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22.元最強賢者、模擬戦を行う

 青く晴れ渡った空の下を、怒声と罵声が響いていた。

 時折爆音や打撃音、鈍い音なども響くが、それらよりも圧倒的に怒声や罵声が多いあたり、音だけを聞く者がいたら何が起こっているのかと思うかもしれない。

 想定出来るとすれば、訓練ぐらいだろうか。


 だがそこまで考えたところで、いや訓練というのは合ってるのじゃなと、リーンは思い直す。

 空の下に広がっているのは、むき出しの地面とだだっ広い空間。

 ここは訓練場であり、目の前で繰り広げられているのは模擬戦であった。


 模擬戦は訓練の一環ではあるので、訓練をしているというのは間違いではないだろう。


「……ま、そもそもこれを模擬戦と本当に呼んでいいのかは疑問なのじゃが」


「……言いたいことは分かるけど、一応これも模擬戦であることに違いはないでしょ?」


「ですね。まあ、模擬戦は模擬戦でも、出来レースとか呼ぶべきなのだとは思いますが」


 そんなことを言っているリーン達の前で、再び罵声が飛んだ。

 声の主は緑髪の少年――ハンネスであり、罵声を叩きつけられているのは訓練場を走り回っている桃色の髪の少女である。


「だから、そうじゃねえっつってんだろうが! 何回言やテメエは理解すんだ、あ!?」


「ひーん、ごめんなさいでありますー!」


「謝るよりもさっさと俺の指示通りに動けっつってんだよ!」


 状況としては、ハンネスを中心としたAクラス六人組と残ったAクラス五人組との模擬戦であった。

 昨日言われた通り、今日はまず模擬戦から始まることとなったのだが、そこでまずはリーン達は見学で、ハンネス達が模擬戦をすることになったのである。


 しかしそれは、ユリアの言ったように出来レースだ。

 手を抜いている……というのとは、また違う。

 本気でやっているとは言えないものの、ある程度真面目にやっていることは違いがあるまい。


 ではどの辺が出来レースなのかと言えば、互いの攻撃が一度も当たってはいないというあたりだ。

 攻撃魔法が結界に弾かれている、というのはまだ分かるのだが、接近戦を挑んでいるのに全ての拳が空を切る、ということは有り得まい。


 その光景はまるで決まった型を繰り広げているだけの演舞のようにも見え……だからこそが出来レースで、訓練、なのである。


「まあ確かに、今回の模擬戦は戦闘の最中に連携を深めていく、という趣旨もあったのじゃから、間違ってはいないのじゃろうがな」


「だからこそ、先生も注意しないんでしょうしね。でもこれって明らかに……」


「こうして模擬戦を練習代わりとすることで、連携が深まった状態で私達と相対するつもり、ということなんでしょうね」


 そういうことだ。

 姑息と言えば姑息ではあるが、ある意味よく考えられてはある。

 これはおそらく、リーンの動きを封じるためのものでもあるからだ。


 今回の模擬戦は、あくまでも集団戦を前提とされている。

 連携も重視される点の一つで、つまりは一人の力だけで勝っても意味はないのだ。


 実際ザクリスは、今回の模擬戦の勝敗に関して触れてはいない。

 リーン一人が暴れ圧勝したところで、模擬戦の評価としては低くなる可能性があるのだ。


 というか、少なくともハンネスはそう判断したからこそ、こういうことをしているのだろう。

 この模擬戦は単に連携を深めるための訓練としているだけではなく、自分達はしっかり連携をして模擬戦を行おうとしていた、というアリバイ作りでもあるのだ。


 ただそれはつまり、ハンネスは何だかんだ言いながらリーンの実力を認めているということでもあった。

 リーン一人でも蹂躙が可能かもしれないがゆえに、その力を発揮させないつもりなのだろう。


 とはいえ、リーン達は最初から連携を重視して事にあたるつもりだったし、そのための話し合いも行ったのだ。

 特に問題はなかった。


「問題があるとすれば、上手く噛み合うかどうか、かの」


「ある意味噛み合ってはいるんでしょうけどね。でも意外……でもないかしら。まあ結局は、ユリアがどこまで上手くやれるか次第、ってことだけど」


「あはは、責任重大ですね。真正面からぶつかり合うということは、勝敗の結果がそのまま評価に繋がりそうですし。まあ、やるだけやってみますが」


 何故ユリアが責任重大かといえば、リーン達の立てた作戦は、ユリア一人で敵陣に切り込み、リーンとエリナがその補助をする、というものだったからである。


 これは別に奇策というわけではなく、立派な現代魔導士における戦術の一つだ。

