28.元最強賢者、友人? に冷たくされる
「――くそがっ!」
溢れる怒りのままに振り抜いた蹴りは、道端に転がっていたゴミ箱を宙に舞い上がらせた。
中に詰まっていたゴミが飛び散りながら、落ちてきたゴミ箱が地面に叩きつけられる。
残っていたゴミも飛び散り、だがそんな光景を見ていたところで、微塵も心は晴れなかった。
「――ちっ」
舌打ちを漏らしながら、再度ゴミ箱を蹴り飛ばす。
今度は上ではなく前にであり、何度も壁にぶつかりながら、しかしゴミ箱が壊れることはない。
そのことがまるでゴミ箱にすら馬鹿にされているようで、緑髪の少年――ハンネスは、思い切り拳を壁に叩き付けた。
「どいつもこいつも馬鹿にしやがって……!」
街を歩けば、誰もが馬鹿にしたような視線を向けてきて、それが嫌になって路地裏に足を向ければ、くだらないやつらが絡んでくる。
力で分からせてやれば慌てて逃げ、だが間抜けなその姿を見たところで何とも思わないのは、どうせ逃げた先で自分のことを馬鹿にしているからだ。
しまいにはゴミ箱にまで馬鹿にされるとくれば、苛立ちは募る一方であった。
それらのことが被害妄想じみたものであることは、ハンネスも理解している。
しかし理解していたところで、全てが自分のことを馬鹿にしているように感じてしまうことはどうしようもないのだ。
そんなこんなことになってしまった原因など、考えるまでもない。
三日前のあの模擬戦だ。
あれから三日も経つというのに、あの時の光景は決して薄れることなく、その分怒りは増していくばかりである。
あの、欠落者共に負けた――
「いや……んなわけがねえ……! この俺が、俺が出来損ないや欠落者なんかに負けるだぁ? んなこと有り得るわけがねえんだよ……!」
何か汚い手を使ったに、違いなかった。
そうでもなければ、自分があんなやつらに負けるわけがないのだ。
その上、そのことを馬鹿にやれ、揶揄されるなど、あっていいことなはずがない。
だが。
「今のままじゃ、何度挑んだとこで同じことの繰り返しだ。どんな手を使ったのかが分からなきゃ、意味がねえ。……あるいは、どんなに汚い手を使おうとも、上回ることの出来る力でもなきゃよ……!」
この三日の間言い続けている言葉を呟きながら、鈍い痛みを訴えている拳を握り締める。
これが逃避でしかないことも、やはりハンネスは気付いているが……それでも――
「――ほぅ? 随分と濃い負の感情を感じたかと思えば……中々の素材のようだな。あるいは、資格すらも有しているかもしれん」
「っ……!?」
不意に聞こえた声に振り返ると、そこには黒い人影があった。
全身を黒いローブで覆い、フードまで被っているその姿は、一目で見て明らかに怪しいと分かるものだ。
「何だ、テメエ……!?」
「――力が、欲しいか?」
「あぁ……!?」
まるでこちらの言葉など聞いてはいないとでも言いたげな態度に、ハンネスは眉を吊り上げる。
もしやこれもまた、この辺に出没するクソみたいなやつらの同類か。
ならば、力ずくで黙らせるだけだと、一歩を踏み出し――
「力が欲しいかと、聞いている」
「っ……」
瞬間怯んだのは、その黒尽くめの人物が差し出した腕を、目にしたからだ。
ローブの外へと出たその腕は、間違いなく戦う者のそれであった。
決して太すぎるということはないのに、力強さを感じ、一目で戦っても勝ち目がないということに気付く。
しかしそうなると問題は、この明らかに怪しい人物が一体何者かということである。
さらに言えば、一体何の目的で自分に近付いてきたのか、ということであり……だが頭に浮かんだその疑問は、地面に叩き付けた。
今この場で重要なのは、一つだけだからである。
「……力っつうのは、どれほどのもんだ? 力ってだけなら、俺だって持ってる。中途半端なのだったら、いらねえぞ」
「――聞いているのは、一つだけだ。力が、欲しいか?」
「ちっ……分かったよクソが。力なんざ、欲しいに決まってんだろうが!」
その言葉は、無論本心からのものだ。
