星屑の星装使い───性転換して正体を隠していますが、実は普段は学生として過ごしてます───
『瑞季……無事で……良かった……生き……』
「パパ!ママ!」
快晴の空の下は真っ赤に染まり所々に金属の残骸が転がっている。その光景はまさに混沌と言える。
瑞季の前には黄金の塔からやって来た同色の人馬が放った弓矢が両親を貫いている。瑞季は自分を守る為に2人がかりで壁になった両親を見て、まだ幼い瑞季はただ泣き叫ぶことしか出来なかった。
「うわぁぁっ!!はぁ……はぁ……夢か。久しぶりに見たな」
人類は突然手に入れた特殊能力と女神から授けられた天職の能力で発展していった。そんな中、突如魔王と呼ばれる存在が現れた。魔王は全部で12体。空中に城を築く者や地下深くに住む者、海底神殿で暮らす者など世界の至るところに魔王がいる。
ある年。瑞季の父親である星宮博士が魔術装甲機───通称魔装───を作り出した。
魔装は魔力を使い動かすもので、魔法を使う戦闘職を例外として戦闘職よりも魔力量が多いことから非戦闘職を用いることで戦力拡大を謀る為に軍事利用されることになった。
数年前。ニルディーユ皇国は魔装を用いることで戦力を強化して魔王討伐へと繰り出した。
魔王討伐は1人の魔王を討伐したのだが、別の魔王が現れ奇襲を受けた討伐軍は殆ど壊滅してしまう。そして、それに同行していた瑞季の両親も死んでしまった。
瑞季はたまにその光景を夢に見る。今ではその頻度も週に一度あるかどうかだが、3年前まではその逆だった。
「今日から学院に通うのに、縁起悪いなぁ」
新生活早々に悪夢を見るなんてこれからが不安でしかない。瑞季はそんな思考を振り払い、登校の準備を終えて最後に両親に挨拶をしてから家を出た。
向かうのは、このニルディーユ皇国に3校存在する魔装使いを育成する教育機関の1つ、国立綺羅星学院だ。
産まれたと同時に魔装適性検査を行い一定水準の適性があった者にだけ入学を許可(強制)される。
魔装適性者はこれまでのデータに基づき魔力量とそれを上手く扱えるかどうかだけのものだ。これはあくまで才能を測るだけなので希望者は入試に合格さえすれば入学出来る。
何故このような検査が実施されているかというと、以前は魔力量が多いだけで乗せていたが、魔王討伐の際に上手く扱えて居ない者がいたせいで目標の魔王を倒したが別の魔王に奇襲されてしまったのだ。これは魔装を上手く扱えなかったことにより多大な死傷者が出たと判明し、その後、魔装との相性も重視するようになったのだ。
魔装は手動操作ではなく魔力を使いまるで自分の身体の一部かのように操る。相性とはその伝達速度のことだ。
そして、魔装使い育成機関はたった3校しか建てていないからこそ、設備が充実している。訓練場は時間交代制で申請すれば誰でも使えるし、個人の魔装整備室だって用意してもらえる。本的に寮生活だが、各々個人部屋(完全防音)があるし、学費だって特殊能力科より安い。
瑞季は校門を通過して疎らにいる同級生と思われる人達についていく。すると誰かが言い争いをしているのか罵声が飛び交う辺りに人だかりが出来ていた。
「なんですって!もう一度言ってみなさいよ!!」
「ああ、何度でも言ってやろう。少なくとも今の貴様がそれを扱うには相応しくない。さっさと自国へ帰れ」
人だかりを掻き分けて顔を出すと男子生徒と女子生徒が睨み合っていた。
どちらも有名人だ。
女子生徒の名はフェルノア・エーデルフィクス。何を隠そう彼女はエーデルフィクス帝国の第四皇女である。
男子生徒の方は天宮紅蓮。父親は日本軍の魔装総長だ。
関わると面倒なことは明白なのでこっそりとその場を後にしようとするが、フェルノアに見つかってしまった。
「あっ!ミズキじゃない!久しぶりね。こっち来なさいよっ!」
フェルノアに呼ばれて仕方なく彼女の近くへと歩み寄る瑞季。
「なんて露骨な話題転換だ……彼女は貴様の知り合いか?何故男子の制服を着ている?」
「……初めまして。僕は星宮瑞季。あと、僕は男だから!」
