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18.元最強賢者、級友と親交を深める

 次々と放たれていく魔法を眺めながら、リーンはほぅと感心交じりに呟いた。

 授業が再開し、各々が自らの腕を示すために魔法を放ち始めたのだ。


 リーンが魔法を放った直後は、しばらくの間何故か妙な空気が流れていたものの、今はそんなこともない。

 結局どうして皆があんなに驚いていたのかは分からないままだが……まあ、普通に考えれば、やはり欠落者である自分が魔法を使ったということか。


 正直そこまでかと思うのだが、リーンは未だ現代の常識に疎いという自覚もある。

 きっとまだ知らない情報の中に、魔法を使えたらあそこまで驚くのも当然だと思うようなものがあるのだろう。

 もっとも、それを知ったところで魔法に関する情報が増えるわけでもないのだろうから、今のところはどうでもいいことではあるが。


 ちなみに、リーンの魔法のせいで的や壁が消滅した訓練場ではあるが、今では元通りになっている。

 自分がやったことの始末として、リーンが元に戻したからだ。

 時空魔法を用いれば、そう難しいことではなかった。


 難しいことではないのに、何故かその際再び皆が驚いていたが……漏れ聞こえた話から察するに、現代魔法では復元系の魔法も廃れてしまっているようだ。

 あれだけのものが元に戻るなど有り得ない、などという言葉が聞こえてきたので、間違いあるまい。


 とはいえ、しっかりそれも現代魔法に見えるようにしていたので、問題はないはずだ。

 全ての魔法を網羅するのはそう簡単なことでもあるまいし、何かを聞かれたら実はそんな魔法があるのだ、などと答えておけば何とかなるだろう。


 ともあれ、そうして問題なく授業は続けられるようになり、たった今最後の一人が魔法を使い終えた。

 それを確認したザクリスが軽くその場を見渡すと、一つ頷く。


「うむ、全員終わったようだな! それでは、しばらく自習だ!」


「……自習? まだ魔法を使ってみせただけですよ?」


「それを判断基準にして、次に何をやるかを考えるからな! 俺の考えが纏るまでは自習、というわけだ!」


 どうやら、予め何をやるのかを決めてあるわけではないらしい。

 確かに現在の腕や才を参考にして、これから何を学ばせるのか、ということを決めるのは合理的と言えば合理的ではあるが――


「ふむ……良く言えば臨機応変、悪く言えば行き当たりばったりといったところじゃのぅ……」


 一人を相手にするのならばいいが、対象となるのは十人以上だ。

 その全てに合った授業の進め方を考えるのは容易ではあるまい。


 あるいは、その自信があるといったところなのだろうか。

 賢者学院に勤めているということは、優秀な教師だということである。

 今のところは暑苦しそうという印象しか受けないが……まあ、お手並み拝見といったところだ。


 そんなことを考えながら、では集中して考えてくる! などと言って訓練場から去っていったザクリスの背を見送りつつ、さて何をしたものかと考える。

 たった今色々な魔法を見る事が出来たので、やることに困るということはない。


 一通り解析は終わっているものの、大切なのはそこから先だ。

 自分の身で確かめる事が出来ない以上、現代魔法に関しては推測するしかないのである。

 各魔法の共通点、相違点、もしくは古代魔法と比べた場合のそれぞれ。


 今までは比較対象と出来る現代魔法の数が少なすぎて困っていたのだが、これからはそういうことはなさそうだ。

 改善のためのアイディアなども思い浮かんでいるので、そのうち誰かに試して欲しいところだが……危険性などを考えると気軽に頼むわけにはいくまい。

 現代魔法は安全面にかなり考慮してあるらしく、失敗したところで惨事が引き起こされる可能性は低いらしいが、それでもさすがに何が起こるか分からない以上は気が引ける。

 そのうちオリヴィアにでも頼んでみようかの、などと考えていると、不意に声をかけられた。


「すみません、ちょっと今大丈夫ですか?」


 視線を向けてみれば、視界に映ったのは黒髪黒瞳の少女であった。

 同じFクラスであり、先程自分の後ろの席に座っていた彼女だ。


 エリナの名前を把握している、ということは既に述べた通りだが、無論もう一人の名前も把握してはいる。

 おそらく彼女の名前はユリアでいいのだろうが……そういえば、そろそろ自己紹介でもすべきなのじゃろうか、とは思うものの、タイミングが分からない。


 名前が分かるとはいっても、それとこれとは別だろう。

 前世では大半を引き篭もっていたリーンではあるが、その程度のことはさすがに分かるのだ。


 と、こちらが何を考えていたのか分かったのか、少女の顔に苦笑のようなものが浮かぶ。


「そういえば、自己紹介がまだでしたね。ユリア・ヴェシミエスです。ユリア、でいいですよ。てっきり授業の最初は自己紹介から始まるものだと思っていましたので……遅くなってしまい申し訳ありませんでした」


