5.元最強賢者、記憶を思い出した理由を悟る
問いかけた瞬間、兄は予想外のことを言われたとばかりに目を見張った。
だがすぐにその顔には、苦笑が浮かぶ。
「……本当は、か。どうしてそんなものがあると思ったんだい?」
「何故も何も、先程言った通りなのじゃ。兄上がここに来るのは珍しい……否、もっとはっきり言えば、兄上はここが苦手じゃろ? 儂を呼びに来る程度の理由で、ここに来るわけがないのじゃ」
「あー、僕がここを苦手にしてるってことバレてたのかぁ。まあでも、可愛い妹を呼びに来るためなら、多少苦手にしてるところにだって来るさ……って言いたいところだけど、まあ、君の言う通りではあるかな。相変わらず君に隠し事は出来ないなぁ」
「兄上が分かりやすいだけなのじゃ」
「そんなことリーン以外に言われたことはないんだけど……まあいいや。で、僕がここに来た理由だけど、一応君を呼びに来るため、っていうのは嘘じゃないよ?」
「公爵家の嫡男がわざわざ、かの?」
「まあね。ただ、さっきは敢えて言葉足らずな言い方をしたというか、勘違いさせるような言い方をしたんだけど」
何故そんなことをしたのか分からずに首を傾げると、兄は苦笑を深めた。
「上手くいけば、君に余計なことを知らせずに済んだんだけど……ま、半ば予想通り無駄な足掻きだったね。でも、なら仕方ない。大人しく君に説明するとしようか」
「説明、なのじゃ?」
「うん。僕がここに来た理由は二つあって、君を父上のところに連れて行くことと、君に説明をするためだからね。君が何も気付かなかったら、何事もなかったかのような顔で食堂に連れて行くつもりだったんだけど」
「うん? 父上……? 儂さっき、というか朝に会ったばかりなのじゃが?」
その時には、後で呼び出すなどと言っていなかったし、そんな素振りすらもなかった。
そんな予定があるのならば、あの時にそれとなく仄めかすぐらいはしてもおかしくなかったのではないかと思うのだが……。
「まあ、急に決まったというか、さっきまでやってた話し合いで決まったからね。というわけで……とりあえず、説明やら何やらは、父上のところに移動しながらでいいかな? その方が一石二鳥だし……君も知っての通り、僕はここ苦手だからね」
そう言って兄は肩をすくめたが、特に異論はなかった。
腰掛けていた椅子から立ち上がると、そのまま兄と共に図書室を後にする。
「さて、正直なところ、何から話したものかってところではあるんだけど……んー、そうだね、リーンは僕が今までもたまにこっちに戻ってきてたって知ってたかい?」
「それは、長期休暇の時とかを除いて、じゃよな? ならば初耳なのじゃが?」
「まあ、うん、さすがにリーンでもそれを把握はしていなかったか。戻ってきたって言っても、屋敷に寄ったことは今までなかったしね」
「ふーむ……屋敷には、とわざわざ言うということは、領地の何処かに戻ってきていた、ということかの?」
「相変わらず理解が早いね。まあそういうことなんだけど……何でそんなことをしていたのかって言うと、公爵家の嫡男としての役目としてだったんだ。父上が治めている公爵領……に限った話でもないけど、人里近くや、時には大きな街の近くにも、危険な魔物が現れることがある、ってことは知ってるよね?」
「まあ、そうじゃな」
千年前の時点でも世界各国に存在していた魔物だが、現代でも変わらずに存在しているらしいことは知っている。
まあ、前世の頃に一度、暇を持て余した魔導士全員で世界中の魔物を狩り尽くそうとした時も不可能だったので、魔物とはきっとそういうものなのだろう。
魔物は動物が強大な魔力を得て進化した存在とも、世界が生み出した存在とも言われてもいる存在だ。
本気で滅ぼそうと思えば、人類以外の全ての動植物を死滅でもさせなければ不可能なのかもしれない。
以前ドラゴンだけを対象として狩りまくった時は危うく絶滅させかけてしまったことを考えれば、尚更その可能性が高そうだ。
ちなみに、厳密に言えばその時は魔物を滅ぼすのを目的としたわけではなく、魔物から取れる素材の方が目的であった。
