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23.展望台にて

 セムテックスを始めとしたプラスティック爆薬が重宝される点は、何といっても信管以外での起爆が難しいという安定性と、形状の自由さにある。

 見た目は粘土そのままで、どこか一部で信管を破裂させれば繋がっている、あるいは至近にあるセムテックスは爆発する。

 少量でも強い破壊力を誇り、各国の軍事組織でも使用されている。


 世界的に見れば大量に出回っているが、未だに銃器が多少人目に触れるようになってきたという程度のこの国では、まだまだその存在すらあまり知られていない。

 入手するとなると、自衛軍や武装警察隊などと裏のつながりを作るか、海外の組織から密輸入して買うしかない。

「贅沢なことをする。警察にいるとこんなものも手に入るのか」


 御荘がぼやく。

 この国の爆弾テロではあまり軍事的な道具は使われない。そもそも一般に手に入らないので、あり物の道具で爆発物を作る方がずっと安上がりなのだ。

 リスクで言えば、違法に軍用品を手に入れることと不安定な爆薬を使うことの二択になり、どちらかがリスキーということでも無いのだが。


 御荘は今、三崎が囚われていた場所を出て、山手の方へ向かっている。

 窓の方角や、中の様子が見える場所で周囲から見られることもなく、尚且つ爆発の影響を受けない場所として、そこに藤島は居ると考えたのだ。

 監視カメラを設置するような時間は無かったはずであり、起爆装置のサイズから見てもそう遠い場所からというのもありえない。


 次第に周囲は木々が目立つようになり、振り返れば訓練所の建物が遠くに見える。このあたりなら、多少の破片以外は飛んでこないだろう。

 というところで、御荘のスマホが鳴る。

「どこに隠れているんだ? いい加減に直接対決と行こうじゃ無いか。格闘には自信があるんだろう?」


 電話の相手は藤崎だ。

 今度はボイスチェンジャーを使っていないが、肉声で位置がばれるのを嫌ってか、音量を絞った低い声だった。

『……坂江さんを巻き込むなんて』

「さっきお前が話した内容からいけば、元々巻き込むつもりだったんだろう? 気を利かせて手伝ってやったのに……うぉっ、と!」


 すぐ近くにあった杉の木で何かが弾け、それが銃弾によるものだと察した御荘は、弾痕から方向を判断して木の幹へと隠れた。

 二度、三度と銃声が鳴り響いたが、御荘に場所を知らせただけに終わる。

「OK、場所は見つけた。そこに行くから待ってろ」

 しばらく待ったが返答は無く、電話を切る。


「はーっ、寒いな……」

 山の気温は低い。ふと見ると、チラチラと雪が降り始めている。

 スーツに革靴という出で立ちの御荘にとってはかなり堪える状況だが、ここで引き返して藤島を放っておくわけにもいかなかった。

 狙撃に気を付けて左右に揺れるように木々へと身を隠しながら進む。


 その先には、二階建て程度の低い展望台のようなシンプルな建物があるのが御荘には見えている。

 先ほどの銃撃はあきらかにその方面からだったし、その場所と高さなら辛うじて訓練所の中は見える。角度的に、三崎の足元は見えないだろう。

「まあ、間違いなく罠だろうが」


 “近づいたところを撃つ”つもりなのか“展望台ごと吹き飛ばす”気なのかは不明だが、いずれにせよ大規模な用意はできていないはずだ。

 そこにつけいる隙はある。

「それじゃあ、慎重に、気を付けて、近づきますか」

 自分に言い聞かせるように呟いた瞬間、御荘の身体は銃弾で後方に弾き飛ばされた。



「……呆気無いものね」

 展望台の上、通常は立ち入り禁止となっている屋上に上ってライフルを構えていた藤島は、覗き込んでいたスコープから一度目を離し、少し考えてからボルトハンドルを握り絞めて再装填を行った。

