それでも世界は続く
町中華の店内、テレビからオリンピックのマラソン中継が流れている。
「円谷選手はやっぱりダメだよな。ほぼ最下位じゃないか。歳なのに何で代表に選ぶかね」
とカウンターに座っている老人が非難めいて言う。
「三上さん、そんなこ言っちゃだめだよ。ちゃんと代表選考会を勝っているんですよ」
カウンターの向こうにいるのは若い夫婦だ。
「年寄りは引き際が肝心と思うだろう、鮫ちゃんも」
「そんな事言ってると三上さんにもそのセリフが返って来ますよ」
「俺はまだまだ元気だからな」
それには何も返さず調理を続ける鮫島。カウンターの奥に眼をやる。ベビーベッドに産まれたばかりの娘が寝ている。
「うわー、何ヶ月ですか?」
カウンターの端に座っているOLっぽい女性が声を上げる。
「まだ2ヶ月なんですよ」
カウンターの中の若い女が笑顔で答える。
「私も子供がたくさん欲しいな。サッカーチーム作れるくらい」
「いや、流石に無理。というか黒江、センシティブな話題だろ、そういうの」
とOLの横にいた男が言う。
「あいかわらず白神は固いなぁ、ガンガンいこうよ」
「もしかしたら、新婚さん?」
「来月、入籍予定です」ボソッと言う白神。
「こんな綺麗な人と結婚できるなんて彼氏さんも彼氏さんもがんばりましたね」
「命をかけました」
「俺だって命がけだったぞ」
と調理中の男も言ってくる。
「最近の若いものは命を粗末にしすぎる。もっと命を大切にしなきゃだめだろ。」
チャーハンを食べながら呟く老人。
「三上のじっちゃん、それを言ったら年寄りだよ」
「本当に年寄りなんだからしょうがない」
「あっ」
「白神、どうした?」
「円谷選手が転んだ」
テレビの中で円谷選手が転んだ所が映っている。まだ立ち上がれていない。
「あ~~~もう終わりだな」
「三上さん、何言ってんの、ほら円谷選手立ち上がるよ。うん、走り出した」
「やめるのは、簡単だけど、わしももう少しやってみるかな」
「三上さんがこの店に来てくれるのを毎日楽しみに待ってるんだから」
カウンターを挟んで皆が笑う。カウンターの老人は左手を固く握り締めている。