魔法の中には触媒として魔物の牙や皮、心臓に頭部、時には魔物そのものを用いるようなものもあるので、いちいち必要な時に狩りに行くのは面倒だとか、様々な魔物の素材を試したいだとかいう理由で魔導士達の利害が一致してそんなことになったのである。
閑話休題。
「じゃが、その魔物がどうしたのじゃ? 基本的にそういった魔物を狩るのは兵達の役目じゃろう?」
「そうなんだけど、時には兵達では手に負えないような魔物が現れる時もある。そして、そういった魔物に対処するのも、僕達の、その土地を治める者達の役目なのさ」
「ほぅ……? それも初耳なのじゃな。……土地を治める者達の役目ということならば、儂も知ってる必要がある気がするのじゃが? どころか、一般教養の範囲な気もするのじゃが」
「いや……それほどの魔物を倒すには、少なからず魔法を使う必要があるからね」
「ああ……なるほどぅ」
リーンはまだ幼いため、本格的な教育を受けてはいない。
図書館にあった本を読むことである程度の知識は得られたものの、逆に言えば読んだ本に書かれていなかったことは知らないのだ。
そしてリーンは、魔法に関する本を読むことを禁じられていた。
兄が言っていることはその条件に抵触してしまうため、そのことが書かれているような本は除かれていた、ということなのだろう。
「というか、そもそも僕達の役目とは言っても、僕が初めて連れて行かれたのは学院に入ってからだしね。どのみち今のリーンが知ってる必要はなかったことなんだよ」
「ふむ……つまりは、今回兄上が戻ってきたのも領地内の何処かに強力な魔物が現れた、ということなのじゃな? しかも、わざわざ屋敷に戻ってきたということは、準備を万端にしなければならないほどの魔物だということじゃろう?」
「本当に理解が早いなぁ……まあ、そういうことだね。僕も父上から話を聞いただけではあるけど……話を聞く限りでは今回のは本当にまずそうかな。下手をすれば領土が丸ごと滅ぼされてもおかしくないかもしれない」
「ほぅ……それは随分と物騒な魔物なのじゃな」
無論前世の頃にもそういった魔物はいたが、強力な力を持っているということは魔力が豊富だということだ。
良い素材になりやすいので、基本的に発見次第魔導士の誰かによって狩られていた。
だが領地を治める者が倒さねばならないということは、今はそうではないということで……さすがに好き勝手やり過ぎだということで規制でもされたのだろうか。
基本的に魔導士というのは周囲の迷惑を考えることがないため、時には魔物が暴れるよりも被害が大きくなることもあった。
そういったことを考えれば、規制されたところで不思議はない。
問題は、リーンの知っている魔導士という存在は、大半が規制された程度で大人しくするような者達ではなかったということだが……まあ、千年経つ間に色々とあったのだろう。
「ま、実際にはそんなことにはならないと思うけどね。いつもだと僕と父上が行くだけだけど、今回は母上も行くし」
「母上が、なのじゃ……?」
そこでリーンが首を傾げたのは、母にはあまり戦う者といった雰囲気はなかったからである。
あまり公爵夫人らしくもなく、大らかでおっとり気味の人なのだ。
「母上は直接戦うよりも支援系が得意だから、確かに少し不思議に思えるかもね。でも母上はかなり優秀な魔導士だよ。かつては賢者に手が届くかもしれないって言われていたらしいしね」
賢者に手が届く、という言葉の意味がよく分からなかったが、要するにかなり凄いということなのだろう。
リーンもかつては賢者と呼ばれていたが、それと似たようなものだろうか。
正直なところ母が優秀な魔導士と言われてもピンとは来なかったが……リーンがまったく気付かなかったということは、確かにその通りなのだろう。
魔導士というのは、基本見れば互いの力量ぐらいは察することが出来るので、それが不可能だということは余程隠蔽の腕が優れているということだからだ。
しかしそれよりも重要なのは、優秀な魔導士だということは、きっと様々な魔法が使えるということである。
頼めば色々と見せてもらえるかもしれない。
要検討だ。
