HR/ホームルーム
その後、来賓の言葉や担任教師の紹介など、テンプレらしき項目を終えた俺は、αクラス教室にて自席に座って担任教師を待っている。入学式でのELDについての話が効いているのか、今は全員が席について静かに机の上に置かれた書類や生徒手帳に目を通している状況だ。
ちなみに校舎は4階建。1階にχ.δ.φクラスの教室、2階にα.βクラスの教室がある。そして、他の階や空き教室は来年、再来年と入ってくる生徒のための教室らしい。
教室の正面には教卓とホワイトボード、左右には窓、扉は右手側前後に1つずつ。席は縦に6つ並び、それが5列の計30席。
俺の席は最後尾の左から2番目の位置。
左右には女子生徒、前には大柄の男子生徒が座っている。
この先、充実した学校生活を送るためには、目の前に座る男子生徒と仲良くなるのが一番の近道だな。
今朝話した不破は最前列。
深く関わることは無さそうで安心した。
そして、ぼーっとクラスメイトの様子を眺めていた所で、
担任教師の男が前の扉から教室へと入ってきた。
「おー、席に座っているとは感心だ」
柔らかい声でそう口にしながら教卓へと歩いていくのは、高身長でスタイルのいい黒髪の男。口調も表情も穏やかで、顔のパーツはかなり整っている。見るからに優男といった印象だ。
「ついさっき説明があったけど改めて、今日からαクラスの担任を務める"三河 秀"です。
これから4年間、どうぞよろしく」
学園長も言っていたが、どうやら最近、学習量の増加に伴って高校制度が4年制に変更になったらしい。
まあ、考えてみればたった3年間で部活に勉強は大変だろうし、友達と遊ぶ時間も必要だろうしな。
至極当然の変革に思える。
「それじゃあ早速、ホームルームを始めるよ。
みんな、携帯を出してくれるかな?」
念のため持ってきておいて正解だったな。
準備物に指定が無かったことから察するに、携帯は伝えるまでもなく持参して当然の必需品ってことだろう。
これからは常に持ち歩くとするか。
「OK。じゃあ次は、冊子の1番後ろのページを開いてそこに載ってあるQRコードを読み取ってくれ」
俺は読み取り方を知らないので、検索を挟んでからカメラで、そのQRコードを読み取った。
「そして、読み取ったら"トーア"というアプリのページに飛ぶと思うから、それをインストール。終わったら待機ね」
操作は、一本道で分かりやすかったこともあり無事に終了。
トーアというのは東亜学院の東亜から取っているんだろうな。
「全員済んだようだね。
じゃ、アプリを起動して各自、生徒手帳を見ながら、氏名,学年,クラス,生徒番号を入力してくれ。
あ、ただし、他の誰にも見えないように注意してね」
三河先生は人差し指を口に当てながら意味深な事を言った。
俺は机の上の生徒手帳を開き、三河先生が言ったそれらを確認する。1番気になっていた俺の生徒番号は……
『 10119104 』。8桁とはまた、かなり長いな。
セキュリティの問題か、他に何か意味があるのか。
とか何とか思いながら、念のために周りの目を気にしながら入力を完了する。
すると、黒い背景に白文字で数字が表示された。
「そこに写っているのは、君たちの所有額。
つまり、学校が君たちに与えたお金だよ」
( へ? )
所々で小さく驚きの声や喜びの声が漏れる中、
俺はただ、小さな画面を見つめながら絶句した。
( ……これはおそらく何かの手違いだろう。
とりあえず今は説明に集中だ )
俺は軽く目を閉じて心を落ち着かせ、続く言葉に耳を傾ける。
「色々と思うところがあると思うけど、今は話を聞いてくれ。
まず、僕が他の人に見せないように言ったのは、それが重要な情報だからだ。一人一人の実力に応じて与えられているそれは、この学校での君たちの地位を表しているも同じ。
そして……」
先生の今の言葉を聞いて、甘く考えていたであろういくつかの生徒は、画面を隠すように携帯を持つ手を動かした。
「君たちはこれからそのお金で生活していくことになる。
勿論、それは1ヶ月分に過ぎないけれど、寮内の電気,水道,ガスといった学校で賄われる以外の、少なくとも衣,食,娯楽の3つにはそれを使っていかなくてはならないわけだからね。
