だった。臨時の駐車場はかろうじて一台分のスペースがあった。そこに置いたあと、荷物を持って受付へと向かった。会場付近には数台のパトカーも止まっていた。
「お疲れ様です。のちほど巡回に入らせていただきます」
「了解」
仲間の警察官に挨拶を済ませたあと、受付を済ませたら、係の人が炭と鉄板を持って慣れた手つきで用意してくれた。
「油はお好みの量でお使いになってください。あと、本日お車などでお越しになられましたか?」
「はい……」
「お客様は警察の方なので、私が申し上げなくてもお分かりと思いますが、お車や自転車、バイクでお越しになったお客様と未成年者のお客様には酒類の提供はできませんので、ご了承ください」
「わかりました」
「お飲み物は、ソフトドリンクが400円、アルコールが1000円で飲み放題となっています。また紙コップは無料サービスとなっております。ここまでで、何かご質問は?」
「お手洗いは?」
「お手洗いは奥の仮設トイレをご利用ください」
「わかりました。ありがとうございます」
「それでは、ごゆっくり」
係の人がいなくなったあと、星音さんはレジ袋から食材を取り出して、準備にかかろうとした時だった。
「しまった!」
「星音さん、どうしたの?」
突然のリアクションに思わず驚いてしまった。
「包丁とまな板を忘れてきた!」
「私、借りてくるよ」
私は受付に行って、まな板と包丁を借りてきて、食材を切り始めた。
「雫ちゃん、ごめんね」
「大丈夫、気にしないで」
私が慣れた手つきで野菜の皮をむいたり、切っていたので、意外そうな顔で見ていた。
「雫ちゃんって、そんなに手先が器用だったっけ?」
「うん、私サーカスにいたとき、よく食事の担当していたから。あと、軽食屋さんで働いているときも、ひかるさんに少し教わっていたから」
「そうなんだね」
「星音さんもサーカスにいた時、料理やらなかった?」
「少しだけ」
「そうなんだね」
野菜を切り終えて、鉄板に油を引いて、野菜や肉を載せていった。ジュージューと音を立てながら焼いていって、最初に焼きあがったのは野菜だった。肉は星音さんが載せた牛肉が最初に焼きあがって、私が載せた骨付きチキンはまだ焼けていなかった。
「結構時間がかかるんだね」
私は野菜を食べながら、1人ぼやいていた。
「鶏肉はけっこう時間がかかるんだよ。よかったら、私の牛肉食べる?」
「いいの?」
「うん」
星音さんは、そう言って私の皿に牛肉を何枚か載せてくれた。
「ありがとう」
タレのかかった牛肉を食べながら、骨付きチキンが焼けるのを眺めていた。
「バーベキュー、楽しんでいる?」
後ろからジュースを持った、ゆかりがやってきた。
「ゆかりちゃん、一緒に食べる?」
「遠慮しておくよ。あれ、雫さんのところは骨付きチキンを焼いているの?」
「うん。バーベキューと言ったら骨付きチキンだよ」
「そうなんだね」
「あと、ウズラの卵もあるよ」
「変わっているね」
「ゆかりちゃんの所は?」
「私の所は牛肉とか野菜、あと焼きそばかな。あ、そうそう。笛花ったら、ひかるさんに野菜を食べさせられていたよ」
「そうなの?」
「見てみる?」
「鶏肉を見ているから遠慮しておくよ」
「わかった、じゃあね」
そう言い残して、ゆかりはいなくなってしまった。焼きあがった骨付きチキンを皿に載せて二人で食べようとしていた時だった。
「駐在さん、骨付きチキンを食べているのですか?」
今度は田代たちがやってきた。
「田代君、バーベキュー楽しんでいる?」
「うん。骨付きチキンおいしそうですね」
「よかったら食べる?」
「いいのですか!?」
「余っているから、よかったら食べてよ」
「やったー! じゃあ、ちょっと待ってもらっていいですか?」
そう言って田代君たち、いじめ3人組は自分の所から私たちのテーブルにいろんな食材を置いてくれた。田代が焼きそば、山口がイカ、醍醐がデザートのプリンを2人分置いてくれた。
「醍醐君、プリンいいの?」
「はい、骨付きチキンのお礼です。あと、上にお好みでチョコチップも載せてください」
醍醐は少し嬉しそうに星音さんに言ってくれた。
「ありがとう、デザートに食べさせてもらうね。本当にいいの?」
「はい、ほかにもデザートがあるので」
「駐在さん、僕からはイカです」
「駐在さん、僕からは焼きそばです」
「みんな、ありがとう」
もはや、わらしべ長者と同じ状態になってしまった。食べ終わったころには、おなかが膨れ上がって、とても巡回どころではなかった。
「課長、食べ過ぎたので、巡回は少し休んでからでもいいですか?」
「呆れた。もういい、君は休んでいなさい」
課長は食べ過ぎた星音さんに何も言えなくなってしまった。
「すみません、そうさせてもらいます」
片付けを終えて、出したゴミを指定のゴミ捨て場に置いたあと、荷物をトランクに詰めて、車を出そうとした時だった。
「白丸巡査、君も検問に付き合ってくれないか?」
「私もですか?」
「でも、この子がいますので……」
「ほかの人に頼めないのか?」
課長はそう言って、ひかるさんに頼んでしまった。
「ひかるさん、すまないけど、雫ちゃんを家(駐在所)まで送ってあげてくれないか? 巡査の白丸を、このあと飲酒運転の検問につき合わせたいので……」
「そういうことでしたら……」
「あの、私、車の運転ができます。あとお酒も飲んでいません。その代わり星音さんを家(駐在所)まで送ってあげてください」
