13.元最強賢者、賢者学院に入学する
ユピテル王国王都ラウテルン。
大陸でも随一の賑わいを誇るその街は、今日も賑やかさに満ちていた。
だが普段と比べ、少しだけ浮ついたような空気が流れているのは、街を歩いている者達の中に明らかに王都を歩きなれていない者が混ざっているからだろう。
しかもその者達は皆、同じような服装をしている。
周囲を物珍しそうに見渡しながら、ある者は不安そうに、またある者は期待に顔を輝かせながら街の中を進んでいく。
見る者に初々しさを感じさせるその光景は、王都で年に一度必ず見ることの出来るものであった。
今年もまた、王都の学院へと入学する者達がやってきたのだ。
どの学院の者なのか、という疑問を持たないのは、王都に存在している学院は一つしかないからである。
王都中から優秀な者達が集まり、至高の称号を手にするために切磋琢磨するための学び舎。
学院はその称号の名を冠し、唯一無二の場所であることを示している。
魔導士の中の魔導士であることを意味し、過去の歴史を紐解いても十一人しか与えられていないもの。
即ち、賢者。
王立賢者学院であった。
しかし、新入生達にとっては初めての経験であっても、街の人々にとってはそうではない。
ああ、そうか今年もそんな季節がやってきたのかと思う程度であり、初々しい彼らのことを微笑ましく眺めるだけだ。
中には多少やんちゃそうな気配を振りまいている者もいるが、それもまた毎年のことである。
お、今年は活きの良いのがいるな、と思うことはあれども、驚くようなことではない。
そもそも王都という時点で様々な者が訪れるのだ。
余程のことでもなければ、眉の一つすら動かすことはなく……ゆえに、その瞬間、誰も彼もが目を見開くこととなったその状況は、非常に珍しいものであった。
彼らの視線の先にいたのは、一人の少女だ。
その顔立ちは非常に整っており、周囲の景色が色褪せて見えてしまうほどである。
百人がいたら百人が美少女というに違いなく、そんな少女がゆっくりと街の中を歩いていた。
その身に纏っているのは賢者学院に通う者だけが着ることを許された制服である。
一流の素材と一流の職人の手によって作られたそれは、高級なドレスにすら劣らないものであり、初々しさと相まって大半の新入生は服に着せられているという印象を与えるものだが、少女の場合は逆に服が負けているようですらあった。
あと数年もすればその顔一つで国を傾けることすら出来るのではないかと思わせるほどの美貌と、その美貌が纏うに相応しい雰囲気。
一歩一歩歩くだけで、少女の周りだけが色付くようでもあり……だが。
そんな少女を見る者達の中に、少女に見惚れている者は誰一人としていなかった。
その美貌に気付いていながらも、全ての人の視線は、その髪へと集中している。
まるで向こう側が透き通るかのような、真っ白な髪の色。
世界に不吉を招き、破滅を導くとすら言われている、神に見捨てられた、忌色を身に纏う憎悪と災いの象徴。
――欠落者。
「……噂には聞いちゃいたが……本当に入学しやがんだな」
皆を代表するように呟かれたその言葉は、嫌悪と侮蔑、そして何よりも恐怖と共にその場に響いたのであった。
先ほどから周囲の人々から向けられている視線とそこに篭っている感情を一身に受けながら、少女――リーンは、ふむと呟いた。
知識としては知っていたものの、どうやら予想以上にこの髪を持つ者というのは現在の世界で嫌われているようだ。
とはいえ、可愛らしい幼女から絶世の美少女へと成長したリーンではあるが、中身に関しては変わっていないままである。
自分の容姿にはまるで興味がないし、雰囲気に関しては単に隔世の感が絶妙に合ってそう見えてしまっているだけだ。
周囲からどう見られていようとも、気にするわけがなかった。
ただ、気にはしないが、純粋に興味はある。
何故ならば、白髪を持った人物というのは、千年前も同じように嫌われていたからだ。
もっとも、千年前に呼ばれていた名称は、魔女あるいは魔人である。
以前にも少し触れたが、白髪の者というのは例外なく膨大な魔力を身に宿していた。
