細切れにしても愛してる
「Aくん、ごめんなさいは?」
ちゃらん、ちゃらん。
軽い鉄の音を耳元で空を切り刻みながら、響かせる。
怖い。
「ご……」
「ご? 何、ごって?」
もう殴られ過ぎて回らなくなってしまった舌。視界はきつく布に縛られていて真っ暗だ。
足と手は結束バンドやら手錠やらに繋がれていて、自由がない。
痛みの熱で燃えるような俺の生肌を彼の腕が蛇のように這って行く。その手にはナイフを持って。
「ごれ、ごめん、なさい……ごぇんなさい……」
俺はもうどうして謝っているのか分からないのに、追い詰められた子供のように泣きながらそういうしかなかった。
「なんで?」
「……っえ?」
ザクリ。
腕に刃が浅く刺さり、ゆっくりと傷口を開いていく。
「痛い、痛い痛い痛いッ……痛い、よッ……」
「僕はね? どうしてAくんが謝らなきゃいけないのか分かって欲しいんだよね。只謝罪してほしいんじゃない。もう二度とそういうことをしないで欲しいんだ。可愛い可愛いA君に裏切られたら僕、殺しちゃうよ……で、どういうことだと思う?」
「……にげ、ようとしたこと、ですか……」
恐る恐る答えるも、顔が見えないから正解なのか分からない。
数秒の間さえこいつの機嫌を更に損ねたんじゃないのかと思って、身の毛がよだつ。
「分かってるんだね。分かってるのにしちゃったAくんは悪い子だけど、ちゃんと素直に言えたから選ばせてあげる。とっても痛いご褒美か、とっても気持ちよくて頭が壊れちゃうオシオキか……いっそのこと両方してみる?」
優しくも冷酷な声だ。
いままでアイツにされた痛いことも、気持ちいことも、神経の一端に至るまで思い出させられる。
「あ、あ……」
「怖い? 怖くても大丈夫。僕がいるよ」
そう言って俺の腕を優しく擦ってくる。
怖い……一体今度は何する気なんだよ……
「な……にする……んですか」
「んー? いいから選んで?」
はぐらかすようにアイツが答えると、擦られていた腕がガッシリと掴まれる。
「…………ゆ、ゆるし――
俺が許しを懇願しようとしてしまったが、それはすぐに『間違いだ』と否定される。
否定されてしまったら、終わりなんだ。
「誰が許しを請えって言ったんだよ」
「はいはい、A君は二択も選べないダメ人間だったね。ごめんね、こんな酷なこと迫って。やっぱり両方やろっか。それじゃあ、僕ノコギリ持ってくるよ」
ノコギリという単語に俺の全身はぶるりと震えて、前に倒れた。
丁度床を這う蛇のようになりながらも、必死に顔を上げて、無様に懇願する。
「やッ!? ご、ごめんなさい! 選ぶ、選びますからぁ……! 言うこと聞くから、二度と逃げないから、許して、くださいッ……」
「……選ぶんだ?」
「え、選ぶ、選ばせていただきます……」
「じゃあ、二度と逃げない?」
「逃げない……逃げないです、から……」
「……ずっと僕のもの?」
「そう、そうです!」
プライドなんてもうない。
浅ましく、屈辱すら忘れて目の前の恐怖から逃げるために床に這いつくばる。
俺にはもう人権なんてないんだ。一生こいつの玩具なんだ……せめて、せめて壊れないでいたい……
「そんなに簡単に言っちゃうほど怖いんだね~。可愛い。可愛いよ、A君。目隠しさせられちゃって、涙で真っ赤な目は見えないけど、すっごい従順で犬みたい。飼い主から逃げようとする恩知らずの馬鹿犬。でも、大丈夫、僕はそんな馬鹿なところも大好きだから」
「うっ、うぅぅぅ……許して……?」
俺は最後に残っていた理性まで捨てて、誘うように甘く求めた。
あいつをその気にさせてしまえば――
「ダーメ♡」
「えっ……」
「逃げる足も、拒む手もいーらない。新しくゴムの義手と義足もう買ってたんだよね。ちゃあんとA君仕様にしたやつだよ。切除するのも麻酔くらいはしてあげるよ。いい子にして――待っててね」
俺の近くにいた熱が離れていく。
全身を拘束されてどうやっても追いつけない。
だめだ、ダメだ駄目だ駄目だダメだ駄目だ!
藻搔こうとする手足は血が出るほどにのたうつが前にも後ろにも進まない。
ギィィィ……
扉の閉まる音――
「っあ、っあああぁぁぁ……!」