声変わりのしていない高い声、低い身長、長い髪の毛、中性的で綺麗な顔立ち。それらの要素のお陰で女子に間違われることは多々あるが、それを許容出来るかどうかは別の話だ。
「そ、そうか。それは悪かったな。俺は天宮紅蓮だ」
「それで何か用?フェルノア」
「“何か用?”じゃないわよ。大切な幼なじみが変なのに絡まれてるのに野次馬に紛れてるのはどういうことなのよっ!」
「悪かったよ。それで、何があったの?」
「まぁ、いいわ。許してあげる。聞いてよミズキ。私は普通に歩いていただけなのに、こいつが難癖つけてきたのよ」
「フンッ!真実だろう?」
「まぁ、何言われたのかは想像出来るけど。気にする必要は無いと思うなぁ。さ、入学式が始まっちゃうよ?」
「待て星宮。時間ならまだあるだろう?何を以てしてフェルノアが悪くないと判断したのか聞かせて貰おうか?」
「……良いよ。さっき君がフェルノアに対して”それを扱うには相応しくない”って言うのが聞こえてね。大方、フェルノアが金星を持つことに不満があるってところじゃないの?」
「分かってるじゃないか。それでも尚フェルノアの味方をするのか?」
「当然だね。星装は資格が無い者は触れることすら許されない代物だ。理由はそれだけで十分過ぎる」
星装───星宮博士が作り出した名に星がつく特別な能力を持つ魔装のことで現在はニルディーユ皇国で3機、個人で3機機所持しておりエーデルフィクス帝国では国で2機、個人で1機所持している。あと3カ国で1機ずつと所属不明の機体が1機の計13機が確認されている。
因みに、それらは星宮博士の特殊能力により作られた為、複製は不可能とされている。
魔装はアクセサリーの形をした各魔装に専用の収納庫に入れて持ち運びが可能であり、星装は必ずイヤリング型としている。見たことがある者ならば偽物かどうかはその輝きで判断出来る程の違いがあるのだ。
それに、星装適性者───星装に選ばれた者───しか星装の持ち運びは不可能なのだ。星装を見分けられる紅蓮ならば知らない筈がない。
(なんだか面倒なことになりそうな予感がする)
「ふん。ここはあくまで教育機関。そこに星装を持ち込むのは無粋だと思ってな。まぁいい。俺はそろそろ移動させてもらう」
紅蓮が立ち去ると野次馬も体育館へと向かっていった。
座席の指定は特に無いようでフェルノアが隣に座ってくると丁度校長先生が舞台の方へ歩いてきた。
「皆さんご機嫌よう。私が綺羅星高校校長の七瀬識音です。皆さんがここに入学してくれたことを嬉しく思います───」
七瀬校長の話が終わった後に何人かの先生の話が続き新入生代表挨拶などがあり最後にクラス発表となった。
「それでは最後にクラス発表です」
七瀬校長が指を鳴らすと瑞季たち新入生の黒い制服に赤、青、黄のいずれかの色が加わり胸元の校章も同じく変色した。
「赤は氷華クラス、青は白雪クラス、黄は霜月クラスです」
瑞季は自分の制服をみれば黄色が加わっていた。隣をみればフェルノアも同じ黄色なので同じく霜月クラスのようだ。
入学式が終わるとそれぞれの担任が引率をしてくれる。
「ねぇねぇ。私達同じクラスで良かったわね。これから楽しみだわ」
「僕もフェルノアがいて良かったよ。知り合いはフェルノアくらいしか居ないし」
瑞季は端から見たら美少女と間違うルックスを持つので男性が苦手である。これまで学校行事をサボったことなど一度や二度ではない。
綺羅星高校の生徒は魔装の適性がある生徒が毎年少ないとはいえ例年1クラス25人はいる。霜月クラスは例年通り25人だ。
教室に着いてからは軽い自己紹介と教科書や時間割り表の配布で終わりのようだ。これは午後に学生寮を使用する生徒は荷解きをしろということだろう。
自己紹介は番号順で行われ、みんな自分の出身や好きな食べ物、憧れの星装使いを言うことが多い。
瑞季も好きな星装使いのことを話すつもりだ。
「ねぇねぇミズキ。後で金星のメンテを頼んでいい?」
自己紹介が終わり教科書の配布が行われている時間に隣のフェルノアが話しかけてきた。特に席は指定してあったのだが、席の交換は自由なので基本的には瑞季とフェルノアは隣に座ることにしたのだ。
