命の軽さ(後編)
「待て待て待て、それって条件をクリアできない死んでしまう奴だろう。」
あたふたと黒江を問いただす白神。
「正確には、キルスイッチの発動条件と発動日を設定するので、その発動日に条件を満たしていたら、キルされるって事。白神の言い方だと逆ね」
何と答えて良いか言葉につまり、こめかみを指で叩く白神。
「例えばこうよ。12月24日に課の予算達成率が80%以下だとキルスイッチ発動」
「いや、やっきの俺の説明で合ってるだろう。というか、黒江、何を目標にしたのか教えてくれよ」
「なぜ、教えなきゃいけないの?」
「優秀な同期が死んでしまうのを、見逃せるわけないだろう。会社の損失もでかいし。」
「会社の問題?」
「いや、黒江がいなくなると、オレ、女性の友人がゼロになるかも」
「友人?」
「他に良い言い方あるか?戦友?」
笑い顔がやや引きつっているのが、自分でもわかるが、うまく会話できずに、黙り込む白神。
「まぁ、期限まで時間があるから、私は頑張ってみるから。じゃぁね」
休憩室を出ていく黒江と、無言のまま見送る白神。
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数日のうちに、どこでどう伝わったのか黒江のキルスイッチタイマーの件が会社内を駆け巡る。
フロアの隅にある打ち合わせブースで4名の女子社員が会話している。
「黒江主任、何をかけているんでしょうね」
「部の売り上げを倍にするとか。このフロアのエースだから」
「独立するとか」
「あー、ありそう」
「ヘッドハンティングされるとか」
「それもありそう」
「あ、白神先輩が来た。ちょっと聞いてみようよ」
打ち合わせブースの横を、丁度通りかかった白神が捕まる。
「白神先輩、当然黒江主任のキルスイッチの話、聞いてますよね」
「まあ、聞いたけど」
「黒江主任はなにを目標にしているんですか?どう転んでも、黒江主任がいなくなる未来しか見えないんですけど」
「いや、オレも何もしらないんだ」
「黒江主任に聞いてくださいよ。黒江主任が一番信頼しているのが白神先輩でしょう」
「そんなことは無いと思うけど」
「いえ、信頼されているんですよ。数年前黒江主任のプロジェクトが炎上しかかったとき、影で火消しをやったの白神先輩ですよね。表にでていないつもりでも、あの黒江主任はちゃんと気づいてましたよ。とにかくお願いしますよ。黒江主任がいなくなるなることは絶対に阻止してくださいね」
白神の返事を待たず解散する女子社員たち。
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オフィスの廊下を歩く黒江を10mほど先に見つけ、駆け寄ろうとした白神だったが、先に若い男子社員が黒江の前にあらわれたので、足を止める。
あの男子社員は黒江のチームの若手ホープ、たしか名前が高須だったか、と白神が考えていると、その高須が黒江の前に立ち、大きな声で言う。
「黒江主任、目標達成のために協力させて下さい。僕は何でもしますから」
「黒江君、ありがとう。でもね、これは私の問題なの。君に協力させる理由はないから」
「でも、目標クリアでないと主任は死んでしまいますよね。それは絶対にさせません」
「それも含めて私の責任だから」
「いえ、僕は引きません」
高須の大声のため、人が集まってくる。それに全く気にせずはっきりと黒江に言う高須。
「黒江主任。好きです。付き合って下さい。そして僕は主任を死なせるような事は絶対にしません」
遠巻きに眺める野次馬たちが固唾をのんでいると、黒江がしずかに言う。
「高須君、ごめんね。この目標は絶対にあなたでは解決できないの。分かるでしょう」
立ち尽くす高須をのこし、野次馬のなかをモーゼの十戒のように歩いていく黒江。
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駅の裏の公園。夜の10時だが街灯で明るい。遊んでいる大学生や若いカップルが目に付く。その公園のベンチで一人座る黒江。
