6.エルフと千の年月
改めて言うまでもないことだが、オリヴィアはエルフである。
千どころか万の時を生きる長命種だ。
しかもオリヴィアはハイエルフであるから、さらに長い時を生きることだろう。
だが今後どれだけ長い時を生きようとも、今日受けた衝撃を超えるものに出会うことはないに違いない。
オリヴィアはそんな確信を抱いていた。
しかしそんな衝撃を自らに与えた張本人は、のほほんと首を傾げていた。
「ふむ……? 説明と言われても、一体何をすればいいのじゃ?」
「何をって、全部ですよ、全部! どうして千年前唐突に姿を消したのかや、どうしてその千年後にこうやって唐突に姿を見せたのかや、どうしてそんな小さくて可愛らしい姿になっているのかや……とにかく全部です!」
「うーむ、そんなことを言われてもの。そんなもの、一つしかないじゃろう?」
「何がですか!?」
「――全ては、魔法のためなのじゃ」
「………………………………あー」
ドヤ顔と共にその言葉を聞いた瞬間、オリヴィアの全身から力が抜けた。
そうだ、この人はこういう人だったと、納得してしまったのだ。
魔導士なんてろくなものではない、とこの人はよくうそぶいていたものの、本人も例外ではないということをオリヴィアはよく知っていた。
以前など、色々な素材で魔法を試したいとか言い出して他の魔導士を率いてドラゴンを絶滅させかけたりもしていたし、他にも色々とやらかした数であれば他の魔導士に引けを取ることはない。
本当に心底からどうしようもないほどの、魔法馬鹿なのだ、このオリヴィアの師は。
「……分かりました。一目見た瞬間に気付いていましたけれど、貴女がお師匠様だということはよく分かりました。けれど、一つだけ聞かせてください」
「ふむ、何かの?」
「わたしが見る限り、お師匠様は本当にお師匠様そのものです。魂も人格も記憶も、僅かとも欠けることなく今ここにいる。ということは……おそらくお師匠様は、自分の意思で転生をしたのですよね?」
「まあ、そうじゃの。転生用の魔法は完成していたのじゃからな」
「……じゃあ、どうしてそのことを、誰にも……わたしにも、知らせてくれなかったのですか?」
恐々と、それでも思ってきて尋ね……そっと師の様子を伺うと、師は何か予想外のことを言われたとばかりに不思議そうな目を向けてきていた。
一瞬何か変なことを言っただろうかと思うが……別に、変なことは言っていない、はずだ。
「あの、お師匠様……?」
「ふむ……何故知らせなかったのかと言われてもじゃな。魔導士なぞ、そんなものじゃろう?」
「えっ?」
「好き勝手に生きて好き勝手に死ぬ。気付けばいなくなっているのが魔導士というものじゃろう? そして儂もそうなったという、それだけのことなのじゃから、わざわざ誰かに知らせるようなことでもないじゃろうに」
当たり前のようにそんなことを口にする師の姿に、ああ、とオリヴィアは再度納得する。
ろくでもない魔導士の中で自分だけは違うとでも言うかのような態度を取ることも多かった師だけれど、本当は自分が誰よりもろくでもないのだということを知っていた師でもあった。
だから、誰かに知らせるなどということを、考え付きもしなかったのだろう。
そのことで悲しむ誰かがいるということを、想像することが出来なかったのだ。
だが。
「……わたしは、貴方の弟子だったんですよ? 他の人達はともかく、わたしにぐらいならば、知らせていただいてもよかったと思いませんか?」
「うーむ……確かにお主は一応儂の弟子ではあるのじゃが、弟子だった期間は精々十年足らずじゃろう? そんなものほとんどないも同然じゃろうに。特にお主はハイエルフなのじゃから、尚更じゃろう?」
そう言って首を傾げる師は、本心からそう言っているのだということがよく分かった。
確かに、師の言っていることは間違いではない。
むしろ正しい。
所詮十年だ。
あっという間に過ぎてしまうもので、実際オリヴィアの人生を振り返ってみれば、ここ十年のことなどあっという間に過ぎてしまったものであった。
しかし、同じ十年でも全てが同じではないのだということを、オリヴィアは知っている。
逆に師は、知らないのだろう。
