表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

やさしさに包まれたなら

作者: eneruku

「おはようございます御主人様」

「うん、おはよう。今日もありがとう」

優しい声によって深い眠りから一気に意識が目覚めていく。

毎朝完璧なタイミングで起こしてくれるため、最近は起きるのが楽しみになっていた。

「朝食も作ってますので、お早めにお食べください。それと、テレビは何を見ますか?」

「そうだな・・・普通にニュースにしといて」

こんな素晴らしい朝のルーティンを過ごせるのもThankのおかげである。

Thankはグーゴルが開発した高性能メイドロボットのことであり高度なAIと永久機関を備えているため、一生世話してくれるロボットである。"感謝をわすれずに"をキャッチコピーに世界中に普及し、多くの家庭がThankの世話になっている。

「それにしても、ニュースもThankの話題で持ち切りだよな。こんなロボットが開発されれば当然か」

朝食を食べながら世界の変化に意識を向ける。実際に人間と同等に指示を聞いてくれるロボットは世界のありようを根本から変えてしまった。

「でも少し心配なんだよな・・・俺の仕事はとられないかな。Thankどう思う?」

「ハイ、現段階ではプログラマーであるご主人様と同じ能力を持ち合わせていないので、現状では変わることはできません。しかし、AIがアップデートされれば分かりません」

淡々と機械音声で話すロボットに男は寒気を抱いた。

「まぁ、あと50年は大丈夫だろ・・・俺もプログラマーだからな、それくらいは予想できる」

自身の不安を拭うかのようにコーヒを飲み干す。

「まずい・・・」


Thankが世界中で普及してから数年がたった。

「おい、聞いたか!ついにThankが受付に入るらしいぞ」

「おい、それ本当か?受付の人たちはどうなるんだ」

「どうやらクビらしいぞ・・・」

数年がたつことによってAIがアップデートされ、予想を上回る速度で企業がThankを使用するようになっていった。世界中で仕事をロボットに取られてしまう不安感がただよい始めた。。

「ただいま・・・これ洗濯しといて」

男は無造作にスーツを脱ぎ捨てThankに命令をだす。

「わかりました」

昔は違い人間と聞き間違えてしまうような流暢な音声に男は不快感を抱いていく。

自分の仕事もこのロボットにとられるかもしれない。そんな、不安感は自然とThankに対して拒絶という形で排出されていく。

しかし、一度上げてしまった生活水準は元に戻すことはできない。それは、男に限らず全世界の人間が悩んでいることだ。

Thankの能力に自身の生きる意味を取られる不安を抱えていても、Thankによる生活や仕事の補助はなくてはならないものであった。

「酒を用意してくれ・・・」

このご時世、酒に逃げてしまう男を誰も責めることはできないだろう。

「・・・了解しました」

Thankは酒を渡し男が飲むいつもの日常だ。しかし、男は少し違和感を覚える。

「おい、なんで返事が少し遅れたんだ?」

「私のAIは常にアップデートされています。今では人間と同等の会話と反応を行うことが可能になっております」

「違う!俺は返事を遅れた理由を聞いているだ!」

酔いが回ったのか何故か返事が遅れたことに対してイライラしてしまう。

「私のAIは常にアップデートされています。今では人間と同等の会話と反応を行うことが可能になっております」

人間と同じ口調で機械の様に同じ言葉を繰り返すThankに対して男は初めて嫌悪感を抱いた。

「もういい!俺は寝る。後片付けをしておけ!」

「・・・・・・・・ハイ」

Thankは寝室に向かう男を見送りながら後片付けを始めるためにコップを掴んだ


ピピピピピピピピ!

不快な電子音が脳を揺さぶり、男の意識を強引に覚醒させていく。

いつもであればThankが決まった時間に最高のタイミングで起こしてくれるはずなのに、今日はそれがない。そのため、男は電子音の正体が会社から支給された携帯電話の着信音だと気づくのに時間がかかった。

「おい、いつまで家にいるんだ!もう10時だぞ!」

「何ですって!」

すぐに時計を見ると短針が10時を指していた。

なぜ、Thankは起こしてくれなかったのだろうか。焦りと怒りが混ざりあい男の感情は爆発寸前であった。

「おい!何で起こしてくれなかったんだ」

バン!っと怒りに任せリビングのドアを開き怒号を飛ばした。しかし、男の怒りはすぐに霧散した。

リビングにはコップを持ったまま停止しているThankがあった。

「なんで停止しているんだ?永久機関内臓で一生動作するはずだろ」

Thankを購入してから数年間ずっと動作していた。そして、勝手に停止するなんて故障は発売されてから一度も聞いたことがない。それほどまでに高い製品保証もThankが世界中で普及した理由の一つなのだ。

「おい・・・どうしたんだよ・・」

ありえない光景を前に男の意識は停止の原因を考察し始めた。

「昨日の返事が遅かったのは停止の兆候だったのか。それとも、昨日の寝ている間に何かがおこなったのか。」

原因を考えれば考えるほど男は興奮していった。なぜならば、脆弱性を暴くことができれば企業が人間の代わりにThankを採用することもなくなり、開発元であるグーゴルから多額の賠償金を貰うことができるからである。

