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5.復讐のために

 坂江が病院についた時、すでに時間は19時を回っていた。人気の少ない病院の正面は閉ざされており、仕方なく裏へと回る。

「ちょっと部屋の場所を聞きたいんですが」

 そう言って声をかけたのは、病院の裏口に入って最初に見かけた人物だった。

「……ん?」

 服装からして男性看護師だと思っていたのが、よく見ると首元や腕に包帯を巻いていて、歩き方も少しぎこちない。


 背中を向けていて顔は見えないが、普通の看護師という雰囲気ではなかった。

「病院を抜け出そうって患者なら、大人しく自分の病室へ帰ってくれ。そうじゃないなら……何者だ?」

 肩越しに送られる鋭い視線に捉えられ、坂江は思わず懐へと手を差し入れて銃に触れた。

「僕は警察官だ。変な真似はするなよ?」


 言葉が終わるより前に、背を向けたままの男が腕の包帯を乱暴に自分の顔へと巻き付けたかと思うと、坂江に向けて振り向きざまの足払いを仕掛けてくる。

「うわっ、お前なにを!」

 飛び下がった坂江は銃を抜こうとしたが、胸の上を殴りつけられて手を離してしまった。

「くそっ!」


 声を上げて人を呼ぼうかとも一瞬は考えたが、一般人を危険にさらすわけにもいかないと思いとどまる。

「……銃を持っていた男だな?」

 救急からの伝言で、若い男性であることは聞いていたが、火傷のような傷があることであてずっぽうでしかなかった。


 しかし、相手の動きは止まった。

 包帯の隙間から覗く相貌が鋭い視線を自分に向けていることに怖気を感じるが、図星を突けたと判断し、さらに言葉を重ねた。

「病院から連絡を受けて来た。大人しく……」

 最後まで言わせてもらえない。


 男が再び接近し、坂江の顔に拳を打ち付ける。

「くぅっ!」

 肘でどうにか防ぎきったところで、腿の外側をしたたかに膝蹴りで打たれた。

 たまらず膝を突いた坂江の顔に追撃が来るが、自分から前に倒れてやり過ごす。

 そのまま、タックルで押し倒そうとしたが、男の方が上手だった。


「あっ!?」

 両手を伸ばして前のめりになった坂江の上を、前転しながら男が通り過ぎていく。

 振り向こうとしたのも間に合わず、尻を強かに蹴り飛ばされて滑るように床へと転がされ、気付いた時には非常口の扉が閉まった直後だった。

 痛みに耐えながら外へと追いかけたが、男の姿は無い。


「……くそっ!」

 携帯電話を取り出して署に連絡し、容疑者逃亡に備えた緊急配備を要請すると、坂江は染みとクラックが目立つ古ぼけた廊下の壁にもたれかかり、座り込んだ。

「痛ぇ」

 誰かと格闘戦をやったのは初めてだった。訓練とは違う、ヒリヒリとした緊張感から解放された今、初めて自分の鼓動が痛いほど早くなっていることに気づかされる。


 しばらく荒い息を吐き、どうにか呼吸を落ち着けたころに看護師がやってきた。

「だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫です。……多分」

 それよりも、と痛む足に顔を顰めながら立ち上がった坂江は、看護師に苦笑いを向けた。

「通報を受けた銃を所持していた人物についてですが……」


 容貌を確認した坂江は、やはり先ほどの相手が銃を所持していた男性だと知る。

 そして、病院で回収していた銃を見せられた坂江は呻った。

「これは……」

警察関係者を始めとして銃を携帯する人間が多少増えたこの時代でも、逃げた男が持っていたというタイプの拳銃は珍しい。


 コンシールドキャリーと呼ばれる、突起が少なく隠し持つのに便利なフォルムをした小型の拳銃だった。『DETONICS』の刻印が施されたそれは、見た目はコンパクトだが銃弾は45口径と強力だ。