だが同時に当然のように警戒もしており……果たして何をするつもりなのかと、何があってもいいように身構えた、その直後のことであった。
「――そうか。ならば、くれてやろう」
「――なっ」
驚きの声を上げたのは、その人物が何かをやってきたからではない。
いや、確かに何かをやったことはやったのだが……その人物がやったことは、ただ被っていたフードを外すというだけの行為だったのだ。
そして何よりも、そこから現れた顔にこそ、ハンネスは驚愕したのである。
「テメエ……いや、あんたは……」
「力が、欲しいのだろう? くれてやるから、付いて来い」
色々と、疑問はあった。
むしろ疑問だらけだ。
しかしその全てを投げ捨て、たった一つだけどうしても聞かなければならないことを尋ねる。
「力をくれるって、それはどれぐらいだ?」
既に背を向け歩き出したその人物は、足を止めることもないまま、それでも、答えた。
「貴様が望んだ通りに、だ」
「……はっ、そうかよ」
相変わらず、何もかもが分からないままであった。
だが今の言葉に、ハンネスは嘘を感じなかった。
ならば、それだけで十分だ。
あの人物が何を考えて、何の目的で近付いてきたのかはしらないが……力をくれるというのであれば、もらうだけである。
別にその対価として何かをするとも言っていないのだ。
何を言ってきたところで、力だけを奪って逃げてやるつもりであった。
そうしてやることなど、決まっている。
「……まずは、あいつらだ。見てやがれよ……俺を馬鹿にした報い、受けさせてやるぜ……!」
決意を固めながら、ハンネスは黒尽くめの背中を……その、血のように赤い髪を持つ者の後を、追いかけるのであった。
朝の教室の空気は、すっかりいつも通りと呼べるものとなっていた。
それはつまり様々な意味での慣れであり、ある種の日常化だ。
学院が始まってから、既に五日。
AクラスとFクラスの合同教室は、慣れの中に身を置き始めていた。
ただ、慣れというのは、必ずしもいいものばかりとは限らないわけだが。
「ふむ……すっかりこの光景も見慣れたものとなってしまったのじゃなぁ」
「え? ……ああ、確かにそうですね」
リーンが何を言っているのかを視線の方向から察したのか、ユリアも同じ方向を眺めながら頷く。
視線の先にいるのは、Aクラスの者達だ。
最早完全にクラス別に分かれるようになっているが、それに関しては慣れというよりは当たり前のことだろう。
何故クラスが別になっているのかと言えば、それは区別をするためなのだ。
教室が合同になっているとはいえ、何でもかんでも一緒にやるようになってしまったら、それこそクラスを分けた意味があるまい。
慣れというのであれば、それは桃色の髪をした少女がぎこちないながらもそこに混ざることが出来るようになったことや……あるいは、本来の数と比べ一人足りないにもかかわらず、それを当たり前のこととして受け入れている光景の方だろう。
そしてリーンが言っているのは、後者のこと――ハンネスがあれ以来一度も教室に現れていないことに関してであった。
「うーむ、本当にやりすぎてしまったようじゃのぅ」
「リーンさんがそこまで考えることじゃないと思いますけどね。確かにやりすぎたか否かで言えばやりすぎてしまったのでしょうが、あれは仕方ないとも思います。それを言ったら、先にやりすぎたのはあっちですし。そしてザクリス先生は、どちらも問題ないと判断しました。ならば、あとは個人の問題ですよ」
「まあそうなのじゃろうがなぁ」
リーンがそこまでハンネスのことを気にしているのは、別にハンネスのことを心配しているわけではなく、意図していなかった結果が出てしまったことが何となく気に入らず、座りが悪いからである。
どちらかと言えば、見通しが甘かったことに対する自己嫌悪に近く、自己満足の類だ。
魔導士は、常に正しい推測から正しい結果を導き出さなければならない。
それが出来ない魔導士に待っているのは魔法の暴発であり、周囲を巻き込んだ死だからだ。
魔導士にとって魔法とは日常の先にあるものであるからこそ、普段からそのことを戒め、自らを律しなければならないのである。