だがその代償として、彼女達は魔力の制御に難があったのだ。
魔力が膨大過ぎるがために制御をするのが難しく、暴走がしやすい。
しかも膨大な魔力を有しているせいか、彼女達は魔法に対して並々ならぬ才能があった。
簡単なものであれば一目見れば真似出来、複雑なものでも理解自体は出来てしまう。
そして理解出来るというのは、切っ掛けさえあれば使えるということだ。
千年前は今ほど魔法が身近ではなかったが、何らかの理由により目にする機会ぐらいはそれなりにあった。
結果、魔女達は魔法を覚えるか、少なくとも魔力を動かすということは覚えてしまう。
しかし言ったように、彼女達は暴走がしやすいのだ。
簡単な魔法を使おうとしただけでも注ぎすぎてしまった魔力が暴走を起こし……その果てに待つのは、自身を含めた周辺の消滅である。
そんなことが、魔女がいるというだけのことで簡単に引き起こされてしまうのだ。
だから大抵は生まれたのと同時に殺されるし、そうでなかったとしても魔導士に攫われて人体実験に使われたり、魔物に襲われたりとやはり大体は死ぬ。
魔女などと呼ばれるのは、それでも運よく生き残れた者なのであり、だがその身は普通の魔導士の何倍も暴走の危険を孕んでいるのだ。
忌み嫌われるのは、当然と言えば当然であった。
ちなみに大抵の場合は、百年ももたずに結局暴走して死ぬ。
そういうこともあって、尚のこと嫌われていたわけではあるが。
ついでに言うならば、魔人というのは言葉だけはあるが、確認されたことはない。
女の場合魔女と呼ばれるのだから、男に対する名称が必要だろうということで考えられただけで、発見されたことはないのだ。
この辺は女の方が内包魔力量が多い傾向にある、ということと関係があるのではないかと言われていたが……まあ、蛇足である。
ともあれ、千年前はそうして嫌われていた魔女ではあるが、現代では事情が異なるはずだ。
何せ古代魔法は使えないので、暴走させる心配がない。
オリヴィアはやろうと思えば暴走させることが出来るようだが、あれは古代魔法を知っているからである。
既に知る方法のない現代に生きる魔女達は、嫌われる理由がないはずなのだ。
それに、千年前の時点でそうであったが、魔女とは非常に珍しい存在である。
百年に一度生まれるか否かといったところであり、つまり単純計算でもリーンの前に魔女が――欠落者が生まれたのは百年前ということになる。
だが、こうして街を歩くだけで、リーンは嫌悪と侮辱、それに恐怖に濁った瞳を向けられるのだ。
何故なのだろうか、と考えるのはそう不思議なことではあるまい。
無論、リーンも自力で調べられることだけは調べている。
何でも白髪の者は、世界に不吉を招くとか、世界を破滅を導くとか、神に見捨てられたとか、憎悪と災いの象徴とか言われているらしいが……少なくとも調べた範囲では、その元となった出来事のようなものは見当たらなかった。
普通こういう場合は何らかの伝承あたりでもあるものだろうに、そういったものは一切ないのだ。
何なら魔女という言葉すらも見つからなかったので、千年前のことが原因というわけでもないだろう。
しかしそれでも、白髪の者は欠落者などと呼ばれ、千年前と変わらずに忌み嫌われている。
いくら魔法が使えないとはいえ、それだけでは説明が付くまい。
「……ま、どうでもいいと言えばいいのじゃがな」
確かに興味はあるが、それはあるいは順序が逆なのかもしれないと思ったからだ。
魔法が使えないから嫌われているのではなく、魔法が使えないのには何らかの理由があり、その理由こそが嫌われている原因なのではないか、と。
根拠があるわけではなく、漠然とした勘のようなものではあるが、その勘が正しければ、リーンでも現代魔法が使えるようになる可能性がある。
その何かを知る事が出来れば、現代魔法が使えない根本的な原因も知ることが出来、改善することによって現代魔法が使えるようになる可能性があるからだ。
別に現代魔法が使えずとも困らないが、使えたら使えたでやはり嬉しいのである。
欠落者に関して興味があるのはそういう理由なわけで……しかし、最優先しなければならないかと言えば、そうではあるまい。
