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紅葉の山を血に染めて

作者: 徒然 シキ

 お越しいただきありがとうございます!二人の愛と闇を感じていただけたら幸いです。基本は“もみじ”、語呂が悪いときは“こうよう”でお読みください!それではどうぞ!




「わぁ!見てください!」



 目の前に広がる景色に、思わず声が漏れた。燃え上がるように山々を彩る紅葉。それに対照的なまでに快晴な空も合わせて、まるで一つの絵画のようだった。



「ほら、先輩!早く早く!」

「わかったわかった、今行くよ」



 荷物を置いて息をついている先輩を急かす。少しでも早く、私の目に映るこの光景を共有したかった。



「おー、綺麗だな」

「本当に綺麗ですねー!一緒に来れてよかったです!」



 先輩が私に笑いかける。ふふ、その笑顔が見たくて、こんな山奥の旅館までも頑張って来れたんですよ。なーんて。恥ずかしすぎて、絶対に先輩には言えないけれど。




「ここのお部屋、露天風呂付いてるじゃないですか!」



 露天風呂の存在を先輩に知らせるために、少し大げさにはしゃいでみる。ふふ、まぁ、露天風呂がついてるからここを選んだんですけどね。もちろん、先輩には内緒で。あはは、目に見えるほどに動揺してる先輩、なかなかにレアですねぇ。いっつもどこか大人ぶって、感情を表に出さない人だから。



「後で一緒に入りましょー?」

「ちょ、いや……勘弁してくれ……!」

「あはは!もう……ウブですねぇ」



 もう。私がこんなにも誘っているっていうのに。先輩ったらヘタレなんだから。……まぁ、そういうところも可愛いんですけどね。




「んー!このキノコ、美味しいです!やっぱり、秋といえば山の食材ですねー!」

「……ん、本当だ、美味しいな」



 あ、先輩、なんかえっちな想像してる顔してますねぇ。なーんでこういう時だけ顔に出ちゃうのかなぁ。もっと普段から、私に曝け出してくれてもいいのに。……でも、これで変な想像をするのは、ちょっと変態さんすぎませんか?




「あー!先輩、ズルいですよ!一人だけお酒飲んで!」

「ズルいも何もないだろ。俺は大人だからいーの」

「私にも一口ください、ほら!」

「君はまだ未成年でしょ。お子ちゃまは大人しくジュースでも飲んでな」

「もう!ケチですねぇー!」



 ケチでえっちで、それでも愛しい先輩。先輩と二人で過ごせる日々が、これからもずっと続けばいい。……そんなことを願うのは、痴がましいだろうか。……はは。我ながら無理なお願いだ。私は知っているから。……いずれ。



 ――紅葉が散るように、きっと。



 そんなことが頭に過るのを振り払って眠りにつく。



 楽しい時間はまるで一瞬のように過ぎてしまった。もっと、あんなことをしたかった。あれはもっと上手くできただろうか。やっぱり、やらないほうがよかったかもしれない。



 そうやって、いつもと同じように眠りへと落ちていく。後悔に塗れて、ため息に溺れて。



 ……眠って、しまいたかったのに。



 ……眠れない。そりゃあ、そうだろう。愛しい愛しい先輩が横に寝ているというのに、落ち着いて寝ることなんてできるはずがない。



 はぁ、と一つため息を吐いて、起き上がる。もちろん先輩を起こしてしまわないよう静かに。持ってきたバックから、念のために必要なものを取り出して。そしてバルコニーへと向かう。



 私のため息が空に溶ける。



 月が見事な夜だった。
















「……琴音、どうしたんだ」

「……あ、先輩。すみません、起こしちゃいましたか?」



 急に声をかけられて、少し驚いてしまった。先輩の方がどうしたんだろう。私が起こしてしまったというわけではないと思うが……。私が起きてから数十分は経ってるし。



「いや、何となく目が覚めちゃって」

「あら、そうなんですか。ふふ、実は私もなんです。……先輩。こっち、来てくれませんか?」



 月に照らされる紅葉。昼とはまた違う趣があるものだ。……でも、私はあまり好きじゃないな。どこか、先輩の寂しげな笑いに似ているような気がしてしまって。……好きじゃないのに、惹き込まれてしまうのは、そのせいだろうか。



