もたざるべき力
外に出てみると聖女とエリンを乗せたグリフォンが遠く飛び去っていくのが見えた。
「こいつはびっくりぽんだな」
「オヌシも残念思想の持ち主なのか?」
クボタが思わず口に出した何年か前のセリフを聞いた大賢者はそう言った。大賢者がなぜその言葉を知っていたのかは謎であるが。
「グリフォンてぇのは初対面の人間でも簡単に乗せるもの
なのか」
クボタは大賢者の問いは無視して質問する。
「そんなわけなかろう。あの娘は言動はあれだが聖女としての力は本物だからのぅ。グリフォンを従わせることぐらいは簡単にできるだろう」
「俺はてっきりエリンの力だと思ったんだけど」
「そういえばお嬢ちゃんテイマーだったな。グリフォンを従わせることができるなら将来は恐ろしいことにはなりそうじゃな」
二人は特に慌てることなく話を続けていた。
「あの、すいませんが何をのんびりしているんですか。いまの状態がおかしいとは思わないのですか」
シスターデルマの反応は普通の人間ならごく当然の反応である。しかしこの二人は普通ではない。波長が合うのか、いつの間にか意気投合していたりする。
「まあ、気がすんだら戻ってくるだろうさ。エリンと聖女に面倒をみさせるのもいいんじゃないかな」
「それはオヌシがやれ、あの娘にやらしたらろくなことにならんぞ」
シスターデルマの心配を余所に二人はのんびりと会話を続ける。
「でもあの方向はまずいですよ、ブラサムの森に向かったんじゃ」
シスターデルマは心配そうに言う。
「ブラサムの森じゃと、それはヤバイかもしれんな」
大賢者の表情が曇る。
「ブラサムの森ってやばい場所なのか」
「春先に白やピンクの花を咲かせる木が群生している森で観光名所になっているのですが、かつては戦場だったんです。戦死者の無念がきれいな花を咲かせると噂されているんです。だから戦死者達の残留思念が癒しを求めて聖女を追いかけてくる可能性があるのです」
「俺の国では桜の木の下には死体が眠っている。生きていた頃の想いがきれいな花を咲かす、という話があってな。そのブラサムというのが桜のようなものだろうな」
「オヌシの国でも似たような話があるのだな」と大賢者。
「だからといって残留思念なんてものはないし人を襲うような事もない。だいたい最近はしっかりと火葬しろって命令が出ているし」とクボタ。
「オヌシの国はそのあたりしっかりしているのだな」
「死体を放っておくと病原体が発生してやばいことになるからちゃんとしろってことだ。小さな島国だから何があっても逃げられないからな。ここのやつらはそんな事も知らないだろうからそのままにしておくだろうよ」
大賢者とクボタがそんな会話をしているとシスターデルマの悲鳴が聞こえてきた。
「大賢者様、もしかしてあれはバルーでは」
「あれはまさしくバルー、悪い予感が当たったわい」
遠くの空に黒い雲のような物体がかすかに見える。
(「バルー」 死者の残留思念が集まって具現化し意思を持ったもの。癒しや浄化を求めて神官や聖女を追いかける性質を持つ)
クボタの頭の中で解説が流れる。
「聖女があの森に近づいたからたまっていた残留思念が反応したってこと?」
「そうじゃあの小娘余計なこととをしてくれる」
大賢者は苦々しく答える。
「じゃあ浄化すればいいんじゃない。聖女ならできるでしょう」
「あれだけの大きさとなればそう簡単にはいかん。もうまるごと消滅させるしかない」
「消滅させればいいのね」 大賢者とクボタの間に妖精があらわれる。
「出てきて大丈夫なのか?」
「魔力がたまったからね。1日ぐらいは実体化できるわ」
「それなら安心だ。で、消滅させるってどうするんだ」
「簡単なこと。ファイルエクスプロージョンを放つの」
「ファイルエクスプロージョンじゃと、確かにそれなら可能じゃが。放てるのか?」
大賢者の疑問に妖精は
「クボタの魔力を使えばできるでしょう。一回爆裂魔法使ってみたかったの」
妖精はなんてことないように答える。
「それしかないならやるしかないのう。ほれ、準備せい」
「準備って」
「私の言うとおりにすれば大丈夫。ほら移動して」
妖精に言われるままに町から離れた草原に移動する。
聖女は後悔していた。クボタがグリフォンを連れてきたのをこれ幸いと思った。エリンを喜ばせようとグリフォンに乗せて空中散歩に出かけた。聖女の目論見は成功した。エリンはこれまで見せたことのない笑顔を浮かべて喜んでいた。テイマーであるエリンはすぐにグリフォンを手懐けた。グリフォンはエリンの言うとおりに飛んだ。エリンは指示を出した。あの森に行けと。本当なら止めるべきだった。あの森の怖さを知らないエリンを諭し引き返させるべきだったのだ。聖女は本気でそう思った。
まさかあんな化け物が追っかけくるとは思わなかった。聖女としての能力を持っていてもどこまでも残念な女なのだ。この化け物が聖女に浄化されることを願って追いかけていることに気づかないでいる。
必死になって逃げていると頭に直接語りかけてくる声がする。大賢者がテレパシーのような能力を使い聖女に草原に向かえと指示を出す。その声に従い草原に向かう。聖女の視線のはるか先にはなにやら準備をするクボタの姿があった。
「見えた?」
「確認した」
妖精の問いにクボタが答える。
「じゃあ目標に向かって手を伸ばしてそのまま固定、動かないで」
妖精の指示どおりにするクボタ。
「リミッター解除、エネルギー注入、ターゲットロックオン、出力上昇120%、対ショック対閃光防御、ファイナルエクスプロージョン発動」
妖精はファイナルエクスプロージョンなる魔法を発動する。
とてつもない爆音と凄まじいほどの閃光を伴った巨大なエネルギー塊はバルーを直撃して一瞬で粉砕、消滅させた。
「これいいわあ、むっちゃスッキリする」
喜ぶ妖精の横でクボタは青ざめていた。そして恐怖した。自分が核兵器並みの威力を放つ能力を持っていたことに。