同胞に見捨てられ、彷徨っていたところを拾われたことが。
そのほんの十年足らずの時間が、オリヴィアにとってどれだけ救いだったのかを。
エルフというだけで謂れなき差別を受け、故郷にも帰れず、一人耐え続けるしかなかったことが。
この千年の間、それでもその十年がどれだけ支えになってくれていたのかを。
師はきっと、知らないのだ。
だが、そのことを口にするつもりは、オリヴィアにはなかった。
オリヴィアが勝手に救われて、支えにしていただけなのだ。
今更恩着せがましく伝えて、師に余計な負担を強いるつもりはなかった。
「……分かりました。まったく、本当にお師匠様は相変わらずお師匠様ですよね」
「何を言ってるのかよく分からんのじゃが、それは当然のことじゃろう? お主と違って、儂はこの千年を生きていたわけではないのじゃし。っと、そういえばそれで思い出したのじゃが……お主いつまでそんな口調で喋るつもりなのじゃ?」
「え? いつまで、と言われましても……以前からわたしはこんな口調でしたよね?」
千年が経とうとも、その程度では忘れるはずがない。
しかし、どうやら師が言いたいのはそういうことではないようであった。
「確かに以前はそうだったのじゃが、以前は以前じゃろう? 千年前の時点でお主と儂は七百年程度しか差がなかったのじゃから、今では立派にお主の方が年上じゃろうが」
「それは……確かに、その通りですけれど」
確かに、オリヴィアの今の年齢は、千三百歳といったところだ。
前世の分を加算したとしても、師より年上になっている。
だが……。
「ふむ……もしや儂が以前と同じに喋ってるせいじゃろうか? では――こほんっ。――こうすれば、オリヴィア様も口調を変えてくださるかしら?」
「――っ!?」
瞬間、鳥肌が立つと共に寒気がした。
にこりと笑ったその姿は、可愛らしい顔と合わせて考えると、非常に似合っているものではある。
フリフリの服とも相まって、これ以上ないほどの可愛らしい幼女だ。
しかし中身があの師だと考えると、そんなことよりも先に拒絶反応しか出なかった。
「わ、分かりました……! いえ、分かったわ! 口調は変えるから、その口調は止めてちょうだい……!」
「むぅ……その反応は酷いと思うのじゃが? これでも少しずつ始めている淑女教育の成果なのじゃぞ? まあ、儂も自分でやってて、正直ないなと思うのじゃが」
「……なら、やめればいいと思うのだけれど?」
「普段はこの口調で構わない、という条件で受けているものじゃからな。仕方ないじゃろう?」
なるほど、どうやら本人的にも苦渋の決断だったらしい。
その割には、寒気を別にすれば一見完璧に思えたあたり、相変わらず変に万能なところのある師である。
まあ、逆に完璧であったからこそ、寒気を覚えたわけではあるが。
「……それにしても、冷静になって考えてみると、あのお師匠様が幼女になっているのよね……今更だけれど本当に違和感しかないわ」
「そんなことを言われても、仕方ないじゃろう? こればかりは儂には……いやこれに関しては儂にも責任あったの」
「……やっぱり何かやらかしてたのね?」
「やっぱりとはなんじゃやっぱりとは。折角転生するのじゃから、より良い器を求めようとするのは道理じゃろう? で、そうして豊富な魔力を持つ身体に転生するよう術式を設定していたせいで、おそらくこんな身体になったのじゃろうと思っている、というわけじゃ」
「……なるほど、ね」
確かに、師らしい話ではある。
魔法を優先するあまり性別が変わって、しかもそのことをまったく気にしている様子がないなど、ああ、そういえば師はこういう人だったなと納得するしかないほどだ。
……だが、さすがの師でも、千年後の変化までは読みきれなかったらしい。
皮肉なものである。
豊富な魔力を求めた結果、魔法を使えなくなってしまうなど。
その真っ白な髪を眺め、衝撃が抜け冷静になってきた頭で考えながら、様々な感情のこもった溜息を吐き出す。
――欠落者。
本当に……皮肉な話だ。
ルーカスからは、妹がそうだという話は聞いていた。
どうにかする方法はないかと、相談されたこともあり……しかし、結論はあの時から変わらない。
