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29.元最強、友人の助けとなる

 その報せが飛び込んできたのは、そろそろ昼になろうかという頃であった。


 情報が交錯しており、何が起こっているのかは分からないらしいのだが、確実に正しいと分かっていることが二つだけある。

 今日欠席していたAクラスの者が重症で発見されたということと、その者を襲った何かが今も何処かに存在しているということだ。


「とりあえず、お前達はここでしばらく自習だ! 勝手に動くのは自粛しておけ! どこが安全なのかも分からんのだからな!」


「先生! 襲われたって……魔物に、ってことですか!?」


「分からん! そもそも何処で襲われたのか、ということも分かっていないらしいからな! 見つかったのは王都の路地裏でだが、引きずったような跡もあったらしい!」


「引きずってって……何でわざわざそんなことを?」


「魔物の仕業に見せかけるため、とか?」


「そんなことしたところで、普通は魔物の仕業かもしれない、なんて考えないだろ? ってか有り得ないし」


「街には結界があって、魔物が入ってこれないはずだものねえ」


「いや! そうとは限らん!」


「……え?」


「襲われた生徒が、化け物、という呻き声を上げているらしいからな! 確証はないが、否定も出来ないということで、魔物が入り込んでいる可能性も考えて動いているそうだ! お前達も十分に気をつけろよ!」


 それだけを告げると、ザクリスは慌てたように教室を後にした。


 ちなみに、ザクリスはAクラスの者が襲われた、という情報を得た時点で、他の教師達と情報を共有するために一度教室を出て行っている。

 その後で、得た情報をこちらへと伝えるために戻ってきたのだ。


 今また出て行ったのは、これから教師達だけで学院中を警戒しなければならないらしいので、その準備に向かうためだろう。

 そしてそんなザクリスを見送ると、当然のように教室の中はざわめきで満ちた。


 聞こえてくる声は主に、どうする、どうしよう、といったものであり、混乱している様子がこれでもかというほどに伝わってくる。


「さて……どうしたもんじゃろうな」


 そんな中でリーンは、そうして呟くと肩をすくめた。

 とはいえ、選択肢はそれほど多くはないのだが。


「まあ、この場で待機しているのが一番無難ではあるでしょうね。ただ、教室、というか校舎そのものには結界が張ってあるため安全ではありますが、それは主に魔法に対しての安全です」


「直接暴力を振るうことの出来る者が侵入でもしたら、特に防ぐ方法はないということじゃの」


「どちらかと言えば、攻撃魔法が使えない分こちらが不利かもしれませんね」


 先程魔物が侵入しているかもしれない、という話を聞いた時に皆が動揺したのはそのためだ。

 結界があるため基本的には魔物の侵入を阻んでいるはずではあるが、万が一何らかの方法で侵入された場合、魔法で攻撃することは出来ないのである。


 元より現代魔法の攻撃魔法は足止めや牽制を目的として放つものではあるものの、だからといって不要というわけではない。

 特にそれを前提とした戦いをする者にとっては致命的だ。


 だから、戦うことを目的とするならば、ここに留まっているよりも訓練場へと移動でもした方がよくはあるのだが――


「生徒達は戦うなって言われてますからねえ。それに、模擬戦程度ならばともかく、実戦経験がない人も少なくないでしょうし」


「特に儂らと同学年の者達はそうじゃろうなぁ」


 それに訓練場はそれほど広くはないし、人が集まりすぎたら逆に戦いづらくなってしまうだろう。

 さらには、もしも逃げる必要があるとなってしまった場合、逃げられなくなってしまう可能性が高い。

 訓練場の出入り口は一つしかないからだ。


 まあ、そもそも学院が襲われるとは限らないのだが、現状何も分かっていないも同然なのである。

 何があってもいいように考え、備えておくのは必要だ。


 とはいえ、やはり最も考えなければならないのは、一体何に襲われたのか、ということだが――


「化け物、のぅ……魔物ではないような気がするのじゃよなぁ」


「まあ、魔物に襲われたのならば、普通素直にそう言いますもんね。それに、ザクリス先生の口ぶりからすれば、おそらく他に襲われた人はまだいないかと」


「魔物ならもっと後先考えずに暴れるじゃろうしの。じゃが、その程度のことはザクリス先生達も理解してるはずなのじゃ。ということは……少なくとも、傷口などからは人の仕業には見えなかった、ということなのじゃろうな」


