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伝言配達 その2

 最近の私の生活は充実している。週に5日と半分、コンビニバイト。お休みの日には親孝行デート。残っている半日で家事を回すから、家は常に散らかってるけど、まあ、お客さんも同居の家族もいないから、それはいいことにする。ものごとには優先順位ってものがある。


 今日も洗濯物の山から目を逸らして親孝行デートに出かけきた。といっても、相手は私のお父さんとお母さんではなくて、桃瀬の貴婦人。つまり、雄太郎のお母さん。どういうわけか、出会ったその日にとても気に入られてしまって、雄太郎の代わりにお母さんが娘としたかったことに付き合ってほしいと頼まれ、断れず、そうなった。いや、断れないよ。雄太郎のこと少しでも教えて欲しいって言われたらさあ……。そりゃ一日じゃ語り切れないくらい知ってるし。まあ、デートに出かける度に、貴婦人が連れて行ってくれるコースを回ると雄太郎は辛かったろうな、とは思う。可愛いお洋服、アクセサリー、メイクにネイルに恋愛映画。彼の興味のないことばかり。でも、いつか成長した娘と一緒にやってみたいって夢見た貴婦人の気持ちもすごく分かるんだよ。それに私は普通に楽しいし。自分だけなら入るだけでも遠慮しちゃうキラキラのお店たち。異世界では見かけることもなかった日本のあれこれ。正直満喫してる。鏡でちょいちょい若返った自分見ながら満喫してる。もちろん、隙あらば姫乃ちゃんの昔話を聞いたり、雄太郎の武勇伝をしたりして。貴婦人は最初娘が立派な男性として活躍したエピソードを聞くとぎこちない雰囲気だったけど、何度か会ううちにやっと自然に笑ってくれるようになってきた。私はそれが一番嬉しい。

 ついでに、貴婦人に服も見立ててもらって、あ、もちろんそれは自分でお支払いしたよ? だから古着屋や若い子向けのプチプラブランドに行って。貴婦人は「これぞ娘とのデート!」って感じですごく喜んでた。ん、なんだっけ? そう、貴婦人はセンスがいいから、私のビューティーレベルアップも助けてもらってるって話。工藤さんからの美魔女アドバイスも実践して、日々、美を磨いているのよ。いつか会う日のためにね。家は汚いけど。取捨選択ってやつだよ。


 でも、今日のデートで貴婦人から特別なお土産をもらったから来週はここしばらくのルーチンを外れて、次の約束を果たしに行くことになってる。私が伝言を承っているのは、一人だけじゃない。次はちょっと遠い。土地勘ゼロの北関東。いくら異世界ライフで大雑把さを磨いた私でも、そこで目的の人物をみつけるのは無理だと諦めていたところ。それを解決してくれたのが貴婦人のお土産。「他の人の伝言もあるけど、たどり着けなさそうなんですよね~、あはは~」なんてお茶のついでにこぼしたら、詳しく知らない方がよさそうな情報網を駆使して現場を特定してくれたの。なんとなーく、お知り合いの警察の偉い人とか、そういうの、使った雰囲気したけど、あえて聞かないでおく。こっちにも詳しく聞かれたくないことがいっぱいあるし。貴婦人の中で、雄太郎はヒッピーの村的な俗世間を離れて生活するコミューンの住人になってて、そこから抜け出してきた私が他の住人の伝言を抱えているのは理解できることらしいんだよね。その誤解は、そのままにしておきたい。




「はるばる来たぜ!」

 日帰りには厳しい距離だけど、宿泊代金節約のために超早起きで来たよ! コンビニバイトなめんな! 不規則な生活は慣れてる! 今回、有難かったのは向かう先が民家じゃなくて地図にもはっきり載ってる分かりやすい職場だってこと。何度もさすらうには遠いもんね。あとは目的の人物が本日休暇をとっていないことを祈るばかり。


 うん。やっぱり神様っているよね。異世界の女神じゃなくて、人知を超えた意志の力がある何か。異世界トリップを二回も経験した私はもう確信してる。そしてその神様は今回、私の味方だ。だって、ほら、出てきた。呼び出してもらったら、すんなり出てきてくれたよ。警察官の富樫さん。中年の、でもエネルギッシュな感じの、ふた昔前の青春ドラマの主人公がそのまま成長しましたみたいな。うん、聞いてた通りだから、きっと間違いない。喧嘩を売られて殴られていた彰くんを補導して、両成敗してくれちゃったのはあの人だ。「ヒカリに会えたから、もう過去の恨みは忘れた」なんて言ってた彰くんだけど、結局、全然忘れてなかったんだよねえ。もしも、日本に帰れたら何をするかっていう、私たちの間ではいつの間にか定番になった話題のときに、何回もこの人の話してたもん。自分を守ってくれなかった親よりも、信じてくれなかった先生よりも、恨んでたんだよねえ。

