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エピローグ 望む日常へ

 眼前を眺めながら、リーンは息を一つ吐き出した。

 足元にはエリナの父親が気を失ったままで転がっており、その全身は縄で縛られている。

 適当に探して見つけたものを失敬し、使用したのだ。


 まあ、一応エリナに許可は取ってあるが。

 二重の意味で。


 尚、気を失っているだけなので、そのうち目覚めるだろうが、縄が解ける心配はない。

 魔法は封じてあるし、限界まで身体能力を下げてもいるので、縄が引き千切られるようなこともないはずだ。

 その代わり一人ではまともに歩くことも出来ないだろうが……まあ、問題はあるまい。


 ちなみに、事情を話し引き渡したハンネスにも同じことがしてあるので、あちらも問題はないはずである。


「さて、と……あとはこれも引き渡せば今回のことは本当に終わりじゃな」


「……そうね。それと……あとは、あたしが自首をすれば」


「ふむ? 自首? ……エリナ、一体何をやらかしたのじゃ?」


「……は? あんた……あたしの話聞いてなかったの?」


「いや、しっかり聞いていたのじゃが?」


 縄を探し、縛るまでの間、エリナはポツポツと話をしていた。

 それはエリナの身の上話であり、どうして今回のことが起こったのかということを、事実と推測を混ぜながら解説するというものであり――


「……別に、エリナが自首するようなことはなかったと思うのじゃが。一体何の罪を犯したというのじゃ?」


「だから……あたしの力は、禁呪を使ってのものだったのよ? 厳密に言えば、確かにあたしはお父様……いえ、その男に禁呪を使われた側ではあるけど、そのことを黙っていて、その力を享受していたのは事実。なら……その罪は、償わなくちゃならないでしょ」


「ふむ、なるほど、そういうことだったのじゃな。じゃが、エリナは一つ勘違いしてるのじゃぞ?」


「……勘違い? 何をよ……? 言ったように、あたしは確かにあの力による恩恵を享受してた。なら、禁呪を自分が使っていないなんて言い訳は――」


「いや、言い訳も何も……そもそも禁呪は、別に使っても法を犯すわけではないのじゃぞ?」


「……へ? そんなわけ……」


「これは、ザクリス先生にも確認を取ったことじゃから、間違いないのじゃぞ? というか、実際授業ではそんなことを言われてはいないはずじゃしの」


 確かに、禁呪は危険だと、あるいは間違っていると判断された結果、封印し抹消されたものだ。

 だが、別に法で禁止されているわけではないのである。


「そもそも、法を犯していたのならば、先生も禁呪を作った者達がどうなったのか分からない、などという言い方はしないじゃろうよ。無論、敢えてじゃろうがな。そう勘違いするようにしていたというわけであり、エリナは見事引っかかったというわけじゃ。よかったの、自首しないで。多分自首していたら、困ったような顔をされて、エリナは恥ずかしい目に遭っていたじゃろうからな」


「……たった今あたしはあんたに辱められてる気がするんだけど?」


「気のせいじゃろ。儂はただ事実を指摘しただけじゃしの」


 ジト目を向けてくるエリナに、リーンは肩をすくめて返す。


 それでもエリナはしばしそのまま見つめてきていたが、やがて溜息を吐き出した。


「……たとえそれが事実だとしても、あたしが禁呪によって得た力を頼ってたって事実は消えないんだけど……まあ、それを後ろめたく思うのは、あたしの自己満足でしかない、か。それに……結局は、その力もなくなっちゃったんだものね……」