「いや、儂も同じようなこと思っておったしのぅ。っと、リーン・アメティスティなのじゃ。儂もリーンで構わぬぞ」


「はい、リーンさん。これからよろしくお願いしますね」


「うむ、こちらこそなのじゃ。して、何用だったのかの?」


「いえ、大したことではないんですが、先程のは随分すっきりしましたから。よく言ってくれましたと、そうお伝えしようと思いまして」


「ふむ……先程、というのは、あやつに対してのことじゃよな?」


 言って、視線を緑髪の少年へと向ける。


 先の一件のせいなのか、随分離れた場所におり、何かを喋っているようなのだが、声はろくに聞こえない。

 その姿を眺めながら、首を傾げた。


「これは純粋な疑問なのじゃが、なら何故あそこまで好きに言わせていたのじゃ? そう言うということは、お主も思うところがあったということじゃろう? 確かにこちらはFクラスで向こうはAクラスじゃが、好き放題される理由にはならんじゃろうに」


「そうですね、それは確かにそうなんですが……リーンさんには少し分かりにくいかもしれませんね」


「ふむ……それは、儂が欠落者じゃからかの?」


「いえ、そうではなく、家の関係といいますか……」


「――あいつの家が、準公爵だから、よ」


 不意に聞こえた声に視線を向ければ、そこにいたのは見知った人物であった。

 紅蓮の髪の少女――エリナだ。


 エリナは、どことなく不機嫌そうにも見える顔で、目を逸らしながら言葉を続ける。


「ま、準公爵って言われても、あんたは分かってないみたいだけど」


「確かに、寡聞にして知らぬ言葉じゃの。教えてくれるのが嬉しいのじゃが?」


「べ、別にいいけど……あんたも公爵家の人間なんだから、この程度知っときなさいよね! ……まあ確かに、あんたには色々な意味で関係ないかもしれないけど」


「ふむ? 儂が公爵家の者である事と、何か関係があるのかの?」


「大有りよ。準公爵ってのは、その名の通り公爵家に準ずる家のことを指すんだもの。正式な名称じゃないから一般にはあまり知られていないけど、少なくとも公爵家の人間は知っておく必要があるわ。無関係ではないどころか、最も関係があるんだから。あんたも、さすがにこの国での公爵家の仕組みぐらいは知ってるでしょ?」


「実力主義、ということじゃろ?」


 それは言葉の通りである。

 この国の公爵は、王族に次ぐ地位を持つに相応しいと判断された者だけが継ぐことを許されるのだ。


 さすがに平民は無理ではあるものの、過去には子爵であった者が認められ、公爵になったこともあったという。

 その判断が行われるのは次代の公爵へと引継ぎが行われる時だけではあるも、それなりに下克上が起こりやすい国なのである。


「ふむ……ということは、次の公爵を継ぐ可能性のある家のことを準公爵と呼ぶ、ということかの?」


「ま、そういうことね。と言っても、次代の公爵がよっぽど劣っていると判断されるか、準公爵の筆頭がよっぽど優れてなければ、公爵家の交代なんてのはそうそう起こることじゃないんだけど」


「そうは言っても、五十年に一度ぐらいは起こってますからねー。……一つの家だけを、除いて」


「ああ、なるほど、儂には分かりづらいとか関係ないとか、そういう意味じゃったか」


 この国の公爵家は四つと決まっており、大体五十年に一度の頻度でその中の一つが下克上を食らう。


 だが一つだけ、建国以来一度も他の家に取って代わられていない家がある。

 それこそが、リーンの実家であるアメティスティ家であった。


「ま、とにかくそういうわけで、準公爵は国から相応に扱われているわ。最低でも公爵家を継ぐに足る実力があるからこそそう呼ばれていることを考えれば、当然ではあるんだけど。時にその影響力は公爵家をも上回るほどで……それで、今の準公爵の筆頭が、あいつの家ってわけ」