現代魔法を全て研究し尽くして、やることがなくなってからでも問題はないのだ。
どうでもいいとは、そういう意味であり……要するに、単なる暇潰しの思考であった。
魔法のことを考えるには少々時間が足りず、そんな中で手頃だったから考えていたのだが……どうやら良い暇潰しにはなったようだ。
気が付けば周囲からは沢山の人気は失せており、リーンと同じ服を着た者だけが残っている。
そしてその者達は、視線の先にある建物へと吸い込まれるようにして入っていっていた。
王立賢者学院だ。
随分と立派な建物ではあるが、さすがは王都に唯一ある学院であり、また最高峰の学院などとも呼ばれている場所なだけはあるといったところか。
まあ、どうせ今後何度も見ることになるのだろうから、じっくり見る必要もあるまいと、歩を進め……だが、そう考える者ばかりではないようだ。
ちょくちょく足を止めては校舎を眺め、感動したように、あるいは喜びを堪えきれないとばかりの顔をしている者の姿がちらほらと見受けられる。
その度にこちらの視線に気付いては、直後に顔を引き攣らせたり、嘲るような顔になったりするのだが――
「ふむ……優秀な者ばかりが集まっているはずの学院ですら、反応は変わらんようじゃな」
そのこと自体はやはり何とも思わないが、自分が十二年間過ごしてきた屋敷は特別だったのだなとは思う。
あそこは家族達はもちろんのこと、屋敷で働いていた者達すらも、自分を見て顔色一つ変えることはなかったのだ。
単純に慣れたのか、あるいは職業意識のなせることだったのかは分からないが、改めて自分は大切にされていたのだと実感し……その少女の姿が目に入ったのは、その時のことであった。
燃えるような紅蓮の髪を持つ少女であった。
仁王立ちをするかのようにその場に立ち、ジッと校舎を……いや、その先にある何かを見つめているように見える。
もしくは睨んでいるようにも、何かを決意しているようにも見えた。
知らない顔ではある。
だからほんの一瞬でもリーンが足を止めたのは、その姿に見惚れたからであった。
周囲からもちらちらと見られているにもかかわらず、まるで気にしていない姿からは強い意思を感じる。
千年前の魔導士達にも通じるような雰囲気に、どことなく懐かしさを感じ、少しだけ口元が緩む。
おそらく良い魔導士なのだろうなと思い、思った以上に楽しめるのかもしれない、などと考えながら歩みを再開させる。
視界に自身の姿が入っただろうに、それでも気にする気配を見せない背後の少女に、さらに笑みが深まった。
「おい、あれって……」
「ああ……ったく、よくやるよな。――出来損ないのくせに」
一瞬、そんな声が耳に届いたが、直後に校舎に入ったせいですぐにそれどころではなくなる。
そこには沢山の人々が集まり、悲喜こもごもといった様子を見せていたからだ。
「ふむ……確か、校舎に入ってすぐの場所にクラス分けの紙が張られているという話じゃったはずじゃが……」
どうやら、アレがそうであるらしかった。
悲喜こもごもなのは、きっと入学試験の成績順にクラスが分けられているせいだろう。
AからFまで優秀な順番に割り振られていくらしく、より上位のクラスほど良い授業が受けられるなどとも言っていたか。
競争心を刺激させるため、などとオリヴィアは言っていたが……クラス分け一つでここまで騒がれるのだから、その意味は十分あるらしい。
「ま、ともあれ儂の名前はどこじゃろな、っと」
近付いていけば、周囲からは視線が突き刺さり、ひそひそと何かを言われているのが分かったが、そんなことよりも自らのクラスを確認するほうが先だ。
確か一学年は百二、三十人いるという話だったので、名前を探すのも一苦労なのである。
が、すぐにその苦労をする必要はなくなった。
端から探していったところ、すぐに自分の名前を見つける事が出来たからだ。
そして確認するまでもないことだが、視線をそこから上に向けていけば、自分がどこのクラスに属しているのかを示すための文字が記されている。
――F。
即ち、俗に落ちこぼれが集められると言われているところであった。
ようやくタイトルに追いつけました。