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21.釣り餌

 目を覚ました三崎は、まず自分の身体が簡素な椅子に固定されていることに気付いた。

 そして、自分がいる場所が先ほどまでの部屋では無いことを知った。

 古ぼけた木造の建物。パッと見て古い学校のようにも見えるが、隅に寄せられた机やいすのサイズはそれなりに大きい。

 白く埃が付着した黒板には落書きも無く、少なくとも侵入者が来ないように管理だけはされていたらしい。


 室内は夕焼けで眩しいくらいだが、間もなく暗闇がやってくるかと思うと、このまま動くこともできないまま放置されるかと思うと、流石に怖い。

 もっと怖いのは、先ほどから“真後ろ”でガサゴソと何かの作業をしている藤島の存在だった。

「協力したら、解放してくれるんですよね……?」


「話しかけないで。手元が狂ったら全部吹っ飛ぶんだから」

「吹っ飛ぶ……?」

 問い返しても返答は無く、黙々と作業を続けている藤島に、三崎はこれ以上話しかけることができなかった。

 信用などしているつもりは無かったが、藤島に従う他に選択肢は無かったはずだが、三崎は後悔している。


「どうしてこんなことを?」

 ふと口に出た言葉。

 それが藤島の手を止めたことに気づき、三崎は身体をこわばらせた。

「……警察ってね。すごい危険な仕事なのよ」

 知ってた? と問う声音は、静かで大人しくて、それでも三崎には恐ろしく心を不安にさせる響きに聞こえる。


「テロ事件が増えるとね、頼ってくる人や応援してくれる人も増えるけれど、それ以上に『無能』とか『役立たず』とか言う人が増えるのよ……。これが被害者の家族なら我慢できるけれど、全然関係の無い人から、知りもしない現場のことを、できもしないやり方を比較に出して罵られたりね。大の男だって耐えられなくて、心が壊れるくらい」

 藤島の言葉は、誰か特定の人物を指しているように聞こえた。


「そりゃね、科学捜査は万能じゃない。一般の人に迷惑をかけるときだってあるし、有能な警察官ばかりじゃない。むしろ平和な時代に出世した人たちなんて、邪魔でしかないときもある」

 でも、現場にいる警官の多くは一生懸命に捜査しているし、危険と思われるものに命を張って対応している。藤島は淡々と語った。


「だからって、こんなことしても……私を餌にしても、あの人が来るかどうかなんてわかりませんし。来たとしても、警察なんですから、普通に逮捕してしまえばいいじゃないですか」

