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春雷 千春の人生  作者: ドリーム
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親子との再会 最終話

 それから数日後、千春の両親は木更津に渡った。今のところ分かるのは木更津周辺の旅館と言うことだけだ。二人は木更津周辺の旅館を調べたが多すぎて見当もつかない。まず市役 所に行き木更津市内の秋沢千春、二十七歳は住んでいるか調べて貰った。この当時は個人情報保護法という法律はなく、親の証明出来れば調べて貰えた。だが木更津市内に住んでいないと分かる。近隣の富津町を調べてみたらどうでしょう、あの辺は海辺に沢山の旅館があるからと勧められた。二人は富津に足を延ばした。役場でまた調べて貰った。

 「お待たせしました。秋沢千春さんですね。一人該当者がおりますね、この住所からすると小端屋旅館になりますが。こちらにお勤めでしょうかね」

 「旅館に勤めていると聞きましたから、間違いないと思います。助かりました有難う御座います」

 二人は住所と地図を書いてもらってやっと目的の場所に辿り着いた。

旅館を前にして緊張している。約六年ぶり、いや間もなく七年近くか本当に久し振りの再会だ。親から見ればまだ子供で頼りない娘が今や二人の母になっている。嬉しさもあるが心配もある。会いたくないと言われるかも知れない。

「とにかく今日は此処に泊まろう」

「じゃあ最初に私が入るわ。私なら会ってくれるはずよ」

「まぁそれがいいか」

最初に春子が予約してないけど泊めて欲しいと申し込んだ。

「いらっしゃいませ。はい空いていますよ。おひとり様ですか」

「いいえ二人ですが連れは少し遅れて決ますので」

受け付けたのは千春の後輩の若い仲居だった。春子はドキドキして居る。バッタリ千春と鉢合わせになるのも気まずい。この若い仲居さんに聞こうか。それとも女将さんに先に会うべか迷った。取り敢えず仲居に案内されて部屋に入った。東京湾が一望出来る眺めの良い部屋だ。

「あの~こちらの女将さんは」

「はい女将は間もなくご挨拶に来ると思います。小さな旅館ですが女将が挨拶するのがしきたりになっております」

「そうですか、それは丁度良かった」

暫くすると六十過ぎの女将がやって来た」

「ようこそ、いらっしゃいませ。何もない所ですが温泉と料理は自慢出来ますよ」

「あの~単刀直入に申し上げますが、こちらに秋沢千春がお世話になっているでしょうか」

 いきなり言われて女将は絶句した。ついに来る時が来たかと覚悟した。

「……あの~もしかして千春ちゃんのお母さん?」

「はいそうです。やはりこちらにお世話になっていたんですか、娘が大変お世話になって」

すると女将さん床に頭を擦りつけ謝った。

「こちらこそ申し訳ありません。本来ならすぐ知らせるべきでしたが千春ちゃんはそれだけは止めて下さいと哀願するもので。たぶん親御さんに知らせたら、まだ何処かに行ってしまう気がして。私の姪の紹介なんです。咲子といいまして学生時代からの親友だそうで。身ごもっているからお願いと頼まれましてね」

「とんでもない。そんな娘を雇って頂き感謝しています」

「そう仰って頂くと肩の荷が降りた感じです。今では千春ちゃんが料理を除き旅館を切り盛りしているほどで助かっていますよ」

「いいえ女将さんの指導の賜物でしょう」

「今日は泊まり客も少なく千春ちゃんにはご両親と心行くまで話し合って下さい。……あの今日はお一人で?」

「いいえ、亭主は表に待たせています。なにせ千春は父が怖くて逃げるんじゃないかと」

「それはないでしょう。千春ちゃんはもう立派な大人であり二人の母親ですよ。あっまだお孫さんに会ってないんですね。では私、千春ちゃんが驚かないよう話してから来させましょう」


 女将は千春に両親が来ていることを伝えた。

だが千春は覚悟していたらしく分かりましたと女将に伝えた。手紙を出した時から覚悟していた。その時が来たのだ。何から話せば良いか分からないが、とにかく詫びるだけだ。千春はそっと襖を開けた。役七年ぶりの対面だ。開けた途端に母が飛びついて千春に抱きついた。詫びる暇もなく母は泣き崩れた。千春も言葉が出ないまま母に縋った。それが五分ほど続いただろうか。やっと我に返った千春は母に土下座して詫びた。