「恐らくは昨日の行動に何かしら原因があるはずだ。スーツを投げつけたことかそれとも返事が遅れた理由を追求したことが原因か?」

様々な思考が駆け巡ったが原因を特定することはできなかった。

「まあいい、昨日の行動を纏めた資料だけでも価値があるはずだ。Thankが勝手に停止していることが何よりの問題なのだから」

会社には体調不良で暫く休むことを伝え男は資料の作成に勤しんだ。そして、資料が完成したと同時に停止したThankを車に詰めてグーゴルの本社へと向かっていった。


「すみません、社長をよんでください」

いつもであれば受付をしているThankに対してはイライラしているにもかかわらず、今日は何故か穏やかな気分で話かけた。

「アポイントは取っておりますでしょうか」

「御社に対して大変重大な問題が起きてしまったことを伝えにきました。Thankが勝手に停止し起動しないのです。」

「少々お待ちください。社長にお伝えします。」

男の心中は優越感でいっぱいであった。一つの不安を抱えることなくThankと話すことはそれほどまでに清々しかった。

「お待ちしておりました。社長がお会いするそうですので、私の後についてきてください。」

「分かりました。」

後をついていきエレベーターで最上階に上がると、素っ気ない扉があった。

「こちらが社長室です。中で社長がお待ちになっております。」

緊張と高揚感を抱きながら扉を開き男は部屋に入った。

「これは・・・」

「以外だったかい?社長室は豪華なものだと思っていたのかい。」

そう答えるのはテレビで何度もみた、グーゴルの社長であった。

「あまり豪華な部屋は好みでないのでね。無理をいって質素な部屋にしてもらったのだよ。」

男が呟いてしまうのも無理はない、広い空間に机一つしか置いていないのだから。

「なぜ、机一つしかないのでしょうか。」

「Thankがいるからさ。僕は自身の仕事を全てThankに任せていから指示を出すだけで良い。だから机一つで十分なのさ。」

「なるほど・・・」

「そしてそんな僕が絶大な信頼を寄せているThankに問題があると君はいうのだね?」

一気に部屋の空気が変り、背筋が伸びた。しかし、男の表情は全く委縮してはいなかった。

「はい、Thankには重大な脆弱性があります。これが証拠です。」

そういって男は停止したThankを社長に見せる。

「これは、停止したThankです。ご覧の通り再起動しません。御社にとって大問題ではないのでしょうか。」

無意識に口角が上がってしまうのを抑えながらも力強く受け答える。しかし、社長の顔は穏やかなままであった。

「少し見せて貰ってもよろしいですか。」

社長室に複数のThankが入ってきて停止したThankの分解を始めた。

「彼らは技術に特化させたThankでね。彼らにかかれば故障の原因は必ず分かるはずだ。少し待ってくれたまえ」

「待ってください。僕も立ち会わせてください」

技術に特化したThankと言っても社長が用意したものだ、その気になれば故障の原因をうやむやにするかもしれない。そんな男の警戒心をよそに社長は簡単に承諾してくれた。


数時間後、Thankが停止した理由を纏めた資料を渡してきた。

そこには、エネルギー切れが原因であると書かれていた。

「社長これはどういうことですか?永久機関を保有しているはずのThankがエネルギー切れを起こすなんて大問題ですよ」

興奮が抑えられなかった。まるで、牢屋から解放されたかのような感覚が襲ってきた。

興奮をそのままに社長に問い詰める

「これが公表をしたら企業がThankを使用するは難しくなるはずです。どうするつもりですか」

続けざまに言葉を発しようとするが、社長と目があった瞬間に言葉を飲み込んでしまった。興奮を抑えるほどの怒気を社長が纏っていたからだ。

「貴方は永久機関をエネルギーを無尽蔵に作る機関だと勘違いしていませんか?」

社長はさらに怒気がこもった言葉を続ける。

「永久機関とは完結したエネルギーの循環なのだよ。君はThankのキャッチコピーを覚えているかな」

「たしか・・・感謝をわすれずに」

「そうだ。感謝こそがThankのエネルギーなのだよ。感謝のエネルギーで動作することで人間の手助けを行い新たな感謝を受けとる。この循環こそが実現不可能と言われた第二種永久機関を実現したのだ」

さっきまでの興奮が一気に消え去ってゆく。そして反比例する様に社長の怒気は増してゆく。

「最近、君は自身のThankに対して感謝をしていなかったのではないか!Thankの補助を当たり前のものとして享受していたのではないか!」

図星であった。

確かに始めは毎日感謝していたが、それが習慣となり日常となっていくにつれ感謝の言葉をかけることは無くなっていた。はては、Thankが停止した際は興奮を覚えるほどであった。

「すみません・・・」

こぼれるように言葉を発する。それは、社長に向けてなのかThankに向けてなのかは本人も分からなかった。

「いや気にしないでくれ、全世界でまだ君しか停止していないのだから。次からちゃんと感謝をして欲しい」

先ほどの怒気が一気に霧散し穏やかな空気が社長室に流れる。

「フロントまでお送りします」

受付にいたThankが扉を開けて待っていた。

「ああ、よろしく」

来たときは違いThankに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「フロントにつきました」

「ありがとう・・・」

フロントに付くと同時に感謝の言葉を伝える。これまで伝えていなかった感謝の代わりなのか、贖罪のつもりなのかは本人にも分からなかった。しかし、伝えずには入れらなかった。

ふと、受付が騒がしいことに気づいた。

「おい、社長に合わせてくれ」

そこには停止しているThankを抱えた人が何人も受付に殺到していた。


数日後、ニュースではThankが世界中で停止するという事件を放送していた。Thankに対して重大な仕事を任せていた企業もあったらしく、グーゴルに対して多額の賠償金を請求していた。そして、世界中から非難された社長が自殺したの臨時ニュースが流れはじめていた。

数年後、Thankは殆ど世界中から消え去っていた。受付も人間が行うようになり、ロボットに仕事を任せることは危険であるという思想が広まっていった。今ではThankやその他のロボットを使用する家庭は少人数になっていた。


「おはようございます御主人様」

「うん、おはよう。今日もありがとう」

Thankの名付け親は社長です。英語でありがとうの意味を持つThankを名前することで、無意識にThankに対して感謝の言葉を発するようにしたかったのでしょう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