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6.緑目の男

 バイクにまたがり、御荘はマンションの駐車スペースから飛び出した。

 最短距離を通って国道へと入り、そのまま目的の場所までわき目も振らず走り続ける。

 交通量が減り始めた通りを駆け抜けていく御荘の姿を見咎める者はいない。高速道路を経て住宅街へと降りるころには、周囲から人通りは絶えていた。

 とある一軒屋の前にバイクを停める。


「ここだな」

 そこは荻たちが生活している場所であり、本拠地でもあった。

 周囲にはこれといった特徴も無く、一見すると単なる住宅にしか見えない。だが、良く見れば監視カメラの類が数箇所に設置されており、扉や鍵も一般的なものとは違っている。

 恐らくはガラスも強化ガラスになっているだろう。


 しかし、そういった設備とは違う点で違和感を感じ、御荘はヘルメットを外してしばらくの間、外から様子を見ていた。

「……誰もいないのか?」

 夜とはいえ、まだ日付も変わっていない。数名が住み込んでいるはずのこの家で、誰も警戒をしていないことがありえるだろうか。


「留守にしているのか? あるいは、逃げたか」

 御荘は自分が死んでいないことを知って、荻たちが本拠地を放棄した可能性を考えた。もしそうなら、この家で手がかりを見つけて後を追うのみだ。

 裏切った相手が逃げたからといって簡単に諦める御荘ではない。

 絶対に報復する。それが彼にとっての決まり事だから。


 怒りを抱えた御荘ではあるが、違和感はさらに深まる。

「鍵がかかっていない」

 玄関のノブを握ると、あっさりと扉は開いた。放棄しているにしても不用心に過ぎる。警察が来て検挙していったのならば数名の警官が見張りに立っているはずで、その可能性は薄い。


 ゆっくりとノブを引き、扉をうっすらと開く。

 その隙間から中の様子を窺おうとしたのだが、見えたのは室内ではない。ドアノブとその枠にまたがるように駆けられた細いピアノ線のような紐が、ほろりと外れて落ち始めた瞬間だった。

