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婚約者と乙女

婚約者と友人

作者: 千鶴

 リーデシア=アルミアは侯爵令嬢である。麗しくも儚げな容姿の彼女はまるで花の妖精のように可愛らしく、春の女神のように美しい。愛する婚約者であるアルフレッド=リグタードと四六時中一緒に過ごしている彼女ではあるが、今日は物凄く珍しいことに婚約者と一緒ではなかった。

 何故ならば今日は数日後に迫ったアルフレッドの誕生日プレゼントのために、友人と買い物に出掛けるからである。毎回誕生日には何が欲しいか質問するリーデシアだが、対する返答も毎回「リディが欲しい」一択だった。

 アルフレッドにしてみれば大真面目も大真面目、至極真剣に答えているのだが、リーデシアにとっては「いつも一緒にいるのにこれ以上私の何をあげたらいいのかしら」と思い冗談だと受け止めていた。認識の違いが恐ろしいことになっているがリーデシアは気付いていない。


「ねえハンナ、これが素敵だと思うのだけどどうかしら」

「いいんじゃない、リーデシアが選ぶのならなんでも」

 帽子と専用の羽飾りを手に取り首を傾げているリーデシア。ハンナはそんな友人へ生温かい目を向けている。

 リーデシアに買い物に誘われ喜んでついていったハンナ。平民の彼女は侯爵令嬢が普段どんな店に行くのか知らなかったので、友人と外出する程度で気楽に考えていた。しかし着いた店の商品金額を見て侯爵令嬢すげえと思っていた。

 リーデシアにとっては普段買い物は家に商人が来るので自ら店に出向いたことがなく、今日の外出もこれがハンナたちにとっての買い物なのねといつもとは違う経験に新鮮さを感じていた。ここでも認識の違いが起こっている。


 少女二人と護衛の使用人が傍に控える遥か後方にて、一人の男が彼女達、正確に言えばリーデシアを見詰めていた。婚約者のアルフレッドである。

 騎士団の制服に身を包んだ彼はさも街の警備をしていますという体で堂々とリーデシアの後を付けていた。あまりにも昂然とした様子に周りの人々もいつも警備ご苦労様ですとしか思っていない。

 本来ならこの場の担当は同僚であるシアンだったのだが、今日リーデシアが外出するとアルフレッドから聞いた瞬間担当地区を譲った。もしシアンから言い出さなければアルフレッドは「地区を変わるか俺と戦うか選べ」と剣を抜きながら提案するしかなかったので、シアンの発言に心から感謝した。相対する同僚の顔は見事に引き攣っていた。


 次に少女達が向かったのは女性服専門店である。ハンナが「あんたの婚約者ならそこに落ちてる石でも喜ぶでしょ」とプレゼントより友人との買い物を優先させたのだ。

 リーデシアはそれはどうかと思ったが、4歳の頃落ちていた団栗を拾いアルフレッドに渡した際、大層喜んでくれたことを思い出した。アルフレッド曰く今でも宝箱にしまっていると言っていたので、きっとそういうものなのだろうと納得する。


 アルフレッドの宝箱にはリーデシアから贈られた品物しか収められていない。婚約者を愛しストーカー一歩手前どころか今現在ストーカー中の男ではあるが、彼が愛しているのはリーデシア本人である。従ってリーデシアの持ち物には取り立てて興奮しない。リーデシアが使わないからと捨てたペンや書類は普通にゴミとして扱うし、古くなった服や肌着も使えないのであればきっちり捨てる。リーデシアの物だからといって何でも大切にしまいこむ訳ではないのだ。

 しかしリーデシアから贈られた物は例え団栗だろうと道端の小石だろうと宝物になる。品物自体ではなく、リーデシアから贈られたという一点のみが重要だからだ。リーデシアの心がアルフレッドへ向いていた証が贈り物であり、品物が何であろうとその事実が団栗を宝物へ昇華させる。アルフレッドはそういう男だった。


 そんな男に愛されているリーデシアはとにかく可愛らしい美少女である。素直で優しく慈愛に満ちた彼女は言ってしまえばかなりモテる。しかしそこは婚約者大好きアルフレッド。リーデシアに関わる自分以外の男絶対殺すマン(ただし岳父様は我慢する)の警備体制はバッチリだった。

 王国騎士団の制服を身にまとい帯刀、魔力を微弱に放出しながら射殺す視線を向ければたいていの不埒ものは簡単に姿を消す。それでも気付かず声を掛けようとする愚か者には抜刀するより他にない。そこに慈悲はない。是非もない。


 後をつけられている気配を察知したハンナはちらりと護衛に目を向けた。怪しまれないよう明るいうちに帰宅するべきか視線だけで問い掛けるハンナに護衛の女性は苦く笑って首を振る。その動作に後をつけているのが誰なのか思い至ったハンナ。

 婚約者怖いと思いつつリーデシアを見遣れば何も気付いていないのか、真剣な表情で熱心に贈り物を吟味していた。真剣な姿も可愛い友人に毒気を抜かれたハンナは一旦ストーカーの存在を忘却の彼方へ追いやることに決め、買い物に専念する。


 リーデシア以外にどう思われようが気にならないアルフレッドは、今日の買い物でリーデシアへ声を掛けようとする者達を店員を仕方なく除きことごとく老若男女関係無く善悪無差別に追い払い、婚約者が買い物を終え問題なく帰宅したのを見届けてから騎士団詰所へ戻った。

 仕事をしなくて大丈夫なのかと思うだろうが、アルフレッドの苛烈な空気によって彼の担当した地区は犯罪率がぐっと下がるので何ら問題なかった。リーデシア絶対守るマンは治安維持にも役立っている。そのため騎士団長であるジャスパーは毎回苦い顔で何も言えずにいた。


 後日、アルフレッドの誕生日プレゼントとして渡された物はハンナにどうかと提案した帽子と羽飾りだった。アルフレッドは喜び、今度贈られた帽子を被って外出しないかと提案した結果、デートの約束を取り付けた。あまりにも自然で違和感を感じさせない手腕に見ていた使用人は寒気を覚えていた。

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