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3.妹と魔法と欠落者

 ルーカスの妹は、はっきり言って天才である。


 学院の友人達にそう告げると、またシスコンの妹自慢が始まったよ、みたいな顔をされるのだが、これは贔屓目なしの純然たる事実だ。

 少なくともルーカスは、今から二年以上前にはそのことを確信していた。


 ルーカスの実家は公爵家だけあって相応に立派な屋敷を構えている。

 屋敷にはこれまた相応な規模の図書室があるのだが、そんな場所へと当時三歳のリーンは毎日のように足を運んでいた。


 当然と言うべきか、図書室には幼児が読むような絵本などは一冊として置いてはいない。

 あるのは高度で難解なことが書かれている本ばかりであり、おそらくは今のルーカスですらろくに理解出来ないだろうものばかりだ。

 幼児の遊び場とするには過ぎた場所ではあったが、父達が何も言わないためルーカスも何も言うことはなかった。


 実際にリーンが図書室で何をしているのかは知らなかったが、リーンが本を読んでいると言っていたので、分からないなりに楽しんでいるのだろうな、と当時は微笑ましく思っていたものである。

 それが単なる事実でしかないことを知ったのは、確かリーンが図書室に通うようになって半年ほどが経過した頃だったか。


 その日ルーカスは、父から頼みを受けて図書室へと向かっていた。

 父が仕事で必要としている本を取りに行くためであり、随分と嫌々だったことを覚えている。


 公爵家の嫡男にさせることではない、などと思っていたのではなく、基本的に薄暗い図書室を当時から何となく苦手としていたためだ。

 だが不運にも他に手の空いている者はおらず、父は早急にその本を必要としていた。

 仕方なく図書室へと向かうしかなく……そこでルーカスは、リーンの姿を見かけたのだ。


 そんなリーンへと声をかけたのは、本当に熱心に本を読んでいるようにしか見えなかったからである。

 だから、戯れ混じりに尋ねてみたのだ。


 熱心に読んでいるみたいだけど、それには一体何が書かれているんだい、と。


 勿論ルーカスは、適当な答えが返ってくるか、そもそも答えられないと思っていた。

 だが、リーンの口から出てきたのは間違いなく三歳児が口にするようなものではなく、しかも父に確認してみたところ、見事に合っていたのだ。

 正直なところ、驚きよりも寒気すら覚えたほどであり、あるいは実の妹でなければ両親に捨てるよう進言していたかもしれない。

 まあ、父も母も明らかに自分よりも妹の方を可愛がっていたので、多分その時に捨てられたのは自分だっただろうけれど。


 しかし、そんな天才であり、且つ将来絶対美人になると確信を持てるほどの美貌を今の時点で既に持っている妹ではあるが、天から二物を与えられてしまった弊害か、万人が持つはずの才能だけは与えられることはなかった。

 魔法を使う才能が、なかったのだ。


 もしくは、そのことを無意識に理解してしまっているからこそ、妹は昔からずっと魔法に興味を持っていたのだろうかと、そんなことを思いながら、ルーカスは妹と共に中庭へと移動した。

