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光の少年  作者: 古賀大和
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第三章 夏休み

 あの夏を思い出すような青空の下でシュワシュワとセミが鳴く。隣のブランコにはひかるくんが座っている。

「そういえば、いつまでここにいるの?旅行だったよね」

こんなこと聞かないほうがいいと思ったけれど、ここ最近ずっと気になっていたから意を決して聞いてしまった。

「あぁ、もうしばらくはこっちにいるよ。半分引っ越しみたいなものだから」

ひかるくんは曖昧に答えたが、僕は深く聞かなかった。お互いに話したくないことは話さないし無理に聞かない、そんな関係が心地よかった。

「最近また家族でご飯を食べるようになったんだ」

ひかるくんと再会して以来はかなり心に余裕ができたからまた家族に歩み寄る努力を始めたのだ。父さんも母さんも無反応だったけれどひかるくんがいるから頑張れる。

「いいじゃん。でも、むりしすぎないようにしなよ」

「ありがとう。だけど、今のところ大丈夫だよ、家事も手伝おうかなとか考えるほどには。」

「すごいね、それ。どんどん手伝いなよ」

ひかるくんがそんなに言うのは珍しいなと思いつつ、

「ひかるくんが言うなら頑張っちゃおうかな」

と答える。ひかるくんに言われるとやる気が出るから不思議だ。

「いろいろ頑張って偉いよ。勉強も頑張ってるの?」

心臓がきゅっとなる。勉強はやってもできないのが恐くて全然していない。

「勉強はやってない、かも…。」

「あっ、ごめん。無神経だったわ。したくないことはしないでいいよね」

「大丈夫、勉強もしたほうがいいよね」

どことなく気まずい空気が流れる。いつもはあんまり質問とかしないのに今日のひかるくんは少し違く感じる。

「ううん、俺もあんま勉強してないから。なんとなく気になって聞いてみただけだよ。律くん最近いろいろ頑張ってるし」

「うーん、勉強しなきゃなとは思ってるんだけどね。そろそろ頑張ろうかな」

「うん、いいと思うよ。頑張りなよ」

今日はやっぱり押しが強い。でも、ひかるくんに言われても嫌な気持ちにはならないしむしろ頑張ってもいいかなと思える。

「じゃあ、勉強も改めて頑張ってみるよ」

「応援してるから頑張れ」

この一言で僕はいくらでも頑張れる。ひかるくんは僕の支えだ。


 ここ数週間は我ながら本当に頑張ったと思う。勉強も分かるところが増えて楽しくなってきた(1学期後半サボってた分は取り戻せたと思う)し、家でも両親は相変わらずだけど掃除とか洗濯とかの家事もかなりするようになった。僕が変われたのは全部ひかるくんのおかげだ。大げさではなく僕の行動のほとんどはひかるくんに影響を受けている。

 夏休みが終わるまであと1週間、すでに過去最高の夏休みだけど最後にひかるくんと遊びに行きたいという欲が芽生えた。

「ひかるくん、夏の終わりに花火大会でもやらない?」

「うーん」

ひかるくんはそう言って黙り込んでしまった。誘わないほうがよかっただろうか、話題を変えようかとも思ったがつい深追いしてしまう。

「行きたくないの?ここから歩いていける距離なんだけど。出店とかも割とちゃんとある感じのやつ…。」

ひかるくんはまたしばらく黙っていたが少ししてから

「行きたくないことはないんだけど、俺人混み苦手なんだよな」

と言った。

「そうだったんだ。じゃあ別のところにする?」

本当は夏らしく花火を見たかったけれど、ひかるくんと遊ぶことが最重要事項だ。

「いや、花火でいいよ。律くん、花火行きたいって顔に書いてあるから」

「えっ、うそ」

少し恥ずかしいけど、嬉しい。

「じゃあ花火が見える穴場スポット探してみよう」

「それなら早めに集合しなきゃだね」

「うん、楽しみ」

 

 5日後の14時、僕はいつも以上に浮かれた気持ちで公園に向かった。今日は花火大会当日だ。僕の街の花火大会はここら辺じゃかなり有名で毎年20万人以上が足を運んでくるらしい。こんなに大規模な花火大会で花火は見えるけど人が全然いない場所なんて見つかるのだろうか、と不安に思う。

「あっ、律くんやっほー」

「やっほー、今日楽しみだね。いい場所あるかな?」

「場所なんだけどさ、海沿いのちょっと小高いとこにある神社みたいなところなかったっけ?」

「うーん、あったような気もするけど」

記憶の海を漁る。あぁ、だんだんと思い出してきた。


 緩やかな坂道を家族4人で登っていく。愛は父さんに抱かれて寝ており、僕は母さんと手をつないでいる。昔から体を動かすこと、ちょっとした登山とかでも好きじゃなかったけど家族みんなで何かをするのは大好きだったからかなりハイテンションだったような気がする。夏休みは連日海で遊んでいたけれど、たまには少し違うことをしようということで街中を散歩することにしたのだ。午前中は商店街を歩いて蕎麦屋で昼食を済ませてから神社に向かっている。