「構わないけど、星装のメンテは時間かかるんだからね?」
フェルノアの頼みなら、と瑞季は大抵のことなら引き受ける。それはフェルノアだって同じことが言える。2人はそれが言えるくらいの関係だ。
小さい頃は夏休みや冬休みの長期休暇に瑞季の家にお泊まりして毎日遊ぶことが多かったが、瑞季の両親が亡くなってからは会う機会が減った。それでもお盆休みかお正月のどちらかには会っていたのでそれほど疎遠になった訳でも無い。そして、これまで金星のメンテはフェルノアに会う度に行っているが、中々時間がかかるのだ。
「ありがとっ。メンテが大変なのは分かってるわよ。でも一番信頼出来るミズキにしか頼めないし」
魔装は誰でもメンテ出来るが、星装は特殊で、ある程度の技術と魔力がなければメンテは難しい。それに、下手なメンテは死に直結するから信頼出来る者にしか頼めない。業者に頼むのは魔装なら構わないが、星装となればリスクが高いので星装使いは自分でやることが多い。
「じゃあ昼食済ませたら僕の整備室に行こっか」
配布物を全て腕輪型の収納庫に入れてからフェルノアと一緒に1階へ向かう。
食堂は校舎の1階全てで全校生徒がこの場所で食べることが出来る。入学式は1年生しか参加しないので他の学年は休みなのだが、食堂は利用出来るので先輩の姿がちらほら見える。
「先輩たちは休みとはいえ食堂が開いてるのに全然いないね」
「優秀な生徒を集めた魔装部隊は今遠征に行ってるもの。それにアルバイト感覚で魔物を討伐するのだって珍しく無いからこんなものじゃない?」
瑞季たちは適当に昼食を済ませてから学生寮へ向かった。
「お?もう来たのか。君たちが一番乗りだ。俺はここの寮長代理の蔵元総司だ。よろしく」
「フェルノア・エーデルフィクスです。よろしくお願いします」
「星宮瑞季です。よろしくお願いします」
「エーデルフィクスか……よし!じゃあ案内してやる」
男女はしっかり左右で分かれており1階のみが共有でリビングやらキッチンなどがある。
瑞季が案内されたのは希望していた男子部屋の最奥の部屋だ。個人部屋と整備室は行き来しやすいようにくっついている為、実質二部屋分個人で使える。それに隅っこは誰も前を通らないし隣とも距離があるのだ。それに完全防音室でもあるので完璧と言える。
一応男女で2階以降は分けられているが、立ち入り禁止という訳ではない。だから蔵元先輩ひとりで案内することが出来るのだ。
フェルノアの部屋(瑞季とは真逆の隅っこだった)を案内してもらってから瑞季の部屋を案内してもらったのでそのまま部屋に入り整備室へ向かった。
部屋は結構簡素だが綺麗で十分広い。瑞季は元々置いてあったベッドを収納庫に仕舞ってから整備室(奥の部屋)に置いた。
(シャワーは元から整備室にあったし、案外住みやすいかも)
「設備も十分だね。よしっ。フェルノア、出してくれる?」
「オッケー」
フェルノアがピアスから出した星装───金星───は金と白色の美しい機体だ。激しい損傷は無いが、所々でガタがきてる。
「じゃあメンテするからフェルノアは戻ってて良いよ」
「ねぇ。今回も見ててもいい?」
ある時フェルノアがメンテするところを見てみたいと言ってからは毎回フェルノアが見たいと言うようになった。
「良いけど。明日から授業あるし荷解きしたいから今日中には終わらないからね?」
「それなら先に荷解きから始めましょう。こっちはそんなに急ぎじゃないんだしメンテに夢中になって明日の持ち物が……では笑えないもの」
「それもそうだね。なら荷解きするから終わったら来てくれる?」
「分かったわ」
荷解きと言っても一人暮らしを始める訳ではないので瑞季の持ち物は私服や勉強道具、あとは魔装のメンテに使う道具や改良に使う素材くらいだ。
フェルノアには授業の準備とか言いつつ瑞季は金星のメンテの為に必要な素材や道具を整理しているのだ。
