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ハットトリック

 寒い。でも、眠い。まだアラーム鳴ってないし、もうちょっと寝よう。今日のシフトは夕方からだからたっぷり寝ても平気。


 さ、さ、さ、寒い。


 いや、寒すぎるでしょ。東京は秋の夜だってそこまで冷え込まないのに。しかもなんか、お布団いなくなちゃってるし、うーん、どこ行ったの、私のお布団……。

「いったい!」

 手を伸ばしたら指先がゴスって! ゴスって言ったよ。壁側に思いっきり手を伸ばしちゃったかなって、目を開けたら。


「ふおおお! ハットトリック達成してる!」


 人生二回目の招きの部屋じゃん! 今回は女神も雄太郎も彰くんもたっちゃんもいないけど、二回目だから大丈夫。怖くない。一回目から月日が流れた分、謎の文字が書かれた石壁とか、年季が入っちゃってますますヤバイ雰囲気だけど、平気。

 興奮で手が震える。足も震える。プルプルしながら石の箱から這い出して、自分の手足を見下ろした。

「ありゃ、道理で力が入らないと思った」

 身体が逆トリップ前の、異世界でしっかり生きたヒカリの身体に戻ってる。しわしわのおばあちゃんだ。今日寝たら、明日に目が覚めるかも分からないような百歳を超えたおばあちゃん。正確には百十歳。

「夢じゃない。……帰ってきたよ」

 ぐすん。美魔女修行、無駄になった。鼻をすすって顔を上げて。


「あ。しまった。ここから先の帰り方知らないんだった」


 だってさ、一回目の時はここから女神が魔法で日本村のすぐそばまでピューンて。ピューンてね? 飛ばしてくれたんだもん。部屋からの出口さえ通らなかったもん。この薄暗い部屋から、どうやって出ればいいのかも分からないよ。この部屋から日本村はサツキの集落が滅茶苦茶遠いってことは知ってるんだけど。

「え、どうしよ……。こんなときは、落ち着いて」

 深呼吸して。


「たーすーけーてええっぐっ、げっほ、ごっほ」


 大声出すのしんどい。百十歳の身体は大事にしないと。つうか、誰かいないの? 招きの部屋の辺りに異世界トリッパーご案内業の人がいるはずじゃなかった? キョロキョロしたら、同じようにキョロキョロしてる目玉と目が合った。うん。目玉だけ。しかも一個だけ。

「え、なにこれ。人じゃなくて監視だけしてんの? 待ってたら誰か来るかな」

 目玉に向かって手をひらひら振ってみる。目玉は完全にこちらをロックオンしてるから、誰かがこの目玉だか、目玉型メカだかを操ってるなら、そのうち現れるだろう。

「よし。じゃあ、待ってよ」

 石段にどっかり腰かけて背中を壁に預ける。この身体では杖なしにちょっと離れた所まで歩くのも辛い。さっき、棺から出てこられたのも21歳の田畑プリンセスのつもりだったから無茶できただけで、我に返ってたら出てくること自体無理だったかも。危なかった。

「はあ、まさか帰れるとは。そして身体も元に戻るなんて。一体何のために逆トリップしたんだか。死ぬ前の思い出作り?」

 びっくりし過ぎて寿命縮んだわ。もともと残りわずかだったのに。

 そもそも百歳越えてる時点で、こっちの世界でも人間種としては相当な長寿。雄太郎も彰くんも百歳までは長生きしなかった。そして清人も。

 あの日、逆トリップする前、私はたっちゃんと、そして私たちの子どもと孫とひ孫とその子どもと一緒に清人のお葬式に参列していた。「清人を送るときまで、ヒカリが一緒にいてくれるとは思ってなかった」って、たっちゃんは泣き笑いで私の手をぎゅっと握ってた。

 そしてすっかり体力がなくなってしまった私は長時間の外出で疲れ果てて、家に帰るなりお部屋に戻って寝ることになった。

「おやすみ」

 いつも通り、あれこれ世話を焼いてくれたたっちゃんが布団をぽんぽんしてから部屋を出て行って、それを見送って、扉の向こうから家族の声が漏れ聞こえてきた。四人の子どもに十人の孫、二十五人のひ孫にも少しずつ次の世代が生まれ始めて、扉の向こう側は大賑わいだった。清人は大往生だったから、集まった親戚も、覚悟ができてて、悲しみや淋しさよりも無事天寿を全うしたことを讃えるみたいな感じだった。楽しそうだった。いや、うるさかった。そう、ものすごく、扉をしっかり閉めてくれないと眠れないくらい。

