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20.聞かせていた

 御荘へと藤島から連絡が来たのは、御荘が予め爆弾を仕掛けておいた警察署を爆破しようかと向かっている途中だった。

 電車を下り、現地に向かって歩いているところであり、目的の警察署まであと五分ほどの距離だ。

『お前が頼りにした探偵は始末した。三崎一美はもう場所を移した。お前の知らない所にだ』


 相変わらずのボイスチェンジャーの声が聞こえてくると、御荘は思わず噴き出しそうになった。

「わかった、わかった。そんなことより、大丈夫なのか?」

『そんなことだと?』

「もうすぐ警察署の爆破時刻なんだけど」


『すぐに中止しろ。そうでなければ、三崎の命は無い!』

「そりゃあ困ったな。では、どうする? ただやめろと言われて、はいそうですかというわけにもいかないな。お前は俺に迷惑をかけた。必要な人物を連れ去って、折角穏便に済ませようとしていたのに、抵抗している」

『て、抵抗だと……?』


 追い詰めているのは自分の側であるはずなのに、とでもいう気分だろう。藤島の声は当惑に満ちている。

 実の所、御荘としても今回の探偵の動きは想定外だった。

 依頼としては『藤島の尾行と自宅の特定』だけだったのだが、三崎を発見したせいか不用意に救出までやろうとして失敗した。


『三崎がどうなってもいいのか?』

 安い脅迫の台詞だが、御荘に対しては間違った言葉ではない。今の御荘にとっての目標は二つ。藤島に対する報復と、三崎の救出だ。

 前者は美味いベーグル店を破壊したことへの。後者は美味いベーグルをもう一度食べるために。いずれにせよ、そこに社会的正義は無い。

 ゆえに、方法も問わない。


「全面戦争がお望みなら、そうすれば良い。あ、ご飯は400グラムで辛さは普通。トッピングはこれとこれね」

『……? 何をやっている』

「買い物だよ。最近はキッチンカーが進化していて、移動販売でも侮れない味がする。仕事が完遂する瞬間には、美味い物を食べるのが俺のやり方だ」


 仕事、と聞いて何かに感づいたのか、藤島が何か言おうとしたが、御荘は電話を切った。

「お待たせしました」

「ああ、ありがとう」

 スプーンや水と一緒にトレイに載せられたカレーを受け取り、用意されていたテーブルに座る。その間にも、いかにもカレーな香辛料の香りが鼻孔をくすぐる。


 スマホは激しくバイブしているが、今は食事の時間だ。

 トッピングは『プレーンオムレツ』と『煎りじゃこ』だった。スパイシーさが際立つ基本のビーフカレーに、オムレツのふんわりとした優しい甘味がとても合う。

 煎りじゃこは少し変わったトッピングだが、ちりめんじゃこをカリッと煎って生姜醤油で薄く味付けしたものだ。


「和風で、このままご飯に載せて食べるのも美味いんだが……」

 カレーのルーに軽く乗せてご飯と共に食べると、辛さの中にほんのりと生姜が香り、カリカリとした食感がアクセントになる。

 最初はフライドオニオンの代わり程度と思っていた御荘だが、最初に食べた時には感動したものだ。


 プレーンオムレツとの相性も良く、ひと掬いごとに組み合わせと比率を変えて味わうことで、飽きない美味しさが続く。

 今でこそ移動販売であり、曜日と昼夕の時間帯ごとで場所を変えて展開して随分と苦労しているようだが、既に人気は出始めており、御荘の見立てではほどなく店舗を構えることができるだろう。


「ううむ。止まらん」

 カレーは魅惑の食べ物なのではないか、と御荘にはいつも不思議だった。

 普通のカレーでも充分なのだが、美味いルーやトッピングに出会うと、スプーンが止まらないのだ。最初はゆっくり食べようと思っていても、いつの間にか次々と口に運び、あっという間に食べきってしまう。