だというのに、リーンは間違えた。
それも、二度もだ。
一度目は模擬戦の時で、二度目は王都に行った時のことである。
あの時リーンは、ハンネスの姿を見かけ、だが放っておいてもそのうち戻ってくるだろうし、声をかけても面倒な事になるだけだろうと思い、何もしなかったのだ。
しかし戻ってくるどころか、寮の方でも見かけていないので、おそらくずっと王都の方にいるのだろう。
無論あの時話しかけていたら戻ってきていたとは限らないが、少なくとも正しくなかったことだけは確かなのだ。
というか、実際のところは、間違えてしまったことそのものよりも、どうして間違えてしまったのか、ということの方が重要かもしれない。
その理由を何故だろうかと考えた結果、リーンは今ではしっかりとその原因を認識しているからだ。
そしてその理由とはつまり、浮かれていたからであった。
実家の屋敷にいた頃も割と好き勝手やっていたリーンではあるが、それでも常に魔法に関することが出来ていたわけではない。
淑女教育を始めとして、幾つか他にもやらねばならないことがあったのである。
だが学院ならば、常に魔法のことを考えていていいのだ。
それどころか、周囲にいる者達は皆様々な現代魔法が使え、授業で実際に使われてもいる。
その状況に、環境に、浮かれ果て、魔導士らしくもない失態を犯してしまったのだ。
反省が必要なのは、当然のことであった。
「本当にリーンさんは、自分に厳しいんですねえ。むしろリーンさんのおかげで、私達は随分助かっているんですが」
「助かっている、とはどういうことなのじゃ?」
「あれ以来、少なくとも私達はこの教室で不快な視線を向けられたり、言われたりしたことはないですからね。食堂とかに行っても、思っていたよりも遥かにそういったものは少ないですし。これは明らかに、リーンさんのやったことが理由ですし、自分でも言っていたことじゃないですか」
「ふむ、それは確かにそうなのじゃが……それもそれでちとやりすぎた感があるのじゃよなぁ」
そう言いながら、再度Aクラスの方へと視線を向ける。
そこではまさにその話がされていた。
「それにしても、本当にあいつ来ないな。もう来ないつもりなのか?」
「まあ、無様すぎて顔を出せないんだろうさ。下のクラスにいくことになったとかいう噂もあるしな」
「さすがにそれはないとは思うが……ま、仕方ないわな。欠落者に負けたわけだし」
「――おい」
「別に他意はないっての。客観的な事実を言っただけだし、少なくとも何も知らないやつはそう思うだろ?」
「むしろそっちのが多いぐらいだしねえ。プライド高かったし、そんなところにのこのこ顔を出せるような性格はしてないよね。一応相応の実力があったのも間違いではなかったんだけどねえ……」
「実力は必要だが、それが全てってわけじゃないしな。……ところで、いつもより静かだと思ったら、あいつ今日はまだ来てないのか。珍しいこともあるもんだな……」
そんな話を耳にしながら、息を一つ吐き出す。
リーンとしては、単純に見直されて、余計なことは言われなくなるだろう、ぐらいのつもりだったのだが、こちらもまた見通しが甘かったらしい。
ただ、こちらに関しては、浮かれていたことが理由ではなく、どちらかと言えばリーンの対人経験の少なさが原因か。
千年前は、怖がられていたり恨まれていたのが基本であったし、同格として接していたのは魔導士連中ぐらいだったので、どうにも色々と基準がおかしいことになっているようだ。
とはいえ、反省してはいるが、後悔しているわけではない。
ちょっと結果が予想以上だっただけで、やったことに違いはないのだ。
次同じようなことをする機会があったら、その時は間違えることのないよう、反省しているだけである。
「まあそれでも、私達が助かっていることに違いはありませんから。そうですよね、エリナ?」
「ん? え、なに? ごめん、聞いてなかったわ」
「ですから、リーンさんのおかげで色々と言われたりしなくなって助かった、って話ですよ」