「あとは、念のために強力な助っ人も用意してあるらしいね。それに関しては僕もまだ詳しいことは聞いてないんだけど……驚くって言ってたから、本当に凄い人を呼んだんだろうね」
「ふむ、父上は公爵家当主なのじゃから、色々な知り合いがいそうじゃからのぅ。というか、もしやアレの持ち主かの?」
「え……?」
今リーン達が歩いている場所の窓からは、ちょうど屋敷の正門を見ることが出来た。
そのすぐ傍に、見慣れない馬車が止まっていたのだ。
だが兄はその馬車を眺めながら、不思議そうに首を傾げている。
「ふむ? あれではないのかの?」
「いや、可能性としては高いんだけどね……僕達全員が屋敷を出ちゃうから、今日以降の予定は全部キャンセルしてるはずだし。でも聞いた予定では、その助っ人の人が来るのは明日のはずなんだよね」
「急に予定が空いた、とかかのぅ」
魔導士が身勝手なことをしだすなど、むしろ平常運転だ。
他に人が来るはずがないというのであれば、その可能性が高いだろう。
しかしそんな魔導士にとっていつものことはどうでもいい。
凄い魔導士というのであれば、その人物にも色々と魔法を見せてもらえないだろうかと思ったりもするが、それもまた一先ずは脇に置いておく。
現在最も気になるのは、兄が言った全員が屋敷を出るという言葉だ。
まあ、リーンは知る必要のないはずな話がこうしてされているという時点で何となく予想が付いてはいたが――
「で、つまりは、儂も兄上達についていく、ということでいいのじゃよな?」
「……本当に話が早いなぁ」
「話の流れを考えれば自然とそうなるじゃろう?」
「まあそうかもしれないけど……でも、リーンはそれでいいのかい? リーンのことだから、僕が何も言わなくてもそれがどれだけ危険なことなのかってのは分かってると思うけど……」
「じゃが、必要なことだと、兄上達はそう判断したのじゃろう?」
「……そうだね。正直なところ、君の立場は色々と複雑だ。そのことを口にする覚悟が僕達にはまだないから、教えることは出来ないけど……今回のことに君が同行し、上手く成功させることが出来れば、今回のことは君の功績にも出来て、少しでも君の立場を改善させることが出来るんじゃないかと思う」
「何もせずとも、かの?」
「貴族ではよくあることさ。重要なのは結果だからね。で、あとは……いや、何でもない。まあ、そういうことなんだけど……」
「別に拒否する必要はないしの。問題はないのじゃ」
実際のところ、リーンは魔法を使えるので、そもそも心配をされる必要がない。
仮にどれだけ危険だったのだとしても……まあ、ドラゴンが三桁単位で襲ってきたりでもしなければ、何とかなるだろう。
逆に兄達が危険そうだったら手助けするのもやぶさかではなく……というか、もしかしたらと、そんなことを思っていたりもする。
あるいは、リーンが前世の記憶が思い出せるようになった原因は、これかもしれない、と。
リーンは時空系の魔法も習得している。
だから千年後への転生も可能だったわけだが、そのせいか予知夢のようなものを見る事があった。
記憶を思い出す前のリーンは前世で覚えた魔法を使うことは出来なかったが……無意識の中でならば、きっと関係はあるまい。
故に、もしも……記憶が思い出せないままでは危険だということを、無意識に悟った結果なのだとしたら。
唐突に今日記憶が思い出せるようになったことの辻褄が合うのだ。
とはいえ、その場合でも、危険な目に遭うのは自分ではないだろう。
自分であるなら、その瞬間に記憶を思い出せばいいだけだからだ。
ならば……その推測が正しいとするならば、危険な目に遭うのは自分以外の誰かである。
自分以外の、それでも大切な誰かだ。
前世の頃、リーンに家族はいなかった。
弟子のようなものを取ったことはあったものの、それもほんの僅かな期間で、特別何かをしたという記憶もない。
極々稀に、他の魔導士と共に何かをするようなこともあったが、千年のほとんどの時間を、リーンは一人で過ごしたのである。
そのことを後悔してはいない。
その分魔法の研究をしっかりすることが出来たからだ。
だが、それはそれとして……兄に両親といった、今の家族のことは割りと気に入っていた。