「いいのよ千春、生きてさえいてくれれば」

「本当に心配かけてごめんなさい。私もまさか妊娠しているなんて思いも寄らなかった。お母さんにもお父さんにも合わせる顔がないと逃げてしまって本当に親不孝な娘で御免なさい」

「お父さんもいけないのよ。本当に名前の通り頑固一徹なんだから。確かにそんな事を聞いたらお父さんは貴女を張り倒していたでしょう。ただ聞いて、お父さんは貴女が可愛くてしょうがないのよ。その裏返しに怒鳴る事しか知らないから。私は何度も言ってやったのよ。時代の流れだから私達の時代とは違うのよと」

「それでお父さんは?」

「表で待たせてあるの。大丈夫よ、お父さんも分かってくれるって」

千春は後輩の仲居に外に居るお客さんを呼んで来てと頼んだ。暫くすると父が気まずい顔をして入って来た。千春は入ってくる前から襖の方に向かって土下座していた。いきなり父に張り飛ばせるか、ドヤさせるんじゃないかと思っていた。だが父は何も言わず千春を抱きしめた。口下手な父だから態度で、もういいと言っているのかも知れない。あれから役七年長い長い冬が終わった感じだ。千春は再び詫びようとしたが父は顔を横に振って、もう過ぎた事だと言う。母の春子は抱き合う父と子の姿を見てまた涙した。やがて母は思い出したように千春に言った。

「それより千春、孫に合わせて頂戴。双子なんだってね。子育て頑張ったね」

「今更ながらお母さんの気持ちが分かるような気がして来ました。いま連れて来るわね」

 千春は双子に以前からお爺ちゃんとおばちゃんにいつか合わせてやると言っていた。

 やっとその時が来たのだ。

「ねぇお母さん。お客さんの部屋に入ってもいいの。いつもお客さんの部屋に入っては駄目と言ってるじゃない」

「今日は特別よ。あなた達のお爺ちゃんとおばあちゃんが来ているの」

「え~ 本当? あの鎌倉に住んで居るという」

「そうお母さんが生まれ育った所よ。本当はもっと早く連れて行くべきだったけど御免ね」

「ほらぁまたお母さんのゴメンが始まった」

「じゃあ行こうか、キチンと挨拶出来るわね。もう小学一年生になるんだし」

二人は母の後ろに着いて行く。だが少し緊張しているようだ。千春はニコッと笑って入るわよと即し。襖を開けて入ると二人は少し照れながら。

「おじいちゃん、おばあちゃん。初めまして私は小春です」

「僕は春樹です。宜しくお願いします」

 一徹と春子は目を点にして二人を見つめた。自分たちの孫なんだと心に言い聞かせる。千春が生まれ時依頼の感動があった。

「まぁ見事なご挨拶ね。男と女だけど本当に良く似ているわ」

「……はい、おじいちゃんです。今日は何も買って来なかったけど何か欲しい物あるかな」

「もうおじいちゃんったら、物で釣るつもり」

「いやそうではないが、そうだランドセルはもう買ったのか。勉強机も必要だろう。それから洋服も」

「もうズルい。私だって買ってあげたいのが沢山あるのよ」

それから夕食を共にした。積もる話も沢山あるだろうが千春の両親は孫にばかり話かける。千春とは再会したが少しギクシャクするのも仕方がないことか。蟠りがあっても親子、それも時間が解決してくれるだろう。孫は目に入れても痛くないというが正にそれだった。親不孝な娘だが両親には二人の孫が何よりと贈り物だった。翌日千春の父と母は孫二人を連れて街に行きランドセルを買いに行った。