 そのまま周囲を軽く見渡しながら、さてどうしたものかと考える。


 屋敷と同様、この家は中庭もまた広い。

 下手をすれば学院の訓練場よりも大きく、軽い運動どころか模擬戦すら可能だろう。


 だが、さすがに学院の訓練場のように的などはない。

 屋敷の中で魔法を使うわけにはいかないだろうから、とりあえず中庭にやってきたのだが、本当にどうしたものだろうか。

 ただでさえ地味なのだから、出来れば何かに当てたいのだが――


「んー……まあ、あれでいい、かな?」


 呟きながら、ルーカスが視線を止めたのは、庭の端に植えられている古木だ。


 ほぼ枯れかけているそれは、そのうち撤去予定だと父が言っていたものである。

 多少傷付いたところで、文句は言われまい。


「さて、それじゃリーンのお望み通り、今から魔法を使ってみようかと思うけど……」


「うむ、こっちはいつでもいいのじゃ。ばっちこいなのじゃ!」


 そんなことを言いながら、爛々とその瞳を輝かせ、一瞬たりとも見逃すまいとばかりの自分のことを凝視している妹の姿に、思わず苦笑が漏れる。

 そこまでするほど面白い見世物でもあるまいに、相変わらず変わったことに興味を示す妹だ。


 と、そう思ったところで、いや、とルーカスは思い直す。

 魔法から隔離されていた妹は、その程度のことすら知らないのか、と。

 むしろ昔から興味を持っていたことを考えると、その反応は自然なのかもしれず……しかしそうなると、落胆させることになりそうだ。

 が、それも仕方のないことである。


 正直なところ、夜通し移動してきたので割と疲れてはいた。

 先ほどの失言も、そのせいだろう。


 しかし……いや、だからこそ、ここは可愛い妹の期待に応えねばなるまい。

 期待通りにはならないだろうし、どちらかと言えば妹に現実を突きつけてしまうだけになってしまうかもしれないが、これも口を滑らせた自分の自業自得だ。


 そんなことを思いながら、ルーカスは古木の前にまで歩み寄ると、右手を持ち上げる。

 右手に嵌められた魔導士の杖へと意識を半分ほど移し、僅かに自分の中へと埋没していくような感覚を覚えながら、しっかり古木の姿を見据え――


「――フレイムエッジ」


 脳裏に魔法の術式を思い描きながら呟いた瞬間、狙い通りの魔法が発動した。

 炎の斬撃が繰り出され、古木の表面が斬り裂かれると、薄っすらと焦げ付いたのだ。


 妹の前で恥をかかずに済んで、ほっとルーカスは安堵の息を吐き出し……だが、振り返った瞬間苦笑を漏らした。

 一部始終を見ていた妹の顔が何とも言えない微妙なものになっていたからだ。


「むぅ……今のが魔法なのかの?」


「うん、まあ、言いたいことは分かるけどね……残念ながら、これが一般的な魔法ってものだよ」


「その程度の古木ながら、一撃で斬り倒せる気がするのじゃが……」


「うーん……それはさすがにちょっと、魔法ってものを過大評価し過ぎかな? まあそういった魔法がないとは言わないけど……少なくとも僕では無理だね」


 ルーカスの魔法の才能は、あくまでも並だ。

 魔導士と呼ばれるほどにはなく、そもそも魔導士と呼ばれるほどの者達ですら、この古木を斬り倒すほどの魔法となると放てるかは分からない。

 魔導士の頂点と言われる十賢者ならば可能だとは思うが、逆に言うならばそれほどの人物でなければそんな魔法は使えないのだ。


 やはりと言うべきか、リーンは魔法のことをまったく知らされていなかったために、魔法に対して過剰な期待をしていたようだが、これが魔法の現実なのである。


「うーむ……」


 だがまだ納得できていないのか、リーンは唸りながら傍にまで寄ってくると、魔法で傷付いた古木をマジマジと眺める。

 と。


「――フレイムエッジ。ふむ……何も起こらぬのじゃな」


「まあそりゃあね。確かに一見何気なく使ったように見えるかもしれないけど、これでも学院でそれなりに学んだ結果使えるようになったものだからさ。というか、魔法の名前を呟いただけで魔法が発動しちゃったら、さすがに危ないしね」


 魔法は確かに基本的には万人が使えるものではあるが、そのためには色々と学ぶ必要がある。

 それに何よりも、魔導士の杖と呼ばれているものが必要だ。

 これは六歳になったら与えられるものなのだが、リーンにはまだ与えられていないし、おそらく与えられることもないので、魔法を使おうと思っても使うことは出来ないのである。