 千年前とは異なり、攻撃魔法が決定打となりにくい現代において、魔導士の役割は主に三つに分かれる。

 味方の補助か、敵の妨害か、あるいは自分の肉体を武器にして突っ込むか、だ。


 最後のはまるで捨て身のようではあるが、時と場合によっては最も有効と成り得るものである。

 というか、魔導士という言葉から勘違いされやすいのだが、魔導士とは魔法を使うだけの存在ではないのだ。

 むしろ人によっては、騎士などよりも遥かに強靭な肉体を有していることもある。


 その辺のことは、優秀な成績を修め、才ある者はAクラスに割り当てられ、魔導士候補となる、という賢者学院のあり方から考えてもよく分かるだろう。

 ではBクラス以下の者は何になるのかと言えば、騎士になったりするからである。


 そう、魔導士とは、基本的に騎士などの上位互換なのだ。

 無論母のように魔法に比重が傾いている魔導士も存在してはいるものの、割と多くの魔導士は騎士以上の近接戦闘能力を有している。


 それでも集団戦において魔導士が後衛で魔法を使う事が多いのは、二重の意味で替えが利かないからだ。

 魔導士は希少であり、また魔導士が前線に出るよりも、後衛で補助をしていた方が結果的には有用となることが多いのである。


 だから基本は後衛となるに過ぎず、だが今回の模擬戦は全員が魔導士だ。

 しかもこちらは数的不利がある。

 後ろに下がって魔法の撃ち合いをしていても、撃ち負けるのが道理というものだ。


 まあ、リーンはそれをしても負けることはないどころか圧勝しそうだと考えていたりするのだが、それだと結局は連携はせずにリーン一人だけで戦うということは変わりない。

 そこで、連携が出来、且つ状況次第では数的不利も覆せる、ユリアによる単騎駆けが実行されることとあったのだ。


 ちなみに、ユリアが担当となったのは、リーンがやったら結局連携しないも同然な結果となりそうだったためにリーンは固辞し、エリナとユリアではユリアの方が近接戦闘能力が高いらしいからである。


 そして、ある意味噛み合っているという言葉の示す通り、ハンネス達の取った戦術もこちらと同じもので、ハンネス一人で敵陣に切り込む、というものだったのだ。

 ただ、向こうは六人いるためか、単純にハンネス一人だけが、と言ってしまうと語弊が生じてしまうが。


 ハンネスが主戦力なのは間違いないが、もう一人おそらくは牽制と陽動を目的に桃色の少女が動いており――


「だから、何でテメエは俺の邪魔をしてやがんだよ! もういい、ひたすらに邪魔すら出来ねえんなら引っ込んでやがれ!」


「あ、あぅっ! ご、ごめんなさいでありますー!」


「っと、ついには排除されたのじゃな」


「まあ、実は相手の味方なんじゃないの、ってぐらい邪魔してたものね」


「陽動なのは明らかですが、かといって放置しておくわけにもいかないので魔法で牽制したりすると、何故か毎回ハンネスさんの方に逃げてましたからね。時には牽制のための魔法を引き連れる形で」


 まあ、才能があり、試験では優秀な成績を修める事が出来ようとも、性格の問題などから戦闘に向いていない魔導士というのも稀にはいるらしい。

 そういった適正を見極め、適切に用いることが出来るかどうかもこの模擬戦での評価の一つとなるのだろうが、ハンネスはあの少女を用いること自体を諦めたようだ。


 時にはそういう切り替えも必要なので、決して悪い判断とは言えず……そして、それを契機とするかのように、ハンネスの動きが変わった。


「ふむ……一転して攻撃を当てるようになってきたのじゃな。もう訓練は終わり、ということかの?」


「単に焦れただけにも見えるけど……いえ、敢えてそう見せた、ってところかしらね」


「傲慢で短気のようにも見える……いえ、実際それも正しくはあるのですが、ハンネスさんはあれで状況把握能力が高く、機転が利くところもありますからね。これ以上はさすがに看過されないということを見抜いたんだと思います」


「まるで以前から知っているような口ぶりじゃな、と思ったのじゃが、考えてみればそういえば昨日は向こうから話しかけていたのじゃな」


「公爵や準公爵というのは、結構色々な場に呼ばれるものですから」


「そうね。で、子供が連れて行かれることもあるし、あたしもユリアも、そういったとこで何度かあいつに会った事があるのよ。あんたの姿は一度も見たことはなかったけど」


「まあ実際行ったことはないからの」


 両親や兄はちょくちょく家を空ける事があったので、そういう場に呼ばれてはいたのだろうが、リーンが行った事がないのは気を使われていたというか、過保護に扱われていた、ということだろう。

