17.端末屋始末
御荘のスマホから聞こえてきたのは、あからさまに機械で加工を施したとわかる、ざらついた男性の様な声だった。
『何を考えている?』
「それはこっちの台詞だよ。まったく……」
御荘はスマホを右耳から左へと当て直し、肩に挟んで両手をフリーにした。
これからやることのために。
『警察に対して爆破予告だと? しかも事実公表をしろなどと……』
「やっぱり警察にいたか」
『何を言っている? これはお前が電話で話したことだろう』
チッ、と舌打ちする音を聞いて、御荘はほくそ笑む。これで電話を盗聴していたことは確定した。
「そうだったかな? まあ、それはどうでもいい。こっちはお前が俺の動きを監視していること。警察官か、少なくとも警察に近い場所にいること。他にも色々と知ることができた」
返事を待たず、御荘の言葉は続く。
「とにかく、お前が何を考えているか、ある程度想像がついた。……嫉妬しているな?」
『……ふざけるな』
「ふざけているのはお前だ。俺がここまで築き上げた“信用”をぶち壊しにしやがって。第一、俺が失敗したからと言ってお前の地位が向上するわけでもないぞ? 大体なんだあの発火装置は。あっさり警察に証拠品をくれてやってどうする」
発火装置は火災で燃え尽きるように作るのが基本で、警察が押収できるような物を残すんじゃない、といつしか御荘の言葉は説教じみていく。
「俺が爆弾にマークを付けるのは、悪用を避けるためだ。警察は爆弾と爆弾を繋げても、俺という存在には繋がらないようにできている。マーク以外に爆弾の特徴は無いし、指紋どころかDNAすら残らないように慎重に、慎重に作っているんだぞ?」
如何に気を遣って爆弾を作っているか熱っぽく語る御荘だが、“悪用”という言葉を彼が使う不思議さには気づいていないようだ。
「発火装置は、電子機器で動くようになっていたな。ドアが開いた瞬間スイッチが入って、電流が流れて着火する」
このことから、御荘は色々と想像できると語る。
「ドアをスイッチにするなら、もっとアナログな方法でできたはずだ。だが、それは機械を理解していない他人に設置を任せる以上、現地でのセッティングが重要な、ゴム式なんかのアナログ方式は使えなかった」
緑目の男は、文字通りただの実行役だったのだろう。
「可哀想にな。何らかの思想があったんだろうが、結果として利用されて殺人や放火までやらされた挙句、嘘の情報を信じ込んで死んだ」
言葉とは裏腹に、御荘の口調には同情など微塵も感じられない。
『いい加減にしろ。私が聞きたいのはそういうことではないし、お前に嫉妬などしていない!』
我慢の限界という様子で、声を荒げた相手に、御荘はますます笑みを深める。
だが、それを悟らせたりはしない。
「おっと。ではお前の話を聞こうじゃないか。聞き耳を立てて、ゴリラみたいな奴をけしかけるだけが能だと思っていたが、違うのか?」
『……許さん。お前の女はこちらで確保しているんだ。口は慎んだ方が良い』
一番重要な情報は得た。
『まだ彼女は無事でいる。だが、あまりふざけた真似をするなら……』
「もういい」
『なんだと?』
御荘が言葉を遮ると、戸惑ったような返事が聞こえる。
「驚きの声が聞けるとでも思ったか? ……俺はお前に“お願い”したいことなんで一つも無い。俺に必要なことは自分自身で探す。特にお前の様な奴に下げる頭は持っていない」
ボイスチェンジャーの相手と話している間、御荘はフリーにしていた両手を使って“舞台”を整えていた。
用意されているのは、ハサミやペンチなど様々な工具が乗ったテーブルと、一脚の椅子。
そして、その椅子に固定された一人の哀れな生贄だ。
「あー、つまり。お前に関する情報は、もうすぐ俺の手に渡る。そして、俺が必要とするものは俺が直々に回収する。そして、お前は死ぬ」
『私の情報だと?』
「この声に聞き覚えは?」
御荘は肩に挟んでいたスマホを手に取り、椅子に固定された男の口元へと近づけた。
「た、助けて……」
許された一言を、助命を乞う言葉に使った男からスマホを遠ざけ、自分の耳元へと戻しした御荘は、最後に一言だけ呟いた。
「追いつめられたのはどっちか、わかったか?」