千春はいいよと言ったが、女将さんは笑って。好きなようにさせたら、それがお爺ちゃんおばちゃんの一番の楽しみなのだからと言われた。

「嗚呼、私も子供が居たなら今頃は私達も同じ事をしただろうな。そうだ小春ちゃんと春樹くんに私もプレゼントしないと、私にも孫みていな子だから」

「そんな女将さん。いいですよ」

「何を言って居るの、あの子達は生まれた時からずっと見て来たのよ。私にも孫と言わせて」

千春の両親は翌日ランドセルどころか沢山の洋服や玩具って来た。それから千春に三十万渡して、また来ると言って帰って行った。

 それから数日後、女将が千春の話があると言った。いつにもなく真剣な表情を浮かべている。

 「あのー御上さんお話ってなんでしょう」

 「ううん……千春ちゃんは鎌倉に帰るのかい」

 「えっ? どうしてですか」

 「だってご両親が帰っておいでいったんでしょう。可愛い娘だもの。それに孫って側に置きたいと思っているはずよ」

 「いいえ私は当分、こちらでお世話になりたいと思っています。女将さんがいいと仰るなら」

 「だって実家に帰らなくていいの。鎌倉でも有名な酒蔵でしょう。実家に帰って新たにお婿さんを迎えて」

 「まさかぁ私は結婚するつもりはありません。それに仲居の仕事が好きなんです。ですから実家の事は気にしないで下さい。まだ父も六十前です。当分は安泰です。そうね十五年経ったら春樹も二十歳を過ぎますから本人が希望するなら春樹が後を継いでくれますよ。父もきっとそれを望んでおりますよ」

 「じゃあ千春ちゃんは当分居てくれるのね。実は私も六十五歳まだまだとは思うのだけど持病があってね。長く続けられないのよ……私の勝手な希望だけど千春ちゃんとご両親の許しがあれば、いずれこの旅館を引き継いで欲しいのよ。大した旅館じゃないけど……」

 「それは有難い話です。この町にも慣れたしこの海も綺麗だし願ってもないことですが、私なんかに出来るかしら万が一潰すような事になったらどうするんですか」

 「なぁに千春ちゃんなら大丈夫、万が一そうなっても後悔しないわ。子供に恵まれなかった私達には千春ちゃんとん子供は家族同然だと思っているもの」

 女将からの驚きの告白だった。千春も旅館の仕事が気に入ったし断る理由はなかった。当分は時々、孫を連れて実家に帰り親孝行するつもりだ。まだ先の事は分からないが自分の選んだ道、悔いのないように生きてゆきたい。

 間もなく三月も終り四月に入った。四月五日はいよいよ桜吹雪が舞う中で小春と春樹の入学式だ。もちろん鎌倉からは千春の両親も来ていた。父は新しく買ったのか一眼レフカメラの望遠付き。カメラマン顔負けの装備だ。流石の千春も呆れていた。私も幼い頃あんなに可愛がってもらったのだろうか。少なくても父にはいつも厳しく叱られてばかりだったが、いまでは孫に夢中になっている。世間では(君といつまでも)という曲がヒットしていたが「幸せだなぁ」まさにこの事だろうか。だがその先の歌詞は嫌いだ「僕は君といる時が一番幸せなんだ」

千春はあの日の事を思い出した。私を連れて逃げてと言ったのに自分ばかりが逃げて行った。つくづく思う。優しく人が良いだけでは人を幸せに出来ない。改めて思う。いざと云う時に強い意志を持った男こそ本当の優しさじゃないのかな。千春も気が付けば間もなく二十八歳になる。現在ならまだ余裕のある年齢だが、この時代の適齢期は二十五歳くらい。しかも二児の母となれば誰も相手されない。もともと千春は結婚願望なんかなかった。あの朝倉幸太郎みたいな男を愛したのが悔やまれる。もう男なんかこりごりだ。若気の至りにしては大きな代償を支払った。自分の人生を奪われたと言ってもいい。ただ二人の子供を授かった事だけは感謝するが私の青春を返して言いたい。父と母は孫の可愛がり方は異常なほどだ。いずれ春樹は秋沢酒造を継ぐ事になるだろう。私が出来なかった事を春樹が繋いでくれる。ふっとそんな事を思っていたら窓の外がピカッと光ると同時にカミナリが鳴り響いた。入学式の真っ最中だっただけに子供達は驚いていた。

「春雷か……春が私なら父は雷だろうか。私の人生そのものね」





なんか古臭く女性が書いたような文章になってしまいましたが私は男です(笑)

時代背景を戦後まもなくの頃にしたのは、まだ封建主義が主流だった為に娘の悲劇に繋がる内容の為です。千晴の人生としたのは二部制と考えています。

後に千春の娘が大人になりどんな人生を歩むか、また春樹が酒造の跡をどう繋ぐのか含みを残しました。皆様のご意見や、ご指摘を抱ければ幸いです。


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