欠落者が、魔法を使えるようになる方法はない。
たとえその中身が、師であったと分かったとしても、だ。
師はそのことを、知っているのだろうか。
師のことだから、現代魔法のことぐらいは既に察していてもおかしくはないし、魔法が使えないと知っていたとしても知らない魔法があるということで喜びそうではある。
だが。
「さて、と……ところで、いつまでも立ち話ではあれなのじゃし、そろそろ座るとせんかの? というか、そういえば茶も出してなかったのじゃな」
「ああ、別にいいわよ、気にしないで。どうせすぐに昼食なのでしょう? あの言い方からすると、おそらくわたしもお呼ばれするのでしょうし」
「まあ多分そうなるとは思うのじゃが……」
改まって話すよりも、ここでとっとと話してしまうべきだろうか、とふと思う。
あなたはもう、どれだけ魔法の研究をしたところで、魔法を使うことは出来ないのだ、と。
それを伝えるのは、自分の役目であり、義務だろう。
師が師であることを知らないルーカス達では、本当の意味でその事実を教えることは出来まい。
師のことだから、たとえ魔法が使えないということを知らされていようとも、研究を続けて色々と試せばそのうち何とか出来るのではないか、などと考えそうだが、それは本当に不可能なのだ。
欠落者は、魔法を使うことは出来ないと、今のこの世界はそういうことになって――
「ふむ、そうじゃな。では、ここは魔導士らしく簡潔に済ませてしまうとするかの。――器・給水」
「――はっ?」
師が指を鳴らした、その瞬間、オリヴィアは思わず間抜けな声を漏らしていた。
師の眼前に水が渦巻き始めたかと思うと、小さなカップの形を取り始めたからだ。
さらには宙から唐突に湧き出した水がそのカップの中へと注がれ始める。
呆然とその光景を眺め、有り得ないという言葉が頭を過ろうとも、魔導士として生きてきた千年以上の経験が目の前の状況を的確に分析し出す。
魔導具を使っている様子はない。
いや、そもそもの話、そこで起こっている魔力の流れは、非常に見覚えのあるものだ。
しかし、起こりえるはずのないことでもあり……そんなことを考えている間に、師はそれを――文字通りの意味での魔法の水を完成させ、こちらへと差し出した。
「さて、まあお主ならばきっと飲み慣れておるのじゃろうが、とりあえずはこれで勘弁――」
「――どうして魔法が使えるんですか!?」
直後、師の言葉を遮るように、食ってかかっていた。
理性が働くよりも先に動いた、衝動的なものだ。
だがそれも、仕方のないことだろう。
師がたった今使って見せたのは、間違いなく魔法だ。
しかし既に述べたように、欠落者は魔法を使えない。
使えるようになることは有り得ない。
だがそれ以上に、師が使ったのは間違いなく古代魔法であった。
千年前、現代で用いられている魔法が誕生したのと同時に、喪失したはずの、使うことの出来なくなったはずの魔法。
それを当たり前のような顔をして使っている事が、何よりも信じられなかった。
しかし師は一体何を言われているのか分かっていないようで、目を瞬かせた後で首を傾げる。
「……ふむ? オリヴィア、口調が元に戻ってるのじゃぞ? あと、何故魔法を使えるのかと言われても……儂が魔法を使えるのは当然じゃろう?」
「口調なんてどうでもいいです! それと、当然じゃないんですよ! お師匠様は欠落者で魔法を使えないはずで、ですがそれ以上に、古代魔法は魔導結界に遮られて、現代では発動なんて出来ないはずなんですから!」
「発動出来ないと言われても、普通に使えてるのじゃしのぅ……あと幾つか気になる言葉があったのじゃが、とりあえず古代魔法というのは、千年前に使われていた魔法のことでいいのじゃよな? ということは、やはり現代で使われている魔法と千年前に使われていた魔法は別物なのじゃな」
「その通りですけど、何で嬉しそうなんです……なのよ」
あまりにもいつも通りの師の姿を前に、自然と理性が戻って来た。
というか、ここまで来ると自分の常識の方が間違っているのではないだろうかと疑念を覚えるほどだ。
「えっと……とりあえず確認なのだけれど、お師匠様は、古代魔法を……千年前に使っていた魔法を問題なく使えるのよね?」