 化け物、というだけであるならば、それほど強大な力を持った何者かに襲われた、ということも考えられる。

 実際リーンも千年前はちょくちょくそう呼ばれていたし、だがその可能性が高ければ、魔物である可能性は否定出来ない、などとは言わないはずだ。


 つまりは何かしらの理由により人でないものに襲われた可能性がある、という状況なのだろう。


「その辺のことを話さなかったのは……これ以上不安を煽らないように、なのじゃろうな」


「曖昧な状況ですと不安を感じやすいですが、断定されたからといってその時よりも不安が和らぐとは限りませんからね」


 ともあれ、結論を言ってしまえば、臨機応変に対応していくしかない、といったところか。

 正直なところ、積極的に打って出れば解決出来る自信がリーンにはあるが、生憎とそうする理由がない。


 結局は、リーンもまた千年前の魔導士でしかないのだ。

 今も根本的なところは何一つ変わっていない。

 そうすることで何か自分に利点となることがあるのであればともかく、そんなものはない以上は自分の利益を追求するだけである。


 即ち、魔法の研究だ。

 幸いにも自習となったのだから、思う存分行う事が出来る……と、言いたいところなのだが――

 

「そういえば、件の者が発見されたのは王都の方なのじゃよな? 結界はあっちにも張ってあるんじゃったか?」


「というよりも、結界だけで言うならば王都のものの方が強力ですね。ここに張ってあるのはあくまでも攻撃魔法の威力が減衰するだけですが、王都の方は完全に禁止するものなので。その分騎士団がいますが……」


「守らねばならない一般市民も多くいるわけじゃからのぅ。どっちかと言えば王都の方が大変そうなのじゃな」


「ですね」


 と、そんな会話をユリアと交わしていると、左隣から視線を感じた。

 顔を向ければ、随分久しぶりにエリナと目が合ったような気がし、だがその顔は嫌そうに歪んでいる。


「ふむ……どうかしたのかの?」


「……そんなあてつけのように言っておきながら、どうした、なんてよく言ったものね?」


 その言葉に、リーンは肩をすくめた。

 事実その通りなのだから、正解だ。

 エリナに聞かせ、反応させるためにわざと王都の話題を出したからである。


 そして何故そんなことをしたのかと言えば――


「先程から時折、王都の方を見ていたようじゃったからの。気にしているのかと思ったのじゃが?」


「まあ、自分の父親が来ている中でこんなことが起こったら、気になるのは当然でしょうしね」


「既に昼近いとなれば、学院には当然いないじゃろうしの。とはいえ、そのまま既に王都を出ている可能性もあると思うのじゃが……」


「……いえ、多分まだ帰ってないと思うわ」


「おぉ……」


「……何よ?」


「いや、何でもないのじゃぞ?」


 ただ、三日ぶりに会話ができたことに軽い感動のようなものを覚えただけだ。


 しかし当然と言うべきか、このためだけに話題に出したわけではない。


「というか、気になっているのならば、行ってみればいいと思うのじゃが?」


「……駄目って言われたでしょ」


「いや? 別に駄目とは言われとらんのじゃぞ?」


「あくまでも自粛ですからね。最終的にどうするのかは、自分で決めろということです」


 そういうことだ。

 無論何かあった時に自分で責任が取れるのならば、というのが前提にあってのことではあるが……ならばこそ、問題はあるまい。


「で、行きたいのじゃろ? なら行けばいいだけなのじゃ。なに、儂が同行するゆえ、心配はいらんのじゃぞ?」


「同行って……なに勝手に同行しようとしてんのよ」


「それは無論、お主が困っているように見えるからじゃが?」


「べっ、別に困ってなんかないわよっ」


「そうかの? ま、儂が勝手にそう思ってるだけなのじゃ。そして勝手に手伝おうとしてるだけじゃよ。以前そう言ったからの」


「…………勝手にすれば」


「うむ、そうするのじゃ」


 そうして頷きつつも、リーンは目を細める。

 会話は出来たものの、相変わらず壁がありそうだ。


 とはいえ、まだ会ったばかりなのだということを考えれば、むしろこんなものなのだろう。

 こうして色々なことを繰り返しながら仲を深めていくのが、きっと人間関係と言うものなのに違いない。


「リーンさん……エリナのこと、よろしくお願いしますね」


「ふむ、お主は行かぬのかの?」


「私ではリーンさんの足を引っ張ってしまう可能性ありますから。それに、私も行ってしまうと、Fクラスが全員行ってしまうことにもなってしまいますし。何かあった時に困るかもしれませんから、残っていようと思います」


 別に大丈夫だとは思うが……まあ、来る必要があるかと言えばないので問題はあるまい。


「分かったのじゃ。なら、こっちは任せるとするかの」


 利点がなければ動くことはない。

 それは逆に言えば、利点が存在するならば動くということだ。


 一方的にこちらが思っているだけとはいえ、友人が困っているのならば、それを助けるのは十分リーンの利点となるのであった。


「さ……では、行くとするのじゃ」


 返答はなかったが、エリナは立ち上がると、そのまま外へ向けて歩き出す。

 その様子に、リーンは思わずユリアと顔を見合わせると苦笑を浮かべ、エリナの後に続き、外へと向かうのであった。

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