「来るよ。あの男は確実に来る。爆弾の専門家としてあの男の顔に泥を塗るような挑発したわけだし、少々思っていた方法とは違うけれど、おびき寄せる段取りは出来た」


 あんたは巻き込まれただけだけれど、と藤島は三崎の正面へと回り、左手だけを自由にしてやった。

「食べなさい。これが人生最後の食事だから、ゆっくり味わってね」

「う……」

「毒なんかいれていないよ。意味が無いから」


 藤島が差し出したのは、細長い巻き寿司だった。

 しばらくはそれを見つめていた三崎だが、覚悟を決めて噛り付く。

「美味しい」

「それは良かった」

 しっとりとした海苔に包まれているのは、酢飯の混ぜご飯だった。甘く煮たしいたけやレンコンなど五目ちらしの具を混ぜ込んだ中に、ぷちぷちといくらの食感もある。


「あんたがここに居るのは偶然よ」

 本来であれば、御荘の仕事を潰していったうえで誘い出し、爆破テロを失敗して警察に取り押さえられるというシナリオだった。

「でも、御荘の尻尾を中々捕まえられなかった。でも、あんたの存在があった」

 だから利用した。病院の一件から、御荘が三崎に近づいているのを知って。


「じゃあ、このまま御荘さんが来て、あなたの手柄になれば、それでいいじゃないですか」

 もはや三崎には御荘を庇う気はこれっぽっちも無い。

「私が何をやったのかを見て来たんだもの。もう無理よ……それに、時間も来たみたい」

 足音が近づいてくるのが、三崎にもわかった。

「御荘……さん……?」


「残念だが」

 聞こえて来た声は、坂江の物だった。

 警察が来たことを喜べばいいのか、警戒すればいいのか、ゆっくりと近づいてくる坂江の様子を、三崎は引きつった顔で見ている。

 そして、藤島は戸惑っていた。


「ど、どうしてここに……? あ、いえ。丁度いいところに来てくれましたね! 誘拐されていた三崎一美さんが……」

「もうやめよう、藤島さん。全部聞いたんだ」

「聞いた……?」

 ため息とともに首を振る坂江を見て、藤島はすぐに感づいた。


 自分がやったように、坂江も自分と御荘の会話を聞いていた、と。


「う、うわああああ!」

 半狂乱でわめき散らしながら、藤島は坂江に向けて走り寄った。

「あんなのは嘘だから! あんなテロリストの言うことを真に受けたらだめですよ!」

「あいつが言ったんじゃないだろう。“君が言った”言葉だ。それに、彼女の話を聞けば確認も取れる。証拠だって……やめろ!」


 坂江の話が終わる前に、藤島は銃を抜いて背後の三崎へと向けた。

 銃声と三崎の悲鳴が重なったが、坂江がとっさに横殴りに藤島の腕を叩いたことで弾は逸れ、煤けた木の壁に穴を穿つ。

「やめろ! これ以上は本当に君を撃たないといけなくなる!」

「やめない!」


「このっ!」

 坂江の手刀が、暴れる藤島の手から拳銃を叩き落した。

 同時に、反撃の蹴りが脛にヒットした。

「格闘の成績は警察学校でも優秀だったんですよ」

「そうかい。僕は落ちこぼれだった、よ!」


 脛の痛みを堪えて、バランスを崩しながらも藤島の足を掴む。

「セクハラですよ!」

 膝が飛んでくるのを避け、タックルで押し倒そうと試みる。

「パワハラって言葉もある!」

 藤島は倒れない。後ろへとさがりながら腕を振りほどき、距離を取った。


「坂江さん。あなたは優秀な人です。だからわかってくれると信じていましたよ」

「何を。人を巻き込んで、挙句殺すような人間の何をわかれと言うんだ」

 腰の乗った拳は、女性とは思えない鋭さだった。

 腹に思い切り受けてしまったが、坂江はよろめきながらも踏ん張った。

 だが、実力はやはり藤島の方が上だったらしい。


「柔道はお得意ですか? 特に受け身は」

 前かがみになっていた坂江は首元を掴まれ、引き寄せられたかと思った次の瞬間には、世界が逆さまになっていた。

「うぅっ!」

 辛うじて頭から落ちることは免れたが、首元を強打して視界は嵐の船旅のように揺れていた。手足にも力が入らない。


「はぁ、はぁ……もう、どうしてこうなるのよ……」

 坂江の腕を取り、三崎が固定されている椅子まで引きずっていく。

 そして、坂江の懐から銃と手錠を取り出すと、手錠を使って彼の腕を椅子に固定する。

「坂江さん。あなたに英雄になってもらいたかった。私の父とは違って、生きたままで」

「何の話だ……」


 自分の銃が、藤島の手で自分へと向けられている。

 坂江はちかちかと星が舞う視界の中で、下唇を噛みしめて、泣くのを堪えているかのような藤島の表情を見た。

「英雄になってね、坂江さん。私は、また次の機会を待つわ」

 銃声が響き渡り、銃弾は坂江の肩を貫く。


「卑劣な爆弾テロリストが仕掛けた、人質と爆破の罠。勇敢な刑事はそれを止めようとしてテロリストに銃を奪われて撃たれ、人質と共に爆死」

 私はそれを知り、助けを呼ぼうとして建物を離れた瞬間の出来事だった。

「……作り話じゃない」

 三崎の声だった。


「あなたのお父さんがどうなったか、さっきの話でなんとなく分かったけれど、だからって、警察の手柄を自分で作るなんて、どうかしてる」

「そうね。でも、テロリストや、その被害を食い止めようとしている私たちを批判する連中は、もっとどうかしているわ」

「こんなことをして、警官だったお父さんがどう思うか……」


 銃口を突き付けられ、三崎の言葉は強制的に止められた。

「あなたに父の話なんてして欲しくないし、他人の意見なんて聞いてない」

 ぐりぐりと肩に押し付けられる銃口の熱さに、三崎は身体が震えるのを止められない。

「御荘は死ぬ。ここであんたや坂江さんと一緒に粉々に砕け散るわ。でも、御荘の存在は生き続ける。私が彼の仕事を演出して、そして未然に防ぐ」


 マッチポンプだが、単純な民衆はそれで騙せる。藤島は断言した。

「本当は坂江さんと二人で、爆弾テロ防止の看板になるつもりだったし、御荘は生かしたまま捕まえて、大物犯罪者の一人として死刑になってもらい、その後に後継者を“作る”つもりだったのに」

 色々と狂っちゃった、とため息が漏れる。


「……最後の時間を楽しんで。遠くからゆっくりと見物させてもらうわね」

「待って! お願い! 助けて!」

 必死の叫びを耳にしても、藤島は少しも歩みを止める様子を見せなかった。

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