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第七話 「ありがとう」と「ごめんね」

保健室を後にした二人は、病院へ。





『おかあさん。

 

 おかあさん。


 いつもごはんを作ってくれてありがとう。


 いつもせんたくや、そうじをしてくれてありがとう。


 わたしとおにいちゃんのために、毎日お外ではたらいてくれて、ありがとう。


 足がわるいのに、私たちのために頑張ってくれてありがとう。


 私のかっこわるい髪を、かわいくしてくれてありがとう。

 あのね、おかあさんがお団子のしかた教えてくれてから、男の子たちがわたしの頭をからかってこなくなったんだよ。瑠依もね、かわいいって言ってくれたの。


 あのね、おかあさん。


 私、せんたくできるようになったの。そうじも。ぴかぴかにできるんだよ。

 おにいちゃんはね、すくらんぶるえっぐ作れるようになったんだよ。ケチャップかけたらとってもおいしいの。



 だから、大丈夫だよ。

 これからは、わたしもおにいちゃんも、おかあさんが無理しないように頑張るから。

 

  だから、わたしたちにまかせてね。


  私たちが頑張っていい子にしてたら、お父さんも帰ってくるから。

  絶対、「ただいま」って言って、帰ってくるから。



 だから、おかあさん。これからは、たくさん笑ってね。

 

  おかあさんの笑顔は、きれいで、絵本の中のお姫様みたいで、好きです。



  おかあさん、いつも、ありがとう。


  おかえりなさい』






 小学一年生の時に書いた、拙い手紙。

 母が病院から帰ってくると分かって、弾んだ気持ちを込めて、自分で便箋を買って書いた手紙。

 安心してほしくて、母に笑っていてほしくて。

 喜んでくれるだろうと思って、手紙の紙の裏に、クレヨンで黄色いチューリップまで書いて。

 母に渡すのが待ちきれなくて、大事に大事に、母が帰ってくるまで肌身離さず持ち歩いていた。



 でも、その手紙は、結局、母の手に渡ることはなかった。


 

 代わりに残ったのは、「ごめんね」という母の綺麗な筆跡のかたまり。



それが、母が私たちに宛てた全てになった。





 ***


 樹木が真っ青な空に向かって凛々しく枝を伸ばし、その先の青葉の隙間から、ちかちかと光が漏れる。自然の力を感じさせるほどに生い茂った木々は、病院へと続く砂利の一本道に影を落とし、灰色の石を冷たく、無機質なものへと変えている。その石がタイヤを押し上げ、ごとごととバスを揺らす。緑のトンネルから差し込んでくる白い光が、バスの透明なガラス窓に反射して車内を明るく照らした。時刻はもうすぐ二時になろうとしており、日の光も眩さを強調してくる。


 楓はバスの最後尾、紺色のシートに背中を預けながら、その光を眺めていた。窓を縁取っている黒いゴム枠は、触れたら熱いだろうか、とふと考えがよぎる。


 車掌が傍の窓を開放しているのだろうか、車内に木々の青々とした匂いが入り込んできている。楓はその匂いをすうと軽く吸い込んだ。入り込んだ空気は、腸の違和感を和らげていくように通っていく。


 保健室を出てから目的地へ向かうまでに、楓のお腹の痛みは徐々にぶり返してきた。しかしそれは、痛みがあるとも言え、ないとも言えるような、よくわからない感覚であった。


 楓はその感覚を、目的地へ行くことを、身体が拒絶しているような反応だと思ったが、気づかないふりをした。これは、毎年変わらない反応で。問題なのはここからだ。


 がたんとバスが勢いよく右側へ傾いだ。その時、隣に腰かけていた瑠依の肩に楓の頭がこつんと当たった。瑠依はその頭を受け止め、握っていた楓の手を更にぎゅうと握りしめた。


 二人は今、市内から離れ、電車とバスを乗り継ぎして約一時間はかかる病院へと向かっている。




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