私は思わず、課長の前で口走ってしまった。
「わかった、では気を付けて帰りなさい」
「雫ちゃん、鍵」
星音さんから車の鍵を受け取って、私はエンジンを始動させて、ギヤをDに入れたあと、ゆっくり走らせた。
「課長、星音さんのことをお願いします。ひかるさん、また明日よろしくお願いします」
そう言い残して、車を走らせて家(駐在所)まで向かった。1人で運転するのは正直とても緊張していた。家(駐在所)に着いて、車を車庫に入れたあと、荷物を全部取り出して、使った食器を台所の流しに持って行って洗い始めた。
全部終わったころには疲れが出てしまったので、自分の部屋に布団を敷いて寝ることにした。
そのころ、バーベキュー会場では星音さんたちが飲酒運転の検問をやっていた。さすがに誰もいなかったので、星音さんはパトカーに乗せてもらって、駐在所に向かっていた。
「バーベキュー、楽しかったか?」
「はい、楽しかったです」
「そうですか。それはよかった……」
課長のイヤミな質問にマイペースに返事をしたので、これ以上何も言えなくなってしまった。
「白丸巡査、明日は駐在所で通常勤務なので、よろしくお願いします」
「任せてください!」
「任せたよ」
駐在所に着いて、星音さんは元気よく「今日はお疲れさまでした」と言ったので、課長も「はい、お疲れ」と短く返事をした。
「課長、疲れたのですか?」
「そうみたい……」
「それは大変です。早く帰って休んでください」
「言われなくてもそうするよ。じゃあ、出してくれ」
そう言って、パトカーは星音さんを降ろしたあと、いなくなってしまった。
「ただいまあ」
ドアを開けて中に入って、まっさきに部屋着姿になって、一階の居間にあるソファに座ってテレビを見始めてしまった。私も星音さんが帰ってきたことに気が付かず、布団の中で眠っていた。
(2)盆踊り大会
バーベキュー大会から一週間が過ぎて、村は通常通りの日々を過ごしていた。星音さんはパトカーに乗って巡回、私は笛花とゆかりと一緒に軽食屋さんのお手伝いをしていた。
「あついー」
笛花は携帯用の扇風機を顔に当てながら椅子に座っていた。
「そんなの気持ちの問題」
「だって、暑いものは暑いんだよ」
「仕事中、携帯用の扇風機は使用禁止」
「じゃあ、クーラーの設定温度を下げてよ」
「うちは省エネをやっているの。わかったなら早く仕事をしなさい」
「お客いないじゃん」
「テーブルを拭いたり、床を掃除したりと、やることあるでしょ」
「ゆかりちゃんと雫ちゃんが終わらせたよ」
「あなたがスマホに夢中になっている時に?」
「……」
ひかるさんのイヤミな言い方に何も言い返せなくなってしまった。
「こんにちは」
中に入ってきたのは、自治会長の臼井茂さんだった。
「自治会長、お疲れ様です。今日は何の用で?」
「うん、実は近いうちに盆踊り大会を開こうと思って」
「盆踊り!?」
それを聞いた笛花は急にテンションが上がった。
「自治会長さん、屋台はどれくらい出るのですか?」
「まだわからないよ。これから決めるから」
「あと、花火大会もやるの?」
「花火大会は役場の管轄なんだよ。それに警察署と消防署の了解がないとできないんだよ」
「じゃあ、今から役場へ行って村長さんのハンコをもらえば花火大会が出来るのですね。あと、警察署と消防署にも行こうよ」
「ちょっと待ってくれ。そういうのは簡単にはできないんだよ。確かに村長さんや警察署、消防署の了解があれば、出来るとは言ったけど、ほかにも花火師の都合も確認しないといけないんだよ」
「無理言ってすみません……」
「笛花、漫画の読みすぎ!」
今度はひかるさんが横からツッコミを入れてきた。
「ま、花火大会は未定だから、そのつもりで。あと盆踊り大会のチラシを置いていきますので、お店に貼っておいてください」
自治会長はそう言い残して、店を出て行った。
「花火大会がないと、なんかさみしい」
「仕方ないでしょ? 打ち上げ花火は危険なんだから」
「普通、盆踊りのあとって、花火大会でしょ?」
「そんな話聞いたことがないわよ。さ、早く仕事に戻りなさい」
笛花はひかるさんの言葉に納得できなかった。
「笛花、屋台まわりしよ」
「うん……。やはり花火を見たい」
ゆかりに言われても、やはり納得いかなかった。
「花火はまた今度にしよ」
「そうだね……。ねえ、やっぱり村役場に行って村長さんに直談判しない?」
笛花があきらめかけようとした瞬間、急に気が変わったのか、村役場に行って村長さんと話そうと考えていた。
「ダメに決まっているでしょ?」
ひかるさんにピシャリと却下されてしまい、笛花はこれ以上何も言い返せなくなってしまった。
数分が経って、今度は田川さんが店に入ってきた。
「いらっしゃい……。って、なーんだ、ひろゆきちゃんか」
「おい、もう少し愛想よく言えないのか! それと毎回同じことを言わせるなよ」
笛花が無愛想に言ったら、田川さんはキレだした。(当たり前だけどね)
「ひろゆきちゃん、今日も客が少なかったの?」
「『今日も』じゃなくて。『今日は』に訂正しろ!」
「だって、いつも回送にして走り回っているだけじゃん」
「おい、人を暇人扱いするな!」
「事実じゃん」
「もういい、気分が悪いから帰る!」
田川さんが店から出ようとした時だった。
「ひろゆちゃん、待って。娘が失礼なことを言ったことについては謝るから」