 とてもじゃないが一般人が護身用に持つものでは無く、また警察などでも採用された履歴は無いはずの銃だった。


 その後、病院のスタッフから協力してもらった坂江は、逃げた男の身分証などは見つかっていないこと。ゆえに姓名も不明であり、血液型くらいしかわかっていないこと。男が着ていた看護師の制服はロッカーから盗まれたものであることが分かった。

「プロだな」

 ロッカーは多少乱暴ながら、クリップか何かで巧妙にピッキングされていた。指紋を回収することにしたが、何かが見つかる可能性は低いと考える。


「それで、他に気になることはありませんか? なんでも構いません。逃げた男を追うヒントが欲しいのです」

 応援に来た鑑識へ銃を手渡した坂江に、看護師たちは顔を見合わせた。

 その中に、爆破事件当時に急患の受け入れをやった者がいた。

「関係があるかどうか。救急救命士の人が言っていたんですけれど……」


 言っても良いものかどうか迷っている様子の女性を見て、坂江は自分の頬が引きつって険しい顔になっていることに気づいた。

 どうにか頬に力を入れてスマイルを作るが、うまくできている気はしない。

 それでも女性は言葉を紡いでくれた。

「今、一時的に集中治療室(ICU)に入っていた三崎さんという患者さんが一般病室に移ったんですけれど、その方、逃げちゃった男性に背負われて救急車に乗ってきたそうなんです」


 女性は偶然居合わせただけかも知れないけれど、と勘違いである可能性を念押ししたのは、自分のせいで誰かが誤認逮捕でもされたら取り返しがつかないという不安からだろうか。

「ありがとうございます。あとは私が話を聞きます。えっと……お話、できますかね?」

 坂江は、まず間違いなく逃げた男が爆発に関わっていると感じていた。



 坂江との遭遇戦からどうにか脱出した御荘は、夜の闇に紛れ、人目と監視カメラを避けるようにして自宅へと戻ってきていた。

 そして、作業室へと倒れ込むように飛び込み、薬品棚から火傷の治療薬を取り出して、たっぷりと傷口に塗り込める。

「ぐ、う……」


 びりびりと染みこむ痛みに歯を食いしばり、ガーゼを当て、テーピングをした上に包帯をきつく縛りつけた。

 息を吐きながら洗面所へと向かい、脂汗をびっしょりとかいた全身をたっぷりの湯で濡らしたタオルで拭う。煤と血が付いたタオルをゴミ箱へ放り込む。

 清拭を三度繰り返し、ようやく痛みに慣れてきた。


「あの連中……」

 ダイニングテーブルに置いていたノートパソコンを起動させ、隠していたUSBメモリスティックを差し込むと、ずらりとデータが並ぶ。

 そこには国内外のあらゆるテロ集団・反社会組織の情報がまとめられていた。それはある種の顧客リストであり、何かあればすぐに『制裁』を行うためにため込んでいた貴重なブラックリストでもある。


「見つけた。こいつらだな」

 メンバーである『荻』の名前でデータ内を検索すると、すぐに該当する情報が見つかった。

 国内。爆破依頼を受けた自治体の隣接県に本拠地を持つ反社会組織だ。小規模ではあるが、うまく公安の目を誤魔化しており、こういった団体としては長続きしている。


 素早く住所を暗記した御荘は、PCの電源を落としてUSBメモリを引き抜き、元の場所へと隠す。二重の棚板にしっかりと固定して、露出していないことを確認した彼が次にやることはすでに決まっている。