そこに一人の男が近づいて来て隣に座る。
「黒江は悩んだときはよくここにいるんだよな」
「白神君、、、」
「左手を見せてくれ」
手のひらを開く黒江。
「アザが赤色になっているな、期限が近いんだろう。なぜ、こんあ無茶をするんだ。月並みだけど命を粗末にするもんじゃない」
「知っているでしょう。キルスイッチタイマーが出てきてから命が軽くなったこと」
「それでも、オレは黒江にそのようなことをしてほしくない」
「なぜ?」
「なぜと言われても、うまく言えないんだが、黒江がいなくなるのはイヤだ」
「話はそれだけ? じゃあ、私は帰るから」
立ち去る黒江をただ見送る白神。
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マンションのベッドに黒江が寝転んでいるときに、スマホがなる。同期のうちで一番仲が良い桃園からだ。
『黒江、あんたキルスイッチタイマーをかけたって?』
「そうだけど」
『その条件は、白神からみでしょう?』
「はぁ、そんな訳ないでしょう、何言ってるの」
『あんたの猪突猛進は昔からでしょう。それでケリつけるつもりでしょうけど、極端すぎると思わない?それとも、そのくらいしないとふみこめないくらい、あんたは奥手なんだっけ?』
いきなり話を切り込んでくる桃園にたじろぐ黒江。
『で、黒江のスイッチの発動条件は何?協力してあげるから。年末までに白神の奴と結婚できなかったら発動とか?』
「そ、そこまでは、、、」
『じゃぁ、肉体関係?』
「いや、キスできるかどうかだけど」
『はぁっ!!! 中学生か?! いくらスイッチ時代とはいえ、そのレベルで命かけるか?』
「そうなんだけど、いろいろ考えていたら、つい決めてしまって、、、」
『で、黒江、なんか作戦あるの?』
「ノープラン」
スマホの向こうから、やれやれという声が聞こえたそのとき、黒江のマンションのドアチャイムが鳴る。
インターフォンを見ると白神の顔が写っている。
「黒江、開けてくれ。話がしたい」
「こんな時間に何やってんの」
「これを見てくれ」
とインターフォンに映された白神の手のひらに赤いアザが見える。
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「白神、あんた、何やってんのよ」
「君を失いたくない。ずっと一緒にいたい。だから黒江のスイッチの条件クリアも一緒にやろう」
「で、その左手のアザは何?」
「これは、まぁ自分の決意の証明みたいなもので、、、」
「だから、条件は何よ?」
「君と一緒になれないなら、オレは死ぬ」
「はぁ!!」
『はぁ!!』
と声がかぶる。
「あ、桃園との通話、切ってなかった」
「そのスマホは桃園か?」
『あ~~白神。面倒くさいから黒江を押し倒していいよ』
「白神、本当に私といたい?」
「もちろん」
「いつから、そう思っていた?」
「ここ数年ずっとだ」
「なのに何も言ってくれなかったじゃない」
「今、言った」
「ばか、、、」
黒江の肩を抱いてキスをする白神。
「黒江の発動条件を教えてくれ」
左手を白神に開いて見せる黒江。赤いアザが消えている。
「私はこれで十分」
困ったような顔をして笑う白神。
「すまん、黒江。オレの方の条件はもう少し激しいもので、、、」
「それは、死ぬかも、、、」
放置されていたスマホの通話を切る白神。
■キルスイッチタイマー研究の第一人者、東京先端医科大学のお茶の水教授の談話
いや、キルスイッチタイマーが出てきてから命の扱いが極端に軽くなったのは事実でな、これは政策的な誘導もあったせいじゃろうな。死ぬということをとても軽く扱うように誘導したとも言える。キルスイッチタイマーによる終了には税制面で大きな優遇措置を取った。おかげで高齢の数は急激に減って国民ひとりあたりの生産額も上がった。それがいいことなのか悪いことなのか、わしにもわからん。それを考えるのもワシのライフワークだな。