「律、大丈夫か。疲れたらちゃんと言えよ」

「そうよ、別に急いでなんかないからね。お水でも飲む?」

「うん、水飲みたい」

母さんが水筒を手渡してくる。冷たい水が喉を通っていく。

「ありがとう、母さんも飲みなよ」

「あら、優しいね。じゃあいただこうかな」

「おぉ、そろそろ着きそうだぞ」

父さんが道の先を指さして言う。

「ほんとに、やったー」

僕は父さんの指さす方へと駆けていく。ふっと空気が変わる。日陰を抜けたからかもしれないがそれだけではない不思議な雰囲気を持つ神社だ。特別変わった要素はないこじんまりとした神社だが何がこの雰囲気を生み出しているのだろうか。

「急に走るから驚いた。おぉ、いい神社だな」

「ねぇ、なんかオーラがあるわね」

父さんも母さんも似たような感想を抱いたらしい。

「お願いしようよ」

「そうね、お賽銭しましょ」

母さんはそう言って僕に50円玉を渡してくれた。父さんと母さんもそれぞれ10円玉を持ってみんなで賽銭箱の前に並び、硬貨を投げ入れる。2度お辞儀をして、パン、パンと手を叩く。そして目を閉じる。僕は静かに目を開けて父さんと母さんを見る。目をつぶって、手を合わせる二人を見て思う、二人は何を祈っているんだろうな、と。


「律くん?」

ひかるくんの声で我に返る。

「その神社知ってる」

「ほんとに!じゃあ行ってみようよ」

 僕らは神社に向かって歩き出す。最近は通っていない、かつては頻繁に通っていた道を歩く。さっきまで昔を思い出していたからか懐かしさが胸を痛める。

「苦しいな」

思わず漏れた一言にひかるくんは目を見開いてこちらを見る。ただ、すぐに目をそらして聞かなかったことにしてくれる。僕らは黙ってしばらく歩き、丘の麓に到着した。

「確かこの先だった気がする」

「じゃあ、登ろっか」

僕らは再び歩き始める。あぁ、懐かしい道だな。あの日々は愛が死んだことで失われたけれど、もう愛が悪いとは思わない。この夏休み、家族に尽くしても何も変わらなかった。僕は両親にとってそんなもんなんだ。でも、僕は家族に尽くすことをやめるつもりはない、家族への友情と憧れがあるから。苦しくたっていい、僕にはひかるくんがいるから。

「ひかるくん、ありがとう」

「ん、なにが?」

「花火いっしょに見られて嬉しい」

「はは、俺もだよ」

 神社が見える。相変わらず不思議な雰囲気がある。

「この神社すごいな。苔の生え方とか光の入り方とか絶妙に変というか不思議な感じを醸し出してる」

その後もひかるくんはこの神社が不思議な雰囲気をもつ理由を僕に教えてくれた。その一つ一つに確かに、と思わされた。僕が無意識に思っていたことを上手く言語化してくれたような妙な心地よさがあった。

「ひかるくんはすごいな。よく気が付くね」

「そうかな、自分ではすごいなんて思わないけどな。分かって当然のことを口に出してるだけだから」

「当然って僕は分かんなかったんだけど…。」

「でも、うっすら感じてはいたんでしょ」

「まぁ、そうだけど。言語化できるのはやっぱすごいよ」

「うーん、まぁありがと」

ひかるくんはあまり納得していないようすでそう言った。

 神社でしばらく話していると神社にも人が集まってきた。

「やっぱり穴場じゃなかったね」

「うん、ひかるくん大丈夫?」

「あんまり目立たないようにすれば平気だよ」

「目立たないように?人酔いとかじゃないんだ」

「まぁ…ね、でも分かるでしょ?」

「いや、分かんないけど。でも分かった、目立たないようにしよう」

ヒュゥーールルルルルルルル、ドォォォォン!!

瞬時に空が煌めく。轟音とともに大きな火花が咲く。

「おぉ」

ひかるくんが呟くのが聞こえた。次々と花火が上がる。

「綺麗だね、ひかるくん」

「あぁ、すごいな」

しばらく黙って花火を見ていたが僕の興味はひかるくんへと移っていく。花火に照らされて輝く横顔が出会った日の彼と重なる。この横顔が花火以上の、この夏一番の思い出になると思った。

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