「む、そういえば、忘れるところだったのじゃ。エリナ、ちとどこでもいいのじゃから、その男に触れてみてくれんかの?」


「は? 何でよ?」


「何でもなのじゃ」


「……何よそれ。せめて理由ぐらい言いなさいよね」


 そう文句を言いつつも、結局エリナは言う通りにした。


 嫌なのか、顔をしかめながら、背中にちょっとだけ触れるような感じではあったものの、触れているのならば問題はない。

 両者を視界に入れながら、リーンは一つ指を鳴らした。


 ――スナッチハント。


 それと同時に、とある魔法を発動させ――


「――っ!?」


 瞬間、エリナがその場から飛び退った。

 自分の身体を確かめるように、両手を呆然と眺めた後、睨みつけるような目でリーンへと視線を向けてくる。


「っ、リーン……あんた何を……!」


「何も何も、奪われたものを取り返しただけじゃろう?」


 父親から奪われた力を、エリナの元へと戻した。

 リーンがやったのは、それだけのことである。


 そもそも何故ザクリスに禁呪のことについて確認したのかと言えば、授業で言われていたようなことが出来る魔法をリーンは使う事が出来るからなのだ。

 そういった手合いのものは千年前にも当然のように存在していたし、むしろおそらくは、力を求める貪欲さは昔の方がさらに強かった。

 魔法であれば何でもかんでも漁っていたリーンはそのせいで使えるのであり、使ったこともある。

 だから法で禁止されているのであれば注意する必要があると確認し、問題ないという言葉を貰ったのだ。


「何であんたがそんなことを出来るのか……ってのは、もう聞くだけ無駄でしょうね。回復魔法とか使える時点で何できたとこで不思議じゃないもの」


「いや、儂はたまたま出来るだけで、普通じゃぞ、普通」


「たまたまなんてことで出来ないから回復魔法は不可能って言われてるんだし、あんたが普通だったら普通の人なんて誰一人いなくなるわよ……!」


「うーむ……そんなことないと思うのじゃがなぁ」


 実際のところ、その言葉は割と本心だったりする。

 そもそもリーンは何か特別なことをしているわけではないのだ。


 ならば、他にも同じことが出来る者がいたとしても不思議はあるまい。


「特に十賢者とか呼ばれているような者達ならば、普通に出来ると思うのじゃがのぅ」


「……もうその時点で、普通が普通じゃないんだけど?」


「そうかの? 賢者などと呼ばれていようが、結局は儂らと何も変わらんと思うのじゃがな」


 それは、前世の自分も含めての話だ。


 今にして思えばであるが、自分のことを賢者などと呼んでいた者達は、そうしてあいつと自分は違うと、線を引いてしまったのだろう。

 だから、置いていかれ、追い抜くことどころか、付いていくことすら出来なくなってしまったのだ。


 そんなことをせずに、我武者羅に走り続けていけば、きっとリーンの前を走る事が出来ていただろうに。

 自分で自分の才能に限界を設けてどうするのかという話だ。

 千年が経ち、周囲にある物全てが自分の知らぬ物へと変わった今を知っているからこそ、尚のことそう思うのである。


 まあ、ある意味ではそのおかげで今があると思えば、リーンだけに限って言えば悪いことでもなかったのだが。


「……はぁ。まあいいわ。いえ、よくないわよ。どうするのよ……折角なくなったと思ったのに、戻ってきちゃったじゃないの」


「ふむ……じゃが、それを望んでいたのじゃろう?」


「――っ」


 そこでエリナが言葉を詰まらせたのは、図星だったからだろう。

 勿論と言うべきか、リーンはそのことを知っていた。


 先程エリナは、力がなくなってしまった、と言ったからだ。

 その言い方は、明らかに望んではいなかった、というものである。


 というか、本気で力を手放したいと思っていたのならば、リーンも戻すようなことはしない。

 力を取り戻したいと考えていると確信を持てたからこそ、戻したのである。


 だが、そうして力を取り戻せたエリナは、喜ぶことなく、俯いたままポツリと言葉を零した。


「……軽蔑するでしょ」


「うん? 何故じゃ?」


「自首するとか言って、悔やんでるようなことを言ってたくせに……確かにあたしは、この力を取り戻せてよかったと思ってる。最悪じゃないの……」


「うーむ……別に儂はそんなこと思わんのじゃが? というか、力を求めることなぞ当然のことじゃろう?」


「……禁呪を使っても?」


「じゃから、別に法を犯してるわけではないし、それに誰かに迷惑をかけたわけでもないのじゃろ?」


「それは……確かに、そう、なのかもしれない、けど……」


 多分エリナの中にある罪悪感は、結局のところ自分はずるをした、という意識によるものなのだろう。

 自分以外の誰かの力を取り込み、自らの力と化した。

 それは、ずるいことなのだと。


 だがリーンからすれば、その程度真っ当の範疇でしかない。

 そんなことは千年前には当たり前のようにやられていたことであったし、むしろ温いぐらいだ。


「それに、話を聞いている限りでは、そのことはエリナにとってただの切っ掛けにすぎなかったように思うのじゃが? その後に努力を重ねて、その結果が今のエリナなのじゃろう? ならば……やはり、何の問題もないと思うのじゃ」