 うん、今と同じくらい。


「ドア、しめてよ~。うるさいよ~」

 ここ、うちの謁見の間と同じくらい天井高いから音が響くんだよ。いくら私の耳が遠くなってても百人近く集まって騒いだらさあ。ライブかっての。トオルのライブかってーの。

「母さん!」

「母ちゃん!」

「ばあちゃん!」

「マジでヒカリばあちゃんだ! 嘘だろ。人生二回もトリップするとか」

「史上初じゃね?」

 もう。ちょっとうるさいってば。あんたたち、誰に似てそんなにおしゃべりなのよ。逆トリップした日の記憶をたどってるだけで疲れて寝そうになってたのに、目が覚めちゃうじゃないの。

「細かいことはどうでもいい。ばあちゃんが生きてりゃ世界は救われる。すぐ女神に連絡しろ。雷の雨が止むぞ」

「ヒカリばあちゃん、お願いだから女神がばあちゃんの生存確認するまでは息しててね。ばあちゃんがいなくなってから女神が荒れて、荒れて、たった3ヶ月でこの世界は大変なことになってるから。ここでばあちゃんの死体だけ見せたら、冗談じゃなく世界は滅ぶから」

「お願いだから死なないで~!」


 ちょっと。ねえ、ちょっと。私の頭の回転が年齢なりにスローになってるにしたって聞き捨てならないこと言ってないかしら。うちの子孫たち。世界が滅ぶ? 私がいなくなったせいで? 意味わかんないでしょ。それ以前に、なんで急にうちの子孫が招きの部屋に大集合してんの。あの目玉、うちのなの? うちって、そういう家業だったっけ? 世界平和のために魔王城の維持管理を行う魔の一族(勤務はシフト制)じゃなかったんだっけ?


「たっちゃん!」


 条件反射が出た。でも、返事がない。

「あれ? たっちゃん? たっちゃん、ねえ、ちょっと」

 もうすっかりおじいさんの仲間入りをしている息子たち、立派なおじさんになった孫たち、大人になったひ孫たち。みんな、たっちゃんはどこ?

「父さんは母さんがいなくなったショックで引きこもってる。母さんの方を連れて行ってあげるね。女神が来たら、たぶんすぐだから。ちょっとだけ待ってね。死なないでね」

 しっかり者の長男サチ。相変らず、たっちゃん二号みたいに面倒見がいいね。わかった。サチが言うなら待つ。それにしても皆、何かにつけて死なないでって言うほど、私、死にそうなのかしら。21歳生活を通して心はだいぶ若返ってきたんだけど。死相出てるの?

「死相は分かんないけど、今、母さんにこの世界の行く末がかかってるから」

「それってどういうっ、うぐぅっ」

 最後まで聞けなかった。なんかがドーンとぶつかってきたから。死ぬかと思った。ご老体は大事にしてよ。今しがた死なないでって言われたところよ。なんで死んだらまずいのか聞こうとしてたところよ。

「ヒカリ! 良かった! また会えた! 消えるなんてひどいじゃない。死んでしまうのは仕方ないけど、消えるなんて。この世界の光が消えるなんて……私、絶望して世界を滅ぼしかけちゃったわ」

 ぶつかってきたのは女神だった。彼女が急に現れるのは、もうびっくりしないよ。ちょっと会わない間に見た目がビスクドール風からちょっとパンクよりに変わったんだね。そのワイルドなメイク、黒い涙が流れてるみたいよ。

「涙でメイクが崩れてるだけよ」

「そうなんだ。心配してくれてありがとう」

「本当よ。心配し過ぎて海底火山は噴火しちゃうし、おかげで新しい列島ができて、急激に海流が変わって西大陸も東大陸も海岸に高波がきちゃうし、雨と雷が止まないし、もう本当に大変だったのよ」

 心配のスケールが大きすぎるよ。ちょっとそれ、個人で責任取れる範囲超えてるよ。しかも逆トリップは私の自責じゃないし。

「それだけじゃないんだよ、母さん。荒れ狂ったのは女神だけじゃなくて、魔王もだからね。分かる?」

「分かるよ、サチ。たっちゃんはそりゃあ心配してくれてるだろうと思って私も胸を痛めてたもん。でも、たっちゃんが荒れても海底火山は噴火しないよねえ?」

「分かってないよ、母さん。全然、分かってない。父さんは魔王として数十年この世界に君臨して、新興の冒険者ギルドにも、古代種の王国にも顔がきいて、女神とも邪神ともツーカーで、世界中の有力者とパイプを持ってる人だよ。その父さんが、荒れてるんだよ」