家族を守るためであるならば、常識を学ぶ機会が損なわれ、魔法を学ぶのに多少の支障が出てしまったとしても、仕方がないかと受け入れられるぐらいには。
実際にどうなのかはまだ何とも言えないものの……とりあえずは、念には念を入れて備えておくべきだろう。
リーンがそんな決意を固めたのと、父の部屋の前へと辿り着いたのは、ほぼ同時であった。
「んー……とりあえず先に伝えるべきことはこんなところかな? 詳しいことは父上がこれから話すと思う。何か質問とかある?」
「特にはないのじゃな。まあ何か思い浮かんだら父上に聞くのじゃ」
「ああうん、確かにその方が早いかもね。じゃ、いくよ?」
兄の言葉に頷き、それを確認した兄が数度軽く扉を叩く。
「父上、ルーカスです。リーンを連れて来ました」
「――ご苦労だった。入れ」
兄の言葉遣いが丁寧なのは、件の助っ人が既に来ていることを想定しているからだろう。
どんな人物がいてもいいように、ということだ。
父の返答があってから、一拍間を置くと、兄は背筋を伸ばしながら扉を開き……しかし、取り繕っていられたのはそこまでであった。
「……は?」
リーンの位置からでは、部屋の中の様子はよく分からず、また当然のように兄の顔も分からない。
だが、兄が呆然とした顔をしているのだろうな、ということだけは分かり、直後、驚愕の声が響いた。
「が、学院長……!?」
学院長ということは、兄が通っている学院のそれということか。
兄の反応からすると、その人物が部屋の中にいるようだが、それは確かに驚くかもしれない。
そんなことを考えながら、少しだけ身体をずらすと、部屋の中の様子が目に入った。
まず目に入ったのは、正面にいる父だ。
厳かな顔をしながらも、その口元が僅かに緩んでいる姿は、まるで悪戯を成功させた子供のようでもある。
そしてその悪戯が何なのかと言えば、たった今兄が叫んだ事柄なのだろう。
視線を横へ、兄が眺めている方向へと向ければ、そこにいたのは金色の少女であった。
否、少女にしか見えない女性だと言うべきだろう。
その女性が見た目通りの少女でないのは、特徴的な耳を見るだけで明らかである。
金色の髪に金色の瞳。
その二つを持ち、さらに特徴的な尖った耳を持つ種族など、この世界には一つしか存在しない。
エルフだ。
エルフは人の百倍は生きるとも言われる長命種であり、外見と年齢が一致しないことなど基本である。
無論一致することもあるが、少なくともこのエルフの場合は一致していないで正しい。
何故ならば、リーンはこのエルフが千年以上生きているということを知っているからだ。
しかしそんな姿を眺めながら、リーンはまさか学院長をやっているとは、などと思っていた。
エルフは基本的に人嫌いであり、大半のエルフはエルフだけが住むという森に引き篭もって出てこないぐらいだからだ。
まあ、千年という時間は思っている以上に長く、エルフですら変化するには十分な時間だったのかもしれない。
ともあれ、そんなエルフは、リーンの視線の先で口元に笑みを浮かべていた。
あの笑みは父の笑みと同種のものであり、つまりは兄が驚いているのを楽しんでいるようだ。
そしてそんな二人を見ているうちに落ち着いてきたのか、兄は一つ息を吐き出すとゆっくりと口を開いた。
「……強力な助っ人って、学院長のことだったんですね。それは確かに、驚くような人物なはずですよ」
「ええ、わたしも話を聞いた時は驚いたけれどね。でも、話を聞く限りでは、確かにあなた達だけでは難しそうだもの。わたしもどこまで出来るかは分からないけれど、協力させてもらうわ」
「学院長は、詳細まで聞いているんですか?」
「そうでなければ、協力出来るかどうかも分からないでしょう?」
「……なるほど、確かに。っと、立って話すようなことではありませんね。あと、学院長、折角ですから、妹を紹介させてください」
「あら、それは楽しみね。話に聞く優秀な妹に会うのをわたしも楽しみにしていたのよ?」
会話を聞いている限りだと、どうやら二人はそこそこの親交があるようであった。
学院長という言葉からすると、何となく偉そうにしているような印象があるのだが……そういった理念の学院なのか、あるいは本人の資質ゆえか。
