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本当の井戸端会議

ファミリーレストランの中で蕗子の思考はどこか遠くの方に行っていた。子供が同級生だったお母さん達の集まりは嫌いでは無い。むしろ好きだ。ただ、ここしばらく人の話を聞いている最中に自分の思考が全く別の所に飛んでいく事が多いのに気がついていた。これは何かの前兆だろうか。

慌てて現実の会話に強制的に意識を戻す。


「あと1月後にブリスベンオリンピックが始まるよね。やっぱりマラソンがきになるなぁ」

「私は水泳かな。」

「そういえば、由美さんとこのお義父さん、お亡くなりになったのよね」


話が無意味に飛ぶなと蕗子はぼんやりと見ていた。


「うん、正確にはキルスイッチタイマーなんだけどね」

「病気?」

「いえ、うちのお義父さん、80歳で終わらせるってタイマーかけてたの」

「あらあら、最近、それも多いって聞くよね」

「でも、いろいろな準備がやりやすいし、優遇措置があるから私の家は助かったと思う。旦那もドライな人だから、お義父さんが80歳で卒業すると言っても、特に反対しなかったし」


蕗子のスマートウォッチが振動した。そろそろお願いしたヘルパーさんの終了時間だ。

「あ、16時に外せない用事があるので、私、帰るね」

「蕗子さん、もう帰るの。また今度」


話を続けているメンバーを残して蕗子はファミレスを出て、家に向かう。玄関にお願いしていたヘルパーさんが立っているのが見える。

「蕗子さん、時間は守ってくださいよ。5分過ぎてますよ」

「本当にごめんなさい。超過分は精算するから」

スポットワーカーのヘルパーさんはクールだが信頼できる人だ。丁寧に御礼を述べ家に入る。


「お義父さん、起きてますか?」

義父の一郎はベッドの背もたれを起こしてテレビを見ていた。ただ、内容がわかっているのだろうか。義父の一郎が若年性アルツハイマーと診断されて3年になる。何かおかしいなと感じてから普通でなくなるのが、あっという間だった。今では家族の認識もできないしまともな会話もできない。まだ65歳なのだが回復の見込みはないだろう。


「由美さんところのお義父さん、自分でキルスイッチタイマーを起動したんだって」

蕗子は一郎に向かって静かに語りかける。この話が理解できることはないから実際には蕗子の独り言だ。

「でも、キルスイッチタイマーって、設定に本人の強い意識が必要だから思考力がなくなった人は使えないよのね」


「ただいま!!」

娘の朱里が帰って来た。

「おじいちゃん、ただいま!!」

と一郎の正面に立って朱里が一郎に言う。一郎の表情は変わらない。いつものとおりだ。いつものとおりだが、穏やかな午後である。これで良い、と蕗子は考えている。人の生き方にはいろいろあるし、何が正しいかは簡単に答えることができない。義父がいて娘がいて、そして優しい夫がいる。そろそろ夫も帰ってくるだろう。明日も今日と同じように続く。


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