「えー? そりゃ人脈はすごいけど、たっちゃん個人はすごい魔法使うわけじゃないし~」

「母さん。父さんが自暴自棄になったとき、この世界のバランスを誰が取ると思ってるの。もう雄太郎さんも清人おじさんもいないんだよ?」


 あっ! そういや、誰かと誰かが喧嘩したとか、揉めてるとかいうと、年中たっちゃんに仲裁の依頼が来てたな。女神と邪神が鉢合わせしそうになると、たいていたっちゃんが人柱にされていたような気もする。世界のフィクサー。最後の良心。不死身の龍臣。その彼が自暴自棄に……?


「それ、まずいんじゃん?」

「そうだよ。ただでさえ女神が荒れ狂って世界を壊しかけてるのに、父さんが誰ともまともに話そうともしないから、もう大変な騒ぎなんだよ。最近なんて部屋に引きこもっちゃって誰とも口きいてくれないし。魔王城は通常業務は休業にして、従業員一同各国間の連絡の助っ人したり、世界中に散って母さんの消息をさぐったり、大わらわなんだよ。本当なら、招きの部屋に一人か二人常駐させたかったけど、それもできないくらいの人手不足なの。仕方ないから女神に頼んで目玉おいて、魔王城との直通扉つけてもらってたんだよ」

「それは、とんだご迷惑をおかけして……」

 サチが事情を説明してくれる間も、女神は私に引っ付いてぐずぐず言っている。うんうん、分かった。死ぬのはいいけど、消えるのはダメなのね。死ぬのは良いって何度も強調されるとちょっと複雑だわ。実際、自分でも寿命を感じてるところだけど。ちょっと視界が狭まってきたし。急がないと。

「したら、その扉通ればたっちゃんにも会えるのね」

「そう。ただ、この扉をつける条件として母さんをみつけたら一番に女神に知らせる約束になってたから待ってもらってただけ。さあ、女神。もういいでしょう? 母さんを父さんのところに連れて行かせてください」

「え~! やっと会えたのに」

「ごめんね、女神。でも、私、割とすぐに死んじゃいそうだから早めにたっちゃんに会いに行かないと、女神、たっちゃんから未来永劫恨まれることになっちゃうと思うよ」

 うん。離してくれてありがとう。抱き着いてた辺りに落ちたメイクの跡がくっきりついてて割とホラーだわ。世界の終わりを感じる。早く気を取り直して、メイクも直して、世界を安定させてあげてね。私の失踪のせいでこれ以上の大災害が起きるのは嫌だよ。

「龍臣に恨まれるのは面倒だから、送ってあげる。じゃあね、ヒカリ。帰って来てくれてありがとう」

「うん。帰りたいってずっと思ってたよ。世界を滅ぼさないで待っててくれてありがとう、女神」

 バイバイ、と手を振って、次の瞬間には魔王城の見慣れた扉の前にいた。ここは謁見の間、という名のたっちゃんの私室。今は引きこもりの場か。


 トントントン。


 ノックする手にもあんまり力が入らない。大きな声も出せないし、早く気づいてドア開けてくれないかな。


 トントコトントン、スットントン、トコトコトコトン、スットントン トントコスットン トントコトン デデデダダダデデデダダダ ドーンドドン コン!


 あー、腕がだるい。思い出したCMソングをついフル演奏してしまった。音が響くから楽しいよね、お城。


「ヒカリ?!」

 バーンとドアが開いてたっちゃんが飛び出してきた。うわあ、すごいクマ。酷い顔色。早く寝ないと死ぬんじゃないの? 充血した目がやばい。私の視界が狭く、暗くなってるせいもあるのかしら。魔王感すごい。不死身のたっちゃんの目が充血するところ初めて見たかも。どんな無理すればそうなんの?

「死にそうなのはそっちだろ。ばかヒカリ。勝手にいなくなるなんて、約束、違うだろ」

「ごめん。でもちゃんと帰ってきた。生きてるから添い遂げる約束、まだ間に合う」


 あっ、そんなに力いっぱい抱きしめたら魂抜ける。ギブ、ギブです。

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