「ああ……確かに、ごちゃごちゃと言われなくはなったわね。まあ、どうでもいいけど」
「えぇ……いやいや、どうでもいいということはないですよね?」
「どうでもいいわよ。何言われたって、気にしなければいいだけだし。そもそも余計なことに意識を向けてる暇なんてないもの」
「うーん、まあ、確かにそうではあるんですが……じゃあ、それはいいので、ついでに一つ聞いてもいいですか?」
「……何よ。あたしは忙しいんだけど?」
「いえ……お二人は、いつ仲直りをするのかと思いまして」
その言葉に、リーンはこちらに顔を向けようともしないエリナの姿を眺めながら、肩をすくめる。
それは、こちらが聞きたいぐらいなのだが――
「……仲直りも何も、そもそも喧嘩なんてしていないけど?」
「いやー……明らかにこの間までと距離が違うじゃないですか。ここ最近エリナとリーンさんが話してる姿まったく見かけませんよ?」
「だって必要がないもの。というか、これが適切な距離で、前の方が間違ってたのよ」
それだけを告げると、さっさとエリナは顔を戻し、視線を手元に落とした。
まるで入学初日に見かけたような、頑なに人を寄せ付けない態度に、リーンの後ろの席から溜息が吐き出される。
「……リーンさん、本当に何があったんですか? 今まで様子を見てはいましたが、さすがにいい加減気になるんですが?」
「さての……むしろこっちが知りたいぐらいなのじゃ」
三日前の放課後以来、エリナはずっとこんな感じであった。
どことなく壁を感じるというか、明らかに避けられている。
しかし何かやらかしてしまったかと散々考えてみたが、まるで心当たりはなかった。
もしや賢者を目指していないと言ったのが気に障ったのだろうかとも思ったが、そういうのではないようにも思う。
それに、ユリアとは会話をしてはいるが、その態度も以前とは違うように見えるのだ。
リーンが何かをしたと考えるよりは、エリナに何かがあったと考える方が自然だろう。
と、そんなことを考えている時であった。
「――エリナはいるか!?」
不意に聞こえてきたのは、これまた慣れてきた一つであるザクリスの声であった。
だが、まだ授業が始まる時間ではないはずであり、何よりもエリナに一体何の用なのか。
教室中の視線が一斉にエリナへと集まり、しかしそれに気付いていないかのように、平然とした様子でエリナは首を傾げる。
「なに、どうしたのよ?」
「おお、いたか! 実は今、アレクシス様が来ていてな!」
その名前に、はて何か聞き覚えがあるの、とリーンは思うも、何者の名であったのかを思い出すよりも先にエリナが驚きの声と共に、正解を告げた。
「お父様が?」
「ああ! 今年もまた、直接寄付をしにきてくれたらしい!」
「……そっか。あれからもう丸一年経ったのね……」
「それで、どうする!? アレクシス様は寄付のためだけに来たと言っていたが、お前の様子を見に来たのは間違いないだろう! 会うか!?」
「――いや、それには及ばん」
「――む!?」
「え……お父様!?」
聞き覚えのない声が聞こえたと思ったら、ザクリスの後方に一つの影が現れる。
それは長身の、赤髪赤瞳の男だ。
年齢はおそらく三十前後といったところであり、何者であるのかは、エリナが知らせた通りである。
アレクシス・マカライネン。
エリナの父親であり、マカライネン公爵家の現当主であった。
教室が一瞬でざわめいたのは、当然の反応と言えば当然だろう。
いくら賢者学院とはいえ、公爵家の当主が気軽に足を運ぶような場所ではないのだ。
そして驚いたのはエリナも同様……いや、あるいは最も驚いているのかもしれず、少し焦ったように立ち上がると、そのまま父親の下へと駆け寄った。
「お父様……どうしてここに?」
「なに、私的な理由のためにわざわざザクリス先生のお手を煩わせるわけにはいかぬだろう? それよりも……どうやら、元気でいるようだな?」
「……そうね。見ての通りよ。いえ……見た目以上に元気かもしれないわね」
「ほぅ? なにかいいことでもあったのか?」
「ええ。……あのね、お父様。あたし、また魔法が使えるようになったの」
