8.元最強賢者、置いていかれる
馬車の中から外の光景を眺めつつ、リーンは暇そうに足をぶらつかせていた。
というか、実際に暇を持て余しているのであり、さてどうしたものかと思っていたりする。
遠くには鬱蒼と生い茂る森が見え、馬車の中には父達もオリヴィアの姿もない。
屋敷を出発してから、既に三日。
あの森こそが、ワイバーンが見つかったという場所であり、端的に結論を言ってしまえば、リーンはここに置いていかれたのであった。
「うーむ……あの口ぶりからするとてっきり最後まで連れていってくれると思っていたのじゃが……」
しかし、さすがにこれ以上は危険すぎると言われてしまえば反論することは出来なかった。
そもそも、ここまで来ること自体が十分過ぎるほどに危険なのだそうだ。
何でもワイバーンを発見した村人の住む村はおろか、この周辺に住む全ての者達は既に避難済みらしい。
ワイバーン相手に大袈裟ではないかと思うのだが、それが現代の常識だというのであれば受け入れるしかないだろう。
「ま、それに正直ここまで来れたのであれば問題はないのじゃしな」
別にこっそりと抜け出すというわけではない。
その必要はないからだ。
――クレヤボヤンス。
瞬間、リーンの眼前に薄く張られた水のようなものが現れた。
大きさはリーンの頭よりも少し大きい程度であるが、向こう側が透けて見えるということはない。
代わりとばかりにそこに移っていたのは、四つの人影。
父達だ。
遠視の魔法を使ったのであった。
「なるべく使わない、としか言ってないわけじゃしな。それに、要するに使ってるのをバレなければいいわけじゃしの」
隠蔽しているため、魔法を使っているということを悟られることはあるまい。
直接見られてしまったら駄目なため、人前で使おうとするならば色々と改良の必要はあるが、今のところはこれで問題ないはずだ。
「……しかし、本当にあやつは古代魔法を使えなくなっとるのじゃな」
隠蔽しているとはいえ、遠視の魔法は直接相手を見ている。
魔導士相手ならばバレバレなはずで、だがオリヴィアに気付いている様子はなかった。
道中小規模の魔法を使って試していたので、分かっていたことではあるのだが……正直、思うところはある。
リーンは魔法を研究できればそれでよかったが、オリヴィアは魔法を使うことを目的としていたはずだ。
それがまったく使えなくなってしまったというのだから……きっと色々と大変だったに違いない。
「……ま、転生した儂に何かを言う資格はないのじゃがな。それよりも、集中してみておくとするかの」
わざわざ遠視の魔法を使ったのは、何も父達の様子を盗み見るためではない。
何かがあった時に介入出来るようにだ。
まあ、何だかんだ言っても、オリヴィアがいる時点でその心配はあまり必要ないのではないかと思っていたりもするのだが――
「っと、む? そんなことを言っている間に、あやつ別行動を取り始めたのじゃぞ……?」
父達に何かを喋ったような様子を見せた後、オリヴィアはまったく別の方向へと歩き始めたのだ。
迷いのない足取りからは、明確な目的があるのだろうことを感じられる。
だが、意味は分からなかった。
ワイバーンは二匹いる可能性があるとのことだったので、その片方を相手しにいった、という可能性は考えられるが……それでも、疑問は残る。
「むぅ……二匹同時を相手にするのは厳しい、というのは、てっきり謙遜だと思っていたのじゃが……」
どれだけ現代魔法が劣化していようとも、オリヴィアにはかつて魔導士として活動した経験がある。
さらにそこにリーンの知らない千年分の経験があるのだ。
ワイバーン程度ならば、二匹だろうが三匹だろうがどうとでもなると思うのだが……いや、あるいは。
「別の何かがある、ということかの?」
オリヴィアはエルフだ。
そしてエルフにとって森とは庭のようなものである。