紛れもなく、君たちの心臓に等しいというわけだ」
1ヶ月分か。
「それに、所有額が0になった時、あるいはマトモな生活が送れなくなって生命に関わる状態に陥った時は、進学権を剥奪した上で退学、という処分を行うことになる。
ちなみに進学権の剥奪というのは、新しく高校に通うことや大学に入学することができなくなるという意味だね。
あ、それからもう一つあった。
君たちはこの学校に合格した時点でエリートなんだけど、
残念なことに、東亜学院からリタイアしてしまうと、
此処に在籍していたという事実も消さないといけない。
つまり纏めると"学歴が中卒で固定される"という事だ。
優秀な君たちなら、この完全実力主義の時代に中卒という烙印を押される意味、……分かるよね?」
「ッッ」
穏やかだった三河先生から唐突に放たれた重く暗いひと言に、
誰かの息を呑む音が聞こえた。
「……なんてね、別に怖がらせるつもりはないんだ。
ただ、それだけ重要な物なんだと肝に銘じておいてほしい」
一瞬見せたあの表情がまるで嘘だったかのように、
三河先生の雰囲気は初めの穏やかさを取り戻していた。
「それから、
君たちのお金の現物は各々の部屋の金庫に入ってる。
トーアというのは端末1つで所持金を確認できるというだけの代物だから、買い物や嬉戯も含めて、お金を使う時には必ず現金が必要になることを覚えておいて」
部屋をひと通り見た時は、金庫なんて見かけなかったな。
もう一度よく見回ってしっかりと確認しておこう。
「それじゃあ、百聞は一見にしかずということで、
試しに嬉戯をやってみせよう。
お金のやり取りはナシだけど、
僕の相手になってもいいよって子はいるかな?」
いよいよ、本題の嬉戯か。
確か、既存のものや既に使用されたもの以外で、学校に申請して許可を得たゲームしか使えないんだったな。学園長の言葉だと俺も含めてまだしっくりこない生徒が殆どだろうから、ここでシミュレーションをしてくれるのは助かる。
が、先生の呼びかけに応えた生徒はいなかった。
「みんなシャイだねーー。じゃあ、特別に
僕に勝てたら1万円をあげるよ。はい、やる人ー?」
1万円という言葉を受けて、すぐに教室が淀んだ。
そして俺自身も、自分の所持金を思い出して
名乗り出ようかと考えた。
だが、俺が決断する間もなく、
最前列に座る1人の女子生徒が既に手を挙げていた。
後ろ姿でよく見えないが、髪色が黒く、
鎖骨にかかる程の長さだということは分かる。
あとは座っている姿勢から育ちの良さが窺える(うかが)。
よって、考えられる人物像は真面目で清楚な優等生。
「おぉ!ありがとう!えっと、君は……」
「水落 凛です」
三河先生は嬉しそうに声を上げて、名簿らしきものを確認し始めたが、その女子生徒は先生の様子を見て自ら名前を伝えた。
「よし、じゃあ、水落。トーアを開いてくれ。
嬉戯の認証はトーアで行うことになっているからな。
アプリを開いて最初に見える"所有額の表示"の下。
少しスクロールすると、"QRコードを表示する"という文字が見えてくると思う。
嬉戯を仕掛ける側が"表示"をタップしてQRコードを表示し、
仕掛けられた側がカメラでそれを読み取ることで、
初めて嬉戯が成立するというわけだ」
なるほど。嬉戯の成立のためにはトーアを開く必要がある。
つまり、嬉戯を仕掛ける側には所有額を見られるリスクが生まれるということか。
「今は、僕しか嬉戯を持っていないから、
水落がQRコードを表示してくれ」
「分かりました」
水落は周りから見えないように胸の近くで携帯を操作した後、
QRコードの画面を三河先生へと向けた。
そして先生は教卓に佇んだまま、携帯を水落の画面の方へと
向けた。
「よし、これで完了だ」
教卓から水落の席まで少しだけ距離があった。
嬉戯の成立のために携帯を近づけた瞬間、強引に携帯を奪い取ることが有効な策の1つになりうると思ってたんだけどな。
どうやらカメラのズーム機能を使えばある程度離れた所からでも読み取ることが可能らしい。
「じゃあ、早速やってみよう。
僕がプロデュースした誘惑と読み合いの嬉戯。
少し変わったじゃんけんを」
そして、三河先生は嬉戯の詳細を語り始めた。