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19.婦警

「このっ、このっ!」

 足を固定した鎖を外そうと、三崎はフォークを突き立てていた。

「あっ!」

 手が滑ってざっくりと畳を突き刺してしまい、まかり間違って自分の足に刺していたかも知れないと想像し、青くなる。


「傷は入るけど、全然外れる気配が無いし、もう怖いからやめよう……」

 フォークをトレイの上に戻し、ごろりと横になる。

「時間が全然わからないけど、丸一日は過ぎてるよね、多分」

 外の光が入って来ないので時間の感覚がおかしくなっているかも知れない、と三崎は食器が置かれたトレイに目を向ける。


 疲れて眠っている間に、いつの間にかトレイにいれた食事が用意されていた。

 いつの間に入って来たのだろうか。よほど疲れて深く寝入っていたのか、全く気付かなかった。

「美味しかったのが変に腹が立つ」

 部屋のエアコンは良く効いていて、冷たい麺でも寒くは感じなかった。


 箸では無くフォークだったのは、何か意図してのことだったのかわからないが、トレイを回収しに来た時に何者なのか確認して、何かされそうなら武器にしようと三崎は考えている。

 産まれてこのかた、誰かに暴力を振るったことなど一度たりとて無かったが、自分の命が掛かっている状況では仕方がない。


 理屈では覚悟ができているのだが。

「実際にどうかって話よね。死ぬのは嫌だけれど、最初は説得からしてみようかな。お金は持ってないし、むしろお店を開いた時の借金がたっぷりあるし、両親もお金持ってないから、あのお客さんと関係無いってわかれば、解放してもらえるかも」