「あそこまで、ひどく言われたの初めてだったよ」
「本当にごめんなさい。だから、戻って食事にしよ。今日はサービスするから」
「ひかるさんに免じて勘弁してやるよ」
ひかるさんに説得されて、田川さんは渋々と店に戻っていった。
「それで、笛花ちゃんがそこまで口が悪くなった原因はなんだ?」
トンカツ定食を食べながらひかるさんに質問してきた。
「盆踊り大会のあとに花火大会があると思い込んでいたんだけど、やらないと知ってグレちゃっているの」
「なーんだ、この程度か。レベル低いな」
田川さんに言われ、笛花の怒りは少しずつ上昇して行った。
「ひろゆきちゃん、私にケンカ売っているの?」
「言っておくけど、最初にケンカを仕掛けたのは笛花ちゃんだということを忘れるなよ。俺だって、それなりに機嫌が悪いんだからな」
「……」
「どうした、悔しかったら言い返してみろよ」
「……」
しかし、これ以上は何も言い返せなかった。
「ひろゆきちゃん、この辺にしてあげて」
「わかったよ……」
ひかるさんに言われて、田川さんはこれ以上何も言わず、食事を続けて店を出てしまった。
「笛花、今日はあがってちょうだい」
「でも、まだ店が……」
「こんな調子で店にいられても困るから。今の客がひろゆきちゃんじゃなくて、ほかの客だったらどうしていたの? 間違いなく大変なことになっていたわよ」
「確かに……」
「だから、今日は部屋で休んでいなさい」
ひかるさんに言われ、笛花は渋々と自分の部屋に戻っていった。
その日、最後の客を見送ったあと、片付けをして、私が家(駐在所)に戻って星音さんに花火大会のことを持ちかけてみた。
「この村に花火大会ねえ……」
星音さんは難しい表情して少し考え込んでしまった。
「難しい?」
「うーん、正直……。花火大会に関してはうちの署長のほかに消防署長のハンコとサインも必要なんだよ。ほかにも村長さんのハンコとサインも必要なの。そうしないと、万が一花火が原因で家が火事になったら、どうする?」
「住んでいる人に迷惑がかかる」
「でしょ? そのために打ち上げる場所も決めないといけないの」
「そうなんですね……」
私は目の前の麦茶を飲みながら、星音さんの言葉にうなずいていた。
「ほかにも、当日の警備や誘導にあたる警察官も決めないといけないし、消防車の手配や村長さんや花火師のスケジュールも確認しないといけないの」
「警備っていうと、星音さんも当たるのですか?」
「もちろんよ。私はこの村の駐在をやっているんだから、警備に当たるわよ」
「そうなんですね……」
「何か引っかかることでも?」
「いえ……」
「遠慮しないで言ってごらん」
「花火の時、私1人になるのかなって思ったから……」
「なら、笛花ちゃんや、ゆかりちゃんと一緒に見ればいいじゃん。帰りはひかるさんに頼んでおくから。でも、まだ決まったわけじゃないし……」
「そうだよね……」
「じゃあ、寝ようか」
「お休み」
そして迎えた盆踊り大会、場所は駐在所から自転車で10分の神社だった。
みんな浴衣を持っていなかったため、その日は普段着で参加することになった。あたりを見渡すと、私たち以外、ほとんどの人が浴衣ばかりだった。
「来年はみんなで浴衣を着ようね」
「うん……」
私が言ったら、笛花が短く返事をした。
「じゃあ、気を取り直して屋台巡りを始めようか」
ゆかりの一声でみんなで「おー!」と言って屋台に行こうとした時だった。
「お祭り楽しんでいる?」
うしろから制服姿の星音さんの声がした。
「星音さん、今日は警備なんですか?」
「そうだよ」
「あとで一緒に回りませんか?」
「そうしたいけど、課長が目を光らせているから無理なんだよ」
「そうなんですね」
「だから、今日は私の分まで楽しんできてよ」
「では、行ってきます」
星音さんと別れてから、最初に回った屋台は、たこ焼きだった。8個入りだったけど、屋台の人が「お嬢ちゃんたち可愛いから1個おまけしちゃう」と言って9個入れて渡してくれた。
「9個あるから、1人3個ずつね」
笛花はそう言って、1個食べたあと、みんなに差し出した。
「あっつーい!」
ゆかりも1個食べたとたん、ペットボトルのお茶を流し込んだ。
「あー! ズルイ! 自分だけお茶を飲んでいる!」
お茶を飲んでいるゆかりに、笛花は指をさして大声を出していた。
「お茶なら、境内の出入口に自販機があるわよ」
「ちょっと案内して」
笛花は私とゆかりを連れて自販機へ向かい、お茶を2本買って屋台へと戻った。
「次、どこへ行く?」
「チョコバナナがいい!」
私が言うと、真っ先にチョコバナナの屋台へ向かった。バナナに割りばしが刺さっているだけなので、正直食べるのが難しかった。食べ終わってやぐらへ行ってみると、自治会のメンバーが踊っていた。
「一緒に踊ってみる?」
ゆかりが言うと、みんなが断ってしまったので、ゆかりだけが踊りに行ってしまった。
「勇気あるね」
笛花が腕を組みながらゆかりの踊りを見ていた。
「ヤッホー、みんなで楽しんでいる?」
後ろから再び星音さんの声が聞こえてきた。後ろを振り向くと、ひょっとこのお面を被ってりんご飴を持っていた。
「星音さん、本当に巡回をしているのですか?」
「しているわよ」
「じゃあ、なんでお面を着けて、りんご飴を持っているのですか?」
「ちょうど終わって、遊んでいたの」
「じゃあ、今は誰が巡回をしているのですか?」
「他の人に代わってもらったわよ」
