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レプリカ・エンパイア  作者: 伏見 七尾
Ⅲ.命を燃やすように
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7.ガイ・フォークス・ナイトの後に

「観念するのはお前だ、グイード・ウィッカーマン!」


 ドロッセルは叫び返し、マギグラフを嵌めた左手を伸ばす。

 銀符は使わない。自分と繋がっているはずのノエルとの回路パスに意識を集中させる。

 しかし、見つからない。


「くそっ、どこだ……!」


 ドロッセルは歯を食い縛り、回路を探す。

 それはオートマタとレプリカの違いか。ぼやけた感覚だけが左手に伝わってくる。


「はっはぁ、威勢だけは十分だな!」


 グイードが笑い、炎を噴き出しながら地を蹴った。

 燃える髑髏面を見据え、ノエルが立ち上がった。その掌に傷口が開き、滴り落ちた血が双剣を成す。腹部に開かれた傷は、どうにか癒えていた。


「いい加減、諦めな! 欠陥品に何が出来る!」


 グイードの哄笑が間近に迫ったその瞬間――ドロッセルは、見付けた。

 マギグラフのクォーツに禍々しい獣の紋章が浮かび上がる。

 同時にノエルとの間に繋がった回路パスが、光の糸として可視化される。ドロッセルは自分とノエルの左手薬指に繋がるそれを見て、感じ取った。


「見つけた――!」


 オートマタと供給の手順が同じかはわからない。

 しかし考える時間はもう残されていない。

 発見した幽かな回路パスに、ドロッセルはありったけの霊気を注ぎ込む。

 ノエルが目を見開く。その瞳が、青く光った。

 爆炎――一閃。

 硝子が砕け散る音が、爆音を掻き消す。炎が透明な破片と化し、雨霰の如く床に降り注いだ。


「なっ――」グイードが呆けた声を零した。


 さらけ出された髑髏面。その喉元に、ノエルの刃がひたりと突きつけられていた。

 先の一瞬――ノエルは突き出された炎の拳を、半歩横に移動することであっさり躱した。

 そしてそのまま、グイードの腕を撫でるように刃を這わせたのだ。

【傷】の忌能を宿した刃は霊気の構成を破壊し、炎だけをあっさりと打ち消していた。

 ノエルが、燐のように煌めく瞳を細める。


「――終わりです」

「……は、はは……終わりだって? つれないなぁ、騎士様」


 グイードは乾いた声で笑い、そのまま素早く体をひるがえした。

 高速で刃から逃れ、手をごうっと燃え上がらせる。


「まだ、おれの火は消えちゃいない……!」


 床を踏み砕き、レプリカの膂力に遠心力を上乗せして――グイードは炎の腕を薙ぎ払う。

 ノエルが動く。鬼火の如く光るその瞳が、青い残光を引く。

 銀の閃光が走った。

 それは炎を纏ったグイードの右腕を叩き斬り、さらにその胸部へと斬撃を刻み込んだ。

 びしびしと嫌な音を立てて、グイードの体に赤黒い亀裂が開いた。


「ぐっ、ああッ――!」


 悲鳴とともにグイードが地面に崩れ落ちた。

 ちょうど疑似経絡に沿うように走った亀裂から、猛火が噴き出した。

 霊機骨格の狭間から火花が飛び散り、爆音が小刻みに響く。

 切れた管から霊媒血液が零れ落ち、焼け焦げた床を赤く濡らしていった。

 霊気の循環を担う疑似経絡に損傷を受けた結果、霊気の制御ができなくなっているのだ。

 ドロッセルは呆然と、その光景を見つめる。

 たった――二撃。

 それだけで、ノエルはグイード・ウィッカーマンを無力化した。

 ノエルはしばらく冷やかにグイードを見下ろしていたが、やがて深く息を吐いた。その手が緩く持ち上がり、先ほど傷ついた腹部を押さえる。


「ノエル! 大丈夫か……っ」


 ドロッセルはノエルへ駆け寄ろうとする。

 しかし、急に強い目眩に襲われた。ふらつく体を、ノエルが片手で支える。