「……ふふ。綺麗ですね」

「あぁ、綺麗だ」



 先輩の声が、どこかしっとりとしているように感じた。眠たいのだろうか。それとも、寝起きの声はこんな感じなのだろうか。……もしかしたら、この風景を見て、先輩も何かを考えているのかもしれない。




「ねぇ、先輩」



 その考えに思い至ったとき。

 私は、思わず口を開いていた。



「私のこと、どう思っていますか?」



 こんなこと。訊いたって何の意味もないのに。先輩の答えなんて、わかりきっている。



「……もちろん、大好きだよ」

「……ふふ、ありがとうございます。……でもね」



 私の口は止まらない。……そう。わかっていた。先輩が私を愛してくれていることも。訊けば、そう答えてくれることも。……寂しげに笑いながら、そう言うことも。



「……私、気づいてるんですよ」



 ……はぁ。ため息が出る。こんなシチュエーションで、言うつもりじゃあなかったのに。もっと完璧なときに、もっと効果的な時期に。……はは。そうだよね。もっと、早く言うべきだった。





「私に、もう飽きてきてるでしょう?」





 先輩が息を呑んだのがわかった。……もう。そんな典型的な反応をしなくてもいいのに。……ふふ、そういう、わかりやすくて素直なところ、素敵だと思いますよ。



「……いや、そんなことは……」

「……ふふ、お見通しですよ。私はいつだって、先輩を見ていますからね」



 私の息が詰まってしまった。先輩の顔を見ることができない。どんな目をして私を見ているのか。……どんな表情で私を見つめているのか。その全てを、知りたくなかった。目線を紅葉に向けながら、口を動かす。






「もう、おしまいですね、私たち」






 ……本当に、卑怯で、弱い人間だ。心の底から、反吐が出る。先輩の顔が強張ったのが、雰囲気でわかった。……ごめんなさい。でも、私にはもう、これしかないの。



「……だから今日、ここに一緒に来れて、本当によかった」

「……」

「先輩、紅葉(もみじ)の花言葉って、知ってます?」

「……」



 先輩は、何も答えない。

 何かを考えているのか、それとも私の声が聞こえていないのか。

 ……はは。そういえば、私の声が届いたことなど、一度もなかった。それもそうだ。私の心の声なんて、そもそも声になっていないのだから。



「……ぶっぶー、時間切れです。正解は――」










「――『大切な思い出』」











「……ふふ、どうです?ロマンチックでしょう?」



 はは。何がロマンチックなのか。ロマンチックだから、何だというのか。……そんなものはもう、私たちには意味をなさないというのに。ロマンとかいうもので私たちを塗りつぶせるのなら、もうとっくにやっている。



「この紅葉が散るように、私たちの関係も穏やかに」

「……」

「それでいて、目を見張るほど劇的に」






「そうやって、終わりたいんです」







 私たちの間を走り抜けた風が、また静かに紅葉の葉を散らす。たった一枚が落ちたとしても、きっと誰も気がつかない。目を向けない。その一枚一枚が、血溜まりのように紅い絨毯を作り上げているというのに。



 そう。私たちは、気づけない。


 気が、つけなかった。



 気がつくのはいつだって。



 山が血に濡れて、真っ赤に染められた後なんだ。







「だから、ここまでです」






 もう、充分に山は濡れたから。



 私の流した涙と、血で。



 だから。ここまで。









「別れましょう、先輩」










「……あはは。先輩から言われるのが嫌で、先に私が言っちゃいました」



 先輩は何も言わない。ただ、私の目を見つめている。




 ……本当に?




 彼が見ているのは、本当に私なのだろうか?



 その疑問が。その激情が。



 言うつもりなどなかったことを、私の口に話させた。





「……わかっていたんですよ」




 そう。わかっていたんだ。全部。




「私はきっと、あなたの一番には、なれない」



 あなたの目はいつだって、私ではない誰かを見つめているようだった。どれだけ私が頑張っても、誘っても。その“誰か”に勝つことなんて出来ないことは、とうの昔にわかっていた。



「あなたの最期を看取るのは、きっと私じゃない」



 悔しかった。心の底から、悔しかった。あなたの隣を、いずれ誰かに譲らなくてはならないことが。私が独占できないことが。あなたが、私以外に夢中になるときが来ることが。



「……なんとなく、わかっていました。ずっとずっと、昔から。……付き合う前から」

「……」

「あはは、変な女でしょう?最初から勝ち目がないとわかっているのに、それでも付き合うだなんて」



 変な女というより、馬鹿な女だ。好んで負け戦をするなんて、負け犬にも劣る。……私は、勝てる戦しかしないはずなのに。はず、だったのに。……はぁ、本当に。





「……本当に、何がしたかったんでしょうね」





 先輩は何も口にすることなく、ただ黙って私の独白を聞いている。私の心の声をしっかりと聞いていてくれるのが、なんだかとても幸せなことのように思えて。それでいて、何も話そうとしない目の前の男が、どこか憎たらしいもののように思えて。