「そうなんですね」
星音さんの言い訳に、私は何も言えなくなってしまった。
「私も踊ってこようかな」
そう言ったあと、自治会のメンバーと一緒に踊ってしまった。
「私たちも踊る?」
「そうだね……」
私が苦笑いをしながら踊りに誘ったら、笛花も苦笑いをしながら答えた。実際に踊ってみたら、自治会のおばちゃんたちに「ああ」だの「こう」だのと指摘を受けてしまった。正直自由に踊らせてほしいと思ったのが本音だった。しかし、ベテランに逆らってはダメだと思って、おとなしく従うことにした。
夜8時になって、小学校の低学年までの子供たちは家に帰る時間になってしまったので、自治会の人からお菓子を受け取って家に帰ってしまった。しかし、経費節約のため、配ったお菓子は駄菓子屋のお菓子の詰め合わせになってしまった。
「私たちも帰る?」
笛花が私とゆかりに帰宅を促したので、私も「そうだね」と短く返事をした。
「じゃあ、駐在さんに一言挨拶をしてから帰ろうか」
ゆかりの一言で私と笛花も星音さんの所へ行き、挨拶を済ませてから家に帰ることにした。私が帰ろうとした時だった。「雫ちゃん、ちょっと待って」と星音さんが私を引き留めた。
「星音さん、どうしたの?」
「これ持って帰って、みんなでやってよ」
「この花火、どうしたの?」
「福引の残念賞」
「私たちだけでいいの? できたら星音さんも一緒の方が安心できますけど……」
「そうしたいけど、このあとも仕事だから……。ねえ、明日なら時間が取れるから、明日にしようか」
「はい。では、先に家(駐在所)に戻っていますので」
「じゃあ、よろしくね」
星音さんと一度別れたあと、私はマウンテンバイクで家(駐在所)まで戻っていった。
翌日の夜、笛花とゆかりを呼んで、駐在所の前で花火をやり始めた。
「駐在さんは、やらないのですか?」
見てばかりの星音さんに笛花は花火を一本差し出した。
「じゃあ、一本だけだよ」
そう言って花火を持ち始めたもの、いざやりだしたら、子供のように夢中になって最後までやってしまった。最後にやった線香花火は夏の終わりをイメージをするようだったので、何だか切なく感じてしまった。
「スイカがあるから、みんなで食べようか。雫ちゃん、悪いけど手伝ってくれる?」
星音さんは私を台所へ連れて、切ったスイカを大きな皿に乗せて運ばせた。
「スイカを持ってきたよ」
大きな皿を見るなり、笛花は拍手をして喜んでいた。
「いただきまーす!」の一言のあと、笛花はスイカを一切れ手に取って、一口かじって皿の上に種を吐き出した。
「ねえ、来週あたり肝試しって、どう? 二人一組で」
二切れめのスイカを手に取った笛花は、みんなに提案をしてきた。
「どうせなら、お化け役を出すのはどう?」
今度はゆかりがお化け役を提案をしてきた。
「誰がやるの?」
笛花はあたりをキョロキョロしながらみんなに聞いてきた。
「じゃあ、私やるよ」
「雫ちゃん、いいの?」
「私、衣装とかお面持っているから」
「じゃあ、お願いしてもいい? あと、よかったらどんな衣装でやるか教えて」
「でも、これは秘密にしておきたいから……」
「私ら、実行委員みたいなもんだし、いいでしょ? 他の人には話さないって約束するから」
「ちょっと待って」
私は屋根裏部屋へ行って、サーカスで使っていた衣装一式とお面を1着用意して、笛花とゆかりに見せた。
「この衣装、生地とかしっかりしているじゃん。お面も本格的だし。ネットで売っているものとは比べ物にならないわよ。このお面ってどこから見るようになっているの?」
ゆかりは、少し興奮した状態で私に聞いてきた。
「目の部分にスモークがかかっていて、そこから見るような感じになっているの」
「ちょっと被ってみてもいい?」
ゆかりはそう言って、私のお面を被ってしまった。
「ちょっと待って」
私は後ろの紐を少しきつめに縛った。
「ちょっと頭がきつくなった」
「そうしないと、すぐにずれたり、脱げちゃうから」
「そうなんだね。視界ってサングラスをかけたような感じになっている」
ゆかりは、少し驚いた感じで感想を言っていた。
「ねえ、お面を脱ぎたいから、紐をお願い」
「あ、ごめん……」
「じゃあ、そろそろ私ら帰るよ」
ゆかりは、そう言って笛花を連れて、家に帰ってしまった。私もお風呂に入って、そのまま寝てしまった。
(3)肝試し大会
笛花が提案した3日後、仕事を終えて笛花の部屋で打ち合わせをすることにした。
「当日、何人くらい呼ぶ?」
笛花はアイスキャンディの棒をくわえながら、私とゆかりに聞いてきた。
「クラスの人たちだけでいいんじゃない?」
ゆかりも面倒くさそうに返事をした。
「みんな来るかな」
「来られそうな人だけでいいんじゃない? 家族と旅行に行っている人もいるから」
「確かにそうだね。二人一組だけど、余ったらどうする?」
「そうしたら、駐在さんと組むのってどう?」
「駐在さんの都合はどうなの?」
ゆかりが提案したら、今度は笛花が私に聞いてきた。
「今のところ、大丈夫だと思う」
「県警本部の呼び出しってない?」
「その話は聞いてないと思うよ。あと、場所はどうする?」
「じゃあ、古い墓地があるじゃん。そこでやろうか」
「あと、近所に住んでいる、姫夏ちゃんも呼んでいいい?」
「いいけど、大丈夫なの? 誰と組ませるの?」
笛花は表情を険しくさせながら、私に聞いてきた。