どこの森であっても、足を踏み入れることが出来たならば、その森のどこに何があるのかを容易く把握する事が出来る、などという話を昔に聞いた事があったが……それによって、何かを見つけたのかもしれない。
そもそも、今回のことは少し妙だという話は聞いていた。
今回ワイバーンが見つかったのは、狩人をやっていた者がいつも通り森で獲物を仕留めようと思って出向いたら、遭遇してしまったからだという。
幸いにも寝ていたため、命からがら逃げることに成功したそうだが……通常ワイバーンが発見されるのは、村や街が一つか二つ滅ぼされた後で、その前に発見されることなど聞いたことがないのだそうだ。
それどころか、周辺にある村や街が襲撃された痕跡すらも見つからないらしい。
リーンはワイバーンの生態などに詳しくはないため、妙だといわれてもそうなのだろうかと思うしかないのだが、オリヴィアが言っていたので実際何かおかしいのだろう。
別行動を取ったのも、その原因となるようなものでも見つけたからなのかもしれない。
「うーむ……この魔法音は拾えんからのぅ……」
だがそんなことを考えている間に、父達の方で変化があった。
唐突に木々が途切れ、開けた空間に出たのだ。
そしてその場所に、三メートルほどのその姿は横たわっていた。
咄嗟に身構えた父達の姿を眺めながら、リーンは目を細める。
「ふむ……いくら何でも隙だらけすぎんかの? このまま魔法ぶっ放せばそれだけ終わりそうなのじゃが?」
実際それもありではないかと、一瞬思う。
この状況ならば、まさかリーンがやったとは思うまい。
家族の仲が壊れるような事態にはならないだろう。
後で話を聞いたオリヴィアが追及してくるかもしれないが、証拠は何もないのだ。
危険は排除され、父達は怪我一つなく終わる。
「というわけには……まあ、いかんじゃろうな」
ありかなしで言えば、ありだ。
しかしリーンは、父達の決意を聞いてもいる。
彼らは命懸けで、自分達の治めている土地を、そこに暮らす人々のことを守ると決めているのだ。
多分そこにはリーンも含まれていて……ここでリーンが安易に手を出してしまうのは、その心意気に泥を塗る行為のような気がした。
そもそも、父達だけで勝てる可能性は十分あるのだ。
ならばここは、父達を信じて見守るべきだろう。
その上で、危なくなりそうなら手を貸せばいい。
自らの方針を定めたリーンは、とりあえずはお手並み拝見と、始まった戦闘を眺める。
だが……父達が相手をしている『それ』の姿を見つめながら、首を傾げると、呟いた。
「――ところで、アレのどこがワイバーンなのじゃ?」
その姿を眺めながら、ルーカスは反射的にごくりと喉を鳴らしていた。
一目見ただけで、その身に強大な力が蓄えられているのが分かる。
これがワイバーンかと思いながら、勝手に震える身体を叱咤し抑えた。
そうして、ゆっくりと剣を抜き放つと、構える。
幸いにしてワイバーンは寝ているようだが、だからこそ焦らず慎重にいく必要があった。
母も当然理解しているようで、杖を取り出すと構え……だがルーカスがそこで僅かに戸惑ったのは、父だけが動く気配を見せなかったからだ。
父は眉をひそめながら、何かを観察するようにジッとワイバーンの姿を見つめていた。
「……父上?」
「……いや、何でもない。それよりも、気を抜くな」
「えっ……?」
疑問の声を発したのと、父が動いたのはほぼ同時であった。
加速したその身体が瞬く間にワイバーンとの距離を詰め、その間に剣まで抜き放っている。
父の腕前は知ってはいるが、相変わらずさすがの動きだ。
しかし、その勢いのままに振り下ろされた剣が奏でたのは、甲高い音であった。
まるで金属同士がぶつかったかのような音に父が僅かに顔を歪め、ルーカスは驚愕の表情を浮かべる。
「なっ……まさか、目覚めて……!?」
父の斬撃は、直前で持ち上げられたそれの爪によって防がれていたのだ。
しかし魔物だろうと何だろうと、寝起き直後に最適な行動を取るのは不可能なはずである。
