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4.ボンタン刑事

 街中での爆弾テロが全国的に続いていることで、警察は全国的な捜査を効率よく行うために、警視庁所属の刑事を増やし、全国に派遣する方法を取っていた。

 増員された刑事たちは当然試験を受けてはいるが、以前から刑事として捜査していた者たちからは『ボンタン(爆弾担当)』と揶揄されている。

 坂江もそんなボンタン刑事の一人で、少々頼りない風情をしてはいるが、仕事には真面目に取り組んでいるつもりだった。


 三十を目前にしてようやく刑事になれた喜びもつかの間、あっという間に都内から追い出されて、他県の県警本部にデスクと電話だけを与えられ、「後は好きにやれ」と放置されてしまっている。

 それから一ヶ月、コツコツと怪しい連中のたまり場やネット上の情報などを集めていたが、これといった情報は得られずにいた。


 部下も上司も居ない。同県に配属された同僚は幾人かいるが、他の都市の警察署に配属されていて、時折情報交換を行う程度だ。

「すみません。こういう時はどうしたら……」

「それなら脅迫で逮捕できますよ。どんな言葉を使ったかも記録を取っておけば後で役に立つと思います」

「そうなんですね。ありがとうございます」


「……常識だと思うけどなぁ」

 坂江が派遣された都市は平和だった。

 警視庁の刑事として当初は距離を置かれていた彼だが、次第に署員たちと会話をするようになり、今では時折こうして相談も受ける。

 そう、彼は個室すら与えられていない。


 このまま爆破テロ事件とは実質的に無関係なまま、数年もすれば警視庁に戻されるか、別の都市へと出向させられてキャリアは終わるんだろうか、とぼんやり考える。

 念願の刑事になったのだ。事件が起きるのを歓迎するのは不謹慎だが、せめて何かしらの功績は残しておきたいのが本音だった。

 そんな坂江の下へ、慌てた様子の女性署員が駆け寄ってきたのは、そろそろ帰宅をと考えていた夕刻のことだ。


「た、大変です!」

「どうしました?」

 鞄を抱えていた坂江は、その様子に一旦落ち着くようにと伝えて鞄を置いた。

「管内で爆発事件が発生しました! すでに消防や救急、現地近くの派出署員が向かっていますが、現場はパニックになっていると……!」


 詳しい場所を聞いて、坂江はすぐに走り出す。

 署から出て車に飛び乗った彼は放り上げるようにパトランプを屋根に載せ、帰宅途中の車でごった返す通りへと無理矢理車の鼻先を突っ込むようにして走り出した。

「誰か、爆発現場の現状を教えてくれないか?」

『負傷者多数。現在現場周辺で数軒の建物が炎上しており、詳細な被害状況は確認できておりません』


 無線で誰かが状況を伝えてくる。想像していた以上にひどい状況のようで、運転しながらチラチラと現場方向を確認すると、いくつかの黒い煙が立ち上っているのが見えてきた。

 礼を言って無線を切った坂江は、ものの数分で現場に到着する。

「ひどいな……」

 まだ火災が収まっておらず、様々なものが焼ける嫌な臭いがあたりに漂っていた。


「爆心地は?」

 消火作業中の人物に手帳を見せて問うと、相手は通りの一角にある店舗だったと思われる建物を指差した。

 建物正面にはまだ炎が踊り狂っており、元は飲食店であっただろう建物は、通りに面した壁のほとんどを失い、ぽっかりとひらいた穴の中は黒く焼けただれている。


「何もないのに燃えているのか?」

「多分灯油か何かでしょう。臭いがする。ひでぇことしやがる」

 消防隊員の言葉から、坂江は一連の爆弾テロとの関連を疑う。しかし、爆心地となった店舗は、何の変哲もない食堂でしかないことが引っかかった。

「なぜここが狙われた? いや、事件では無いのか?」


 これまでの傾向から、狙われるのは圧倒的に官公庁やその周辺施設が多い。

 稀に住宅や店舗が標的になることもあるが、それも代表的な政府支持者の職場や政治家の私邸などで、テロ犯の標的として理解しやすい場所でもある。

 坂江が知る限り、この店はそういった『標的となる可能性が高い場所』ではない。そういう施設などは全てチェックしているのだ。


 ふと顔を上げると、炎上している店の向こうに自衛軍の地方本部が視界に入った。

 坂江の眉間に、深いしわが刻まれる。

「言い方は悪いが、爆破の犯人が反政府組織だった場合、真っ先に狙われるのは……」

「刑事さん! あんた、刑事さんだよね!」

 考えに没頭しかけたところで、消防隊員から声をかけられ、思考を中断する。


「今連絡があってさ、病院に運ばれた人のことでちょっと問題があったみたいで、来てほしいって話なんだけど」

「病院に?」

「ああ、それがさ……」

 四十がらみの消防隊員は、坂江との距離を詰めて声を潜めた。


「運ばれた怪我人の中に、銃を持っている奴がいたらしい」

「えっ……」

 すぐに行くと返事をして車に乗った坂江は、自然と懐のホルスターに納めていた銃に触れていた。

 怪我人はまだ意識が戻っていないらしいが、もしもの場合には自分も撃たなければならない、と改めて覚悟を決める。


「とはいえ、あまり自信は無いけれど」

 射撃訓練はしているが、腕前の方は決して優秀というわけではない。ただ、この国では猟師など一部を除いて一般に銃を所持することはできず、犯罪に銃が使われるケースは少ない。