「私と組ませる。そのために、姫夏ちゃんを最後に1人で来させて。軽く脅かしたら一緒にゴールまで回るから。それと当日私車で行くから、帰りは家まで送り届けるよ」
「一つ気になったのは、ダッシュで逃げたり、雫ちゃんが捕まえたとき、激しく抵抗しないかなんだよ」
ゆかりも眉間にしわを寄せて聞いてきた。
「その時は、抱きかかえてでもゴールまで連れていく行くから。最悪、星音さんにも協力してもらうつもり」
「だったら、最初から駐在さんに組ませるわけには、いかないの?」
「それも視野に入れている。とにかく当日、姫夏ちゃんだけ私の所まで一人で来させて、そのあとは一緒に回るから」
話を半ば強引に終わらせて家に帰ろうとした時だった。
「雫ちゃん、当日の日程どうする?」
笛花が私に確認してきた。
「来週の月曜日って、どう?」
「月曜日なら何もないから大丈夫よ。あと時間どうする?」
「小さい子供がいるから、あんまり遅くならないほうがいいんじゃない?」
「確かに……。開始を7時にして、終わりを8時を目安にしようか。あと、私衣装と被り物をするから、少し早めに行って準備するね」
「じゃあ、姫夏ちゃんは?」
笛花は今一つ納得してない顔をしていた。
「それなんだけど、行きは笛花のお母さんにお願いしてもいい?」
私は少し申し訳なさそうな顔をして頼んでみた。
「わかった。頼んでおくよ」
「ありがとう。帰りは、私が送っていくから」
「了解」
「私の正体、みんなに知られたくないから、終わって全員そろったところで解散にしてくれる?」
「いいよ」
「一つ気になったけど、墓地にピエロっておかしいじゃん。何か設定とかないの?」
今度はゆかりが口をはさんできた。
「設定ね……」
再び考え込んでしまった。
「こういうのって、どう? 昔、ピエロが乗っていた車が崖から転落して、その幽霊がさまよい続けているとか」
「ちょっと不自然じゃない?」
笛花の考えにゆかりは即ダメ出し。
「じゃあ、ゆかりは何かあるの?」
「私なら、家族を亡くしたピエロが両親を探しながら、うずくまって泣いているとか」
「人のこと言える?」
「少なくとも笛花よりマシだと思っているよ」
「私、ゆかりが考えた設定に賛成するよ」
私はメモに記録して、家に帰ることにした。
そして、迎えた肝試し当日。周りに草が生い茂っている中に、細い路地があり、その中に墓地の入口が見えた。
私は一足先に笛花とゆかり、星音さんと一緒に車で来て、準備にかかっていた。ゆかりと笛花がトランシーバーで感度をチェックしている時、私は着替えを済ませて、お面を持ってチェックポイントに向かった。
その数分後に、姫夏ちゃんを乗せたひかるさんの車がやってきた。
「駐在さん、お疲れ様です。帰りは娘たちを乗せて帰りますので、姫夏ちゃんをお願いをしてもいいですか?」
「了解しました」
「では、チャイルドシートをお預けします」
ひかるさんは後部座席のチャイルドシートを外して、星音さんのコンパクトSUVの後部座席に取り付けた。
「姫夏ちゃん、こんばんは。お化け怖くない?」
「ちょっと怖いかもしれない……」
「今日頑張って回ろうね」
笛花が笑顔で言うと、姫夏ちゃんは少し不安そうに答えた。
「ねえ、お化けって何もしない?」
姫夏ちゃんは不安そうな顔をして星音さんに聞き出した。
「怖くないし、何もしないから大丈夫だよ。もし、姫夏ちゃんに襲ってきたら、私がやっつけてあげるから」
「駐在さん、本当にやっつけてくれるの?」
「任せて!」
星音さんがかっこいいところを見せた直後、笛花のクラスメイトの何人かが自転車に乗ってやってきた。
「よ、今日はよろしくな」
田代が笛花に、かっこつけた態度を見せていた。
「田代、今日チビったらSNSに乗せてもいい?」
「テメー、まだ懲りてねえのかよ」
「冗談に決まっているじゃん。それより、宿題終わったの?」
「今日って8月18日じゃん。まだ余裕だよ」
「そんなことを言って8月31日になって、私に泣きつくなよ」
「お前だけに言われたくねえよ」
「そろそろ始めるわよ」
ゆかりの一言でみんなは静かになった。ゆかりがみんなに怪談話を聞かせて、そのあとくじでペアを組ませて、順番に行かせた。私のところに来ると、たいていの参加者はダッシュで逃げてしまった。
そして、姫夏ちゃんの順番がやってきた。最初から1人で行かせるのはかわいそうだったので、途中まで星音さんが連れていって、はぐれたふりをしたあと、星音さんだけ戻ってしまった。
「お父さん、お母さんどこ? 私1人になって、さみしいよ」
私が泣きながら言うと、姫夏ちゃんが恐る恐る私のところへやってきた。私が振り向いて、「私のお父さんとお母さんどこなの! 早く会わせてよ!」と叫んだら、案の定ダッシュで逃げようとしたあげく、尻もちをついてしまった。再び立ってダッシュで逃げようとしたので、私は慌てて腕をつかんで「大丈夫、怖くないよ」と優しく言った。
「本当に?」
「1人で来たの? えらいね」
そう言ってお尻に着いた砂をはたいてあげて、一緒に手をつないで行ったのはいいが、やはりまだ怖がっていた。かと言ってお面を外すわけには行かない。仕方がないので、私は姫夏ちゃんをおんぶすることにした。
「おんぶしてあげるから、一緒に行こう」
姫夏ちゃんは私におんぶされた直後「私、ピエロさんとお友達になりたい」と口に出してきた。
「わたしもだよ。っていうか、もうお友達じゃん」