「ごちそうさま」

 水分と早く食べ終えてしまい、冷たい氷水をグイッと呷った御荘は、トレイを返して再び歩き出す。

 その手には、スマホが握られていた。

「待たせたな」


 心にもない言葉に、電話の先で歯ぎしりのような音が聞こえた気がした。

『……何をしていたの?』

「言ってなかったか? 食事だ。それよりも、ほれ。耳を澄ませてよーく聞いていろよ」

『何を……』

 御荘の視界、広い駐車場と、それに見合わない三階建ての建物。そして屋根つきの車庫が敷地内にいくつか。この地域の警察署だ。


 それが、爆ぜた。


 御荘はふらりと近くの路地へと身体を滑り込ませる。

 直後、砕け散った警察署の破片が四方へと飛び、走る車の屋根を凹ませ、建物のガラスを叩き割り、誰かの足を貫いた。

 悲鳴が響き渡り、バイクが転倒する。

「……聞こえたか?」


 電話の向こうでバタバタと何かをやっているような音が聞こえ、一度電話が途絶えた。

 そして数十秒経ち、再び着信が来た。

『どこの警察署だ?』

「お前が勤務する警察署の分署。中にいる奴はほとんど死んでいる筈だ」

『な、何も関係無い警察官を……』


 どうやら藤島は警官に対しては仲間意識がそれなりにあるらしい。自分でも爆弾を作り、緑目の男を使って大量殺人行ったにも関わらず。

 妙な心理状況だと御荘は自分のことはさて置いて、藤島という女の考えに首を傾げた。

「何を言ってるんだ。俺は爆弾魔で、警察は敵。わかりやすいだろう?」

 ついでに言うならお前は別の意味でも敵だ、と告げて、言葉を続ける。


『……県内の山奥に、今は使われていない警察署の訓練施設がある。そこに三崎は居る。二時間以内に来なければ、三崎は殺す。いいな?』

「あきらかな罠だな。嫌だと言ったら?」

『三崎は死に、お前を何があっても探し出して逮捕する。そう、手柄の種となれ。過去の爆破だけでなく、三崎の店の破壊や、三崎自身の殺害の罪を背負って、無様に吊るされるがいい』


 なるほど、と御荘は相手のやりたいことがなんとなく見えてきた。

「手柄がそんなに欲しいか?」

『お前らはその為に存在する。これでも、感謝しているんだぞ? 世の中が荒れたときには、優秀な者が目立つようになっている』

「優秀な、ね……」


『そう。優秀な者が来て、手柄の機会がお膳立てされた。これでこの町は英雄を得て、爆弾魔は死に、住みやすくなる』

 再び御荘は疑問を覚える。

 藤島の話しぶりだと、彼女が言う“優秀な者”は彼女自身では無いらしい。

『では、待っている』


 今度は、藤島の方から電話は切られた。

 炎上を始めた警察署から離れる人々に紛れて、御荘は駅の方へと引き返していく。路上にはそこまで大きな被害は出ておらず、破片もカレー屋までは届いていない。計算通りだ。

 今回はごくごく単純な仕掛けで、警察署の受付にある植え込みにC4爆薬をタイマー付でセットしていただけだ。


 つまり、御荘は何があっても警察署の爆破を止める気はさらさらなかったわけだ。

「やれやれ……直接誰かと戦うなんて、俺のやり方じゃないんだがなぁ。最近は随分と乱暴な連中に巻き込まれているな。一度厄払いにでも行ってみるか」

 もちろん、参道で名物を味わう方がメインの目的になってしまうのだろうが、それはそれ。たまには旅行も良いんじゃないかくらいに御荘は考えていた。


「そうだなぁ、旅行は良いな。地の物を食べるのは、味が多少外れでも雰囲気は味わえる。美味いものだって何かはあるだろう」

 一件が終わってから、三崎が回復して店を再建するまでに数ヶ月は必要なのだし、それくらいの“休暇”を貰っても罰は当たるまい。

 独り言を言いながら、駅の前にたどり着いた御荘は、スマホを取り出す。先ほど藤島と連絡を付けていた端末とは別の物だ。


 周囲に御荘へと注意を向けている者はいない。騒々しい中で会話に耳をそばだてているらしい者も見当たらなかった。

「……さて、聞いてもらったと思うが、これで確定だな」

『信じたくはないが……』

「あとはどうするか、お前が自分で決めると良いさ」


 藤島がやっていた盗聴の回線を、御荘は坂江のスマホでもできるように操作していた。藤島が盗聴に使っていた回線と御荘のスマホが繋がった時、自動的に坂江のスマホに音声が転送されるようになっている。

先ほどまでの二人の会話を、坂江は否応なしに全て聞かされていたのだ。

「じゃあな」


 選択しろ、と御荘は言ったが、ほぼ間違いなく、坂江は藤島に会いに来るだろう。それが逮捕の為か説得の為かはともかく、来るだろうことは間違いないと確認していた。

「さて、俺も急ぐとしようかね」

 路線はマヒしている。タクシーを拾い、自分の車を停めたコインパーキングへと向かう。


 御荘は、藤島の計画をまともに相手してやる気など毛頭なかった。

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