何にせよ……ここまで他人と朗らかに話せるようになっているとは、やはり随分と変わったようであった。
まあそれはそれとして、この兄は一体学院で何の話をしているのか、というところでもあるのだが。
「リーン」
名を呼ばれ、手招きをしている兄の姿を横目に、ちらりと父の方へと視線を向ける。
頷いたあたり、どうやら問題はないようだ。
あくまでも相手は客人であり、当主がそこにいるのだから、当主が紹介するのが筋のような気もするのだが、問題ないというのならば構うまい。
もっとも、それとは別に、紹介などは必要ないとも思うのだが。
「学院長、こちら僕の妹のリーンです」
「オリヴィア・レオンハルトよ。あなたのことはよく……………………ええ、よく、知っているわ」
紹介と共に一歩前に出てその姿を晒したリーンに、オリヴィアは笑みを深めた。
ただしよくよく見てみると、その頬は若干引きつっている。
しかも目は目で笑っていないのだが、リーンは全てを無視して笑みを浮かべた。
「リーン・アメティスティなのじゃ。今回は父上達に力を貸してくれるらしいの。よろしく頼むのじゃ」
「………………ええ、よろしく。精一杯、頑張るわ」
そう言うと、オリヴィアは父の方へと顔を向けた。
相変わらずその顔には笑みが浮かんでいるが、若干余裕がなさそうに見えるのは気のせいではあるまい。
「……マティアス様、確かまだ準備は整っていないのでしたよね?」
「む? ああ……貴殿がここまで早く来てくれるとは思ってもいなかったからな。ルーカスも戻って来たばかりであるし、準備はこれからするところだった」
「それは本当に申し訳ありませんでした」
「いやなに、それだけ急いでくれたということだろう? 謝るべきはこちらの方だ」
「けれど、結果的に急がせることになる上に、余計な手間まで取らせることになってしまいましたから。そこで、というわけではないのですけれど……リーン様をしばらくお借りしてもよろしいでしょうか?」
「む? リーンを、か?」
「はい、以前からルーカス様から色々と話を聞いており興味を抱いていましたし、こうして実際にお会いすることでさらに興味を抱きましたから。少しの間でも構いませんので、お相手をしていただこうかと思いまして」
「ふむ、私は構わないが……いや、分かった。リーン、そういうわけなのだが、構わないか?」
「儂は問題ないのじゃが……呼ばれた用事を果たしていないと思うのじゃが?」
「いや、ここに来たということは、大筋を聞いた上で納得したのだろう? ならば問題はない。どうせ話など後で幾らでも出来るからな」
「そういうことならば、儂も構わんのじゃ」
「そうか……助かる。では、任せた」
「了解なのじゃ。しかしということは、移動が必要じゃな。応接間と儂の部屋、どちらに行くのがいいかの?」
「――リーン様の部屋でお願いします」
間髪入れずに口を挟んできたオリヴィアに、思わず苦笑を漏らす。
まるでそうしなければ逃げられてしまうとでも言いたげだ。
別に逃げるつもりなどはないというのに……まあ、構うまい。
「了解なのじゃ。では、父上、兄上」
「ああ。そろそろ昼食の準備が整うはずだ。整い次第呼びに行かせるから、それまで任せた」
「リーン、あまり肩肘張る必要はないからね? オリヴィア学院長は、学院でも気さくな人で通ってるから」
兄の言葉に軽く手を振りながら、リーンは父の部屋を後にした。
そのすぐ後をオリヴィアが続き……後頭部に感じる視線に、再度苦笑を浮かべる。
だがそのまま先導して進むも、会話のようなものはない。
ただひたすらに歩き……やがて、リーンの部屋へと辿り着いた。
「ここが今の儂の部屋なのじゃ」
そう言って扉を開けると、そのまま中へと入っていく。
即座にオリヴィアも続き、直後に扉の閉まる音が響いた。
そして。
「ちょっと、どういうことか説明してくれるんですよね――お師匠様!?」
そんな、悲鳴にも似たオリヴィアの――かつて弟子だった女性の叫びが、リーンの耳に届いたのであった。
ちょっと長くなってしまったので分割しようか迷いましたが、さっさと話を進めるべきだろうと思いそのままで投稿しました。