 再びスコープを覗きこむと、雪が降り始めた雑木林の中に御荘の上着の一部が見える。銃の勢いで倒れたときに蔭になったらしい。


それでも、胴体部分が見えていれば止めを刺すのに問題は無い。

「一流の爆弾テロリストでも、遠距離からの狙撃にはどうしようも無いのよね」

 藤島が使っている狙撃銃は、テロリスト対策によって警察が組織改革で銃の携帯を義務化した際に調達されたものだ。

 一発ごとのボルトアクションが必要だが、その分命中精度は高く、手入れも容易だった。


 藤島はプラスティック爆薬は押収品から盗んでいたが、このライフルは真っ当な手続きで持ち出しており、堂々と車に積み込んで持ってきた。

 ただ、弾丸だけは持ち出し数をごまかしているのだが。

「風が、強くなってきたわね……」

 距離は五百メートルほど。慎重にスコープの照準レティクルを調整し、横風の影響に対応する。


 そして、引き金を引き絞る。わずかな抵抗がある箇所で一度指を止めた。これ以上僅かでも引くと、撃鉄が落ちて弾丸が発射される。

 ゆっくり息を吐きながら肩の力を抜き、肺を空にしたところで自分が完全に静止したことを感じ取った瞬間、人差し指に軽く力を入れる。

「……あれ?」


 右肩に食い込む反動を押さえこみ、確かに弾丸は発射されたと確信した。そして間違いなくスコープの視界の中で上着の中央にヒットしたのだが、対象である御荘はまったく身じろぎもしない。

「もう死んでる? ……うん?」

 スマホに、電話番号で送るCメールが届いていた。


――――それ以上撃たないでくれ


「何を馬鹿なことを」

 鼻で笑ってスマホをポケットへ放り込んだ藤島は、再びボルトを引いた。湯気を上げる空薬莢が落ち、新たな弾丸が薬室チャンバーへ送り込まれる。

 一呼吸、大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。

 そしてスコープを覗き込む。


「今さら命乞いしても、遅いのよ」

 呼吸を整え、再びトリガーを引き絞る。

 風は先ほどと変わっていない。照準を調整する必要は無い。丸い照準の中央に見える御荘の姿も、何ら変化が無い。

「穴を増やしてあげる。そのまま、死ね」


 引き金を引いた。

 弾丸は過たず先ほどとほぼ同じ軌道を飛び、やや風に流されながらも、御荘の上着へと吸い込まれるように着弾した。

「終わ……」

 何かを言おうとしたが、言葉にする前に彼女の顔を強烈な“爆風”が叩き、声を発するどころでは無く、反射的に顔を伏せてやり過ごすので精一杯になる。


 胃の中の物が全て押し出されるかのような圧力と熱。

 ライフルを放り捨て、目と耳を押さえて身体を小さくする対爆姿勢でどうにか爆破の影響を最小限に止めた藤島は、そっと顔を上げて、御荘が居た場所へと目を向けた。

「うわ、なんで?」

 意味が解らない、という顔で見つめたその光景は、凄惨という他ない。


 御荘が居たはずの場所から放射状に樹木がなぎ倒され、中心に近い場所にあったものなど、粉々に吹き飛んで根元から上を全て失っている。

 黒々焼け焦げた土を取り囲むように、炭化して倒れた木々。さらに外側では、木々が燃え上がり始めている。

「爆薬に着弾したのかしら」


 持ち歩いていたのだろうか。何と不運な男だろう。自分の爆薬で粉微塵に、文字通り跡形も無く吹き飛んでしまったのか。

「うふっ、うふふ、うふふふふ……」

 そう考えると、藤島は笑いが止まらなくなった。

「あっは! やっぱり爆弾テロリストの最期なんて、やっぱりこんなものね」


 自らの爆弾で事故死する爆弾魔は決して少なくない。

 ほんの少しの油断で、わずかでも火花が出れば死に繋がるのだから。どれほど注意をしていても、一瞬の油断で全てが砕け散る。

 爆弾を製造した経験がある藤島にはそれが良くわかっていた。

 如何に危険であるかを分かっていたからこそ、彼女は御荘という失敗の無い爆弾テロリストを利用することを考えたし、ある種の尊敬もしていた。


「……後始末しなくちゃ」

 出血多量で坂江は死んだだろう、と藤島は判断していた。あとは坂江の銃ででも三崎を射殺して流れ弾による死亡に見せかけ、自分に都合の良いシナリオで報告を上げれば終わりだ。