 だから、本日、私はここにいる。さあ、約束を果たすぞ。しっかり聞いてよ、時代遅れの青春キャラの富樫さん。きょとんとしてる場合じゃないよ。


「突然すみません。あの、以前は、大豆南交番にお勤めでしたよね。その頃に長谷彰さんを補導された警察官というのは貴方で間違い無いですか?」

「え? はあ、大豆南交番にいたのは間違いないですけど、ハセアキラ? いつ頃の話ですか?」

 良かった。いきなり追い返されなかった。実はそれを一番心配してたのよ。腕にしがみ付いて泣き落とし作戦は回避したわ。

「うーんと、正確には分からないけど、ええと7年か8年くらい前になるんじゃないかな。当時17歳って言ってたから」

 あれ、覚えてないのかな。彼にとっては人生変わるすごい事件だったけど、お巡りさんなら喧嘩した高校生の補導なんてたくさんしてるから全部は無理か。彰くんの顔写真が手に入れば良かったんだけど、残念ながらネット上では見つけられなかったんだよなあ。

「高校生の頃に喧嘩して……」

 あと、何だっけ? 富樫さんも一緒に考えてくれてる。そうか、この人、心底悪い人じゃないのかも。彰くん経由でしか知らなかったから、意外。突然訪ねてきた女の子を追い返すでも、問い詰めるでもなく、一緒に思い出そうとしてくれるんだ。そうか。そうか。でも手掛かり少なくてごめんねって、あ、思い出した?

「もしかして、豆高の長谷彰? すごく体格が良くていかつい……」

 うんうん、そうそう。雄太郎よりいかつかったって言ってたもん。たぶんそれ! 首をぶんぶん振ったら富樫さんの顔が残像になった。あちらから見た私の頭も残像になってるのかな。

「あいつが、また何か?」

 動きを止めて残像からもとに戻った富樫さんは険しい顔になってた。そんな怖い顔もあるのか。でも、たぶん、あなたの思うようなことは何もない。思いもよらない異世界トリップは起きてるけど、それを想像してる表情じゃないことくらい私にだってわかるよ。ここは気合をいれてにっこり笑顔だ。貴婦人に力が抜けて癒されるわって言ってもらった笑顔で勝負よ。

「私、彰さんにはとてもお世話になって、何度も何度も助けてもらって、その恩返しって言いますか。伝言を言付かってきたんです。富樫さんに辿り着くまでに、ちょっと、だいぶ、時間がかかっちゃいましたけど」

 交番と名前から、現在の職場をどうやって特定したかは聞かないで欲しい。やましい気持ちが出て後半は早口になったけど、心配しないでも富樫さんはそこんとこ、ほとんど聞いてなかった。それより前に目が真ん丸になった。眉間の皺もとれた。

「助けた? 長谷があなたをですか? はあ、あいつ、ちゃんと更生したんだなあ。良かった、そんな話を聞けて嬉しいですよ。わざわざ訪ねてきてもらって、ありがとう」

 喜んだ富樫さんの目尻の皺が深い。笑い皺の深い人は優しくて朗らかな人。

 ああ、それなのにどうしてあなたは彰くんを助けてくれなかったんだろう。深く聞いてみたい。彰くんから聞いた話と、富樫さんの目に見えていたもの、きっとすごくすれ違ってる。もどかしくて、むずむずする。

「更生も何も、彰くんが自分から悪いことしたことなんてなかったんだと思うけど……」

 富樫さんは苦笑いだけ返してきた。こいつ、ぜんっぜん、信じてない。突然やってきたぽっと出の私だから、仕方ないのだろうけど。悔しいなあ。テレパシーがあれば脳内に送り込んでやりたい情報が山ほどあるのに。人間の口から伝えられる情報は少なくて、とても少なくて、彼に刷り込まれたいつかの長谷彰を塗り替えるには足りない。決定的なすれ違いは7年だか8年だか前に既に起きていて、それはもう取り返せないところに行ってしまった。