 直後、御荘は本能的に危険を察して、横っ飛びに倒れ込む。


「爆弾……じゃ、ないのか!」

 ピンを抜くことで起爆するタイプの爆弾かと考えて身構えていた御荘だったが、噴き出したのは爆風ではない。熱風だった。

「ぐっ……」

 ライダースーツを焦がすような熱から避けるように離れると、風に押された扉が勢いよく開放された。


 玄関ホールからまっすぐ奥へと通じる廊下は、炎上していた。

 扉の内側で未だに燃え上がっているものを見て、御荘は眉を顰めた。

「火炎放射装置? 罠にしては凝り過ぎているな」

 ピンが外れると内部の薬剤が反応して着火。火が点いた液体などをまき散らす。爆破による破壊を行わず、純粋に火災を狙うものだ。


 御荘も幾度か製作した経験はあるが、爆発と違って殺害に関して確実性に乏しく、特殊な用途以外では使用しない。

 製造そのものも面倒で、爆発を使わずに火災を広げるのにコツがいる。ちょっとした爆発物を作るよりも技術が必要になるのだ。

「つまり、これを仕掛けたのは荻たちではないんだな」


 爆発物を作る技術があるのであれば、わざわざ高い金を払って御荘に依頼することはないだろう。

 もし最初から御荘を狙っているのであれば、もっと直接的な方法に出る。罠を仕掛けるにしても、彼を害するなら爆弾を仕掛けるはずだ。

「焼く。焼く理由は……」


 御荘は燃えている玄関から建物の側面へと回り込み、窓ガラスを叩き割ってカーテンを掻き分け、中へと飛び込んだ。

 火が回る前に、この火炎放射装置を仕掛けた者が焼こうとしたモノを見つけなければならない。

 布団がいくつも並んだ部屋の中を歩くと、いくつかの死体が転がっていた。


「刺殺だな」

 荻の仲間だろうか。全て男であり、眠っているところで胸を一突きにされている。慣れたやり口で容赦はない。

 順番に、枕で顔を塞いで騒がれないようにしたまま刺し殺すという方法を繰り返したのだろう。たった一人、端に眠っていた男だけが枕を顔の上に乗せていた。


「お前か……」

 枕を蹴り飛ばすと、露わになった死体の顔。それは荻と共に御荘への依頼で喫茶店に姿を見せ、彼を怒らせた青年だった。

 何が起きたかわからないまま絶命したのだろう。両眼を見開いた驚きの表情でこと切れている。


 部屋をぐるりと見回し、ここには何もないことを確認しながら、御荘は自分が冷静でないことに今さらながら気づいた。

「違う。何かを焼いて消そうとするなら、火がそこへと到達するように仕組むはずだ」

 引き戸を慎重に開き、何も仕掛けられていないことを確認して廊下へと出る。

 灼熱の炎が躍る廊下へと出た御荘は、炎の動きが不自然なことに目が行く。


「床が燃えている……」

 通常の建物火災では天井に上がった炎が広がり、可燃物を通じて下方へと燃え広がる。

 しかし今は、廊下が激しく燃えていた。

「誘導か」

 予め油を染みこませていたのか、蛇が這い進むように炎が廊下を渡り、リビングらしき場所へと入っていくのが見える。


「ここか!」

 扉は開いていた。

 ハンドガンを抜いて慎重に中を確認すると、ダイニングテーブルを部屋の隅に押しやり、広くスペースが開いた場所に椅子が一つ。

 そこに座る人物が一人。荻だ。


「おい。この状況はどういうことだ?」

「その声……み、御荘か……」

「お前……」

 御荘の問いかけに顔を上げた荻は、変わり果てていた。両眼を潰され、歯もいくつかへし折られている。拷問というよりは、嬲られたような姿だった。


「どうしてここが……」

「俺はお前たちを頭から信用しているわけじゃない。それよりも、だ。お前の依頼を完遂しようとしたが、誰かが俺の爆弾を移動させたらしい。お陰で美味いベーグル屋は吹き飛ばされて、俺も怪我をした」

「なんだと……」


 下あごをわなわなと震わせて荻が驚愕する。

 その様子に、御荘は首を傾げた。

「お前たちの仕業じゃないのか?」

「ち、ちがう。私たちは断じて約束を違えるような真似はしない! ……そ、そうか、あの男が……」

「心当たりがあるなら、説明してもらおうか。早くした方が良い。廊下の火がここにくるまで、大した時間はないぞ」


 言いながら廊下へと目を向ける。

 リビングの中までは油の道は作られていないらしく、出入り口をふさぐように火が舞い上がっている。

「火? さっきの何か噴き出したような音は、君の爆弾の音なのか?」

「俺じゃあない。誰かが玄関の扉に細工をしていた」


 よく見ると、荻は後ろ手に縛られているらしい。

 しかし荻を解放することなく、御荘はそのまま荻の目の前に立ち、彼を見下ろしていた。

「私をここに縛り付け、こんな目に遭わせた男は知っている。名前はわからん……が、特徴はわかりやすい。緑色の左目をした男だ」

 痛みからか恐怖からか、荻の下あごはがくがくと震えている。


「ほんの数時間前、そいつは急に訪ねて来た。目的は、君だよ。御荘……」

 アジトへと入って来た男は、訝しむ荻に対して自分の理想を熱く語ったという。反政府集団であることを知って近づいてきたのはわかったが、仲間に入りたいという話はついぞ出なかった。

「私はじっくりと話を聞いていたが、他のメンバーが就寝してしばらく経ったとき、そいつは豹変した」


 突然荻を殴りつけて椅子に縛り上げると、銃を持ってどこかへと去り、すぐに戻って来た。

「私の仲間たちを始末した、と言っていたが……」

「事実だ。死体は先ほど確認した」

 話の続きを促すように御荘が伝えると、荻はがっくりと肩を落とす。


「……私の口から、君に依頼した爆弾の内容を聞き出したそいつは、何やら室内でごそごそと動き回っていたようだが、いつの間にかいなくなっていた」

 数時間もの間、荻は縛り上げられたままだったらしい。

 御荘は最初、緑目の男とやはら爆弾の位置を変えてからここを襲ったものと思っていたが、逆だったらしい。


「あんたの名前を出して、『何か依頼をしたか』と聞かれたんだ。最初はもちろん、話すつもりは無かったが……」

 拷問を加えられ、とうとう話してしまったらしい。

 そこまで聞いて、御荘はため息を漏らした。

「同情はしない。俺が迷惑をこうむった理由がお前にもあるとわかった以上、こちらとしてもそれなりのケジメはつけさせてもらう」


「そうだろうな……元より抵抗なんてできる状況じゃない。いや、できれば殺してくれ」

「その前に、情報だ。その男について洗いざらい話してもらおう」

 荻は素直に話した。

 緑目の男は何かの病気で左目だけが緑がかった色をしており、痩せて神経質そうな細面の男だったという。


 年齢は三十前といったところで、話している間、細く節くれだった指を幾度も動かして落ち着かなかった、と荻は語る。

「そいつが、俺を探していた、と」

「というより、君が仕掛けた爆弾を探していたようだ。あれは君の話題をとても嬉しそうに話していたよ。熱狂的なファンだとでも言いたげに」


 そういう人物には覚えが無いと首を捻る御荘に、それ以上情報は無い、と荻は血が固まって赤黒く染まった目元を向けた。

「火の熱さを感じる。もう、時間が無いのだろうな」

「そうだな。俺もそろそろ出ないと危なそうだ」

「……焼けるのは嫌だな。こんな目に遭わせた私が言うのもなんだが、どうか早いところ楽にしてくれないか。目の痛みには慣れたが、窒息も焼死も苦しそうだ」


 御荘は小さく息を吐き、ずっと手にしていたハンドガンの安全装置を外した。

「理想は成らず、か……」

 呟きが終わると同時に、御荘は引き金を引く。

 至近距離から頭部を貫通した45口径の弾丸は、彼の背後にあったキッチンへも穴を穿った。


 消防車のサイレンが近づいてきたころには、もう御荘は姿を消していた。

 帰宅した彼は、疲労と傷の痛みにふらつきながらも、頭の中では『緑目の男』を探す方法を考え続けている。

「目的がわからん。俺のファンで、爆弾を好む、発火装置を作ったのが本人ならば……」

 そいつはどこかで自分と接点があるはずだと思い至ったあたりで、御荘の意識は睡魔に取り込まれた。

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