 暴力団が発砲事件を起こすことはあるが、いずれにせよ銃に慣れた人物は少ない。撃ちあいになることはまずないだろう、と坂江は楽観的になるよう自分を落ち着ける。


「爆破と関係があるなら、話を聞かないと」

 一連の爆発との関係は、鑑識が現場で調査をして明らかになるだろう。しかし、人物から何らかの糸口が掴めるならそれに越したことはない。

「よし、行こう」

 周囲の一目に触れないように注意しながら銃弾の装填状態を確認し、坂江は車をスタートさせた。



「うぅ……あれ、ここは?」

 三崎が病院で目を覚ましたとき、彼女は集中治療室のベッドに寝かされている状況だった。周囲には誰も居ない。正確には他の患者がいて、静かに眠っているのだが。

 呼吸器が付けられているのが視界の端に見えて、気付いたと同時に全身あちこちが痛痒いような気がしてくる。


 ところが、両腕は指先までしっかりと包帯が巻かれており、身体も上手く動かせない。すぐよこにナースコールがあるのは見えているのに、届かないどころか手が上がらないのだ。

「うそ……」

 絶望感と共に、自分がこうなった理由がおぼろげに思い出される。

「お店はどうなったんだろう」

 火傷を負ったのは感覚でわかる。自分の声が変に聞こえるあたり、鼓膜も破れているのかも知れない。


 妙に冷静な自分がおかしくて、三崎は思わず笑みを浮かべてしまった。

「ふふっ……はあ、これからどうなるのかなぁ」

 笑ったと思ったら、今度はぽろぽろと涙をこぼす。

 彼女のベーグル店は、大学を卒業する直前まで料理から経営まで懸命に勉強し、各種許可をとったり店を探したりと目が回るような忙しさで準備をして、ようやくオープンさせた店だった。


 昔から料理が好きだったとか、ベーグルに強い思い入れがあるというわけでは無い。

 ただただ、美味しいベーグルを作って、みんながそれぞれ好みの組み合わせで楽しんで味わってもらえれば、それが最高だと思った。

 ベーグルを扱う店でアルバイトをしてみたこともある。色々と勉強になったが、どうしても自分がやりたい方法ではなかった。


「お店、再開できるかなぁ」

「心配しなくていい」

「えっ?」

 返事が聞こえたかと思うと、ごつごつとした手に摘ままれたティッシュが伸びて来て、そっと涙を拭う。


「あ、え……?」

 クリアになった視界に見えたのは、御荘の顔だった。

「あのベーグルは美味かった。店の再建も心配しなくていい。とにかく腕を治すことを最優先に考えてくれ」

 無事だったらしい左耳から聞こえる御荘の言葉ははっきりしているが、それ以上に彼の姿が気になった。


「怪我が……」

 三崎を見下ろしている御荘の姿は、素人目にも満身創痍であった。

 あちこちに包帯を巻かれた状態であり、血がにじんでいる箇所がいくつもある。

「君の火傷に比べれば軽傷だ。これくらいは薬さえあれば癒えるのにそう大した時間はかからない。それよりも、問題はこれをやらかした奴だ」


 いつの間にか、御荘の顔は先ほどまでの落ち着いた無表情から怒りに満ちたものへと変貌していた。

 ガウンのような入院着の肩に引き裂いたと思われる細くなったシーツだけを引っ掛けていた御荘は、先ほど三崎が押そうともがいていたナースコールを掴む。

「頼みがある。俺のことは誰にも話さないでくれるか。そうすれば、今回のことで落とし前をつけた後に、俺が責任を持って店を再建させる」


 悪魔の囁きにしか聞こえなかった三崎は、返事を戸惑う。

 しかし、御荘が続けて呟いた言葉で、なぜか彼を信用する気になった。そうなってしまった。

「あのベーグルを、もう一度食べたい」

「わ、わかりました……」


 か細い、しかしはっきりとした答えを貰った御荘は、にやりと笑ってナースコールのボタンを押すと、扉の影に潜んで看護師が飛び込んできたのをやり過ごす。

「大丈夫ですか? お名前、言えますか?」

「あ、み、三崎一美ひとみです……」

 問われるままに答えた三崎がふと目を向けると、そこにはもう御荘の姿は無かった。

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