「私は、楽しかったです。先輩と過ごすことができた、全ての時間が」

「……」

「同時に、妬ましかった。私の知らない、先輩の時間が。私のいない、先輩の時間全てが」




 ――どうして、私はこの人とずっと一緒にいることが出来ないんだろう。



 そんな疑問が頭に浮かんでは、沈めた。そんなことを考えても、何の意味はないと知っていたから。ただ、悲しい現実に押し潰されるだけだと、知っていたから。




 それなのに。




「辛かった。あなたを想えば想うほどに。あなたの一番になることができないのが!」



 あなたが私に笑いかければ笑いかけるほど、疑問は強まっていった。



――どうして、私は一番になれないの?

――どうして、私は愛してもらえないの?私はこんなにも愛しているのに。

――どうして。どうして。どうして?



――『全然、足りない』



 そう、問い続けて。問い続けて。


 私は、見つけたんだ。



「……ふふ。でも、やっと見つけたんです。この妬みを、痛みを、全てを許す方法を」



 そう。私は、見つけたんだ。



 私の想いも、あなたの想いも。

 私の後悔も怒りも諦めも。



 その全てを、斬り裂く(許す)、最低な方法を。



「あなたと、他の女たちと、同じ世界に私は生きている。生きてしまっている。それがきっと、全ての答えなんですよ、先輩」

「……ッ!」




 ねぇ、先輩。今まで、楽しかったですよね。私も、楽しかったですよ。




「私はきっと、あなたの一番には、なれない」

「……」

「でも。『特別』になら、なれると思いませんか?」




 ねぇ、先輩。今まで、苦しかったですか?私は、苦しかったんですよ。




「先輩は、生きていくんです。この先、何があろうと」

「……琴音」

「そして――その隣には、私はいない」

「……琴音!」

「この先で、先輩の隣に誰がいようといいんです。誰が一番でも、興味はありません」

「……」

「でも、先輩。忘れないでください」






「あなたを愛した馬鹿な後輩が、この世にいたということを」




 先輩、お願いだから、止めないで。



 これ以上私を、拒絶しないで。




「そして、ふとしたときに思い出すんです」




 デートの時、食事の時、お風呂の時。眠る時、月を見上げた時、紅葉を見た時。



 その時々に、思い出して。




「あなたの目の前で、私が死んだ光景を」




 思い出してくれるだけでいい。


 それだけできっと、私は救われるから。




「……ふふ。これならきっと、一生傍に、いられますよね」

「……」

「『特別』な存在として」



 先輩から一歩、もう一歩、遠ざかる。決して、邪魔はさせない。今日のあなたはただの観客。スポットライトを浴びるのは、そして舞台から降りるのは、私だけでいい。



「大切な、大切な思い出に、してくださいね」










「私と最期に見た、この真っ赤な()()を」








「さようなら、先輩」








「お別れです」

「ッ!」




 隠し持っていた包丁を、自分の胸元に突きつける。このまま少し力を入れたなら。私の命は簡単に散るだろう。その流れる血はきっと、紅葉のように。





「私と先輩の物語はここでおしまい。そして、私の物語も」

「……」

「でも、先輩。先輩の物語は、続くんですよ。まだまだ、この先長い人生です」




 最後くらいは、ドラマチックに締めくくってあげるから。

 だから、しっかりと目に焼き付けて。





「だから。紡いでください」








「私の代わりに」








「『大切な思い出』の物語を」








ーーーーーー







 彼女の声が、頭の中で何度も響き渡る。



『もう、飽きてきてるでしょう?』



 彼女の言う通りだった。付き合った当初の燃え上がる想いも、感情も。君の新たな側面への新鮮さも。気がつけば感じることはなくなって。



 ……人はそれを。彼女はそれを、“飽き”と呼ぶのかもしれない。



 でも、俺自身は。変わらない愛を注いでいるつもりだったんだ。熱い想いが、新鮮さが。それが薄まってしまったとしても。……この胸に突き刺さった矢だけは。この愛だけは。変わらず君と抱きしめられると、そう、思っていたんだ。信じて、いたんだ。




『一番には、なれない』




 違う。それは、違う、と。大きな声で否定したかった。俺は彼女のことを一番に愛しているし、彼女との出会いが運命だと信じている。だから!



