この先も生きていく
異世界にいたときに、原住民仲間と色々情報交換した。そして、異世界トリップが起きる共通の条件をいくつか割り出した。その中で間違いないのは「夜に自宅(またはそれに準ずる場所)で寝る」こと。
自宅に準ずる場所ってどこかって? それは寄宿舎とかそういう自分の家ではないけど普段、寝起きする生活の場よ。かなりの人数に確認したから間違いない。ワンナイトラブの後で死ぬほど後悔して、今すぐ消えたいって思っても、ホテルの部屋からトリップしたケースはなかった。今すぐ消えたいって気持ちのまま、おうちに帰ってしばらく落ち込んだっていう証言をくれた人はいた。けっこういた。異世界トリッパーには迂闊な人が多いのか。ワンナイトが意外とよくある事件なのか。どっちだ? とにかく、ホテルや、友達の家や、夜行バスからトリップした人はいないの。自宅から静かに消えていくからトリッパーのほとんどはこちらの世界では覚悟の家出扱いになってるんだろうね。そういうわけだから、コンビニで深夜勤をしている今夜はあちらにトリップする可能性はないはず。
もう一つの条件は世界からはじき出されるくらいに強烈に、何か叶わない夢を見ることなんだけど、それはジャッジがすごく難しい。何が叶わないかは、神のみぞ知るだから、けん玉チャンピオンになりたいって夢でも異世界にいっちゃう可能性はある。私だって、ちゃんと就職したいって夢をみたら、また飛ばされちゃう可能性がある。どんなに願ってもそれが叶わないって、自分で言ってて悲しい地球社会不適合。あっちではすごく上手く行ったのにな~。帰りたいな~。でも、自分の都合で発動できるもんじゃないから、帰れるとは限らないんだよね。ていうか帰ってきた人確認されてなかったもんね。帰れない可能性の方が高い。圧倒的に高い。だったら、帰れない場合を想定して、この先も日本で生きていける準備もするべきだよね。いろんな覚悟ができるまで深夜シフトを続けながら考えるかなあ。でも、昼夜逆転生活になっちゃう。私の美肌計画が……。物事の優先順位って、いつでも簡単には決まらないものよね。美か、お金か。地球か、異世界か。はあ。
「ため息は幸せが逃げますよ」
え? 私、ため息ついてた? 町田くんの聞き間違いじゃない?
「いや、思いっきりついてましたよ。はあああ~って。今日っていうか、ここんとこ、ちょっと変ですよ、田畑さん」
え、もしかして異世界トリップの影響がどっかに滲んでるのかな。そりゃあっちで長い時間過ごしたから、正直だいぶ中身に変化が起きちゃってるのは間違いないと思うし、隠しきれてる自信ないわ……。ドキドキ。
「え、具体的に、どの辺が、どんな感じに変なの?」
「どの辺って……工藤さんに弟子入りしたり、ラジオ体操始めたり、なんか急に綺麗にしはじめたし、一人で思い出し笑いしたり……は前からだけど、なんか物思いにふけってるって言うか、ぼんやりしてる時間が増えたし、こないだはコレだし?」
コレ、と指さされたのは、もちろんまぶた。今日はもうすっかり元通りだけどね。
「いや、ちょっと待って。私、最近、綺麗? 綺麗になった?」
そこ、大事なとこよ。目を逸らさないで。ねえ、正直な第三者の意見を聞かせてよ。美魔女修行の成果出てるの? どうなの?
「美魔女って、田畑さん、俺と同い年でしょ? 若い人が綺麗にするのは美魔女と違うんじゃないですか」
「若い! そうだった! 私、今、若い!」
「ほら、やっぱり変ですよ……。きれいとか、若いとか、気にする人じゃなかったのに」
なんで残念そうなの。いいじゃん、美に目覚めたって。それに前だって、別に気にしてなかったわけじゃなくて、いつになったら自分もお母さんがいってた「年頃」になって「自然と花開くように美しくなる」のかなって思ってはいたもん。あ、笑い事じゃないよ。私は年頃って曖昧な言葉を信じてだねえ。
「そうそう。前はそういうぼんやりの感じだったのに、最近は思いつめた感じのぼんやりだから……心配してたら、急に目腫らしてくるし。だから、あ、ほら、店長も心配してましたよ。韓流アイドルは隠れ蓑で他に男がいるんじゃないかって」
ぎっくう! なに、店長鋭い。鋭いのは発注リストチェックだけじゃないのね。うちの店では他所みたいに桁間違いの発注とか絶対ないのよ。店長、仕事のできる男だから。
「お、お、おとこなんて」
「本当にいるんですか?」
ずいっと詰め寄られて、壁に貼り付いた。あっという間に追い詰められた。カウンターの中狭すぎるよ。
「おとこ、なんて! 言い方が生々しすぎるよ!」
なんか恥ずかしいじゃん! いやん、顔が赤くなってそう。また鼻の下に汗かいたらどうしてくれるの。両手で顔を覆って丸くなる。はあ、恥ずかしい。精神年齢的にはいい歳なのに、こんなことで照れて恥ずかしいったら。
あ、お客さん来た。ちょっと町田くんに任せたい気分、って、なんでそっちまで赤面してんのよ。
