第204話 森久保夫妻
「ってまだ子どもじゃないか。なんだよ、助かったと思ったのにっ」
俺の顔を見て四十歳前後の男性が開口一番残念そうに口にする。
そこへ、
「え、でもちょっと待って! この子って佐倉真琴くんじゃないっ?」
一緒にいた三十代前半くらいの女性が思い出したように口を開いた。
「誰だって?」
「佐倉真琴くんよっ。獲得賞金ランキング1位のっ」
「えっ、本当かっ。じゃあおれたち助かったんだなっ」
「そうよっ。あたしたち助かったのよっ」
俺を無視してひしっと抱き合う男性と女性。
「あの、どうかしたんですか?」
状況がよくわからないので訊ねてみると女性の方が振り返る。
「あっ、ごめんね。あたしは森久保洋子、でこっちが旦那の森久保久志ね。あたしたち迷子になっちゃってたのよ。だからきみに出会えて本当に嬉しいのっ」
「きみ、佐倉真琴くんなんだろっ? 獲得賞金ランキング1位のっ」
「え、ええまあ」
俺のことを知っているのはいいとして、ここはダンジョンの地下一階だぞ。
そんなとこで迷子?
俺が眉をひそめていたからか洋子さんが話を続けた。
「あたしたち最近プレイヤーになったんだけど、まだクリアされていないダンジョンはランクF以上だって聞いたから試しにこのダンジョンに挑戦してみたのね。そしたら杖を持った不気味な魔物に何度も飛ばされて……」
「おれたちなんとか再会してその杖を持った魔物から逃げ回ってたんだ」
「はあ、そうだったんですか」
たしかに鬼面道士は厄介な相手だが強さ自体は大したことないはずなんだけど。
「あの、すいません。二人のレベルっていくつくらいなんですか?」
「あたしは31で旦那は37よ」
「えっ、レベル30台なんですかっ?」
「そうなの。やっぱりランクFのダンジョンに挑戦するのは早かったみたい。魔物から逃げるのが精一杯だもの」
「それはそうでしょうね」
ランクFのダンジョンはレベル99でもスキルに恵まれていなかったりソロだとそれなりに苦戦するダンジョンだろうからレベル30台ではクリアどころか魔物一体倒すことさえ厳しいと思われた。
「せっかく出入り口をみつけたと思ったら魔物が待ち構えてたり、鬼面道士に飛ばされたりしておれたちほとほと困ってたんだ」
「そこにきみが来てくれたっていうわけよっ。ほんと助かったわ」
洋子さんは俺の手を握って言う。
俺はまだ助けるとは一言も言っていないのだが……まあ見捨てるわけにもいかないか。
「じゃあ一緒に出入り口まで行きますか?」
「ああ、頼むよっ」
「ありがとう、佐倉くんっ」
三人で出入り口に向かう途中、
「そうだ。小さくて宙を飛んでる魔物見かけませんでしたか?」
キューンのことを訊ねてみた。
だが、
「宙を飛んでる魔物? さあ、あたしは見てないけど……あなたは見た?」
「いや、おれも見てないよ」
二人はそろってキューンのことは見ていないと言う。
「そうですか……」
「何、その魔物がどうかしたの?」
「いや、別になんでもないです。気にしないでください」
キューンは自分のことを最強と言っていたくらいだからランクFダンジョンの地下一階くらいはどうってことないだろう。
希望的観測も多分に含んでいるが俺はもうしばらくキューンには単体で頑張ってもらうことにして洋子さんと久志さんを連れて出口へと進んでいく。
とそこにヘルポックルが現れた。
『フィィィー』
声を上げながら木の枝を振りかざすヘルポックル。
直後洋子さんと久志さんの足が氷で固まってしまった。
「きゃあっ!」
「なんだこれっ!? 動けないっ」
だが、【魔法耐性(強)】のスキルのおかげで俺にはヘルポックルの氷結魔法は効かなかった。
「はぁっ!」
『フィィィー……!?』
俺は瞬時に距離を詰めるとヘルポックルの顔面を掴みそのまま地面にダンッと叩きつけた。
地面に埋もれたヘルポックルが消滅していく。
《佐倉真琴のレベルが319上がりました》
「ごめん佐倉くん、助けてくれるっ?」
振り返ると洋子さんが申し訳なさそうに自分の足元を指差していた。
「えーっと、ちょっと待ってくださいね」
くるぶし辺りまで凍りついた二人の足を見ながら俺は思案する。
火炎魔法を使えば氷は融かせるだろうけど確実に二人ともあの世行きだしな。
どうしようか……。
とりあえず俺は氷に触れてみることに。
そっと手を伸ばし洋子さんの足を覆っている氷に手を添えると微妙な力加減で少しだけ掴んでみた。
すると、
ぱきんっ。
氷が砕け散った。
よかった、足ごと破壊しなくて……。
心の中でほっとしつつもう一方の足についた氷も砕く。
そして同様に久志さんの氷もきれいに取り除いてあげた。
「佐倉くんありがとね」
「ありがとな、佐倉くん」
「いえ、大丈夫ですよこれくらい」
「いやあ、それにしてもさすが獲得賞金ランキング1位だなぁ、圧倒的な強さじゃないか。佐倉くんはレベル99なのか?」
久志さんが興味深そうに訊いてくる。
「そうに決まってるじゃない。ね? 佐倉くん」
とウインクしながら洋子さんが俺を見た。
「え、ええ、まあそうですね」
ここでも本当のことは言えず嘘をつく俺。
少しだけ芽生えた罪悪感を振り払うようにして、
「さあ、出入り口に向かいましょう」
俺は二人を促す。
「ああ、そうしよう」
「お願いね、佐倉くん」
「じゃあ、ついてきてください」
こうして俺は洋子さんと久志さんを後ろに引き連れて出入り口へと歩を進めるのだった。
『ダンジョン・ニート・ダンジョン ~ダンジョン攻略でお金が稼げるようになったニートは有り余る時間でダンジョンに潜る~』
という小説も書いているのでとりあえずブクマだけでもよろしくお願いいたしますm(__)m