つまりそれは最初から寝てはいなかったということであり、父はそれに気付いていたからこそ、待つのは愚策と先手を取るべく仕掛けた、ということか。
事前に得た情報と横たわっているという状況から寝ていると判断してしまった自分の未熟さを恥じながら、だがルーカスはすぐさま気を取り直す。
反省は後だ。
父の後に続くべく駆け出すと、ルーカスもまたワイバーンの懐へと飛び込んだ。
ただ、ルーカスは父ほどの技量はまだもってはいない。
正面は父に任せ、自身は横や後ろへと回り込む。
とはいえ、そこが安全だというわけでもない。
突如旋回してくることもあれば、相手には尻尾もあるのだ。
一瞬足りとも油断は出来なかった。
そしてそんな二人の攻撃の合間を縫うように、母の魔法が叩き込まれる。
降り注ぐ氷の礫が、相手の注意を逸らし、攻撃の出を潰し、その動きを阻害していく。
その連携を、さすがは家族だと自画自賛しつつ、だが事実でもあると思う。
ワイバーンはまともに攻撃に移ることすら出来ず、一方的にこちらだけが攻撃を加え続けているのだ。
明らかにこちらが優勢な状況であった。
もっとも、これはこの三人だからこそ出来たことだ。
一人で戦ったらきっと、あっという間に殺されてしまっていたはずである。
互いに互いを補うように動いているからこそ、ここまでの有利を取れているのだ。
特に大きいのは、やはりワイバーンに絶対やらせてはならないことを全員が正確に理解し、常にその手を誰かしらが潰していることだろう。
空を飛ばれるということ。
これが現在最もやられてはいけないことであった。
森の中であることは理由にならない。
その程度の不利は、空という手の届かない場所へと向かわれてしまうことに比べれば何ということはないのだ。
空に飛ばれてしまったら、上空から強襲されるということに加え、単純に攻撃手段が増える。
今は両前足と尻尾しか使われていないが、これに後ろ足まで加わるのだ。
さらには、地上にいるせいか上手く翼を使えていないようだが、これもまた加わるだろう。
そして何よりも、こちらの攻撃は届かずに一方的に攻撃されることとなってしまう。
一人だったらあっという間に殺されてしまうだろうというのもそれが理由であり、それをさせていないからこその現状なのだ。
ただ、そうして一方的に有利な状況の中、我武者羅に足を動かし、腕を振り下ろしながら、ルーカスは一つの確信を得ていた。
この戦いに、勝ち目がないということが、だ。
父や母の牽制のおかげで、先ほどから十はワイバーンの身体へと斬撃を叩き込めているし、父はその倍は叩き込んでいる。
母の魔法に至っては数え切れないほどで……だというのに、まるで効いている気がしない。
いや、おそらくは実際に効いていないのだ。
手に伝わってくる感覚と、何よりも傷一つ付いていない鱗が、その事実を証明している。
ワイバーンとは、これほどの存在なのかと思い、ふと父が語った言葉を思い出す。
父ほどの人物が二度と見たくないなど、少し大袈裟に言っているだけだと思っていたが……もしくはその言葉ですら控え目だったのかもしれないと、今更のように思う。
頭をよぎるのは、先ほどからずっと同じ言葉だ。
こんなものを相手に、勝ち目などあるわけがない。
しかし、それが分かっても――
「っ――ルーカス!」
「――なっ!?」
ほんの一瞬のことであった。
気を抜いてはいない。
ただ少しだけ、勝てなくても負けるわけにはいかないと思い、力んでしまっただけである。
だがその直後、まるでそれを狙っていたかのように、振り上げられたワイバーンの爪が少しだけ傾けられた。
それは本当にほんの少しだけだ。
振り下ろした剣が空を切るほどではなく、しかし打ち付けるはずだった刃が、その傾きのままに滑り降りる。
本来ならば、そんなことにはならなかっただろう。
多少傾きが加わったところで、その分軌道を修正すればいいだけだ。
だが少しだけ力が余分に加わってしまったせいで、軌道の修正が間に合わなかったのだ。
偶然では、有り得まい。