「……なに? それは本当か?」
「ええ。ここで使ってみせてもいいけど……」
「うむ、それは確かですぞ! この私が保証します!」
「……そうか」
ザクリスが頷いたことに、アレクシスは目を細めながら、エリナのことを見つめた。
貴族らしく、その顔には表情らしい表情は浮かんではいなかったが――
「……それは、よかったな」
「ええ……よかったわ」
「ふむ、色々と準備をしてはいたのだが……まあ、構わぬか。無駄にはなるまい」
エリナ達がそんな話をしているのを、リーンは聞くともなしに聞きながら、ふと後ろへと視線を向けた。
自身へと注がれている視線を感じたからだ。
「どうしたのじゃ?」
「……それはどちらかと言えば、こちらの台詞ですね。何か気になることがありそうな顔をしていますよ?」
「ふむ、顔に出したつもりはないのじゃが……まあ、そうじゃの。……正直、あまり他人の親を悪し様に言いたくはないのじゃが……どうにも、あまりいい印象を抱けないのじゃよな」
「それは、見た目の印象、というわけではないですよね?」
「それもないとは言わんのじゃがな」
エリナとアレクシスが纏う色は、確かに同じ赤ではある。
だが、燃え盛る炎のような赤であるエリナに対し、アレクシスの方はまるで血のような赤だ。
あまり見ていたい色ではなく、ただ自分の髪や瞳の色などは、自分ではどうしようもないことである。
だからそれは難癖のようなものでしかないのだが……内面から溢れているもののせいで、そのように見えるということはあるように思う。
表面的に取り繕ってはいるが、あの男の根底にあるのは、おそらくリーンにとって馴染み深いものであるからだ。
千年前の魔導士達が纏っていたのと同じ、血と不吉しか運ばないようなそれであった。
胡散臭い……いや、嘘くさい、と言うべきかもしれない。
あの男が纏っているもの、口にする言葉、リーンにはその全てが嘘にしか感じられないのだ。
とはいえ、公爵家の当主なのだということを考えれば、そんなものなのかもしれない。
自分のところの父は厳かでありつつ真っ直ぐな人物ではあるが、あんな貴族の方が珍しいのだろう。
一見厳かそうに見える、という点ではアレクシスもまた同じではあるが――
「まあ、フォローするわけではありませんが、マカライネン家は色々と大変そうですからね。エリナの代では公爵家が入れ替わるのではないか、とかも以前から言われているようですし」
「ふむ……色々ある、ということかの。ま、正直儂は人を見る目にあまり自信がないし、結局は好き勝手言ってるだけじゃしな。自分の親の悪口など聞きたくないじゃろうし、そんなのが耳に入ってしまったら今度こそ完全に無視されてしまいそうじゃから、エリナには内緒じゃぞ?」
「勿論、分かっていますよ。そんな光景見たくはありませんし。……ところで、本当にエリナがあんな態度を取ってる理由に心当たりはないんですか?」
「既に言った通りじゃよ」
そんなことを言っている間に、向こうの話は終わったらしい。
本当にエリナの様子を見に来ただけなのか、アレクシスはそのまま去っていき……そこでちょうど、授業が始まる時間となった。
「よし、時間だな! では、今日も張り切って授業を始めるとしようか!」
ザクリスが教室の前にやってくるのと共にエリナは自身の席へと向かい、相変わらずこちらには視線を向けることすらなく座った。
ある意味ではそれもまたいつも通りと化してきてしまってはいるが……ともあれ、そうして今日もまた一日が始まる。
いつも通りではなかった始まりではあったが、それでもすぐに日常が訪れ……しかし、それも昼前までの話であった。
始まりがいつも通りでなかった一日は、やはりいつも通りに進むことはないのか、唐突に非日常が訪れることになる。
いや……そもそもが、今日はいつも通りなどではなかったか。
今日はハンネス以外にも、Aクラスの者が一名欠席していたからだ。
そして、その人物が重傷で発見されたという報せに、教室は突如慌しさに包まれることとなるのであった。