ゴールに着いた時には、姫夏ちゃんは安心したのか、すでに気持ちよさそうに寝ていた。私と星音さんは起こさないように、そうっとチャイルドシートに乗せて、私はお面を外して、着替えを済ませたあと、助手席に座って家に向かった。
「今頃、どんな夢を見ているのかな」
「さあ」
星音さんの問いに、私は短く返事をした。
家に着いて、姫夏ちゃんを両親に引き渡したあと、チャイルドシートを玄関に置いて、家(駐在所)に戻った。
翌日の昼過ぎ、軽食屋で田代たちがピラフを食べながら、肝試しの話で盛り上がっていた。
「昨日のピエロの正体って誰だかわかる?」
「しらねえけど、道志か早乙女じゃねえの?」
「それは、違うと思うよ」
山口が返事をしていた。
「じゃあ、他に誰がいるんだよ」
「駐在さんとか?」
今度は醍醐が口をはさんできた。
「可能性はあるな」
「誰だと思う?」
笛花も横から口をはさんできた。
「道志は知っているのか?」
「わかんない」
「だったら、そんな質問すんなよ。紛らわしいなあ」
その時だった。姫夏ちゃんがお母さんと一緒に中へ入ってきた。
「こんにちはー」
「いらっしゃい。姫夏ちゃん、何が食べたい?」
笛花がにこやかに質問すると、姫夏ちゃんはその場で考え込んでしまった。
「ここに座って、ゆっくり考えようか」
私がテーブルに案内して、メニューを差し出すと、再び考え込んでしまった。
「お子様ランチや、お子様カレーもあるよ」
「じゃあ、私お子様ランチにする!」
私に勧められて、姫夏ちゃんはお子様ランチを選んでしまった。
「じゃあ、私はトンカツ定食にしようかな」
お母さんがトンカツ定食を選んだ直後だった。
「あ、俺の真似をしやがったな!」
カウンターで食事をしていた、田川さんが口をはさんできた。
「トンカツ定食は、ひろゆきちゃんの専用メニューじゃないでしょ」
「確かに……」
お母さんが田川さんに冷たく言い放ってしまったので、田川さんは何も言えなくなってしまった。
料理を待っている間、姫夏ちゃんは「あのピエロさん、かわいそうだった」と一言呟いていた。
「あのピエロさんって?」
お母さんが不思議そうに聞き返した。
「昨日肝試しに行ったら、ピエロさん、お父さんとお母さんに会えなくて泣いていたの。それだけじゃない。わたしをおんぶしてくれたの。だから、もう一度会って『ありがとう』って言いたい」
「姫夏ちゃん、優しいんだね。じゃあ、私がピエロさんに会ってお願いをしてあげる」
「雫おねえちゃん、ピエロさんとお友達なの?」
「うん、まあね……」
「じゃあ、お願いしてくれるの!?」
「いいよ……」
私のピエロが、いつの間にかサンタ的な存在になってしまった。
「いつ会わせてくれるの?」
「まだわからない。でも、ちゃんとお願いをしてあげるから」
「本当に!?」
姫夏ちゃんは、完全にテンションが上がっていた。こうなってしまっては後戻りができない。
その時だった。
「姫夏ちゃん、どうせならピエロさんと同じ服を着てみたいでしょ?」
今度は、ひかるさんが口をはさんできた。
「店長、いいのですか?」
「それくらい大丈夫よ」
「まさか、給料から布代を天引きするのでは?」
「そんな意地悪をしないから大丈夫よ。あとで、衣装を持ってきてよ」
「まだ仕事中……」
「終わってからでもいいじゃん」
「そうだね」
そう言ったあと、ひかるさんはポケットからメジャーを取り出して、「姫夏ちゃん、ちょっと立ってくれる?」と言って、体のサイズをとり始めた。
「ありがとう。出来上がったら、おばさんが届けてあげるね」
「ピエロさんじゃなくて、おばさんが?」
「うん。ピエロさん、お洋服作れないから」
「そうなの?」
「だから、代わりに作ることにしたの」
「おばさん、ありがとう」
「どういたしまして。あ、ちょっと待って」
ひかるさんは、そう言って冷蔵庫から人参のケーキを差し出した。
「よかったら、このケーキも食べて」
「うわあ、おいしそう」
姫夏ちゃんは、そう言ってケーキを食べ始めた。
「おいしい!」
「よかった」
「なあ、俺にはケーキないの?」
今度は田川さんが横から口をはさんできた。
「ひろゆきちゃんは、大人だから我慢しなさい」
「ちぇっ」
がっかりした田川さんを見て、みんなで笑っていた。
「じゃあ、ごちそうさまでした」
お母さんが立ち上がると、姫夏ちゃんも「ごちそうさまでした」と元気よく言って、店を出て行ってしまった。
その日から、ひかるさんは私が用意したピエロの衣装を見ながら、姫夏ちゃんの衣装を作り始めた。衣装を作り始めてから10日、完成したので、私に預けてきた。
「これ、店長が渡すのでは?」
「ごめん、悪いけど雫ちゃんが渡してあげて」
そう言って私に渡したあと、家の中へと戻っていった。
その日の夜、私は星音さんと一緒に車に乗って、姫夏ちゃんの家まで向かった。私は姫夏ちゃんの夢を壊さないように、ピエロの姿になって、後部座席に座って行くことになった。到着して、星音さんは玄関のインターホンを鳴らして、姫夏ちゃんを呼んだ。
「あら、駐在さん、こんばんは」
「こんばんは。姫夏ちゃんいますか?」
「ちょっと待ってください」
母親はそう言って、二階へ上がって、姫夏ちゃんを呼んできた。
「駐在さん、どうしたの?」
「実は、今日姫夏ちゃんに会わせたい人がいるの。誰だと思う?」
「うーん、わかんない」
「姫夏ちゃんが会いたいって言っていた人だよ」