 ……そう口にしようとしたときに、ある一つの疑問が脳裏を過った。




 俺は、彼女への想いを口に出したことが、今までにあっただろうか?




 思い返せば……いや、思い返さなくても、わかる。俺は、言ったことなんて、ない。



 いくら彼女といえど、なんだか気恥ずかしくて。自分に酔ってるだとか、気持ち悪いだとか。そう、彼女に思われたくなくて、言えなかったんだ。



 ……ははは。何が「彼女のことを一番に」だ。結局、自分が一番なんじゃないか。



 そんなくだらない感情で彼女を不安にさせて。挙げ句の果てにこれだ。本当に俺は、救えないほどの。





『楽しかった』

『妬ましかった、辛かった』

『あなたの一番になれないのが!』




 彼女が、その笑顔の影で苦しんでいるのは、何となくわかっていた。


 わかっていながら、俺は見て見ぬふりをしてしまっていたんだ。



 ――彼女の闇に触れるのが、怖くて。

 ――伸ばした手を振り払われるのが、怖くて。



 ――まだ、いいだろう。

 ――きっと時間が解決してくれる。

 ――もう少しだけ、このまま。



 そう言って。そう偽って。


 ずっと、目を瞑ってきた。



 君の苦しむ姿が目に入らないように。君の歪な笑顔に気がつかないように。



 そんなことをしても。俺の目には誰も見えなくなるだけで。愛する君の姿さえ、目に映らなくなっていることも、知っていながら。



 もう少しだけ彼女と、ぬるま湯に浸かっていたかった。――それが、彼女を苦しめていると、知っていたのに。



 ……そうしていつしか、自分の自然な笑い方さえも、わからなくなって。



 ……本当に、馬鹿で、最低な男だ、俺は。




『先輩』

『お別れです』

『大切な思い出』

『……先輩』




 このまま諦めるのは簡単なことだ。勇気も振り絞る必要もなければ、口を開く必要さえない。ただ、彼女が死ぬ様をぼんやりと眺めていればいいだけ。……今まで通り、見て見ぬ振りをすればいい、だけ。それなのに。








「……そうか。君は、死ぬのか」

「えぇ。しっかりと、見ていてくださいね」




 彼女は、気づいていないのだろうか。彼女自身の手が、声が、震えていることを。月に照らされた(まなじり)が、静かに光っていることを。



 彼女を失う局面にあっても……いや、だからこそだろうか。俺の頭は、これ以上ないほどに澄み切っていた。



 これは、俺の臆病さが招いたことだ。俺の愛情を、彼女に充分に伝えることができなかった。面倒なことから、怖いことから、逃げて逃げて逃げて。俺の軟弱で卑屈な心が招いた、最低な地獄だ。……それなら、俺のすべきことは。





