何から話そうか
午前早々に無断早退をかまし、愛用の自転車“みつばち先生”をかっ飛ばす。
ぶんぶん、バイクよりも早く、全身に受ける風よりも早く。
風使いにでもなった気分で青春の心地良さを感じながら、聞き覚えたメロディーを口ずさむ。
歌詞と同様に河原を駆け抜けていく。あの人が無意識に口ずさむ歌。綺麗な音色と一緒に紡がれる、切なさと寂しさを含んだ歌。
どこか遠くにいる、誰かを想いながら奏でているようで、その横顔を眺める度、酷く胸が締め付けられる。
それでも私は自分の心の中で灯した淡い火を、消したいとは思わなかった。
急に刺すように冷たくなった秋風が鼻先を撫でる。イチョウ並木を通りすぎ、壮観たるカエデ通りを過ぎて、喫茶店『スピカ』でクッキーの詰め合わせを買ってからまた目的地を目指す。
「いつも立派なお菓子じゃなくて良くない? コンビニでも買えるっしょ」
ミーコがぶぅぶぅ指摘してきたけれど、渡すなら相応しい愛を捧げたい。貴方のために考えて、貴方のために買ってきました。そんな想いを少しでも受け取ってもらえるだけで、私は嬉しいのだから。
(それにこの気持ちは抑えようと思っても抑えきれないから)
陽だまりで本を読むあの人の姿を見たとき、生まれてはじめて恋に落ちた。見ているだけなのにいい匂いが充満した姿に、私はいてもたってもいられずに──。
揺れるエプロン姿に猛スピードの“みつばち先生”を止めた。急ブレーキ音に気付いたのか、私の想い人が一直線に私を見つめる。
「……は、は、ぁ……。司書さん、おは、おはよう、ございます」
「おはようございます。それにしてもナナさん。学校はどうされたんですか?」
「え、えっと……テスト期間でっ! それで、その、図書館で勉強できないかなって!」
「なるほど」
見え透いた嘘を指摘しないで司書さんは頷く。それが私の恋を加速させていく。
「裏手からどうぞ。クッキーは館内では食べられないですから。僕の事務室で勉強して下さい」