「もしかして、ピエロさん!?」
「ピーンポーン! 大正解。ピエロさん、おいで」
「うわあ、ピエロさんだ! 来てくれてありがとう!」
「姫夏ちゃん、約束通り会いに来たよ。実はね、姫夏ちゃんにお土産を用意したんだよ」
「何?」
「開けてごらん」
私に言われて、姫夏ちゃんは手提げ袋からゆっくり持ち上げて、衣装を眺めてみた。
「うわー、ピエロさんの服だ! お母さん、今着てもいい?」
「その前に、ピエロさんに『ありがとう』は?」
「あ、そうだった。ピエロさん、ありがとう」
「気に入ってもらえて、本当によかった。どういたしまして」
姫夏ちゃんは、そのあと自分の部屋で着替え始めた。
「あの、よかったら中でお茶でもいかがですか?」
「いえ、結構です。すぐに帰りますので」
「遠慮なさらずに」
「実は、お面の下は非公開なので……」
「そうだったのですね。では、せめてソファに座るくらいでも。駐在さんもよかったら……」
「今日は玄関でいいですか?」
私がそう言った時だった。姫夏ちゃんがピエロ姿で私たちの前にやってきた。
「うわあ、可愛い!」
「ピエロさん、一緒に散歩しない?」
「それは、また今度でいい?」
「ええ!」
「姫夏、無理を言わない」
わがままを言った姫夏ちゃんに、お母さんは軽く注意をした。
「姫夏ちゃん、もう少ししたらハロウィーンがあるから、その時にピエロさんと一緒に回ろうか」
「うん!」
星音さんに言われ、納得した姫夏ちゃんは、明るい声で返事をした。
「せっかくだし、写真を撮ろうか」
そう言って、部屋からカメラを用意して、私と姫夏ちゃんを並べて一緒に写真を撮った。
「あとで、駐在所に持っていきますね」
母親は、耳元で星音さんにそっとささやいた。
「ありがとうございます」
「じゃあ、そろそろ帰るね」
「えー!」
星音さんが帰ろうとした時、姫夏ちゃんは再びわがままを言ってきた。
「姫夏ちゃん、また会いにくるから、それまでいい子で待ってくれる?」
「うん!」
私が頭を軽くなでながら言ったら、再び元気よく返事をしてくれた。そのまま星音さんと一緒に車に乗ったあとも、ずっと手を振って見送ってくれた。
さらに翌日の正午過ぎ、星音さんが自転車で巡回している時、墓地の近くで姫夏ちゃんに会った。
「姫夏ちゃん、どうしたの?」
「駐在さん、実はこの手紙をピエロさんに渡してあげてほしいの」
「なんで私に?」
「昨日、ピエロさんと一緒にいたでしょ? だから、仲がいいのかなと思ったの……」
「そうだったんだね。じゃあ、この手紙を預かっておくね。ところで姫夏ちゃん、ご飯食べた?」
「ううん」
「じゃあ、一緒に食べに行こうか」
「うん……」
二人はそのまま、歩いて軽食屋さんへと向かった。
(4)恐怖の8月31日
私が星音さんから、姫夏ちゃんの手紙を受け取ったその夜、部屋で静かに読んでみた。<ピエロさん、私とお友達になってくれてありがとう。とてもうれしかったです。ハロウィーンも楽しみにしています。 姫夏より(実際は、ひらがなとカタカナだけ))>と書かれていた。私はすぐに引き出しから、動物の絵柄のついた便箋を1枚取り出して、返事を書き始めた。<姫夏ちゃん、お手紙ありがとう。わたしも仲良くなれてうれしいです。ハロウィーンの時は一緒に回ろうね。 ピエロより(実際は、ひらがなとカタカナだけ))>と少し可愛い文字で書いて、星音さんに渡した。
「星音さん、明日巡回の時に渡してもらっていい?」
「私は郵便屋じゃないよ。悪いけど、自分で渡して」
「星音さんからのほうが、いいかなと思ったから……」
「しょうがない」
渋々と手紙を受け取って、そのまま寝てしまった。
その翌日、星音さんは自転車で姫夏ちゃんの家に行って、手紙を渡すことにした。
「姫夏ちゃん、ピエロさんから手紙を預かってきたよ。はい」
「ピエロさんからお手紙だ! 駐在さん、ありがとう!」
そう言って、姫夏ちゃんは受け取るなり玄関の前で大はしゃぎ。
「じゃあ、私はそろそろ、お仕事に行くから」
星音さんがいなくなったあと、姫夏ちゃんは家の中に入って、興奮したままだった。
その頃、軽食屋では私と笛花が退屈そうに客が来るのを待っていた。
「ゆかりちゃん、今日来ないの?」
「今日から家族と旅行なんだって」
「どこへ行ったの?」
「宮城と言っていたよ。確か、親戚が家ごと津波の被害にあったから、墓参りに行くとか言っていた」
「そうなんだね……。私も近いうちに墓参りに行こうかな……」
「誰の?」
「両親の……」
「マジ!?」
「うん……」
「なんか、悪いことを聞いちゃって、ごめんね……」
「大丈夫……」
「もしかして、肝だめしの時、泣きながら両親を探していた演技って、実はガチだった?」
「うん。でも、半分は演技だったから……」
「っていうことは、残りの半分はガチだってことじゃん。本当にごめんね」
「もう気にしてないから……」
笛花は私の前で、ずっと謝り通しだった。
「一つ気になっていたけど、雫ちゃんの両親って、なんで死んだの?」
「笛花、この質問はタブーだよ」
カウンターで食器を拭いていたひかるさんが、注意してきた。
「雫ちゃん、ごめんね。笛花がヤボなことを聞いたみたいで……」
「本当に大丈夫です」
店の中の空気は一気に重たくなってしまい、しばらく沈黙が続いていた。
午後になって、何人かの常連客がやってきて、こんな会話が聞こえてきた。
「8月も残り10日を切ったね」