 できるなら、人間を刺した感触なんて一生知りたくないのだ。


 身体は解放されずとも空腹からは解放されて少し落ちついたのか、三崎には色々と考える余裕が出来ていた。

「大人しく話を聞くふりをして、隙を見て逃げよう。変に暴れて怒らせたりしたら、元も子もないから」

 荒事に慣れているわけでは無い。犯罪への対処法など知っている訳も無い彼女にとって、それが考えらえる最高の対応だった。


 そのためには体力を温存する為にもう少し眠っていた方が良いかと考え始めた矢先、窓の方から物音が聞こえ、三崎は肩を震わせながらも慌ててフォークを掴み取った。

「何……?」

 小さな声で呟く。

 まさか窓から入ってくるのか、と相手の異常さに慄く右手に、フォークが酷く冷たく感じられた。


 がた、がた、と何かを確かめるように窓の外に貼り付けられた金属板を揺らす“誰か”の存在を、助けに来たとは考えられなかった。

 自分を窓から引きずり出すつもりなのか。あるいは、何かドアを通らない物でも持って来たのか、いずれにせよ、明るい未来など予想できない。

 とうとう鉄板が外され、男の顔が窓の外に見えたとき、三崎は鎖が伸びる限界まで窓から離れ、ドアにも背中をぴったりと当てていた。


「鍵がめっちゃ多いな。こりゃ割らないと無理か」

 窓の向こうに出てきた無精ひげの男は、そう言って頭を掻いた。

「あ、えーっと、聞こえる?」

 窓越しに三崎と目があう。

 男に問いかけられ、三崎は頷いた。


「依頼を受けて来たんだけれど、この窓が真新しい板で塞がれていたから、怪しいと思って剥がしてみたら、大正解だ」

「依頼?」

「正確には、特定の人物の追跡だったんだけれど、事情を聞いていたからね」

 この部屋の主が一度ここに立ち寄ったところまでは確認して、依頼主には連絡済らしい。


「一度家に入ったのは見たんだけれど、会ってない?」

 帰宅したかと思ったら、すぐに家を出て行ったという。

「仲間が見張っているけれど、いつ戻って来るかはわからない。とにかくガラスを打ち破るから、そのまま離れていてくれる?」

 返事を待たず、男は肘を叩きつけてガラスを叩き割った。三崎は驚いていたが、単層ガラスだったらしく、多少痛そうな顔をしただけで済んだようだ。


 割れた破片を踏まないようにと部屋の中へ入ってきた男に、三崎はフォークを隠したまま恐る恐ると近付く。

 割れた窓の外に見える景色から、ここが一軒屋の二階だと分かる。

「あの……」

「ガラスを踏まないように気を付けて。大丈夫?」

「あ、はい」


 鎖の存在に気づき、「ひどいことをする」と男が根元から外せないかと四苦八苦している。

 それを後ろから見ながら、三崎はゆっくりと状況を理解して、肩の力が抜けていくのを感じていた。

「助かった……?」

 呟きが音として男の耳に聞こえたか、否か。


 一発の銃声が、男の背中に赤い点を穿つと、三崎は自分の真横から細く白い腕が伸びていることに気付いた。

 その手の先には、小型の拳銃が握られている。

「……え?」

 何が起きたのか理解できないまま立ち尽くす三崎の目の前で、窓から来た男は血反吐を吐いて悶絶している。


「チョロチョロと鬱陶しいのよね。あの男の差し金だろうけれど、うざったいよ。うざったい!」

「お前、なんで……」

 三崎の横を通り抜けて、土足のまま進み出た藤島からの男への返答は頭部への弾丸だった。

 水袋が弾けたような音を立てて眼球から叩き込まれた38口径が、男の息の根を止める。


「目が覚めていたのね、三崎さん」

 振り返った藤島が、銃口を三崎に突きつけてにっこりと笑う。

「おまわりさん?」

 藤島は制服のままだった。捜査本部で使う電子機器に必要な部品を調達するという名目で警察署を出て、一度帰宅したところで、見張りの存在に気付いたのだ。


「一人は釣り出してまけたけれど、もう一人が入り込んでいたなんてね。外から窓が開いてるのを見た時はびっくりしたし、焦ったよ」

 あまり時間が無いから大人しくしていてね。

 そう言って藤島は三崎の足を繋いでいる鎖を、固定した柱の方だけ外して見せた。

「逃げたら撃つから」


「そんなこと……」

 できるわけがない、と三崎は反論しようとしたが、遮られた。

「私の格好を見たら、警察だってすぐわかるでしょ? 爆破テロが続いているから、誰かに見られてもテロの一味が撃たれたとしか思わないよ」

 警察の上層部に対しても、いくらでも言い訳は聞く。


「今のところ、貴女は警察からは“逃亡した容疑者”扱いなのよ?」

「そんな……」

「でも安心してね」

 笑みを深めた藤島の言葉は、三崎にとってはとても安心できる内容では無かった。

「あの野郎をおびき寄せる材料に使って、達成したらちゃんと解放してあげる」


 そうすれば、『テロ犯に誘拐されて捕まっていた被害者』として三崎の疑いは晴れるし、犯罪被害者としての補償も受けられる。

「お店を再開するだけのお金が貰えるよ? ひょっとしたら、開業資金を返済しても沢山残るくらいになるかも」

「お店が……」


「この事件、警察のお偉いさんたちが血眼になって調べてるからね。私ともう一人の手柄にして、ちゃんと賠償金も入る様にしてあげるから。協力して、ね?」

 藤島の容姿は、若くてまだ制服が板についていない雰囲気の婦警であり、顔付きもどちらかと言えば幼い。行動と見た目の違いに三崎は余計に惑わされた。

迷っている彼女の背中を一押しするように、藤島は言葉を続ける。


「なんにも危ないことはないよ? ただ座っているだけで、テロの犯人を捕まえたら、すぐに家に帰れるから」

 銃をホルスターへ納め、三崎の手をそっと包むように両手で握り絞めると、藤島は優しく撫でるようにフォークを取り上げた。

「あっ……」


 電気ショックだと三崎は気付いただろうか。

 強烈な痺れを感じて意識を手放した彼女の身体を、藤島はそっと支えて横たわらせた。

「私の計画が目茶苦茶。本当に腹が立つわ」

 三崎の方へと蹴りを入れたい衝動を押さえ、藤島は事切れた男の死体を何度も蹴り飛ばした。


 重たい音を響かせる腰の入った蹴りの力強さは、訓練の賜物だ。しかし、教えた者たちが考えていた方向とは違う使い方であろうが。

「邪魔はさせない。ようやく私のところに“当たり”が来たんだから……」

 カーテンを閉めて外から死体が見えないようにしてから、藤島は警察学校で教わった通りに三崎の身体を起こし、肩に担ぐようにして抱え上げた。


 三崎の方が背が高いせいで、とても奇妙な光景に見えているが、急いでいる藤島には気にしている余裕は無かった。

「準備はすぐにできる。そうしたら……」

 御荘の動きや、緑目の男が想定外に無謀で無知で愚かだったために計画は狂ったが、まだ修正は出来る。

 頭の中で組み直したシナリオを何度もなぞりながら、藤島はゆっくりと、慎重に階段を下りていった。

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