ああ、夜明けが近い。今日もよく働いた。ミスも減ってきたし、順調、順調……はっ! こうやって普通にバイトに勤しんでたら将来のことを考えないまま、ズルズル日本に残留して時間だけが虚しく過ぎてしまうのでは? この先、日本にいても生きていける準備するんだったのに。空き時間に陳列の確認、念入りにしちゃってたよ。私ったら働き者過ぎる。
「町田くーん」
「なんですか」
「ここのバイト、いつまで続ける予定?」
「さあ、なるべく長くとは思ってますけど……就職、の前に卒研の時点でシフトほとんど入れなくなっちゃうでしょうね。でも、籍はギリギリまで残してもらうつもりですよ」
「そっかあ。就職すんだもんねえ。あと、一年半かあ」
同じ年の町田くんだけど立派な大学に通ってて、就職も内定出てて、人生設計が全然違うんだよな。私がこれからまた就活しても、異世界で磨いたスキルは履歴書にかけない。改名の方はもうお父さんに反対されることはないだろうから何とかなるとしても、これといった職歴、資格なしっていうとあんまりいい結果は期待できないよなあ。
「就職のためには資格だよね。調理師免許取りにいくとして、ここで何年働いたら学費たまると思う~? って、知らないよね」
「調理師? 田畑さん、そっち系いくんですか? 専門学校は違う感じでしたよね」
「うん。でも料理好きだし、美味しそうに食べてもらうのも好きだからさあ。学歴なくても生きていきやすい業界だし」
だったら最初から目指しておけって話なんだけど、18歳のときは、飲食業界に行くの嫌だったんだよなあ。父親への反発もあったし。あそこで意地張らないでおけばよかった。でも、そしたら仕事を求めて異世界に渡ってないし。ああ、複雑。はああ。
「あ。本当だ。私、またため息ついてる」
「もしかして、田畑さんが最近おかしいのって将来の計画を真面目に考え始めたからなんですか?」
「今まで、真面目に考えてなかったみたいな言い方!……あ、でも、考えてなかったかも、ていうか」
異世界に行く前は真剣に考える余力がなかったかもしれない。毎日生きていくのに必死で、将来のことを具体的に考えるなんてパワーのいることできなかったんだよねえ。サツキの集落で働いて、癒されて、パワー充電して帰ってきた私だから、こんなにいろいろ動き回ったり、考えたりできてるんだ。異世界の家族と切り離されて、思い出の品も何も持って帰って来られなかったけど、心と身体の中にちゃんとお土産残ってるんだなあ。
「えへへへ~」
「田畑さん? そろそろシフトあけるし、先にあがってもいいですよ。ちょっと、壊れかけてきてるみたいだし……。最近、深夜増やし過ぎでしょ。よく会えるようになって嬉しいけど……ちゃんと休まないと」
嬉しいなあ。ぐふふ、えへへ。
「やっぱり聞いてないですよね。田畑さ~ん」
「ようし! がんばろ! パワーと経験の有効活用!」
「本格的に何言ってるか分かんなくなってきた。いや、いつもの調子が出てきたのか。いいのか。うん、可愛いからいっか…」
「よし! そうと決まれば一番頼れる人に相談しに行こうっと」
これからの人生について相談してみよう。異世界でチャージしたエネルギーを使い果たす前に就職しちゃうんだ。そしたら、三回目のトリップがすぐに起きなくても生きていけるし、そしたらじっくり時間をかけてあちらに帰る方法を考えられるもんね。帰ることはどうやったって諦めきれないわけだし。
「頼れる人って、誰ですか……それ」
お、町田くん。そのしっぶい表情は全然信用してないな? そんな相手いるわけないと思ってるな?
「私にだって頼れる人くらいいます~」
「いや、でも、親御さんとも微妙な感じだし、友達らしい友達もいなそうだし、こ、恋人もいませんよね?」
失礼! でも正確!
「私に詳しいね、町田くん」
「えっ。いや、それほどでもないかと…」
「でもね、私だって成長するのですよ。私にもお友達の一人や二人や三人や四人」
できたもんね。異世界でお友達。ケルベロスとかドワーフとか、友達カウントでいいのか分からない女神とかだけど。
「いやいや、急にたくさん知り合い増えて、しかも信頼してるとか騙されてる感すごいですよ。まずい宗教団体とかハマってません? どんな人達なんですか?」
いや、だからケルベロス……とは言えないか。ここでは女神の我が儘パワーで自然に伏字になったりしないから気をつけなくちゃ。
「ひ・み・つ」
「滅茶苦茶怪しい! 駄目ですよ、自分を孤独だと思い込んだら。田畑さんは一人じゃないですよ。なんかあったら俺も」
「だーいじょうぶ、大丈夫。ただちょっと詳しくは言えないだけだから」
「全然、大丈夫そうじゃない!!」
その後、どうやっても町田くんは私に信頼のおける知り合いがいるということを信じてくれなかった。
ねえ、それってもしかして私のことを信じてないってことなの? ポンコツでも先輩なのに、悲しい。