「そうだね」
「あ、そうそう。おたくの息子さん、もう宿題終わったの?」
「さあ、部屋で何かをしているみたいだけど、宿題をしているようにも見えなかったわよ」
「うちも、毎日遊んでばかり。今年は絶対に助けないって決めているの」
「そのほうがいいよ。それが当たり前になって甘えてくるから。うちも夏休みの最終日に宿題が残っていたら、絶対に助けないつもり」
そんな会話を聞いていたら、なんとなくいやな予感がしてきた。カレンダーを見たら、8月23日。そろそろ宿題さぼり魔が泣きついてくるころだと思っていた。私が中学の時、決まって私に泣きついてきたので、もしかしたらその可能性が高いと判断した。
「今年はどうやら反省したみたいだね」
「誰が?」
「決まっているじゃん、田代たちだよ」
「笛花だって、今年はゆかりちゃんのおかげで楽になれたけど、去年なんかゆかりちゃんの家に行って、泣きついたくせに」
「確かに……。それを言われると、何も言い返せない……」
夏休みというのは、日数が長い分(場所によっては短い)、さぼりがちになってしまうので、どうしても後回しにしたくなる。特に宿題を後回しにしたがると、最終日になって地獄を味わってしまう。「まだ始まったばかり」、「まだ10日あるから余裕」というセリフを吐いている子供たちは要注意。たいていの子供たちは計画を立てて無理なく進めて行く一方、遊んでばかりの子供たちは最終日になって親や友達に泣きついて迷惑をかけてしまう。今年の笛花は友達のゆかりに助けられたので、夏休みの最終日に泣きつくことがなかった。しかし、それをいいことに宿題に手つかずの男子を笑うという悪い癖が出てしまった。
次の日の午後、田代たち3人組は昼食がてら、軽食屋で宿題をやることになった。
「裕太ちゃん、ここ図書館の自習スペースじゃなくて、お食事をするところなの。お勉強するなら、自分のお部屋か図書館でやってちょうだい」
「俺だけじゃなくて、他にの人にも言えよ」
「それは悪かった。ところでなんの宿題をやっているの?」
「うるせー、道志には関係ねえだろ!」
「もしかして、数学?」
「そうだよ。人のことを笑っているけど、お前はどうなんだよ」
「私? 終わったわよ」
「嘘つくなよ」
「疑うなら見る?」
「お前の宿題なんか見たくねえよ。俺たち、邪魔みたいだから行くぞ」
そう言って田代たちは、いなくなってしまった。
そして迎えた8月31日。朝から田代が店にやってきて、ゆかりと笛花の前で土下座をやりだした。
「田代、どうしたの?」
笛花は少し驚いた顔をして見ていた。
「道志、早乙女、頼む。宿題を写させてくれ。この通りだ」
「今まで何をやっていたの?」
「醍醐と山口に誘われて、ずっと遊んでいた……」
「そんなの自業自得じゃん。明日、先生に事情を話して謝ったら?」
「頼むよ、そんな冷たいことを言わないでくれよ」
田代は完全に藁にすがる思いだった。
その時だった。
「笛花、田代君本気みたいだし、今回だけ情けをかけてあげたら?」
ゆかりが助け船を出してきた。
「そんなの、自業自得じゃん」
「でも、それは笛花だって言えないわよ。もし、私がいなかったら、あなたも田代君と同じ目に遭っていたかもしれないよ」
「それを言われたらちょっと……」
「でしょ?」
「うん……」
「笛花とゆかりちゃん、田代君を自分の部屋に案内してあげて。お店は私と雫ちゃんでどうにかするから」
ひかるさんに言われて、笛花の部屋に通して宿題の手伝いを始めた。
「やっていないのどれ? まさか全部じゃないでしょうね」
「終わったのは、読書感想文と音楽の感想文だけ……」
笛花が少しいらだった感じで聞くと、田代は少し遠慮がちに答えた。
「マジで!?」
しかし、いらだったところで何も始まらなかったので、3人で手分けして進めることにしたが、量が膨大すぎて、なかなか終わらなかった。結局終わったのは夜の11時近く。しかも、家まで送ってもらう始末だったので、翌日の始業式のあと、田代のお母さんが菓子折りを持って、軽食屋さんまで挨拶にやってきた。
「息子がご迷惑をおかけしました」
「いいえ、私は特に何もやっておりません」
「裕太には、『今後、宿題は自分で終わらせるように』と強く言い聞かせておきました」
「そうなんですね」
「これ、つまらないものですが……」
「ご丁寧に、ありがとうございます」
そう言ってひかるさんは、田代のお母さんから菓子折りを受け取ってしまった。
「よかったら、あがってお茶でも飲んでいきませんか?」
「そうさせていただきたのですが、このあとも仕事が残っていますので……」
「そうですか……」
田代のお母さんを見送ったあと、再び店に戻って仕事をやり始めた。学校から戻ってきた笛花は顔をニヤつかせて私の所へやってきた。
「どうしたの? 顔をニヤニヤして」
「今日田代のヤツ、めっちゃ叱れていた」
「なんで?」
「宿題をチェックしたら、担任に書いた字の形が違うことに気が付かれたから」
「それで、どうなったの?」
「放課後残って補修になった。ざまあ見ろって思ったよ」
「笛花もそうならないように気をつけなさいよ」
カウンターでひかるさんが横から口をはさんできた。
「わかっているわよ」
「それと、ゆかりちゃんにも感謝しなさいよ」
「来たら、ちゃんと言うから」
その1時間後、店にやってきたゆかりに笛花は何度もお礼を言った。
7話に続く




