騎士の如く
――怪物が崩壊する様は、いっそ美しくさえ見えた。
「信じられない……」
ドロッセルはただ呆然と、破壊の瞬間を見つめていた。
眼前で、赤い閃光が稲妻の如く駆け抜ける。
小山のように巨大な怪物の体が大きく揺れ、そのひび割れた喉から絶叫を迸らせた。その影をすり抜けて、双剣をそれぞれ逆手に構えた青年が音も無く後退する。
直後、怪物の体は地面に倒れ伏した。
獅子と人間とを織り交ぜたようなその顔には一面に赤く輝く亀裂が走っている。
起き上がろうと必死でもがきつつ、怪物は最後の叫び声を上げる。その体は刻まれた亀裂に沿って崩れ、やがてその上体はぼろりと呆気なく地面へと落ちた。
飛び散るのは白い花弁と――金属の部品。
部品はそのまま転がり、ドロッセルと――青年の足下にもたどり着いた。
月光の中で、青年は崩壊した怪物の姿をじっと見つめている。
肩にかかる程度の黒髪。すらりとした長身を、白いシャツと黒いズボンとに包んでいた。
やがて青年は振り返り、ドロッセルへと視線を向ける。
整った女性的な顔立ち。表情がないせいで、作り物めいた冷やかな印象を受けた。
その手から、溶けるように双剣が消えた。
白い手を降ろした青年はゆっくりと歩き出し、ドロッセルへと近づいてくる。
そうして一言も発さないまま、眼の前に立った。
ドロッセルは戸惑いと、わずかな恐怖を持って青年を見上げる。こちらを見下ろす瞳に相変わらず表情はなく、無風の湖面のように凪いでいた。
「た、助けてくれてありがとう……」
ドロッセルはなんとか感謝の言葉を述べ、ぎこちなく微笑んだ。
返答はない。
「すごいな、一人であんなのやっつけてしまうなんて……驚いたよ……」
賞賛の言葉は尻すぼみになり、やがて消えた。
青年は彫像のように静止し、その無機質な瞳でただじっとドロッセルを見下ろしていた。
「あの、その……名前、とか……えっと……」
名前を教えて欲しい――そこまで言い切ることはできなかった。
突然、青年が動いたのだ。
びくりと身を震わせるドロッセルの前に跪き、青年は目を伏せる。その所作は滑らかで淀みなく、全てが完成されていた。
「――なんなりとお申し付けくださいませ。お嬢様」
綺麗なテノールの声で言って、青年はドロッセルを見上げる。
時は一八九〇年――ところは異端と異形とをその身に呑み込んだ大英帝国。
そうして出来損ないの人形師は、欠陥品の人形に出会った。