 ……まあ、そもそもそれ以前の問題として、既に述べたように、リーンは魔法を使うことは出来ないのだが。


 魔法は魔導士の杖さえあれば基本的には万人が使えるとされているが、全ての魔法が使えるというわけではない。

 魔法には属性というものがあり、自分の適性にあった属性の魔法しか使うことは出来ないのだ。


 ルーカスは火の属性しか持っていないので火の魔法しか使えないし、父も同様である。

 母は水の属性を持っているために水の魔法を使うことは出来るが、火の属性は持っていないために火の魔法は使えない。


 そして。

 リーンは何の属性も持っていないため、魔導士の杖を与えられようとも、使うことの出来る魔法が存在していないのだ。


 ――欠落者。

 リーンのような者が、そう呼ばれてしまう所以である。


 その証である、透き通るような白色の髪の毛を眺めながら、リーンに気付かれない程度の小さな息を吐き出す。

 とても綺麗な髪だとルーカス個人は思うのだが、誰にでも使える魔法が使えないということもあり、基本的に白い髪というのは忌み嫌われている。

 俗説でしかないが、不幸を運ぶとまで言われており、生まれた瞬間に殺してしまうことも珍しくないらしい。


 というか、実際うちでも下手をすればそうなっていたようだ。

 リーンの髪が白いということが分かった瞬間、周囲の者達が殺すよう進言したらしいからである。


 だがそうならなかったのは、父達が頑固として頷くことをしなかったからだ。

 父も母も、リーンの髪を見ても微塵も動揺することなく、必ず育てるとその場で告げたらしい。


 周囲の者達は、そんな両親の態度に子供に対する愛が深いと思ったようだが……ルーカスは少し違うのではないかと思っている。

 両親がリーンのことを愛していないというわけではなく、もっと別の何かをリーンから感じ取ったのではないかと思っているのだ。

 何故ならば、少なくともルーカスはそうだからだ。


 この珍妙な言葉を操る可愛い妹だというのは既に述べた通りだが、実際のところその程度のことは、リーンの特殊性を表すための分かり易い指標でしかない。

 特殊性……そう、特殊性だ。

 欠落者であるという時点で十分特殊ではあるのだが、きっとリーンの備えている特殊性というものは、そんなものでは済まない。


 そう思うことに理屈はなく、ただの直感だ。

 赤子のリーンを初めて目にした時、その瞳から知性の光を感じた瞬間から、今この時に至るまでずっと感じ続けている何かである。


 ただ、その上で、思うのだ。

 きっとリーンは、そのうち何か、自分では想像も付かないようなことをやってのけるのだろう、と。

 そんな予感があるのだ。


 父達がリーンを魔法から離そうとしたのは、あるいはその何かから離そうとしてのことだったのではないだろうかと思っている。

 明らかに普通ではないリーンが、欠落者として生まれたのには、何か理由があるのではないかと思うからだ。

 そして欠落者といえば、最も強く関わってくるのは魔法ということで、魔法から離せばその何かからも離せると考えたのではないか、と。


 もっとも、リーンのこの様子では、完全に無駄になりそうだが。

 魔法によって傷付いた古木と、自らの手とを交互に眺め、ぶつぶつと呟き続けている妹の姿に、苦笑を浮かべる。

 むしろ下手に魔法から隔離してしまったせいで、余計魔法に興味を持ってしまった可能性すらありそうだ。


 だが、まだリーンは六歳なのである。

 何かがあるとしても、まだまだ先のことだろう。


 今回緊急で呼び出されたということで、あるいはと思ったものの、きっと今回の件はリーンには関係――


「ふむ……これはつまり、こうじゃな? ――フレイムエッジ」


 瞬間、眼前に業火が顕現した。


「……は?」


 思わず間抜けな声が漏れ、呆然とその有り得ざる光景を眺める。

 何が有り得ないって、まずはその規模だ。

 先ほどルーカスが作り出した炎など話にすらならないほどであり、あれの数倍……いや、数十倍はあるものが、そこにあった。


 無論単純な大きさだけではなく、傍から感じる熱量の程も相当だ。

 あんなものが直撃したら一体どうなってしまうのだろうかと、半ば現実逃避気味にそんなことを思い……直後に、その結果は眼前に示された。


 振り下ろされたその炎塊が、古木を両断したのだ。


 そのやはり有り得ざる光景を前に、ルーカスは間抜け面を晒しながら、呆然と自分の妹のことを見つめる。

 今のはおそらく、魔法だったはずだ。


 断言することが出来ないのは、魔法ではあんな威力を出すのはほぼ不可能だからで……いや、違う、そんなことは些細なことだ。

 何よりも有り得ないのは、魔法を使えないはずのリーンが魔法を使ったということである。


 魔導士の杖も持たず、何よりも欠落者のリーンが。


 疑問がありすぎて、何から訪ねていいのかすら分からない。

 思考が空回りし続ける中、ルーカスは何やら満足そうに頷くリーンのことを、ただ呆然と眺め続けるのであった。

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