「……そこに、理由がなかったとしても? あたしは、どうしてあたしがそこまで力を求めていたのか分からずに、そうしていただけだっていうのに……」


「……ふむ、なるほど。自分のことは意外と自分が一番よく分かっていないとは、よく言ったものじゃな」


「……どういう意味よ?」


「そのままの意味じゃぞ? どうやらお主は気付いていなかったようなのじゃが……授業中や、それ以外で、努力を重ねているお主の姿は、とても楽しそうなものだったのじゃぞ? 魔法が好きで、もっと学びたくて、そのためには力が必要じゃった。正確にどの時点でそう気付いたのかは分からんのじゃが……少なくとも、努力を重ねるようになった時点では、そう思っていたと思うのじゃぞ? あとは、そうじゃな……これもお主の態度を見て、話を聞いて分かったことなのじゃが……まあ、こんな人物でも、お主には父だった、ということなのじゃろうな」


「………………そっか」


 そう呟いたエリナの顔は、腑に落ちた、といったものであった。

 長年探していた疑問の答えは、最初からすぐ傍にあったのだとでも言わんばかりの、どこか拍子抜けしたような、それでも納得した顔で頷く。


「……そうね。だから、見て欲しかった。喋りたかった。……役に立ちたかった。たったそれだけの、子供のような理由で、あたしはずっと頑張ってたのね」


「子供だったのじゃから……いや、今もまだ子供だから、構わんじゃろうよ」


「……本当に? 本当に、そう思うの? なら……あたしはまた、子供みたいな理由で、頑張ることになっちゃうんだけど?」


「別に構わんじゃろうよ。その理由が何かは知らんのじゃが、頑張る理由に貴賎などはないのじゃからな。頑張るということが、そして頑張ったという結果だけが全てじゃよ」


「…………そ。正直なところ、全部が全部納得出来たわけじゃないけど……でも、ありがと」


 囁くように、だがはっきりと聞こえる声でそう言葉を口にすると、エリナは咲いた花のような笑みを浮かべた。


 一瞬リーンはその笑みに目を奪われ、直後に笑みを返す。

 魔法が好きで、そのために努力を重ねる事が出来るということは、エリナは同志ということである。

 変わらず同志でいてくれるようで、何よりであった。


「さて……では、話も纏ったことじゃし、そろそろ帰るとするかの。これを突き出した後で、じゃがな」


「そうね……戻るとしましょうか、あたし達の日常に」


 そうしてリーンは、エリナの父親を担ぐと、そのままエリナと共にその場を後にした。

 気が付けばとんだ騒ぎに巻き込まれていたというか、いつの間にか首を突っ込んでいたものだが……まあ、悪いことばかりではあるまい。


 実際にはそれほど苦労をしたわけではないのだし、その結果としてエリナとの距離が随分と縮んだように思う。

 完全に態度は以前のものに戻っているし……これならば、さすがにもう友人と言っても否定されることはないのではないだろうか。


 尚、何故そんなことにこだわるのかと言えば……実のところ、リーンは前世で友人というものがいなかったのだ。

 賢者と呼ばれ一線を引かれてしまっていたし、魔導士連中は友人という感じではなかった。

 だから密かに憧れのようなものを持っていたりして……同年代の友人というものが欲しかったのだ。

 今回の件でその関係が得られたというのであれば、何よりであった。


 まあ、ともあれ……これで大体懸念であったことは解決したと言っていいだろう。

 割と気が付けばというか、棚から牡丹餅といったところではあるが、解決できたのであれば問題あるまい。


 これで、あとはもう何も気にすることなく、学院で魔法のことだけを考えていられるのだ。

 問題など、あるはずがなかった。


 そんなことを考えながら、別宅を後にし、ふと見上げた空には、青空が広がっていた。

 それはこれから先のことを暗示しているようで、リーンの口元が自然と緩む。


 そうして、リーンはエリナと共に、日常へと戻るため、足を進めていくのであった。

というわけで、一先ずここで完結となります。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

やろうと思えば続けられますし、まだやってないネタとかあったりするのですが、とりあえずここまでということで。

気が向いたら何か書くかもしれませんが、話としては完結です。

元々この作品は実験作ではあったんですが、実験作にしてもちょっと尖らせすぎたかな、とも思っていますので、この反省は次で活かす事が出来たらと思っています。

それでは、二度目になりますが、ここまでお読みいただき本当にありがとうございました。

またご縁がありましたら、他の作品でお目にかかることが出来ましたら幸いです。

それでは、失礼致します。

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