「……私よりもお嬢様です。やはり、霊気の供給が相当の負担に――」

「違う。私も、今日は大きな術を使いすぎた」


 体は重い。頭も痛む。あちこちに負った火傷がひりひりと、左腕に開いた傷は鋭く痛む。

 それでも、ドロッセルはなんとかノエルに微笑んだ。


「私は大丈夫だ、だから――」

「――ああ……ああ。ひどい、ひどいねぇ」


 その声にドロッセルは息を飲み――彼女を支えたノエルもまた、青い瞳を見開く。

 グイードがよろよろと立ち上がった。体のあちこちから黒煙を立たせ、火花を散らしながらも立つその姿に、ドロッセルは口元を覆った。


「その状態でまだ喋れるのか!」

「喋るのがやっとさ。こりゃあひどい、炎がまるで言うことを聞かない。人造霊魂に食らったわけでもない、疑似経絡の一部が【傷】で破損しただけ。それでこのザマ――っと」


 爆音とともに、その肩の辺りから炎が噴き出す。

 グイードは大きくよろめき、それでもどうにか足に力を込めて倒れるのを堪えた。


「ああひどい、ひどいな……こりゃまるでロンドン塔にいた頃みたいだぜ。やっぱり、性に合わない仕事ってのは良くないなぁ」


 髑髏面の顎をグイードはカタカタと鳴らす。どうやら、笑っているようだった。

 ドロッセルを背後に庇い、ノエルが前に出る。


「はっはぁ……綺麗な顔してやる気満々じゃないか、騎士様よ」


 掌に開いた傷から剣を生じさせる彼に対し、グイードは不遜に顎を上げた。かすかな音を立てて人造皮膚が再生し、その顔を覆っていった。


「だが、まだまだだ。おれで手こずるようじゃ、四番目は手に負えないぞ」


 それは果たして、黙示録シリーズの四番目のことなのか。

 眉をひそめるドロッセルを、再生したグイードの顔がまっすぐに見据える。


「そして嬢ちゃんよ、人形師ならもっと人形の使い方を考えな。――でなきゃ、旦那は止められない。このままだと、昔のラングレーよりもひどいことになるぜ」


 まるで教え諭すような言葉だった。

 思えば、グイードの言動は最初から奇妙だった。

 初めて出会った時も、彼は異形に襲われた男を助ける必要などなかった。むしろ、混乱の隙を突いてドロッセルを攫う事ができたはず。それでもそうしなかったのは――。


「お前は、敵なのか?」


 以前も投げかけた問いを再度ドロッセルは口にする。

 グイードは答えない。代わりに、けたたましい爆音が響いた。

 肩が一際大きく爆ぜ、その衝撃でグイードは再び地面へと崩れ落ちる。切断された右腕の管からだくだくと霊媒血液エーテルが流れ、床に広がっていった。


「グイード!」


 思わずグイードへと近づこうとしたドロッセルを、ノエルが手で制する。

 肉を焦がすような音がどこからか鳴り出した。それに混じって、小さな笑い声が響く。


「はっはぁ……やっぱり嬢ちゃんはベイビーだ」


 心底おかしげなその声に、ドロッセルは金の瞳を見開く。

 わずかに首を傾げて、グイードはじっとこちらを見つめてきた。


「おれは敵さ。そして悪人だよ。……残念ながら、ね」


 グイードは笑っている。けれどもその笑顔は嘲笑でもなく、ましてや自嘲でもない。

 そして、彼がよく浮かべていたあの疲れた笑みでもない。


「だからさ、そんなシケた面するなよ。嬢ちゃんはもっと喜ぶべきだ」


 グイードはあっけらかんと笑って、左手をゆっくりと霊媒血液エーテルに浸した。


「――悪が焼かれる時、人は笑うもんだぜ」


 瞬間、爆音とともに視界が赤く輝いた。まるで火を点けた油のように、グイードの指が触れた霊媒血液エーテルが音を立てて燃え上がる。

 トム=ナインがギャアギャアと悲鳴を上げて、ドロッセルの肩へと逃れた。


「グイード!」


 ノエルに抱え上げられながら、ドロッセルは叫ぶ。

 しかしその叫びを嘲笑うように、炎が視界を覆い尽くした。


