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ある土曜日  作者: hyo
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02

バキバキにひび割れた画面を何とか操作してアプリの引き継ぎを済ませ、携帯ショップにて代替機を手にした時にはもう、せっかくの土曜日は後半に差し掛かっていた。

私は軽くため息をつきお腹をさする。

急がないと優雅なランチタイムも終わってしまう。


下町ブームに乗り切れないと早々に判断したこの町は、年々元気が無くなっていく商店街を尻目に巨大なショッピングモール誘致に舵を切った。

「ただでさえ風前の灯火である商店街に止めを刺す気か。」

そんな悲鳴を吹き飛ばし数年後に完成したショッピングモールは、駅から徒歩数分という好立地も手助けし、特に休日は見事なまでの大盛況であっという間に町の中心を奪い去ってしまった。

ただし、嬉しい誤算もきっちりと用意されていた。

ショッピングモールの利用客が、思いの外商店街へと流れたのだ。

商店街は今ではひっそりと息を吹き返し、ショッピングモールと合わせて町に欠かせない存在となっている。

私はそんな商店街が好きだった。


今日のランチは事前に決めてあった。

そんな時代の荒波を器用に乗り越えた、商店街のはずれにひっそりと佇むカフェ。

1ヶ月に1回は足を運んでいる、オムライスが美味しいお店だ。


気分が沈んだこんな日は下手に新しいお店を開拓するよりも、慣れたお店にいつものメニューで安定した楽しみをした方がいい。

普段はまったくあてにならない私の動物的な本能も、こういう時だけは頼りになる。


私は赤ランプの横断歩道で足を止めた。

ふと目線を上にあげると、いつの間にか青空が覗く程度まで回復している。

カフェは目の前の横断歩道を渡り、路地に入ってすぐ。

日の光を受け、暗くこわばった顔も自然とほどけていくのがわかる。


ふと前に目をやると、横断歩道の向かい側に立つ大きな人が目に入った。

モジャモジャの髪、ずんぐりむっくりした体型、Tシャツのシワがこの距離でも見えてしまう、あまり清潔とは言い難い風貌である。

そして何より、私を睨んでいるかのように見えるのだ。


ここは日本だからさすがに大丈夫だよという安定脳と、今日の私はやばいんだからズメコベ言わず逃げろという本能が私の頭で小競り合いを始める。

しかし決着が付くよりも早く、信号が青に変わった。



さすがの私も恐怖で足がすくんでしまった。


信号が変わった途端、対岸の重そうな身体が面白いほど軽やかに、一直線に私目掛けて走り出したのだ。

ただ急いでいるわけではないということは、男の視線が間違いなく私を捉えていることからも明白だ。


こんな時に限って、私の他に横断歩道を渡る人も、信号待ちをする車もない。

後ろを向けばさっきまでいた携帯ショップがあるが、全速力で向かってくる男から逃げ切れるとは到底思えない。

私がそんなことを考えている数秒の間に、男は信号を鮮やかに渡りきると、私が肩に掛けていたバッグをひったくり、私を強く突き飛ばした。


男でいっぱいになった視界が、強烈な衝撃と共にひっくり返る。

私は軽く中を舞い、なす術もなく派手に尻餅を付いた。

不思議と痛みはない。

気が動転し過ぎて、そこまで神経を回せないのかもしれない。


ほんの数秒の静寂。

四方に散った意識が、徐々に戻ってくる。

行き場を失い右へ左へと彷徨っていた視界が、私のカバンを脇に抱えた巨体をようやく捉えた。

男はそれを確かに見届けてから、身の毛もよだつような気持ちの悪い笑顔を浮かべて再度走り始めた。


私は恐怖による硬直を一瞬で解いて立ち上がり、男の背中を追って走り出した。

苦境時の私の精神は、自分でも嫌になる程図太くてしつこい。

やられっぱなしでハイハイそうですかなんて、私のプライドが許さないのだ。


とはいえ相手は成人男性、特別運動神経がいいわけでもない私は追いつくどころかどんどん離されてしまう。


さすがに諦めかけたその時、男が通り過ぎた路地から小さな子供がひょこっと顔を出した。

男の子だ、と思う。

青を基調にしたシンプルな洋服にハットを合わせた、遠目から見てもずいぶんとオシャレな子供だ。

何か声を掛けたのだろうか、男は振り返り子供を見つけると、Uターンしてその路地に走り込んだ。

次の瞬間、ガシャンとう自転車が倒れたような音と男の痛がるうめき声のような音が、私の耳まで確かに届いた。

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