「うむ、使えるのじゃな。他にも見た方がいいじゃろうか? ――発火」
そう呟くように言った瞬間、上向けた師の手のひらの上に、一瞬だけ炎が舞った。
だが一瞬とはいえ、魔法が発動したということを確認するには十分であり……有り得ざる現象に、オリヴィアは頭を抱える。
「もう……これだからお師匠様は嫌なのよ。毎度毎度非常識なことばっかりやらかして……!」
「何やら不本意なことを言われている気がするのじゃが?」
「不本意なのはむしろこっちの台詞よ。……はぁ、でもまあいいわ。お師匠様が非常識なのも理不尽なのも、いつものことだもの」
いつもで納得してしまっていいことではないのだが、一先ずそれで納得しておくしかあるまい。
そんなことよりも、今は先にやるべきことがある。
欠落者が魔法を使えるというのは、まあいい。
本当はよくないが、誰かに知られたところでそれほど問題にはならないことだ。
しかし……古代魔法に関しては、非常にまずかった。
「お師匠様、確認なのだけれど……わたしの他にお師匠様が古代魔法を使える、ということを知っている人はいる?」
「ふむ……多分いないとは思うのじゃが、断言は出来んのじゃな。お主のように千年前から生きている魔導士ならば、遠目から見ただけでもその程度のことは分かるじゃろうし」
「ああ、そのことならば、気にする必要はないわ。さっきも少し触れたけれど、魔導結界によって千年前と今とでは魔法や魔力に関する常識はまったく違うものになっているもの。直接お師匠様が古代魔法を使ったところを目にしなければ……いえ、今では古代魔法そのものを見たことがある人はほとんどいないはずだから、見られたとしても気付かれることはないかしらね」
「ふむ……それ儂に確認するまでもなかったということになる気がするのじゃが?」
「……わたしも気が動転してるのよ。それに、古代魔法を使えるって誰かに言っちゃってた可能性もあるわけだし。……言ってないわよね?」
「言うも何も、儂は古代魔法という言葉が存在しているということ自体を今初めて知ったのじゃが?」
「……そうなの? 聞いたことぐらいはあるんじゃない? 現代魔法って名称を知らないって人は聞いたことがあるけど、古代魔法なら時折何かの話に出てきたりするでしょう?」
千年前とは違い、今は魔法が身近に存在している世の中だ。
あまりにも当たり前過ぎて現代魔法という言葉が使われることはないため、今使われている魔法のことを正式にはそう呼ぶ、ということを知らないということは起こりえる。
だが古代魔法という名前ぐらいならば、誰かから一度ぐらいは聞いたことがありそうなものだが……。
「儂は今朝まで、魔法というものからひたすらに遠ざけられていたからの。その現代魔法というのはそのまま現代で使われている魔法を示すのじゃろうが、それ自体もほぼ見たことはなかったのじゃし、古代魔法とやらの名前に至っては聞く機会自体がなかったのじゃ」
「……魔法から遠ざけられていた? お師匠様が……? ……お師匠様がその状況をよく我慢していたわね」
年がら年中魔法のことだけを考え、魔法に関わることだけをしていた師がそんな状況に甘んじていたなど、とても信じられるものではなかった。
転生した程度で性根が変わるとは思えないし、むしろ魔法のために転生したのだと本人から聞かされたことを考えれば、尚更だ。
「まあ現代の常識を学ぶなど、やることは沢山あったのじゃしの。それに、今朝まで転生前の記憶を思い出せていなかったのじゃから、そのせいもあるじゃろうな」
「思い出せなかった……? ……ああ、確かに、下手に赤ん坊の頃から前世の記憶が思い出せちゃうと、色々弊害も出そうだものね。それを言ったら、まだ早い気もするけど……ところで、さっきから何度か今朝って言っているけれど、今朝に何かあったの?」
「いや? 単に儂の六歳の誕生日が今日だった、というだけなのじゃ」
「ああ、そうなの? それは……おめでとう、でいいのかしら?」
「ありがとうと言っておくのじゃ」
師が六歳の誕生日を迎えた、とか正直違和感しか覚えない言葉ではあるが、これも慣れるしかないのだろう。