「…………しかし、今までで一番嫌な仕事だったよ。『子供を攫え』なんてさ」


 そんな囁きが、聞こえた気がした。

 熱と煙に焼かれていく世界の中で、ノエルがざっと辺りを見回す。

 もはや四方は炎。運良く館から逃れたとしても、その周囲には岸辺さえ見えない湖――。


「お嬢様、鏡を。このままでは――」

「ああ――ああ、わかった! わかってる! 人間界に戻ろう……!」


 怒り、悲しみ、同情、混乱。

 様々な感情が一気に胸を掻き乱し、もはやわけがわからない。

 ドロッセルは唇をきつく噛みながら、ポケットから鏡を取り出す。肩に乗ったトム=ナインが慰めるように、ざらついた舌で頬を舐めてきた。

 目の前に青い光の波紋が広がる。

 ドロッセルを抱え、ノエルはそこに飛び込んだ。視界が暗くなり、熱と煙が遠のいていく。

 彼方で、父の館が焼け落ちる音が聞こえた。


                    ◇ ◆ ◇


 ――左腕を強く掴まれたような気がした。

 直後、断続的に走っていた青い光の波紋に揺らぎが生じる。そして暗闇が歪み――。

 気づけば、ドロッセル達は見知らぬ墓地に立っていた。


「えっ……どこだ、ここ」


 ノエルの腕の中から降り、ドロッセルは呆然と辺りを見回す。

 ガス灯はなく、ただ月明かりだけが墓石を冷え冷えと照らしていた。すぐ近くにはイチイの木が立ち、怪物の如く枝を空へと伸ばしている。


「何故だ……どうしてこんなところに」


 光の波紋を抜ければ、自室の姿見へと戻っているはずだった。

 少なくともドロッセルは、そうなるように術を使った。

 以前は慣れない水面を使ったせいで、店の上空に出てしまった。しかし、今回は使い慣れた鏡での移動だ。どれだけ気が動転しても、まず失敗するはずがない。

 ドロッセルは左手を何度か閉じ開きして、表情を暗くする。


「まさか、私のせいで失敗したのかな? ともかく、ここがどこか調べないと――」

「――お待ちを」


 ふらつきながらも歩こうとするドロッセルの肩を、ノエルが掴んだ。


「ノエル、どうした……?」

「――なにかいます」


 押し殺した声でノエルは囁く。

 その青い瞳は、いつにない鋭さを以て周囲を見ていた。

 瞬間――蛇の威嚇にも似た奇妙な声が辺りに響き渡った。

 同時に、ドロッセルは奇妙な霊気の揺らぎを感じた。例えるならば見えない波が、自分達めがけて襲いかかってくるような感覚。

 これと似た霊気の揺らぎを、自分は確かにどこかで感じたことがある。

 しかしドロッセルがそれを思い出す間もなく、突然ノエルががくりと膝をついた。


「ノエル?」


 反応はない。

 青い瞳は見開かれたまま、いつもよりも虚ろにドロッセルを映している。

 その肩が、ぐらりと揺れた。


「なっ、ノエル、おい! しっかりしろ!」


 ドロッセルは慌てて手を伸ばし、ノエルの体をとっさに支えた。

 しかし細腕では到底支えきれず、ドロッセルはノエルともども墓土の上に倒れ込む。

 肩に乗っていたトム=ナインが地面に投げ出された。いつもなら文句をつけてくるはずの猫が、硬直した状態でぴくりとも動かない。


「く、う……! 一体、何が――」


 重さと痛みとに呻くドロッセルの耳に、ざくざくと土を踏む音が聞こえた。

 視界の端に、二人の人間の足が映る。


「――やれやれ。欠陥品にずいぶん手こずったものだ」


 聞き覚えのある声。ドロッセルは首をひねり、声の主を見上げようとした。

 男と女――派手な緑のドレス、懐中時計のチェーン――そして、一瞬だけ銀縁眼鏡が見えた。


「さ、子供はもう寝る時間だ」


 白手袋を嵌めた手が伸びてきて、ドロッセルの目を遮る。

 途端、急激に意識が遠のいた。やがて、ドロッセルは何もわからなくなった。

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