電話を切った御荘は、スマホからマイクロSDを抜いて録音した音声を部屋の隅に設置していたPCへと移して解析を始めると、それを放って縛られた男の前へと戻った。
「ひ……」
彼は知っている。
御荘が何故、自分を拘束したのか。
そして、彼は想像していた。
これから訪れる凄惨な未来を。
「端末屋。俺に限らず、お前はいろんな奴のために偽名義の携帯端末を用意しているな。前科も無い番号を用意して、尚且つ一度も怪しまれたことがないあたりは大した腕だし、お前が信用されているのは、誰に何を売ったかを話さなかったからだ」
これまでは、と話す御荘に、端末屋と呼ばれた男は涙目で項垂れた。
「悪かった。本当に、何でもするから、頼むよ……。なんでも喋るからさ」
御荘が黙って見降ろしていると、端末屋はスラスラと話していく。白いシャツは汗と涙でべったりと痩せた身体に貼り付き、黒いスラックスは股間のあたりが濡れていた。
「相手は警官だったんだ。どうして知ったのか、オレの仕事がバレていたんだ。情報を渡せば見逃してくれるっていうから、だから……」
「ああ、なるほどな。あっはは!」
ポン、と手を叩いた御荘は、端末屋ににっこりとした笑顔を近づけた。
「お前、今から自分が拷問されるとでも思ったか? 誰に情報を売ったか話せ、と。ペンチで爪を剥がして、ハサミで身体のあちこちを切り離して」
テーブルの上の道具を掴み、端末屋に見せびらかすように揺らしては、後方へと放り捨てていく。
「不要なんだよ。お前の情報なんて。まあ、相手さんの方がそれを恐れていたみたいだが、よく考えてみろ。お前が知っている情報なんて、相手の容姿。それもサングラスなりマスクなりで顔を隠してのことだろう?」
それじゃあ性別すら怪しい、と御荘は言う。
「そ、それじゃオレは何のために……」
震える声でくしゃくしゃの顔を上げた端末屋に、御荘は肩を竦めた。
「一つは、お前から情報が洩れると考えて相手が焦るように仕向けるため。もう一つは、もっと単純だ」
御荘は懐から銃を取り出した。
「マジかよ……」
「奴から拷問されて殺されるより、楽だろ?」
二発の銃声が部屋の中に響き渡り、力なく俯いた端末屋の死体が座る傍で、再びPCの前へと戻った御荘は、先ほどの通話で手に入れた音声情報を解析し、分類していく。
ボイスチェンジャーには二種類ある。リアルタイムで声を通して加工するものと、一度取り込んだ音声を書き換えるものだ。
後者であれば難しいが、前者であれば元の声もマイクが拾っている可能性が高い。
「それに、環境音がリアルタイムで拾われている。音声を切り分ければ、周りでテレビの音や車のエンジン音が聞こえて、どういう場所にいるかわかったりするんだが……ああ、畜生」
残念ながら、環境音は拾えなかった。
しかし、ボイスチェンジャーから未加工の音声を抜き出すことには成功した。
「いやっほい☆」
上手く行った、と抜き出した音声をファイル化し、プレイヤーアプリで流しながら、御荘はキーボードの傍らに置いていたドリンクを手に取り、歓声と共に掲げた。
そしてストローを咥えて、たっぷりと吸い込んで飲み込む。
「美味い!」
凍らせた苺を使った、手製の冷たいスムージーだ。少しだけバニラアイスを入れていて、強い酸味と濃い甘みが混じり合う特製のものだった。
苺の果肉があまり細かくならないように荒くしているのがコツで、飲むデザートながらシャリシャリとした歯ごたえが残っている。
この場所に来るたびに作る、定番ドリンクだ。
この場所は周囲に音が聞こえないようになっている地下室で、御荘が使っている作業室の一つでもある。自宅とも離れているので、誰かを“招待”するにも重宝している場所だ。
もちろん、ある程度の調理器具も持ち込んである。
一種のセーフハウスとしても使えるようにしていた。
ちなみに賃貸物件だったりする。たった今、事故物件になってしまったが。
「聞き覚えのない声だが、まあどうにかなるか」
抽出できたのは若い女の声だった。
音声ファイルをマイクロSDに移し、先ほど通話に使った者とは別の端末へと差し込む。「さて、後は結果を御覧じろってやつだ」
音声ファイルを予定の相手に送信した後、御荘は水野が用意した探偵へと電話を入れた。
ここからは、御荘が相手を監視する番だ。