【異世界小話】離しません
異世界にて。
四人目にして初めての女児である愛がおしゃべりを始めた頃。
子どもたちが寝た後に二人で今日の出来事なんかを話して、平和な夜の時間を過ごしていた。そこでたっちゃんが不意に真面目な顔して言ったの。
「もうこれ以上、ここで一緒に暮らすのは無理があると思う。俺を一人にしないようにって頑張ってたくさん産んでくれたのには本当に感謝してる。なのに申し訳ないんだけど、子どもたちはヒカリのところに置いておいた方がいいと思うから、頼みたい。彰と雄太郎にも声かけていくし」
「はあ?! 一人で出て行くって言った? 駄目だよ。今さら飽きたなんて言い出したって、私は絶対、絶対、ぜえったいに! 別れたりしないからね!」
「おい、ちょ、話を最後まで」
「何がどうしたのか知らないけど、私が生きてる限りは、たっちゃんが一緒にいてくれる約束でしょ。呼んだらいつでも助けてくれる係でしょ」
「いや、その係は知らない」
「別れないったら、別れない! 大事にするって言ったのに! 雄太郎や彰くんみたいには戦えないけど、盾になるだけならいくらでもなれるから、絶対守ってくれるって言ったのに! 先に死なないから寂しい思いもさせないって言ったのに! 何より、私のそばなら寂しくないって言ったくせに!」
「ばか、声が大きい。子供たちが起きる」
「勝手に出て行くなんて許さないんだから!」
と、いうのが昨夜の顛末。
「今回という今回は、私、本気で怒ってますよ」
一日、我慢したけどやっぱり無理。店じまいを手伝ってくれる清人に愚痴を聞いてもらおう。
「結婚十年目にして初めてのまともな夫婦喧嘩じゃない? ヒカリ姉のところは、龍臣兄が圧倒的に年上だからたいていのことは受け止めてくれるもんね」
圧倒的に年上を強調してくれたね、清人。たっちゃんと結婚するよ、と報告した時に、たっちゃんの実年齢を確認して「ヒヒ爺」って言った清人だもんね。あれ、相当引きずってたよ。新婚からしばらく、たっちゃんが私に対して異常に気を遣ってたの、清人のせいもあると思うよ。
「それで、何があったの?」
「聞いてよ! たっちゃんったらね、別れようって言いだしたんだよ! 子供を置いて出ていくって!」
「はあああ!? 早く言ってよ、ヒカリ姉。殺す、龍臣兄、絶対殺す」
清人、その包丁も綺麗に研いであるけど、殺すのは難しいと思う。あの人、不死身だから。あ、思い出したみたい。包丁やめてワサビ持ってった。最近やっと手に入るようになった高級品なのに。いや、それはいいけど、どうやって使う気なの?
自分よりかっかしてる人をみると冷静になるって本当だな。ちょっと落ち着いたぞ。
そもそもたっちゃんは何で急に出ていくなんて言いだしたんだろう。昨日は頭に血が昇って話にならなかったし、朝からは子どもの前で喧嘩はダメだと思ったら口もきけなくなっちゃって、結局、話してない。
他に好きな人ができたっていう鉄板パターンはたっちゃんの場合、当てはまらないような気がする。私はともかく子どもを捨てるような人じゃないし。うーん、気になる。
店じまいちゃんと終わったら聞いてみよう。
母屋に向かう途中で、帰ってきた清人に会った。あ、普通の感じに戻ってる。
「清人」
「ヒカリ姉、あのさ、龍臣兄の話、最後まで聞いた?」
「ううん。そのことをさっき思い出して、続きが気になると思ってたとこ」
うわ、がっくりされた。なんだか分かんないけど、ごめんね? 清人。
「いいよ。ヒカリ姉の言い分だけ聞いて早とちりした僕が悪いから。あの、続き、聞いてあげて? 話の途中で激怒されて、泣かれて、ふて寝されて、朝起きてからずっと無視されたって。ちょっと、落ち込んでたよ」
わあ、客観的に見て、私ひどいね。
「大至急、いってきます!」
ダッシュで探しに行ったら、たっちゃんは洗面所で頭からずぶ濡れになってた。もしかしてワサビのせい? それでも目が真っ赤ってことにならないのが不老不死クオリティ。
「あの、たっちゃん……」
「おう、おかえり」
はわっ、いつも通りだ。かえって切り出しにくいけど、ここは勇気を振り絞らねば。
「あのね。昨日、何て言おうとしたの?」
あ、笑った。苦笑い。ごめんね、でも、その顔好きだよ。なんでも許しちゃうときの顔だよ。たっちゃんの優しさ全開の顔だよ。
「俺、お城に住もうと思うって話」
「え?」
「別れないよ、ヒカリとは。死ぬまで一緒にいてくれるんだろ?」
手近にあったタオルで頭をごしごししてあげたら、撫で返された。
「たださ、いくら服や髪型で誤魔化しかたり、若作りとかいっても、もうこの外見で同じところに住み続けるのは無理があるから。少なくとも冒険者がたくさん出入りする集落にいるのは無理だ。雄太郎はともかく、もう彰とも同じ年には見えないだろう」
ああ、そっか。当たり前すぎて考えてなかった。不老不死。たっちゃんはあんまり皆に知られたくないんだもんね。ましてや冒険者なんてやってるような好奇心に満ち溢れた人達に知られたら、どんな目に遭わされるか分かんない。そうだよね……。
「子ども達のことも。俺の血をひいてるってなったら、最悪、攫われかねない。離れた方が安全だから」
家族のこと、考えてくれたんだね。マナが乳離れするまで、ギリギリまで言い出すの待ってたんだ。それなのに、私ったら。
「大変申し訳ございませんでした!!!!」
「ははは。いいよ。別れないってすごい勢いで怒られて、嬉しかったし」
「でも、たっちゃん、私たちのために魔王城に引っ越すって言ってくれたのに」
「あそこなら、通えるし。たまに訪ねてくる分には変装すればまだしばらくいけるだろ」
そう。魔王城とサツキの集落の中心部は行き来が簡単になるような仕掛けがある。だから、そんなに離れるわけじゃないけど。
「分かるけど。なんとか、一緒に暮らしたいなあ……」
「大丈夫だって」
「私は大丈夫じゃないですう」
え。そこでびっくりする? なんで私があんなに怒ったと思ってんの。
「だって寂しいじゃん」
だから、家族一緒に暮らせる方法を考える! そんな不安そうにしないで。私も考えるけど、借りられる知恵はみんな借りて考えるから。三人寄ればポン酢の知恵だよ。何と合わせてもおいしい、天才的発明品だよ。
結局、たっちゃんは二年ほど魔王城に暮らした。そして、以前と変わらない姿で帰ってきた。そしてその日から遠くのダンジョンでうっかり飲んだポーションが元で老化しなくなったという設定を導入した。おかげで、たっちゃんはずっと家族と一緒にいられることになったからそれは大成功だったのだけど、思わぬ副産物もあった。世界のどこかに「不老の薬」があるという情報は電話もネットもない異世界(でも魔法はある)で瞬く間に広がって、秘薬ブームが到来した。たっちゃんのもとには若さを求める人々が情報収集のために訪れるようになった。美魔女に囲まれる夫を日々眺めることになったことは誤算だった。本当に誤算だった。