 まあ何だかんだで結局ほとんど家から出ること自体がなかったし、興味もなかったので問題はないのだが。


 そうしてそんなことを言っている間に、模擬戦の一戦目は決着がついたようだ。

 攻撃を当てるようになったら、あっという間にハンネスが一人一人を打ち倒していったのである。


 相手は本気で抵抗していたように見えたので、あれは単純にハンネスの実力ということなのだろう。

 Aクラス主席というのは、伊達ではないらしい。


「よし、そこまでだ! 中々悪くない模擬戦だったな! すぐに次にいこうと思うが、いけるか!?」


「僕達は問題ありませんよ? むしろようやく身体が温まってきたぐらいですからね。昨日からずっとこの時を楽しみにしていましたし……僕達の力を、AクラスとFクラスの力の差というものと、見せ付けてあげますよ」


「無論こちらも問題はないのじゃ」


 一晩寝かせたことですっかりその身に宿した感情は熟成されたのか、粘つくような視線に肩をすくめる。


 向こうがどんなつもりなのかは知らないが、こちらは色々とやることがあるのだ。

 そのためには煩わしいことは一つでも少ない方がよく、これがそのための契機の一つとなるのであれば、こちらとしても望むところである。


 エリナとユリアと共に、訓練場の中央に向けて足を進めた。









 さて、そうしてリーン達の模擬戦は始まった……となればよかったのだが、残念なことにそうはならなかった。

 始めようとしたところで、ハンネス達が揉め始めたからだ。


 より正確には、ハンネスと先程幾度も怒鳴られていた桃色の少女が、ではあるが。


「で、ですから、何故でありますか……!?」


「あぁ!? だから何故もクソも、テメエが役に立たねえどころか、邪魔しかしねえからだろうが……! それが分かったやつを何でいつまでも俺の班に入れとかなきゃなんねえんだよ……!」


「そ、そう言わずに……! さっきよりももっと頑張るでありますから……!」


「さっきはそれでどんどん悪化していったんだろうが……! ったく、成績が良いっつうから入れてやったら、とんだ外れだったぜ! とにかく、テメエはクビだクビ! どこにでも好きなとこにいきやがれ!」


「そ、そんなでありますぅ……」


 まあ要するに、先程の模擬戦で明らかに邪魔しかしていなかった少女をクビにしたのだ。


 一応どうしても合わなかった場合を考え、今回の模擬戦では一人だけならば班を移動できることになっているので、それ自体は問題ない。

 ついでに言うならば、これに関してはハンネスに非があるとは言えないだろう。


 リーンから見ても、彼女の動きは邪魔にしかなっていなかったのだ。

 最善を求めるのであればこそ、彼女をクビにするという判断を責めることは出来まい。


 だがだからといって、少女の方がはいそうですかと素直に受け入れることが出来ないのも当然のことではある。

 何せ――


「う、うぅ……あ、あの、というわけで、あっちの班をクビになってしまったのでありますが……こっちの班に入れてくれるでありますか?」


「い、いやあ……その、なあ?」


「あ、ああ……ほら、ハンネス達に負けちまったとはいえ、俺達も結構手応えあったしな?」


「そ、そうだよね、うん……それなりに連携も上手くいってたし、ここから一人増えちゃうのは、ちょっと厳しい、かな……?」


 少女は項垂れながら、Aクラスの者達によって作られたもう一つのチームへといってみるも、入れてもらえそうな気配は皆無であった。


 さもありなん。

 戦闘時の彼女の様子を、敵として彼らはよく見ていたのだ。

 敵だからよかったものの、あれを味方としてやられたら、と思うと到底受け入れることは出来ないだろう。


 少女はそのこともしっかり理解しているからこそハンネスの言葉を受け入れる事が出来なかったのであり、しかし拒絶しようともハンネスが答えを翻す事がないだろうことは明白である。