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30分後。フェルノアが瑞季の部屋の扉をノックする音が廊下に響く。フェルノアが待っていると扉が開き瑞季が顔を出した。
「早かったね。こっちも粗方終わったから早速やろっか」
「その前にシャワーを浴びていい?ミズキのベッド使うから」
瑞季は中途半端な潔癖症でシャワーを浴びなければ決してベッドの上で寛がない。
フェルノアは一度だけシャワーを浴びずに瑞季のベッドに寝転がったことがあるが、そのときはお風呂に放り込まれ「二度と僕のベッドがある部屋に入らないで」と抑揚の無い冷たい声で言われてしまったのだ。
瑞季の家では整備室と寝室は自室でシャワー室はそこから直接行けるようにしてあるので基本的には自室から出ない。
エーデルフィクス帝国に行った際はそこまで気にしないようだが、それは長期間滞在する訳では無いし、毎日ベッドを整えてくれるメイドの存在が大きい。
瑞季もお金持ちでメイドだけは雇っているのだが、自室だけは立ち入り禁止にしている。だから布団を洗うのは三連休以上の休みの日と決めているようだ。
「良いけど。そのまま寝ないでよ?」
「そうなったら一緒に寝ても良いから」
「フェルノアが良いなら僕は構わないけど」
瑞季とフェルノアは特殊な関係だ。
元々フェルノアは幼少の頃からとある条件で表向きは瑞季の婚約者として過ごしている。
その条件とは瑞季の両親は星装を2機エーデルフィクス帝国へと譲渡しフェルノアに金星を与える代わりにフェルノアを瑞季の奴隷にするというものだった。
帝国は強力な星装がどうしても欲しかったのだ。何せ星装を纏うだけで能力が増えるのだから。それも強力な能力が。
フェルノアを奴隷にする理由は裏切られる可能性を限りなくゼロにする為だ。瑞季の命令だけには逆らえないし危害を加えることすら出来ない。しかし、瑞季は酷い仕打ちなど一切しないどころかフェルノアのことを大切にしている。だからこそ皇帝も娘を差し出したのだろう。
フェルノアがシャワーを浴び終えるとベッドに寝転がりながら瑞季のメンテを眺める。
瑞季のメンテは実に鮮やかだ。鑑定師なのでどこが悪いのか簡単に分かるし、それに対処する部品を加工するのだって完璧に出来る。
だからこそフェルノアは会うたびメンテを頼んでいるのだ。
(ほんと、ミズキのメンテは何時見ても綺麗。それにミズキがいつもよりかっこよく見えるのよね)
しばらくフェルノアがぼーっと瑞季を眺めていると不意に瑞季がフェルノアの方を見た。
「ふぅ。そろそろ夕食の時間だし何か食べよ?」
「え、ええ。そうね。食堂に行きましょうか」
食堂では既に大勢の生徒で溢れかえっていた。とはいえ全校生徒を集めても225人しか居ないし、今は大半の先輩は居ないのでいつもはもっと多いのだろう。
「そういえば魔装部隊が遠征ってどこでやるの?」
「確か北端の黄金の塔付近だったと思うけど、どうかしたの?」
「いや、なんとなくどこに行ってるのか気になって」
「ふーん。入りたいの?まあ、魔装部隊ってエリート学生の証って聞くしあり得なくは無いけど」
「まさか。でも未来は分からないし、いつかは入るかもしれないけどね」
「ミズキが入るなら私も入るわよ?」
「それなら魔装部隊も悪くないかも」
「嬉しいこと言ってくれるわね!」
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瑞季は夕食を済ませたので整備室でメンテをしている。始めは見ていたフェルノアだったが、今瑞季のベッドで幸せそうに寝ている。しかし、メンテに夢中の瑞季はそれに気付かない。
「ふぅ。そろそろ終わりにするか。フェルノアは帰……って寝てるし」
区切りのいいところまで終わったので時間を確認すると23時頃だった。
瑞季は少し呆れながらもベッドで寝ているフェルノアの体を揺さぶる。
「ぅーん。ふぇ、ミズキ?も、ももも、もう終わったの!?」
「いや、まだ全部は終わって無いけど、フェルノアがいるし徹夜は出来ないでしょ?」
「私はミズキと一緒に寝ても良いけど」ボソッ