「なるほどのぅ……ということは、あの言動もそれが理由、というわけなのじゃな」


「……まあ、準公爵に傲慢な性格なやつが多いのは事実ね。そんな準公爵ばっかってわけじゃないんだけど」


「ふふっ……そうですねー」


 そう言って何故だか笑みを浮かべたユリアの姿に首を傾げるものの、リーンはなるほどと再度頷く。


 一応賢者学院は、身分にとらわれることなく様々なことを学ぶことが出来るとされている。

 しかし実際にそれが可能かと言えば、また別の話だ。

 ここでは気にせずともいいと言われたところで、卒業すればついて回る問題だということを考えれば、学院にいようとも気にせざるを得まい。


「とはいえ、お主は準公爵どころか公爵の家の者じゃろう?」


「……へー、あたしの名前知ってるのね」


「そりゃ三人しかいないクラスメイトの名ぐらい分かってて当然じゃろう。というか、そっちも分かってるようじゃしの」


「……確かにそれもそうね。じゃ、自己紹介は不要かしらね。なんかもう今更だし」


「いえ、自己紹介ぐらいしっかりしましょうよ。どうしてそこで変に人見知りするんですか。それこそ今更でしょうに」


「う、うるさいわねっ。別に人見知りなんてしてないわよっ」


「ふむ……何となくそうじゃと思ってはいたのじゃが、やはり知り合いのようじゃの」


 まだ会ったばかりではあるが、エリナはよく知らない者同士の会話に割り込んでくるタイプには見えなかった。

 そのことから、少なくともユリアとは知り合いなのだろうと思っていたのだが、今のやり取りを見る限りではそれ以上なのかもしれない。


「そうですね、私とエリナは血はほとんど繋がってはいませんが、従姉妹のようなものですから。それで、エリナ、自己紹介は本当にしないつもりですか? それなら私が勝手に紹介してしまいますよ?」


「うっ……わ、分かったわよっ」


 そうしてエリナはリーンのことを睨みつけるように見つめきたが、何故だかすぐにそらされる。


「し、知ってるでしょうけど、エリナ・マカライネンよ。好きに呼べばいいと思うわっ」


「リーン・アメティスティなのじゃ。ならそうさせてもらおうかの、エリナ。儂のことも好きに呼べばいいのじゃ」


「っ……そ、そう。なら、あたしもそうさせてもらうわ……り、リーン」


「ふふっ……よかったですね、エリナ」


「な、何がよ?」


「だって、さっきからずっと話したそうにしてたじゃないですか」


「なっ……そ、そんなことないわよ……!?」


「ふむ……確かに、自習となってからずっと何か話しかけたそうにしてたのじゃな」


「なっ……なっ……!?」


 気付いていたのか、とばかりにエリナが驚愕の表情を浮かべるが、あそこまで挙動不審気味にちらちら視線を向けられていれば気付かない方が無理というものだろう。


「ふふっ……こんな風にちょっと素直じゃない娘ですけど、仲良くしてあげてくださいね? あ、ちなみにですが、私の家も一応準公爵と呼ばれていたりするんですよ?」


 そう言って笑みを浮かべたユリアの姿に、リーンは先程の笑みの意味を理解した。

 要するに、先程のエリナの準公爵へのフォローは、ユリアに対してのものだった、というわけだ。


 なるほど確かに、少し素直ではないらしい。

 ただしその分と言うべきか、非常に分かりやすくもあるようだが。


「よ、余計なこと言うんじゃないわよ……!」


「友人の長所を伝えるのは余計ではないと思うのじゃが……まあ、それはさておき、それにしても、そうなるとこっちは公爵家の者が二人に準公爵の者が一人ということになるのじゃよな? それでもあやつがあの態度だったというのは若干腑に落ちぬのじゃが……」


「あー……何と言いますか、それもまた家の関係によるものでしょうね」


「……まあ、そうね。うちはどちらかと言えば落ち目って言われている方で、勢いは向こうの方が上だもの。ユリアの家は準公爵とは言っても下の方だから対抗は出来ず……あんたの場合は、単純に侮られてるんでしょうね」


「なるほど……よくある構図、というわけかの。情報を知っていて初めて分かることじゃが」


 以前にも触れたように、リーンの知識の元となっているのは結局のところ書物から仕入れたものだ。

 自然と知っていることは偏ってしまうことが多く、しかも魔法の件でも分かるように、父達は自分が余計なことに巻き込まれないようにか、必要以上のことを知らせないようにしている節がある。


 この辺の情報は誰かに教えてもらわなければ分からなかったことだろう。


「ふむ……色々と教えてくれて助かったのじゃ」


「べ、別にあんたのためじゃないわよ!」


「いえ、さすがにそれは無理があると思いますよ?」


「儂のためでなければ、盛大な独り言とかになってしまうしのぅ」


 と、頬を赤く染めたエリナにそんなことを言っていると、ザクリスが訓練場へと戻ってきた。

 どうやら考えが纏まったらしい。


 自習らしい自習は結局出来てはいないのだが……まあ、そんなこともあるだろう。

 さすがにここで引き篭もることは出来まいし、それなりの長さの付き合いになるろう級友と親交を深められたと考えれば、悪いことではあるまい。


 そんなことを考えながら、訓練場の中央にまで歩みを進めるザクリスの姿を眺める。

 自然と皆の視線が集まる中、ザクリスは足を止めると、その場を軽く見回した後で口を開いた。

 そして。


「さて、待たせたな! 次に何をやるかが決まったぞ! ――次は、模擬戦だ!」


 開口一番に、そんなことを言い出したのであった。

会話の部分が若干雑な気がするので、そのうち修正するかもしれません。

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