師のやることが突拍子もないのも、それに慣れるのに時間がかかるのも、いつものことであった。
しかしそんなことを考えながら、ふと何故六歳まで魔法から遠ざけていたのだろうかと思い、すぐに考えるまでもないことかと思い直す。
先程からずっと考えていることではないか。
師が、欠落者だからだ。
アメティスティ公爵家令嬢の姿を見た者は誰もいないということで有名であったことなども考えれば、大切にされている、ということに違いない。
その中身が師だということを考えると何とも微妙な気分になるが。
「っと、そうだ。まだ肝心なことを伝えていなかったわね」
「ふむ? 肝心なことなのじゃ?」
「ええ。――お師匠様、今後古代魔法は使わないほうがいい……いえ、使わないで」
「む? 何故じゃ?」
「危険だからよ」
その言葉は本気のものであったが、師はいまいち理解できなかったようだ。
不思議そうな首を傾げている。
「うん? まあ確かに儂らが使っていた魔法が危険だということは、よく分かっているのじゃが……」
「そういうことじゃないわ。古代魔法が使えるってことが分かったら、お師匠様の身が危ない、って言ってるの。魔法じゃなくて、もっと直接的な意味でね。だって魔導結界が張られた理由の一つに、古代魔法を使えなくさせるためってものがあるのだもの。使えるってことが知られてしまったら……そうね、下手をすれば、世界中を敵に回すことになるわ」
「随分と大げさ……というわけではなさそうじゃな」
こちらの言っていることが本気だということが伝わったのか、師はしばし考え込むように俯いた。
無理なことを言っているということは分かっている。
魔法のために転生までした師に、魔法を使うなと言っているのだ。
喧嘩を売っているのかと激怒されてもおかしくないことで――
「ふむ、了解なのじゃ。なるべく使わないようにするとしようかの」
「……へ? いい、の……?」
「お主が言ってきたのじゃろうに、何故信じられない、みたいな顔をしてるのじゃ?」
「だって……お師匠様なのよ? なのに、魔法を使えなくてもいいなんて……」
「酷い侮辱をされているような気がするのじゃが……別に問題はないじゃろう? わざわざ古代魔法などを使うまでもなく、今の時代には儂の知らない魔法が山ほどあるのじゃろう?」
そう言って、輝かんばかりの笑みを浮かべた師の姿を眺め、オリヴィアは、ああ、そうだったと、三度納得し、思い出す。
この人はこういう人だった。
師はあくまでも魔法が好きなのであって、使うのが好きなわけではないのだ。
そんな師からすれば、周囲に知らない魔法が溢れている今の状況はまさに楽園で、それだけで十分なのだろう。
最悪殺されるかもしれないとか、そんな覚悟を決めてまで口にしたというのに、馬鹿みたいであった。
「……千年っていうのは、思っていたよりも長いわね」
「そうじゃな。千年の成果がどうなっているのか、非常に楽しみなのじゃ」
師が受け取った意味とオリヴィアが考えている意味とはまるで違うものであったが、指摘するのも面倒になり、代わりとばかりに溜息を吐き出す。
「現代魔法とやらはまだ二回しか見たことがないのじゃし、本当に楽しみなのじゃな……!」
「……非常識な発言が聞こえた気がするけれど、まあこれもいつものことね。……あの頃は、本当にいつもこんな感じだったのよねえ」
懐かしいわね、と思おうとしたが、残念なことに無理だった。
二回しか見たことがないということは、その二回だけで現代魔法と古代魔法とが別物であることに気付いたということで、どうやったらそんなことが出来るというのか。
現代魔法と古代魔法とが別物であることに気付いているということは予測済みではあったものの、さすがにそれは予想外すぎる。
だがそう思いつつも、師だからと思ってしまえば納得で来てしまうものであるし、相変わらずだと思うだけだ。
まったくこの師は、転生しようとも本当に何一つ変わってはいないらしい。
呆れ混じりにそう思うのだが……オリヴィアは何故だか緩んできてしまう口元を隠すように再度溜息を吐き出しつつ、昼食の連絡が届くまでしばし師と他愛のない会話を交わすのであった。