 そんなこと。もうとっくの昔から、わかりきっていた。





「……ふぅ……ふぅ……。いき、ますよ」

「なぁ」




 琴音の震えが、ぴた、と止まる。俺の声が届いている、紛れもない証左だった。……まだ、俺の声が彼女の耳に届くなら。それなら。全てを告げるだけだ。




「君が死んだら、俺はどうなると思う?」




 そんな俺の質問に、彼女は少し考えて。「何が言いたいのかわからない」とでも言いたげな顔で口を開いた。




「……さぁ。誰かさんと出会って、付き合って、結婚して。そんな普通の人生が、もしかしたらあるかもしれませんよ」

「ぶっぶー、ハズレだ」

「何が……」









「俺は、すぐに死ぬよ」









「君のいない世界なんて、生きている意味はないから」





「…………嘘、言わないでください」



 彼女は、喉から絞り出したような声でそう言った。



「嘘なんかじゃない。俺は、君のことを死ぬほどに、一番に愛している。君と出会えたことはきっと、いや、絶対に運命だったと思っているんだ」

「……ッ、なら!どうして!私に伝えてくれなかったんですか!」

「……」

「私は!ずっと辛かった!あなたの一番になれないって、そう思って!あなたの愛を、信じきれなくて!」




 彼女はそこまで言って、一呼吸を置いた。そして、俺の目をしっかりと見て。寂しげな笑いを浮かべて、口を開いた。




「……そう、言えなくて。あなたに、私の弱い心を見せることができなくて。……私は、卑怯で、弱い女なんですよ」

「……」

「……ごめんなさい。ふふ、幻滅でしょう?」




 幻滅?はは、そんなこと、するわけがない。……これだけ長く隣にいたというのに。もしかしたら俺たちは、思った以上に自分たちについて、知らないのかもしれない。

 こんな彼女の感情の吐露を見て頭に浮かんだ言葉は。過去、現在、未来。いつの時代の俺だとしても、言うことは絶対に変わらない。そう、確信してしまうほどに、俺の口に合っていた。





「綺麗だ」

「……ッ、何を、言って」

「紅葉なんかよりも、君の方がよっぽど綺麗だよ」





 歯が浮くような言葉が、自分の口から自然と出てくることに驚いた。……はは、本心からの言葉だというのに。これじゃあ、嘘だと疑われても仕方ないかな。……それでも、言わないと。羞恥心に恋の邪魔をされるのは、もう懲り懲りだ。




「それに、卑怯で弱いのは俺も同じさ。君に拒絶されるのが怖くて、心の底からの愛を伝えることができなかった」

「……」

「君が不安になっているのも、本当はわかっていた。……それなのに、逃げていたんだ。君が苦しむ姿を、見て見ぬ振りをして」






「本当に、ごめん」






「……」






 彼女は姿勢を崩さない。今までに見たことがないような厳しい表情をして、俺を睨みつけている。

 ……当然の反応だ。今更、信じることができるはずなんて、ない。それだけのことを、俺は積み重ねてきてしまったのだから。





「信じられないかい?」

「……」

「そうか。……それなら、俺を殺してくれ」

「……え?」





 だから。これは、贖罪だ。


 罪に塗れた俺のちっぽけな命で、君に償うに足りるとは思わないが。俺に残っているのは、もうこれだけだから。





「一緒に死のう。君と一緒に死ねるなら、俺はそれはそれでいいんだ」





 本当は、そんなことになって欲しくない。俺が死ぬのはまだしも、君が死ぬのなんて、あり得てはいけないんだ。……それでも、俺は必死に口を動かす。今の俺にできることなんて――





「でも、どうせなら、君に殺してほしい」






 ――俺の罪を償うために、()を重ねることだけだから。






 俺の言葉を聞いた彼女は、諦めたかのように少し笑って。そして。







「綺麗ですよ、先輩」








 そう一言呟いて。





 包丁を静かに床に置いた。




「……ふふふ、本当に、卑怯な人ですね、先輩。私が、先輩を殺すことなんてできないのを知っているのに」

「信じてくれたかい?」

「えぇ。卑怯さも、愛情も、信じます。先輩も、私と一緒だったんですね」





「卑怯で、弱くて、最低で、最悪」





「ふふ、私たちは、同罪です♪」






 そう言って、二人で笑い合う。


 あれだけできなかった自然な笑い方が、息をするようにできていた。



 あぁ。



 きっと俺たちは、これでいいんだ。




 紅葉が山を血に染めて輝くように。



 それを誰かが綺麗だと呟くように。




 傷つけあって、流れた血で涙で。

 紅く染められた二人でも。



 他の誰でもない、俺が、君が、それを綺麗だと叫ぶなら。叫ぶことが、できるから。




 きっと俺たちは、これが、いいんだ。






「あー、なんだか疲れちゃいました。先輩、一緒にお風呂入りましょう?」

「……え、いや、ちょっとそれは……」

「一人で入ったら、自殺しちゃうかもしれないなー」

「うぐ……本当に、卑怯だなぁ」

「えへへー」






 月が紅葉を照らし出している。


 そんな月には目もくれず、俺たちは歩く。


 葉が一枚落ちるごとに下を見て。

 そしてそれを、笑い合うために横を向く。



 そうやって歩いていけたなら。


 きっとこれ以上なく幸せだ。




 これからもきっと、血を流すことなんて沢山あるだろう。涙だって流すだろう。



 それでも、紡いでいこう。

 今度は、君と二人で。




 血に染まって輝く。

 『大切な思い出』の物語を。





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― 新着の感想 ―
[一言] 怖い結末にならなくて良かったです。 興味深く読ませて頂きました。
2020/10/02 16:34 退会済み
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