狙って、受け流されたのである。
ワイバーンにそんなことが出来る知能が、と思ったのと、流れきった身体に尻尾が叩き込まれたのは同時であった。
「ごっ……!?」
物凄い衝撃を腹部に感じ、そのまま吹き飛ばされる。
一瞬で景色が流れ、地面に激突し、しかしすぐに立ち上がった。
「っ……!」
瞬間、腹部と背中に激痛が走ったが、そんなことを言っている場合ではない。
そもそも激痛で済んでいるのは、攻撃を食らう直前に母が氷の障壁を作ってくれたからだ。
それがなければ、きっとあの一撃で死んでしまっていたに違いない。
だが、そんな一撃を軽減するほどの魔法だ。
いくら魔導士とはいっても、一朝一夕に使えるようなものではない。
間違いなく次の魔法はすぐには放てず、そう思ってワイバーンの方を見れば、やはり父だけが戦っていた。
その向こう側に肩で息をしている母の姿が見え、何とか杖を構えてはいるものの、魔法が発動してはいない。
そしてそうなれば、もたないことなど分かりきっていたことであった。
だから即座に向かおうとしたのであり……しかしそんなルーカスの行動を嘲笑うかのように、ワイバーンが翼を広げる。
「っ、させ――がっ!?」
それをさせじと父が飛びかかり、だが逆に尻尾で吹き飛ばされた。
その光景を見てルーカスが唇を噛み締めたのは、やはりと思ったからだ。
今ワイバーンが翼を広げたのは、飛ぶためではなく、父に飛びかからせるためであった。
離れたところから目にしていたルーカスには、そのことがはっきりと分かったのだ。
いや、あるいは父も分かっていて、それでも敢えて飛び込んだのかもしれない。
そうしなければ、どの道ワイバーンは空を飛ぶだけだからだ。
選択肢など始めからなかったのである。
しかし今重要なのは、そんな駆け引きをワイバーンがしたということではなく、このままでは結局ワイバーンが空を飛ぶことに違いはないということだ。
知能があろうとなかろうが、空にいかれてしまえば同じことである。
何としてでもとめなければならなかった。
だが、今からルーカスが向かったところで、確実に間に合うまい。
頼みの父も母も、頼れる状況にない。
だから、その行動をしたのは半ば反射的なものであった。
もう無理だと分かった瞬間、腕を振り被っていたのである。
吹き飛ばされようとも離さなかった剣の感触を確かめながら、そのまま腕を振り抜いた。
投げ放たれた剣が向かうのは、広げられた翼であり……しかし、ワイバーンはそんなものは意に介さぬとばかりに、ゆっくりと空へと浮かび上がり始める。
分かっていたことだ。
今やったことはただの悪足掻きで、意味などはない。
剣は真っ直ぐに広げられた翼へと向かっているが、傷一つ負わすことは出来ずに叩き落されるだけだ。
そんな、予想するまでもない結末を、それでもルーカスは睨みつけるように見つめ――直後に、呆然とした呟きを漏らした。
「……は?」
『――グギャアアアアアァァァァァアアア!!!!』
絶叫を放ちながら、ワイバーンの身体が地に沈む。
飛来した剣が、その片翼を断ったからだ。
有り得ないことであった。
剣を放った自分自身が、それが有り得ないということを一番よく分かっている。
だが、現実にワイバーンの片翼は斬り落とされたのだ。
何故、と思い――ふと頭に浮かんだのは、妹の姿であった。
無論妹はこの場にきてはいない。
というか、そもそも本来妹は今回のことに同行するはずですらなかったのだ。
当然のことである。
妹はまだ魔導士の杖すらも与えられてはおらず、何よりも欠落者なのだ。
来たところで意味などあるはずがない。
しかしそんな妹を同行するよう進言したのは、ルーカスであった。
あの色々な意味で有り得ざる魔法を目にしたからだ。
きっと誰に話したところで、幻覚でも見ていたのだろうと言われるに違いない。
そもそも漠然とこれは誰にも話してはいけないものだろうと感じたために誰にも話すつもりなどはないのだが……父から話を聞き、父が死を覚悟しているということを理解した時に、どうしてか頭に浮かんだのはそのことだった。