「そういう訳にはいかないでしょ?朝一緒の部屋から出てきたら大変なことになる。」
「別に婚約してるんだから問題ないと思うけど……。でもまぁ、今日は諦めるわ。それじゃあ、また明日ね」
「ん。また明日」
翌日。瑞季とフェルノアは一緒に登校して食堂で隣の席に座る。
「ねぇ、おふたりさん。昨日はすぐに帰っちゃって、その後も2人で部屋に籠ってたって聞いたわ、ほんと仲良いのね」
話しかけて来たのは青色の制服を身に纏った青藍の髪の美少女だった。
「誰?」
「私は天星柚月。見ての通りクラスは白雪よ」
「白雪の生徒が何かよう?」
「少しお話をしたいの。スカウト候補の筆頭の貴女の事を気になるのはクラスの代表として当然でしょう?」
「それは本人の同意が無ければ不可能だったと記憶してるけど?」
綺羅星学院は生徒の移動が認められている。しかしそれはクラスの代表の生徒と本人の同意が必要なのだ。また、強引な手段は禁止されている。それを破るとその生徒は被害者の奴隷(衣食住を保証し暴力や性的暴行などは禁止)となる。
「だからお友達になりたいと思って話かけているの」
「残念だけど私、霜月の代表だから。移動は出来ないわよ?」
「なら、彼をスカウトしようかしら?」
柚月は僕を見ながら微笑む。
(!?僕を一目で男だと分かった人なんて、滅多に居ないのに……どうして分かったんだ?いや、嬉しいんだけどさ)
「ッ!!冗談じゃないわ!ミズキは渡さない!!」
フェルノアが瑞季に抱き着いた性で瑞季の鼻を甘い匂いがくすぐり、柔らかい感触がする。
「ふふっ。束縛する女は嫌われるわよ?」
「余計なお世話よ!」
「それで、どうかしら。ミズキ君。これから仲良くしてくれる?」
(彼女に悪い印象は無い。どちらかというと好印象だ……けど)
チラリとフェルノアの方を見れば不安気な表情をしていた。
「ごめん。クラスを移動するつもりは無いよ。それでも仲良くしてくれるなら、友達になれるかもね」
「そう。なら良かったわっ。これからよろしく」
その日の夜。瑞季はシャワーを浴びながら柚月がフェルノアに言った言葉を思い出していた。
(束縛する、か。本当に束縛しているのは僕の方なんだけどなぁ)
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柚月は瑞季との会話を思い出して頬を緩ませていた。
(ふふっ。瑞季君との出会いとしては上出来ね)
柚月はこの世界が戦略シュミレーションRPG───煌めく星に導かれて(通称星カレ)───の要素が融合した異世界だということを認識している。
ゲームっぽさは残っているが、原作とはストーリー展開が全く異なる上に星カレではマ○ス理論で有名な戦略ゲームの風○雪月と少し似ていてハーレムルートは無い代わりに大体のキャラのルートがあり百合もあった。(BLは無い)
瑞季は星カレの隠しキャラでDLCのキャラを含めて全てのキャラのエンディングを男女共に見ると解放されるキャラで、立ち位置や容姿、強さなどが合わさり文句無しの一番の人気キャラだ。
柚月がそんな彼と仲良くしたいのは必然なことだった。
柚月はあくまで融合した世界なので女性主人公キャラに転生したがすぐに違和感を覚えストーリーに関してはあまり参考にならないと理解し敵味方問わずキャラの特徴などはメモしてしっかりと残してある。
(でも、イベント無しで結婚出来るのかしら。フェルノアさんをからかってしまったし、幸先悪いかもしれないわね。でもフェルノアさんは瑞季君のことが大好きだから、反応が面白くてつい、からかいたくなるのよね)
別ルートでクリアした際に誰が誰と結ばれるかを見ることができ、瑞季とフェルノアは必ず結ばれていた。婚約者なのだから当然なのだが、他のカップリングも固定されているので公式カップルとして認識している。
主人公は男女共に無いので、このまま独身という可能性は大いにあり得る。だからこそ好きなキャラが集まる瑞季とは仲良くしたい。
(絡む機会はまだまだあるし、同じパーティに入る可能性だって低くはないと思うから、これから頑張ろっと!)