 よし。諦めよう。


 もう彰くんはここにはいない。富樫さんと分かりあう日もきっと来ない。思いがけない本当に嬉しそうな笑顔に心が揺れたけど、目的を見失っちゃダメよね。彰くんは日本で自分の汚名を雪ぐことなんて望んでなかった。私は約束を果たさなくちゃ。

「訪ねたのは自分のためなんで全然良いんです。それより肝心の伝言、言いますね」

 すう、はあ。頑張れ、私。

「あなたのおかげでこの世に本当に未練がなくなったから、ありがとう。だ、そうです」

 泣くようなことになるなんて想定問答のどこにもなかったし、自分がなんで泣きたくなっているのかも分からないけど、泣いたら駄目なシチュエーションだと思う。なんで涙が浮かんでくるのか考えない、考えない。

「えっ、未練?」

 考えない、考えない、考え……あ、そうそう。大事なこと。伝言まだ終わってない。

「それでお願いがあって、彰さんのご家族がもしもまだ彰さんの行方を探しているようなら、もう戻ることはないので諦めて欲しいと伝えてもらえませんか。私、連絡先とか何にも知らないんですよ。でも、警察なら捜索願いかなんか調べられますよね? なんでお願いします」

 良かった。動揺して忘れちゃうとこだった。彰くん、ご両親には複雑な思いがあったみたいだけど、でもいつまでも自分のことを探し続けたり、苦しみ続けることは望んでなかった。誰かが日本に戻るみたいな奇跡があったら、それは「恩赦」だからなんて憎まれ口叩きながら、諦めて、心安らかになって欲しいって願ってた。

 あ、富樫さん、顔色が土っぽくなってきたよ。大丈夫? 今日、具合悪かった? こっちの用事は終わったから急いで帰るね。そっちも急いでトイレ行ってね。握りしめた拳が白くなっちゃってるよ、我慢させてゴメン。涙を我慢するのに一生懸命でちょっと富樫さんのこと見れてなかったわ。

「戻らないって、今、長谷はどこで何を……」

「うーん、今現在って言うと正直よく分からないです。どうなってるんだろう?」

 私の時間が巻き戻ってるってことは、現時点の彰くんは私と出会った直後の彰くんなのかもしれないけど、あちらの時間は戻ってないとすると私が最後に別れたときの彼の情報が正しいことになるし……。もう一回あちらに戻らないと確認できないけど、私、戻れるかも分からないしなあ。

「生きては、いるんですよね?」

「私は絶対に死にたくないって思ったから、今こうしてここにいるけど、彰くんは違うし……あれから、どのくらい経った計算になるのかなあ……」

 指を折っても二つの世界の時間の流れ方の差は分からないわけで、あちらで彰くんがいつ寿命を迎えるか断言できないよなあ。

 これはあれだ。どんだけ考えても分からないヤツ。

「うん、分からないんですけど、あんまり考えても意味がないっていうか、会えたら分かるし、会えなかったら知ってもしょうがないし、自分のそうであってほしいって姿で信じておけばいいんじゃないですかね」

 どやあ! どうせ富樫さん達は会うことないから、好きに想像しておくが正解っしょ! 我、天才。

「いや。ちょっと! 事件に巻き込まれたりは?」

 やだ、鋭い。異世界トリップはちょっとした大事件ですよ。でも話せないよ、そんなこと。異世界の方でもいろいろ巻き込まれたっていうか、起こしてるっていうか、魔王の手下やったり、いろいろ忙しくしてて。ドキッとしたら汗が! なんで鼻の下にだけ汗出てくんの~! とっさのビューティースキルにぬかりが! 恥ずかしいからとりあえず手で隠そう。うわあん、美人道、厳しいよう。

「だ、だ、うん、大丈夫。悪いこと、してない」

 片言になった。恥ずか死ぬ。帰ろ。逃げよ。

「とにかく、ご家族への連絡お願いします。自分のことは忘れて心穏やかに余生を過ごしてって言ってましたから~。信じてくれなかったことも、守ってくれなかったことも、悔しかったし悲しかったけど、もういいって~」

「あ、ちょ、ちょっと待って! 君! 名前は!」

「名乗るほどの者ではありません~」


 いや、人生でこのセリフを言う日が来るとは思ってなかった。

 本当に、人生って何が起こるか分からないものね。

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