そして、ふと思ったのだ。
もしも、死が避けられないような状況になったとしても、妹が近くにいれば、また有り得ざる何かを引き起こしてくれるのではないだろうか、と。
色々と父には理由を語ったものの、ルーカスが妹を同行させようとした理由は、そんなものであった。
現実逃避から生じたただの誇大妄想だろうか。
そうだと言われたら否定することは出来ないが、そう思ってしまったのは事実なのである。
その果てに起こったのが、これだ。
これもまた妄想だろうか。
あるいは都合のいいこじ付けか。
だが妄想だろうが何だろうが、事実としてあるのはワイバーンの片翼は斬り落とされたということである。
そしてならば、ルーカスは呆然としている場合ではなかった。
ワイバーンは片方の翼が失われただけで、まだ健在なのだ。
どうすればいいかなど決まっており、次の瞬間にはルーカスは地を蹴っていた。
「っ……!」
腹部と背中から断続的に激痛が走るが、知ったことではない。
ワイバーンまでの距離を数歩で詰め、そのまま飛びかかる。
剣はない。
しかし、攻撃する方法がないわけではない。
それほど得意ではなくとも、ルーカスにはまだ魔法があった。
現代魔法は、基本的に殺傷能力に乏しいと言われている。
だが街中でないならばルーカスの攻撃魔法でもそれなりの威力にはなるし、また理由は分かっていないのだが、攻撃魔法は特定の条件下では威力が向上する事が知られていた。
その条件とは、相手が深い眠りに落ちている時か、あるいは、意識が混濁している時など――たとえば、片方の翼を斬り落とされ、激痛にのた打ち回っている時だ。
「――フレイムエッジ!」
叫ぶように魔法の名を唱えた瞬間、眼前に炎の斬撃が走る。
それで、のた打ち回っているワイバーンの首を――
「――なっ!?」
しかしその次の瞬間、ワイバーンの口が開かれた。
噛み付かれる!? と瞬間思い、だがそうではないことにすぐに気付く。
その程度では済まないことに。
その口内に、炎の揺らめきが見えたからだ。
――ブレス!?
瞬間脳裏をよぎった言葉は、知識として知っているだけのものであったが、おそらくは間違いない。
一部の魔物や上位種のみが可能とする、圧縮した魔力による砲撃。
莫大な威力を秘めた必殺技であり、ものによっては大きな街ですら一撃で消し飛ぶという。
ワイバーンに使えたものではなかったはずだが、言っている場合ではない。
かわせるタイミングではなく、また自分では防げるようなものでもない。
母の魔法でもきっと、不可能だろう。
そもそもこのタイミングでブレスを使うということは、まさかのた打ち回っていたのすら演技であったというのか。
完璧なタイミングで反撃し、翼を斬り落とした憎き敵を、確実に殺すために。
高速化した思考の中でそんなことを考えるが、意味はない。
最早ルーカスに出来ることは、何もないのだ。
ブレスが放たれるよりも先に魔法は叩き込まれるだろうが、意識が混濁していないのであれば、傷一つ付けることすら出来まい。
無意味な炎の斬撃が、ワイバーンの首に触れ――そのまま、その首を斬り落とした。
「――」
何が起こったのか分からず、ただ呆然と目の前の光景を眺め、直後に、鈍い音が響く。
斬り落とされた頭部が、地面に落下した音であった。
その口内で揺らめいていた炎は霧散し、目から光は失われてる。
何が起こったのかは理解が出来ないが、結果だけは分かった。
ワイバーンは、死んだのだ。
呆然としたまま、ただその事実だけは受け入れる。
細く、長い息を吐き出した。
果たしてこれもまた、妄想の産物なのだろうか。
――あるいは。
「……まあとりあえずは、リーンにお礼は言っておこうかな」
そんなことを思い、呟きながら、ルーカスは再度大きな溜息を吐き出すのであった。
幼女編はあと三話ぐらいで終わる予定です。
そのあとでようやく学院に入ります。