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週末の夜。仮面を付けたとある女性が黒銀の装甲を身に纏い空を飛んでいた。4月の夜なのでまだ寒いが彼女は魔装使いが着る動きやすさを重視した身体の線がはっきりと見えるスーツを着ている。
ただでさえ寒いのにスピードを出しながら滑翔している彼女は寒さを気にしている様子は無い。
彼女が向かう先はこのダナトール大陸の北端に聳え立つ黄金の塔付近だ。
『季月様。今回のターゲットはスノーウルフの突然変異種です。……あれ?近くに学生が見られますね。あれは……海王星みたいですね。しかし、苦戦してる様子です』
「方角を教えて。すぐに向かう」
『一時の方向です』
「了解」
季月と呼ばれた彼女は更に加速するとすぐにスノーウルフ(突然変異種)が率いる群れを見つけた。近くには十数人の魔装使いが逃げる姿が確認出来る。その殿を務めているのは星装───海王星を纏う美少女だ。
「皆さん落ち着いて!早く逃げてください!私が時間を稼ぎます!」
海王星を纏う彼女は海王星の能力である障壁を展開することで上手くスノーウルフ(通常)の攻撃を防いでいるが、複数の相手では全てを防ぐのは難しい。どんどん星装が破損していき季月が駆けつける頃には満身創痍となっていた。
スノーウルフ(突然変異種)が彼女に止めを刺すかのようにその爪を障壁に突き刺すことで乗り越え噛み砕こうと大きな口を開ける。
彼女とスノーウルフの距離を考えれば普通なら間に合うはずはない。突如、スノーウルフ(突然変異種)季月の周りの時間だけゆっくり流れる。季月だけが普通に動ける時間の中で季月は海王星を纏う彼女をお姫様抱っこの状態で救いだす。
「大丈夫?」
「え?あ、はい。大丈夫です」
戸惑う彼女を他所に季月は仮面の中で微笑みながら彼女の傷を癒し、離れたところに降ろすとスノーウルフを見据えて安心するように言った。
「少しだけ待ってて。すぐに終わらせてくるから」
季月はスノーウルフ(突然変異種)へと向かい、急にゆっくりになったスノーウルフ(突然変異種)の首を一太刀で跳ねる。更に立て続けにスノーウルフ(通常)を全て仕留める。
スノーウルフたちの死体を腕輪型の収納庫にしまうと季月はすぐに帰って行った。
そんな様子を見ながら海王星を纏う彼女は呟いた。
「あれが……13番目の星装使い。黒銀の王子様、ですか。単なる噂だと思っていましたが、確かに格好いいですね」
身体を見れば女性だと思うが、女性にしては少し低い声やその姿が助けられた女性は虜にされてしまうとか。
彼女が引き留めなかったのも黒銀の王子様のことを知っていて、彼女は声をかけてもすぐに去ってしまうことを知っていたからだ。
季月は飛空船に乗ると星装を解除して仮面を外し元の姿に戻る。
銀色だった髪は金色に、翡翠の瞳は碧眼に変わり、背が縮み、声は高くなる。女性らしい可愛い声だが、胸は小さくなっていき、まるでまな板のようだ。
「お帰りなさいませ。瑞季様。お風呂にしますか?ご飯にしますか?それとも……私ですか?」
「ただいま。千夜。それじゃあ、お風呂を頼むよ」
瑞季を出迎えたのは綺麗な白い髪に碧眼の美少女の霧雪千夜。今回の標的とその場所の確認の為に季月と通話していた相手だ。
「すみません。もう一度言って頂けますか?」
(千夜が聞き取れないのは珍しいな。もしかして、お風呂はまだ準備中とか?)
