03
私が追いついた頃には、戦闘はすでに終わっていた。
ひったくり犯は、警察官の格好をした若いお兄さんの下敷きになっていた。
スラッとしたした細身の体が巨漢をいとも簡単に押さえ込んでいる姿を見るに、このイケメンの警察官は本物と見て間違いないだろう。
2人のすぐ横には警察官のものであろう、白い自転車が転がっている。
急に現れた男にぶつかって倒れたのか、女性もののカバンを片手に全力で走る男に異常性を感じた警察官が自転車を投げ捨てて男に飛びかかったのか、この現場を見ただけではわからない。
大の大人が2人取っ組み合いをしていれば、さすがに目を引くらしい。
気付けばどこからともなく現れた野次馬が、警察官の周りを取り囲んでいた。
私と追いかけっこをしていた時は人っ子一人いなかったのに、いったいどこから湧いて出てきたのか。
私は群衆に奪われた意識を現場に引き戻した。
何かおかしいと思ったら、男と警官の周りには私のバッグらしきものがどこにもない。
もしかしたら取っ組み合いの下敷きになっているかもと目をこらすが、そんなことはないようだ。
どさくさに紛れて別の人が持っているのかと左右を見ても、どこにも見当たらない。
次は後ろだと体ごと振り返ると、青いハットをかぶった小さな男の子が私の真後ろに立ち、私をじっと見つめていた。
私は声にならない悲鳴をあげて派手に1歩後ずさりした。
たとえ小さな子供とはいえ、そんな真後ろで気配を殺してじっとこちらを見ているなんて、ちょっとした恐怖体験だ。
子供はそんな私を見兼ねたのか、胸に抱えたバッグを私に見せてきた。
私はようやくそこで気付いた。
さっきの子だ。
あの時は遠目だったが、気が動転した私でもそのハットはさすがに見覚えがある。
謎の子供は、私が事態の飲み込むのを待っていたらしい。
私の顔が事を理解したと告げると、子供は私のこわばる手を華麗に引っ掴んだ。
「ねっ行こ!」
私の返事も聞かず、子供は私をぐいぐい引っ張って群衆の中から連れ出した。
毎月食べているオムライスのはずなのに、こんな気持ちで食べるのは初めてだ。
無邪気にオムライスを頬張るどこの誰かも知らない少年を眺めながら、私は今日何度目かのため息をついた。
時間は14時を少し回ったあたり。
カウンターが数席と2人掛けのテーブル席が1つという狭い店内。
ちょうどお昼時を抜けたタイミングということもあり、2人はすんなりとテーブル席に座ることができた。
店内にある装飾といえば、誰のものかはわからないサインが数枚壁に貼られている程度。
質素な店内が、2人の異様な空気感を際立たせているみたいだ。
「お姉ちゃん、食べないの?おいしいよ!」
どんな子供であれ、屈託のない笑顔でそんなことを言われれば、決して悪い気はしない。
「で、君はいったい何者なのよ。」
見た目は小学生の低学年程度だろうか。
ハットをかぶっていた時はわからなかったが、脱いでみると綺麗に揃えられた坊ちゃん刈りのヘアスタイルが露わになった。
彼の立ち振る舞いが大人びているのもあって、なかなかのミスマッチだ。
「いやー危なかったね。あのまま警察に捕まったら、今日1日事情聴取で終わってたよ。」
少年はたっぷりと頬張っていたオムライスをゴクリと飲み込んでから、私の問いには見向きもせず満面の笑顔でそう言った。
確かに少年の言う通りである。
あのままあの場所で棒立ちしていたら、イケメン警察官にひっ捕まって長ったらしい書類を書かされていたに違いない。
ただ、あのイメメン警官の事情聴取だったら受けてもいいかなーなんて、ちょっとは思ったのだけど。
「お姉ちゃん、よくないこと考えてるね。すごい顔してる。」
私が今どんな顔をしていたかはわからないが、おそらく私に負けず劣らず不敵な笑みを浮かべながら、少年はそう行った。
少年に完全に主導権を握られている。
私は緩みきった顔をシャキッと引き締め、少年に向き直った。
「見ず知らずの男の子を連れ回してたら、私も誘拐犯になっちゃうから。食べ終わったら一緒に帰ろう。お家はどこ?」
「大丈夫。誘拐犯に見えないように上手に振舞うから。ねぇ、今度はあそこ行きたい!お買い物!」
主導権はなかなか取り返せそうにないようだ。