実家に帰ろう
人は何故なぜお金を稼ぐのか。--それは、生きていくため。
深夜シフトをガンガン詰めて生活費以上に稼ぐのはなぜか。--貯金がほぼゼロの私が遠出するにはまとまったお金を用意する必要があるから。21歳の体力が嬉しくて敢えて無理を楽しんでるわけじゃない。いや、そういう部分もあるのは否定しない。
貯金がほぼゼロなのはなぜか。--分からない。もしかしたら異世界トリップ前に無駄遣いしたのかもしれないし、スリに遭ったのかもしれないけど、全く記憶にない。ただ、事実として財布にも銀行にもお金がない。悲しい。
なんで遠出するのか。--そりゃあ、もちろん実家のハチとマルと権之助と豆太郎に会いに行くため。それからお父さんとお母さんにも。地球に、日本に帰ってきたからには、絶対に会いに行かなくちゃ。
深夜シフトは常に人手不足だから、シフトを増やすのは簡単。逆トリップ後初の給料日で往復の夜行バス代金を払えるようになる目途がついた。あとは二日間の連休をもぎ取ればハチとマルと豆太郎と権之助に会いに行ける! 夢にまで見た私の可愛い子達。問題はシフトを減らす方は難しいってこと。シフト表を睨んで頼めそうな人を探し出す。うーん。バイト仲間のこと、ちょっとずつ思い出して来たんだけど、誰のシフトを代わってあげたことがあるか、つまり誰に貸しがあるかってことが思い出せない。困った。困ったぞ。
「田畑さん、どうしたんですか?」
「うーん、ここの休みを連休にしたいんだけど、誰かシフト変わってくれないかなあって」
「連休? 珍しいですね。……推し活ですか」
「オシカツ? あ、町田くん。お疲れ様~。え? そんな怖い顔してオシカツって悪いことなの?」
いつの間にかやってきていた深夜シフトの主こと大学生バイトの町田くん。普段は穏やかなのに「悪くはないですけど」とか言いつつ、表情が険しい。はっ! 最近の深夜はほぼ二人で回してるのに、私がミス連発するから大変なご迷惑をおかけしてるせい? まだ一人前に仕事できないくせにシフト調整とか百年早い的な?
「何なに~? 田畑さん、推し活知らないの? あれだよ、自分の推しのアイドルとか、キャラとか、何でもいいんだけど、推しを応援する活動だよ。田畑さん、REDに目覚めたの最近だけど推し活自体知らないって、すごいっていうか、らしいっていうか」
「店長、お疲れ様で~す。ああ、REDのライブかなんかに行くんじゃないかってことですか? 違いますよ~っつうか、REDって今、日本にいるんですか?」
「いや、僕に聞かないでよ。田畑さんの方が詳しいでしょ」
「いや、知らないですね」
「え……。そ、そっか」
しまった。RED推しってことになってるんだから、その辺抑えとかないとボロが出るのか。これからちゃんと調べておこうっと。今はとりあえず話を逸らそう。微妙な空気がいたたまれないわ。
「店長、顔色良くなりましたね! 目の下のクマも薄くなったし!」
いつもバイトの子の休みの穴を埋めるから、ボロボロだった店長。今週は割と顔色良いよね! 良かった。
「あ、ああ。うん。田畑さんと町田くんのおかげだよ~。二人が安定して夜間回して、工藤さんまで繋いでくれるからさ。一週間も続けて夜ちゃんと眠れたの何年ぶりかなあ。本当にありがとう。人間って夜寝ないと駄目な生き物なんだよね」
そうだよ! 店長! 人は日の出とともに起きて、日が落ちたら眠るようにできてるんだよ。それが一番体にいいと思うよ! でもお金になるから深夜シフトは止められないけどね。
「推し活じゃないなら、どうして急に連休ほしいんです?」
町田くん、私の生活にはバイトしかないと思ってるな? なんだ、その純粋に不思議でしょうがないみたいな表情は。失礼な。
「いや。実家に帰りたくて」
私にも家族はいるんですぅ。
「えっ、ご家族に何かあったの?」
「いや、別に急病とかじゃないけど、会いたいなあと思って」
「良かった。そっかあ、うんうん。いいよ、いいよ。田畑さん、全然お休みとってないもんね。親御さんも会いたがってると思うよ。僕、代わるから。どこ休みたいの?」
「店長~。ありがとうございます~。お土産買ってきます~。名物もない田舎だけど」
よし。連休ゲット! 町田くんにもお土産買ってきてあげよう。失敗しまくりの私をいつでも優しくフォローしてくれる後輩だからね。そう。バイト歴でいうと私の方が先輩なのに、ある日突然ポンコツになったのを、嫌な顔せずにフォローしてくれる優しい子なんだよ。推し活だけは許せないらしいけど、今は推し活どころじゃないだろっていう愛の鞭だよね。
晴れて連休を勝ち取った日。夕方までに変更してもらったバイト上がりのその足で夜行バスに乗り込んだ。久々に実家に帰るから緊張しちゃうなあ。と、席に着くまでは思ってたんだけど。夜行バスって馬鹿にできないんだよね~。異世界常識のお布団に比べても、日本の我が家のクタクタのお布団に比べても、コンビニの仮眠室のソファに比べても。とにかく、ふかふかのシートは寝心地が良くて。背中を預けた途端に熟睡した。このシート、店長へのお土産に持って帰りたいわ。
早朝に懐かしい故郷についた。
「元気にしてるかな。ハチ。マル。権之助。豆太郎」
