□最初の絶望
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□最初の絶望
なんて事はない。スライムは冒険者に出会った。
逃げられずに挑んだけど、勝てる気はしない。
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そのスライムに名前はなかった。親は野垂れ死に、山に捨てられた、なんの変哲もない魔物だったんだ。だから、そんな奴らで群れを作った奴がいた。生き残るためだ。5匹で囲めば、ゴブリンの子供3匹くらいは狩れる。筋張って不味い肉だが、ウルフの糞を食って過ごす連中よりは惨めでない。寝床は草むらだが、5匹いれば1匹でいるよりはまだ安全。だって3匹が連携して戦えば、例え人間が相手でも最悪仲間2匹は逃がせる……かも知れないのだ。
だからその日も群れでいた。名もなきスライム達は寄り添い、いつもの様に助け合って生きていた。
しかし、平穏はあっけなく崩れ去った。
なんて事はない。スライムは冒険者に出会った。
逃げられずに挑んだけど、勝てる気はしない。
人間の屈強な戦士の群れだ。奴らは剣と魔法を扱い、ホブゴブリンの大群を血の海に沈める。強力な火炎を吐く空の主たるレッドワイバーンも魔法の雷に撃ち落とされて黒こげだ。あんなにまっ黒では食べる部位もない。やり過ぎた。森は、あいつらが来る度にズタズタに壊されるんだ。
そんな奴らに、最弱と名高いスライム種が束になろうとも、小石の様に蹴っ飛ばされて死ぬだけだった。
3匹で戦えば人間相手にも時間稼ぎが出来る、と言ったな。まあ、なんだ。人間ってピンキリなのだ。体が小さくて、頭もゴブリンより回らない、そんな子供がよく森に来るんだ。それなら相手出来るって事。それでも3匹を囮に2匹を逃がすので精一杯なんだから、人間って奴らは神様が優遇しすぎている。先頭の赤い奴は特に強いぞ。何だあれは。人間ってすげーな。あの赤いのだけ動く度に残像がやばい。刀身がいっぱいあるように見える。あれは危険だ。
5匹のスライムは合体し、ヒュージスライムとして冒険者達の前に立ち塞がった。どうせ小粒の状態じゃ逃げられもしない。耐久力だけは素晴らしいこの巨大なボディーにびっくりして逃げてくれたらいいな、なんて。格上のフォレストウルフは大体コレで追い払うんだ。
でもあいつらは逃げも怯みもしなかった。赤いスケイルメイルを身に纏った戦士の一太刀に、スライム達はばらりばらばらと崩れ、飛び散った。
Aは核をやられた。即死だ。可哀想に。合体形態の親個体だったから狙われたんだろう。ごめんなさい。俺も体の三割がざっくり斬られてる。すげー痛い。死んじゃう。
スライムBは逃げ出した。しかし回り込まれてしまった。恐ろしい切れ味の剣に、八つ裂きにされてしまった。しかしスライムを斬った事で、刀身は酸にやられ……いや、瞬く間に自動修復したみたいだ。魔剣の担い手とは、ついていない。
スライムCが焼かれた。赤いスケイルメイルの戦士と目が合う。次は俺か。もう一匹いるだろうに。
「ぴーゆ。(こっち来んな)」
酸を空中にぶちまける。この中を突っ込んでは来るまい。右か左から若干だけ迂回してくるはずだ。右から来る事を願い、奴の顔が来るであろう位置に重ねて酸を吐く。
盾からバカみたいにでっかい魔方陣がぶわーって出てきて弾かれた。チッ。しかし戦士は三歩下がった。スライム相手に攻撃ミスだ。ざまあみろ。
スライムEがその隙を逃さず酸の追撃を飛ばす。
「スライムの分際で」
斬撃が剣を離れ、上等な風の魔法みたいにびゅばんと飛ぶ。なんだよありゃあ。見た事ないぜ。次の瞬間には、吐いた酸ごと真っ二つにされたEが転がった。ああ、見た事あったら死んでるのか。ないわけだぜ、全く。皆死んじまった。そこそこ仲のいい奴らだったのに。何だってんだこいつらは。
さあ、残るは俺だけ。仕切り直しだとばかり赤いメイルのクソッタレがこちらを見やる。しかし追撃はなかった。奴の後方で悲鳴が上がったのだ。なんだ、と奴が振り返った隙にダッシュで川に飛び込む。隙あり、と一撃くれていたら再びこちらを攻撃してきていただろう。仲間の躯を置いて逃げるしかできなかった。