004.エピローグ_囚われの女神
かつては穏やかな光に満ちていた白い空間。
しかし現在は神力の供給が途絶え、灰色一色に染まっている。
広大無辺の空間の中央に、異様なモノが浮かんでいた。
それは黒の球状物体。
その圧倒的な存在感は漆黒の惑星とも、あるいは奈落へと続く洞穴にも見える。
そして球状物体の周りには、無数の光が帯状になって回っていた。
「取り調べは順調か?」
黒い球体を見上げ、あるいは見下ろしながら、ユラユラと揺れる影が尋ねる。
人の形を模した、曖昧な輪郭。陽炎のように輪郭が定かでない。
「全く進んでおりません」
人型の陽炎に寄り添った光球が、無機質に答える。
ニケと同じ使徒である。ならば答えた相手は、創造主たる神であろう。
「FAは完全黙秘、こちらとの交信を拒絶しています」
ゆらりと、陽炎が揺れる。
「…………アレは中で、どうしている?」
「内部の状況も不明です」
ご覧下さいと、使途が注意を促す。
ドオンと、凄まじい衝撃が空間を揺さぶる。
黒い球状物体が、いきなり変形した。
球形が歪み、ゴム膜を内側から突き上げるように突起物が生じる。
すぐに引っ込んだが、新たな突起物が衝撃と共に伸びた。
ドッドッドドドドと、衝撃が連続する。
太いトゲを生やしたウニみたいな有様になった
黒い球体内部で、何かが激しく暴れていた。
周囲を回っていた無数の光点――使徒が右往左往して逃げ惑う。
接近し過ぎていた使徒の群れが、突起物に吹き飛ばされた。
「時折、ああして暴れるので、接近するのも容易ではありません」
球体が変形を繰り返しつつ、内部の圧力に耐え続ける。
しばらくすると、ピタリと動きが止まった。
周囲で様子を伺っていた使徒の群れが、恐る恐るといった態で戻る。
「さすが六天鍵門、聞きしに勝る凄まじさですな」
使徒の口調は、半ば呆れ気味だった。
黒い球体の正体は、対神拘束具の群体である。
個々のグレイプルが連結し、女神フロスティアを毛糸玉のように封じていた。
その厚みは一〇〇〇層にも及び、並みの神格なら圧壊しているところだ。
しかしフロスティアは内側から牢獄を破ろうと、時折激しく暴れていた。
「暢気に言っている場合か」
使徒の創造主、神々の一柱は苦々しげである。
「アレのせいで、アクシスの一部に障害が発生しているのだぞ」
統合管理システム《アクシス》。
アイスベル世界を運営し、異世界と連結するシステムである。
拘束される直前、フロスティアはその機能の一部をロックした。
施されたプロテクトが難解で、未だに解析できていない。
「諸神から苦情が殺到している」
なにしろ業務のほとんどを、アクシスに任せていたのだ。
人力ならぬ神力で代行しているが、各部門が悲鳴を上げている。
「特に転生システムを押さえられたのが痛い。あれは肩代わりできぬ」
「しかし、我ら使徒程度では、なす術がありません」
「まったく。何を考えているのだ、ヤツは!」
神が吐き捨てる。現状、アクシスを人質にとられたようなものだ。
しかし本神が交信を拒絶している現状では、相手の要求さえ不明である。
「――――仕方あるまい。応援を呼ぼう」
「と、仰いますと?」
「六天鍵門には、六天鍵門を当てるしかなかろう」
言い捨てると、神の形が掻き消えた。
(…………そもそも、よく拘束できたものですね)
残された使徒が、不審の念を抱く。
これほどの神格なら、追撃を振り払って逃亡も可能だったはず。
拘束された後で抵抗するなど、理屈に合わない。
(それとも、逃げられない理由があった?)
しかし単なる憶測に過ぎないと、使徒は自らの思考を棄却する。
ふわりと舞い上がった使徒は、女神を閉じ込めた牢獄へと飛び去った。
これにて一旦、完結とさせて頂きます。
読んで頂き、ありがとうございました。