【異世界小話】仮面
異世界にて。
サチ、ケイに続いて生まれた望も男の子だった。血はつながらないけど異世界家系図上は叔父さんになる清人と、何も繋がってないけど何くれとなく手伝ってくれる彰くんのおかげで三人の子育てもなんとかやりくりがついている。祖父母をはじめ、親戚ってやつがいないから二人と、それから集落の皆には本当に助けられてる。雄太郎ももちろん気にかけてくれてるけど、あちらはあちらで、今はちょっと忙しい。むしろ先輩として私が助けてあげないといけない時期。子どもは人型で生まれるのかな? 狼型かな?
「彰さんは結婚しないんですか?」
眠る小さなノゾムの隣、当たり前みたいに寄り添って小上がり席にいる彰くんに向かって、シャイボーイがド直球を投げてきた。昼営業が落ち着いて、夜分の仕込みに勤しむ私と清人くらいしか、今は店に人がいない。したがって手元を見たままでも話はとってもよく聞こえる。よくそのネタふったな、シャイボーイ。大親友の二人が相次いで結婚して、子どもも生まれたり、生まれそうだったりで、彰くん、寂しいんじゃないかってさすがの私も心配してるのに。でも、この人絶対その話題に触れて欲しいと思ってないじゃん。見りゃ分かるでしょうに。
「子ども好きですよね。自分の子どもほしいとか、思いません?」
無神経ボーイ! 子どもは一人じゃできません! なんでここにたっちゃんか雄太郎がいないのよ。シャイボーイを沈めるなら店の外でやって欲しいのに。
「あはは。余計なお世話」
「彰さん、もう四十近いけど、まだ十分モテそうなのに」
「ほんと、余計なお世話だから。何? 自分のところは子どもたちが手を離れて余裕出てきた? 売れ残ってるおじさんが心配なの? 人の世話焼けるくらい時間あり余っちゃってるんだったら、雄太郎のところに食べ物でも差し入れてやりなよ。散々世話になってんだからさあ」
ああ~。地雷原に裸足で飛び込むようなことするから! 馬鹿、シャイボーイ! 僕、何か悪いこと言いましたかじゃないよ。
「今日はもう帰りなよ、シャイさん」
あ、清人に追い払われた。命拾いしたね、シャイボーイ。
「あーあ、清人にまで気を遣われちゃった。清人なんてこの間まで子どもだったのに」
「僕に八つ当たりしないでよ、彰兄」
「怒っちゃないよ。ただ情けない気分になっただけ」
「そうなの?」
「そら、そうでしょ。集落中の皆がさ、あの雄太郎も結婚したんだから、今度はお前だみたいな空気出してくるんだもん。ご期待に添えなくて申し訳ないよ」
「申し訳ないとまでは思ってないくせに」
「ははっ、よく見てるなあ」
清人と彰くんって、すごく仲良し。お互い、すごくズケズケ言い合う兄弟みたいで、聞いてるとちょっと嫉妬しちゃう。いつ頃からかなあ、大人と子どもみたいだったのが、段々大人同士みたいにお互いを認め合う関係に変わってきた。清人も23歳だもんね。大人だよね。まだ可愛いけど。そんなこといったらぼちぼち40歳になるらしい彰くんもまだかなり可愛いんだけど。
「結婚っていうか、誰ともまともに付き合う気ないでしょ。彰兄は」
「ヒカリ以外はね~。龍臣にとられたけど」
あ、またそれを言う。私からも言わせてほしい。
「ねえ、彰くん。それ、本気じゃないでしょ。いつも私を隠れ蓑みたいにしてるけど」
ヒカリが目の前にいるのに他の女の人と付き合えないとか言って、この手の話題誤魔化してんの、知ってんだからね。だって、この集落で飲み屋って言ったらここなんだから。筒抜けだよ。
「あ、ヒカリ、ひどい。僕の純情を疑って」
ほら。こんな態度じゃ誰も信じないって。ねえ、清人。
「彰兄は、ちょっと臆病だよね」
これは異世界広しといえども、うちの清人にしか言えない台詞だわ。いいなあ、遠慮のない関係。
「本気出すの、怖いんでしょ。ヒカリ姉のときだって、龍臣兄と彰兄の差って、人生経験じゃなくて本気度だったと思うよ。傍目の感想だけどさ」