 と、なれば……まあ、後に残された選択肢は、一つしかない。


 捨てられた子犬のような目をした少女の目が、リーン達へと向けられた。


「……ま、それしかないじゃろうな」


「でしょうね。……どうする?」


「そうですね……班が四つになった場合は、模擬戦をやる回数が、もう一回増えるんでしょうか?」


「そもそも一人の場合はさすがに集団戦を想定した模擬戦は出来ない気がするのじゃが? いや……対集団戦ということにすれば問題はないのじゃろうか?」


「う、うぅー、でありますぅ……」


 こちらの言葉に、少女がどんどん涙目になっていく。

 何とかして班に入れて欲しいが、言える立場ではないと自覚してもいるようだ。


 そんな姿に苦笑を浮かべ、リーンは肩をすくめる。


「ま……こっちの班は実質Fクラスの集まりとなっているのじゃが、それでもよければ、といったところじゃな」


「えっ……? い、いいんであります、か?」


 予想外だとばかりに少女は目を見開くが、少女を受け入れるというのは最初から決まっていたことであった。


 そもそも嫌だったならば、エリナやユリアはもっとはっきりそう告げていたはずだ。

 昨日知り合ったばかりではあるが、その程度のことならば分かる。


 そしてリーンも異論はない。

 この少女は、昨日からずっとハンネス達と一緒にはいたが……一度もリーン達のことを侮辱したり、蔑むような目で見てくることがなかったからである。


 それだけと言えばそれだけのことではあるが、未だに互いのことなどよく知りはしないのだ。

 ならば一つだけでも肯定できる要素があるのであれば、十分というものだろう。


 そうして、本当に受け入れるつもりがある、ということを理解したのか、一転して少女の顔に笑みが浮かんだ。


「あ、ありがとうございますであります! このアウロラ・エラインラタ、精一杯役に立ってみせるであります!」


「うむ……困った時はお互い様! 協力し合うというのは大切だぞ!? だが同時に、それとこれとは別でもある! すぐに模擬戦を始めてもらうことになるが、いいな!?」


「ま、そうなるだろうって分かった上でのことでもあるものね。話し合いをする時間はないけど、役割を指示することは出来るかしら?」


「かといって、詳しく何が出来るのかを聞いている暇もありませんから……そうですね。アウロラさん、一番得意なことはなんですか?」


「そうでありますね……あの、出来ればいいのでありますが、自分に一番最初の攻撃を任せていただけないでありますか!?」


「一番最初の攻撃を、かの?」


「はいであります……! どのような作戦を立てているのかは分からないでありますが、必ず必要なことでありますし、それならば自分役立てると思うでありますので……!」


「ふむ……」


 どうしたものだろうかと思い、二人へと視線を向ければ、少し考えた後で二人とも頷きを返してきた。


 本当は初手は開始と同時にユリアが突っ込む、というものだったのだが……まあ、その程度の変更ならば問題はあるまい。

 どんな攻撃かは分からないが、桃色の少女――アウロラの攻撃を合図とし、それに紛れるようにしてユリアが突っ込む、という形になるだろうか。

 元々相手の行動次第で臨機応変に動く予定でもあったので、何とかなるだろう。


 何よりも、実行に移すユリアが同意を示したのだ。

 ならば反対する理由はない。


「分かったのじゃ。では、任せるとするかの」


「はいであります……! 絶対に役に立ってみせるであります!」


 元気いっぱい、といった様子でアウロラが頷き……ふと、視界の端にハンネスの姿が映った。

 その目には見慣れた嘲笑が浮かび、口元は楽しげに弧を描いている。


 その様子は、これでようやく叩き潰せる、などと考えているというよりは、アウロラを受け入れたということの方を喜んでいるようであり……だがそれ以上のことを考える前に、時間が来た。


「よし! では、次の模擬戦の開始だ! 両班指定位置につけ!」


 ザクリスの合図に従い、リーン達は訓練場の端へと集まる。

 訓練場の中央を基点として反対側にはハンネス達が集まり、ここから動き出すこととなるのだ。


 公平さを期すために魔法などを事前に使っておくことは出来ず、全ては次の合図によって動き出す。

 シンと静まり返った中で、ザクリスがゆっくりと右手を持ち上げる。


 かと思えば、一気に振り下ろし――


「それでは、始め!」


 合図が放たれたのと、アウロラが詠唱を始めたのはほぼ同時であった。

 その始動は完璧であり、ハンネス達が動き出すのよりも早い。


「――大気に宿りし火の精よ。その意、その力を以て、我に従え。我と汝の力にて、我らの障害、敵の全てを灰燼と化さん」


 それはエリナやユリアが何かをするよりも先であり、まさに初手というに相応しいものであった。


 アウロラの周囲を巡っていた魔力が集い、溢れ、その意思の命じるままに顕現する。

 そして。


「――フレアボム」


 次の瞬間、眼前から響いた轟音と共に、リーンの視界を爆炎が覆いつくした。

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