 料理だ。


 たっぷりの水で手と顔を洗い、顔の傷に染みこむのを堪えて真新しいタオルで拭う。

 そして消毒用アルコールを三度プッシュしてしっかりと手に馴染ませると、すでに考えているメニューに従って、冷蔵庫や戸棚から材料を取り出す。

 たっぷり三百グラムの牛もも肉。タイム。チーズにアーモンド。そしてゴマ。

 そして納豆と明太子。強力粉や重曹、卵も用意した。


 全体的に一人前には多すぎる量だが、御荘は非常に腹が減っていた。怒りに任せて料理をし、復讐のプランを立てながら食うのだ。

「よし。まずは……」

 オーブンレンジを操作して余熱を開始。その間にもも肉に切れ目を入れて塩コショウを振り、タイムを乗せてオーブン皿へ。


 まだ余熱まで時間はある。

 アーモンドは乾煎りしてビニール袋に包んで麺棒で叩いて崩し、すり鉢で擂ったゴマに混ぜ、だし汁と醤油、砂糖。そして少しだけ味噌をいれてソースを作った。

 そこで余熱が終わったオーブンに肉を放り込む。ある程度火が通ったらチーズを乗せるので、時々焼き具合を見るよう注意する。


 次に手作りナンを作る。

 卵や油、ヨーグルトを入れたボウルに強力粉を入れ、しっかりと捏ねる。さらに重曹や牛乳にドライイーストなども混ぜ込み、形を整えてボウルのまま食器乾燥機に入れて発酵させる。

 発酵を待つ間に、納豆と明太子を混ぜ込み、味見をして少しだけ白だしを入れておいた。


 まだ、オーブンの肉は焼けていない。


 適度に発酵できたナンの生地を再度練り上げてガス抜きを行い、カットしてしばらく寝かせておく。

 その間にフライパンを温め、薄く油を引いたら両面をじっくり焼いていく。

「今だな」

 チラ見していた肉の様子で機を悟った御荘は、オーブンを開けてチーズを素早く振りかけた。


 じっくりと溶けていくチーズに、さらに焦げ目がついたところで取り出す。

 熱いうちに分厚く切り分けて皿に盛り、たっぷりのゴマソースをかけ回したあと、一掴みのネギを散らした。

 丁度、ナンも焼き上がる。

 キッチンペーパーの上に取り出したナンに包丁を入れて袋状に開き、明太納豆をたっぷりと放り込み、完成だ。


「ふむ。見た目はいいな」

 しっとりとソースがかかった厚切りの牛もも肉のロースト。ナイフを入れると柔らかな肉にぐっと刃が食い込み、弾力を感じさせながらもさっくりと切れていく。

 大き目に切って捻じ込むように口の中へ。

 最初はゴマの香りが強いが、すぐに肉汁と混ざり合って複雑な複数の甘みが絡みつき、僅かにハーブの爽やかな風が鼻を抜ける。


 肉は柔らかく、アーモンドの歯ごたえが香ばしさと触感のアクセントになって、ソースの量を少なくしても多めに付けても味わいが変わり、どれも美味い。

「初めてのゴマソースだが、大成功だな……さて、もう一つはどうかな」

 明太納豆のナン。これも思いつきの料理だが、味見した中身は間違いなく美味い。そのままご飯に乗せたい出来だったが、ナンと合うか否か。


 戸惑いなどみじんも見せず、御荘はナンに噛り付く。

「おっ、これは……」

 カリッと香ばしい焼き目ともっちりした生地の中に、出汁の香りを纏った納豆と、ピリリと辛味を演出する明太子のバランスが良い。

 ヨーグルトと牛乳を少なめにし、塩や砂糖などの味付けをしなかったのが功を奏した。ナンが上手に具材の美味さを引き立てている。


 料理をして、食べている間に時間は日付が変わる直前になっていた。

 いつもならば、このまま満足感に浸ってゆっくりと食休みをして、軽いストレッチとシャワー、就寝へとつながる。

 だが、怒りと美味い飯で興奮していた御荘は、眠気など感じていない。

 水を溜めた洗い桶に食器を放り込むと、作業室への扉を開いた。


 そして十分後。改めて武器を取り出し、部屋の外へ出て来た御荘は、真っ黒なライダースーツに身を包んでいた。

 小脇にヘルメットを。もう片手には爆弾を詰めたバッグを抱えている。

「バイクで二時間も走れば行ける。夜明けには“終わる”はずだ」

 住所から道順を思い出しながらヘルメット被る。彼の頭の中には、襲撃した荻たちのアジトを完膚なきまでに破壊し尽くすプランが出来上がっていた。

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