早すぎてバスがないから、田舎道をだらだら歩く。毎日、ハチたちを連れて散歩したことを思い出すなあ。みんなあっちこっちに行きたがるから腕がちぎれそうで大変で、楽しかった。
家に近づくにつれて、思い出の香りが強くなって、胸が苦しくなった。私の故郷。人生で二回も捨てると決めた懐かしい私の故郷。忘れていた時間も長いけど、でも心の中から消え去ることはなかった故郷。
「ハチ! マル! 権之助! 豆太郎! 元気だった!?」
門の前に近づいただけで、庭に繋がれていた皆が全力でこっちに来ようとして、そして吠えまくって迎えてくれた。ご近所迷惑。だけど嬉しい。会いたかったよ。会いたかったよ。可愛いワンコたち。一人ずつ、なでなでして、ぺろぺろされて。うん、犬臭い。可愛い。ちょっとブラッシングが甘いのかな。帰る前にやってあげるね。でも、元気そう。ちゃんと面倒見てもらってるんだね。良かった。ちょっと権之助は思いっきり来られると重いな。わあ、尻餅と同時に荷物が全部庭に吹っ飛んだ。やばい。タッパーに走っていこうとしないで、豆太郎。それは人間向けのお土産なの。だめだめ。元気が溢れすぎてる。ハチとマルまで参戦しないで。権之助はちょっと離れて~。すごい、一瞬でここで暮らしていたときの日常が再現されてる。何も変わってないみたいに。私が異世界にいったことなんて、なかったみたいに。ちょっと頭がおかしくなりそう。ずっと、君達のことが気がかりだったのよ。なんて言っても分からないだろうね。うん、でも「ダメ」は分かるはずでしょ。知らんぷりしないでタッパー返しなさい。
「あらあ、やっぱり。プー子だ。どうしたの、あんた、突然帰ってきて」
お母さんも全然変わってない。朝に弱くて、ぼさぼさの頭のまま勝手口から出てくるのも変わってない。あ、つっかけだけ綺麗なのに変わってる。ちょっとだけ時の流れを感じる。
「おはよう。うん、なんかちょっと皆の顔がみたいなと思って。バイト休みだし」
「なあによう、急にしおらしいこと言って。ご飯まだでしょ? お父さんが起きたら朝ごはんにするから、一緒に食べな。権之助たちの気が済んだら、入っといで」
「うん」
新しいつっかけサンダルをペタペタ言わせながら勝手口に消えていくお母さん。記憶の中で、だんだんおぼろげになってたのに、今、そこにはっきり実在していて、ちょっと動揺する。現実が現実らし過ぎて、夢みたい。娘が急に帰って来たからって、ぐいぐい追及して来るタイプじゃなくて良かった。ちょっと胸がドキドキ言ってるや。お父さんに会う前に、深呼吸しとこ。うん、豆太郎もぐりぐりしてくれてありがとう。
お父さんもお母さんも居酒屋で働いてるから、当然、夜は遅くて、朝も遅い。お母さんが二度寝から起きてきて、さらに後にお父さんが起きてきた頃、残念ながら私の朝ご飯は終わってた。だってお腹空いたんだもん。ワンコたちの散歩もしたし、みんな張り切ってすごく遠くまで歩いたし。そもそも、もう十時だし。
「なんだ、お姫。せっかく帰ってきたのに、先に朝ご飯食べちゃったのか。起こしてくれたら良かったのに」
「お母さんを待ってただけでも頑張ったんだよ。超お腹空いてたんだから」
「お父さんも早起きすればよかったのに。一応、声かけたわよ。プー子、料理がずいぶん上手になってね」
「なに? 朝ご飯はお姫が作ったのか? お母さん、もっとちゃんと起こしてよー。お姫、お父さんの分は残ってないわけ?」
「お味噌汁と酢の物くらい残ってるよ。卵は焼いてあげる。目玉でいい?」
実際に目玉落ちそうに引ん剝いて頷かなくてもいいよ、お父さん。顔怖いから。
親孝行って何をすればいいのか分からないけど、でも、次にいつ会えるのか分からないかもって思うとできることをやっておこうっていう気になるね。もしかしたら、これが最後かもしれないし。朝ご飯くらい作ってあげるよ。私のお店で常連さんに大人気だった朝定食。時間のかかるメニューは無理だけど、ぱぱっとできるやつならね。ほほいのほいよ。
「はあ。朝起きたら、お姫がいて、朝ご飯作ってくれるって。なんの夢だな、こりゃ。俺、明日死ぬんかな?」
「何を馬鹿なこと言ってんの、お父さん。プー子だって大人になるわよ。ねえ、いつまでもお父さんなんて大嫌いってわけないって言ったじゃないの。なんか作り置きのおかずも持ってきてくれたから、明日の朝も食べられるわよ」
目玉焼き焼いてる後ろでお父さんとお母さんはいつも通りやいやい言いながら、でも、とっても嬉しそう。私が帰ってきただけで、喜んでくれる。お父さんも、お母さんも、私のことが好きなんだって、それはね、きっとずっと昔から知ってた。好きなのは、間違いないんだ。
「はい、できたよ~。召し上がれ~」
「いただきます!」
そんなバシーンと手を合わせて、痛くない? にこにこしてるけど、すごい音したよ?
「うまい。本当だ。お姫、上達したなあ。お前、やっぱり、こっちの道に向いてるよ。親と同じ仕事なんて嫌だ~なんて言わないでさあ、都会暮らしに満足したらさ、こっち帰ってきて、店一緒にやろ」
「お父さん! 気が早い!」
あ、お母さん、そんな思いっきり背中叩いたら、その人、今ご飯食べてるから戻って来ちゃうよ、いろいろ。ほら、お父さん、お茶飲んで。そうそう。二人とも落ち着いてね? 落ち着いて。
「お父さんのお店かあ……」