「……じゃあご飯にしようかな」
「すみません。もう一度言って頂けますか?」
「ねぇ。おかしくない?選択肢が3つあるはずなのに実質1つしか無いんだけど」
「あっ。お風呂で私を頂くのもありでした。ではお風呂場へどうぞ」
「そういうことじゃ無いんだよね。僕がお風呂を選んだ理由は。汗かいたし身体も冷えてきたからなんだよね」
「私は汗まみれの瑞季様でも大丈夫です。お身体は私で暖めて差し上げます」
「千夜が良くても僕がダメなの。汗を流したいの」
(まぁでも全部を否定するのもなぁ)
「でも、せっかくだから背中だけ流してくれる?」
「勿論です。お背中だけでなく身体の隅々まで綺麗にして差し上げます!」
「ねぇ。本当に怒るよ?」
「愛の鞭というやつですか?私は瑞季様にならどのようなことをされても構いません」
(こりゃ相当調子に乗ってるな。仕方ない。本当に怒ってみるか)
「ならこれから僕は千夜と話さないから」
「……え?」
千夜がこの世の終わりと言っても過言ではないレベルでショックを受けている。そんな千夜を見て瑞季は発言を撤回するどころか更なる追撃をする。
「目の前でフェルノアとイチャイチャしようかなぁ」
「い、イチャイチャ……しかも目の前で……」
「あっ。奴隷を買うのもありかも」
「ど、奴隷?私は……?もう、用済み、ですか……」
千夜は相手の心を読む特殊能力があるが、瑞季が本気で言っていないと分かっていても千夜の行動次第ではそれが現実になることをよく知っているのだ。だからこそこんなにも絶望している。
「ごめんなさい。瑞季様。捨てないでください」
千夜は座り込んでしまい、その潤んだ瞳からは涙が溢れていく。その様子を見た瑞季は慌てて謝る。
「ご、ごめんね。言い過ぎたよ。さ、お風呂に行こ?背中流してくれる?」
「い、いえ。こちらこそ申し訳ございません。お背中流させて頂きます」
お風呂から上がり軽食を取っていると千夜が近くに来た。
「星屑のメンテ終わりました」
「ありがとう。千夜。早かったね」
瑞季は手招きすると千夜の頭を撫でる。
いつも千夜は読心の特殊能力を使って瑞季の心を読みメンテのサポートをしていたが、今回は暴走したお詫びということで1人でやっていたのだ。今回はそこまで酷使していないのでメンテの時間も早かった。
「瑞季様は星装を扱うのが上手なお陰です。フェルノアさんのとは比較するのも烏滸がましいですし」
「酷い言い様だね。まぁ。会うたびにメンテしてるから、そう思うのかも」
「少なくとも私よりは下手くそです」
「それは否定しないけど」
なんとなく時計を確認すればもう1時だった。
「もうこんな時間か、そろそろポーション作って寝ないと」
瑞季は性転換を行い次々に回復と解毒ポーションの下級を10本、中級を5本、上級を3本、最上級を1本ずつ作る。
「瑞季様、いえ、季月様は働きすぎです。学院に通い週末にはこうして魔物狩り。そして毎日寝る前にこうしてポーションを38本作るなんて……」
「まぁ。他にやること無いし、ポーションは備えあればってやつだよ」
「……これだけは覚えておいてください。私はあなた様がいてくれるだけで幸せです。無理はしないでください」
「分かってる。ほら、もう寝るよ。大丈夫。今日明日はしっかり休むから」
瑞季は星屑をしまいに行きベッドへ飛び込むと余程疲れていたのか、すぐに意識を手放した。
これ星装の名前に星座とかの要素入れる為にゲーム×異世界が舞台なんですが、現地主人公にしたかったので同じキャラがいるけどストーリーが違う感じにしてみました。