 内部では坂江と藤島による独断専行での決着。外部から見たら、仲の良かった同僚を失いながらも、生還した悲劇のヒロインの誕生だ。


 マスコミは御荘の恐ろしさと共に、坂江という刑事と藤島のことを取り上げ、下種の勘繰りで恋愛感情を勝手に演出するだろう。

 それで良い、と藤島は思う。

「警察が人間だと、これでみんなもわかるでしょ」

 民衆が警察を尊敬し、味方になる。


 そして新たな爆破事件が発生した時、民衆は警察を頼りにし、懲りもしない爆弾テロリストを憎悪する。

 実態は藤島によるマッチポンプであるとしても。

「また誰か手駒を用意しないと」

 緑目の男のように、頭が弱くて使える者を探さないといけない。


 色々やることが多いな、とうんざりしながら藤島が放り捨てた対人狙撃銃を拾おうとした瞬間だった。

「……嘘でしょう?」

『天国からの電話だと思うか?』

 スマホが鳴り、表示された名前に驚愕しながらも通話を押すと、先ほど爆死したはずの男の声が届く。


『ったく、まだ撃つなって言ったのに……耳鳴りが酷い』

 しかし得た物もある、と御荘は明るい調子で言う。

『焼けば良いんじゃないかと思ってな』

 何の話だろうか、分からないまま会話に耳を傾けながらも、藤島は急いでライフルを手繰り寄せ、ボルトを引いて再装填を行う。


『ベーグルの具だからって、フレッシュな野菜に拘る必要なんかない。水分が多いなら焼いて水分を飛ばすのも有りだ。特にトマトは火を通すと甘味を増す品種もある。これは絶対美味い!』

「何をごちゃごちゃと……」

 スピーカーモードで会話を続けることで御荘の油断を誘うことにして、藤島はライフルを構えて周囲を見回す。


 だが、建物の周りには誰もいない。

 木々が燃える煙が邪魔で良く見えないが、動いているものは無い。

『折角店を再開するなら、目玉になる商品が欲しいな。グリルドベジタブルはトッピングの特徴としては良いが、店の看板メニューとしてはちょっと弱い。そう思わないか?』

「女性としては充分に魅力ある商品だと思うけれど?」


 話に付き合って時間を稼ぐ。

「もっとも、それをあの子に伝える機会は二度と無いだろうし、実現することは絶対に無いのだけれど?」

『馬鹿を言え。俺は食いたい物は確実に手に入れる。俺が作ることもあるが、いかんせん、爆弾に比べて料理の腕はいまいちでな』


 センスや発想で今一つ、プロの域には届いていないのだ、と御荘は残念そうに笑っていた。

「そうね。あなたの爆弾は素晴らしいものだと思う。でも、ここで死ぬ人間が何を言っても始まらないのよ」

『いや、ここで死ぬのはお前の方だよ』


「……どういう意味?」

『何度も言うが、爆弾の腕には自信があるんだ。お前から貰ったセムテックスな。半分はさっき吹き飛んだが、残りはどこにあると思う?』

「まさか……!」

 藤島は振り返り、屋上に唯一存在する階段室への扉を見た。


『扉から先。どこかに仕掛けさせてもらった』

「この短時間で……?」

『たやすいことさ。上着が燃えてしまって寒いし、少し急ぎ気味になったし』

 屋上から飛び降りて逃げるのも手だが、と御荘が言うや否や、藤島は屋上の端へと走る。

 しかし、建物の端から顔を出した瞬間に、頬を弾丸がかすめた。


『おっとっと、危ない、危ない。ちゃんとゲームに付き合ってくれないと困るから、屋上から飛び降りようとした時点で撃つ……って言おうとしたんだが、遅かったな』

 頬から流れる血液を拭い、赤く染まった指先を震えながら見ている藤島に、さらなる追い討ちが告げられる。

『爆弾はタイマー式だ。適当にセットしたから、あと五分か三十分かは俺にもわからん』


 御荘は言う。

『形勢逆転だな。キョロキョロと俺を探している暇があったら、爆弾解除を頑張れよ』

 通話は、そこで途絶えた。

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