ノーコメント。ここは大人のヒカリは空気に徹しよう。ちょっと、二人ともこっち見ないで。何も言わないからね! だからって笑って目を逸らされるとなんか恥ずかしいじゃん。もう! モテたことないから、どうすればいいのか分かんないよ。いったん、しゃがんでみよう。よし、これで二人から見えなくなった。
「はあ、ノゾム。お前はこんな風に育たないでね。可愛がって育てたら、こんな可愛くないこというようになっちゃって……」
「僕は別にさ、彰兄が結婚しなくても、恋人作らなくても全然いいと思うけど、それを負い目に思ってるんだったら、それは嫌だと思うよ」
「こんな立派な大人になっちゃって……ヒカリ、もうさっきの話は蒸し返さないから立ち上がっていいよ」
そう? 信じるよ? 本当にいたたまれないんだから。よいしょっと。
「ヒカリ、清人をいい子に育てたね」
「皆で育てたんだよ。私だけの力じゃないよ」
でも本当に、清人はいい子。私の自慢の弟。私が言いたくても、どうしても言えないことを言って聞かせてくれてありがとう。
「二人にそんな心配そうな顔されるとなあ、やだなあ」
彰くんは寝ているノゾムの顔を眺めてボソボソいう。ボソボソとからしくないけど、普段のアイドルらしい明るさの何割かは演技だろうから、こっちが素に近い。長い付き合いで何度か見かけた姿だ。アイドルの仮面をとった彰くん。ちょっと弱気で、寂しそうで、胸がぎゅっとなる。
「負い目に思ってるわけじゃないよ。僕、恋愛体質じゃないし、結婚も恋愛もしなくても既に集落の家族愛的なもので満たされてるし」
「でも、ピリピリしてるよね。この話題」
清人、本当にズケズケ行くわね。
「恋愛とか結婚とか要らないと思ってるけど、しないって決めてるわけでもないの。たださあ、自分で望んだ可愛い顔だけど、それだけに、向こうから好いてくれる子が来ると顔だけ見てるんじゃないかと思って、どうしても駄目なんだよねえ。そういう意味では恋愛できない。さっきのシャイみたいに気軽に結婚しないんですかあ? とか言われると、その辺を刺激されてちょっと腹立つよね」
「自分から好きになるのは?」
「うーん、自分からなら、まだいいんだけど。それでもどっかで僕の本当の顔をみたらどうするかなって考えちゃうんだよ。もうこれが自分の顔なんだから心配するだけ無駄ってわかっちゃいるけど、気持ちが冷めちゃうのはどうしようもない。大事なとこでブレーキかかっちゃう。ごめんね、ヒカリ。ヒカリを疑うわけじゃなくて、ヒカリのことは本当に好きなんだけど、こっちの問題」
彰くんは自分の胸を指でつつく。心の傷が、どうしても癒えないってこと。異世界に来て夢がかなっても、どうしても。
「取れない仮面をもらったのに、いつか外れることを怖がってるなんてね。皆には内緒にしてよ」
「もちろん。ヒカリ姉もいつものうっかり気を付けてよ」
「気を付けます」
彰くんの大事な話だもの。その辺はちゃんとできますとも。
「彰兄の考えてることは分かったし、自分で納得してるなら僕はいいよ。でも、顔の仮面は取れないだろうけど、態度のバリアは外せば違う展開がありそうだけどなあ」
清人はご不満かね。まあ、君のいうことも分からないでもないけど。素の時の、ちょっと弱気なのに虚勢張ってるおじさんの彰くんを見せたら、周りの反応も違うかもしれないよね。でも。
「どうしても気持ちが無理ってこと、あるもんね」
「しょうがないね」
ねーっと清人と笑い合う。しょうがないことってあるもんだよ。しょうがない、しょうがない。
もはや彰くんはうちの拡大家族。清人のお兄さん枠扱いだからさ。それで良ければいつまでも私たちの家族でいてよ。たっちゃんとの上下関係はそっちで決めて。
「僕、やっぱりヒカリが好きだなあ」
「蒸し返さないって言ったのに!」
「あはは。ごめん、ごめん」
この日は和やかに終わっていったので、シャイボーイへのフォローをすっかり忘れた。その後、しばらく彰くんにいびられて悲しい思いをしたらしいけど、そろそろシャイボーイも人生の機微的なものを学んでもいい頃だし、良い薬になったはずと信じたい。