表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/27

15.男二人の食事風景

「ギリシャ料理店?」

 指定された店にたどり着いた坂江は、看板に大きく書かれた内容を見て首を傾げた。

 イタリアンやフレンチならば多少は食べた経験もあるが、ギリシャ料理は始めてだ。とはいえ、わくわくして入るような心境でも無い。

 何かあれば藤島へとすぐ連絡がつくようにと、彼女の手伝いで無線装置をジャケットに仕込んでいる。スイッチを押せばすぐに連絡が取れるはずだ。


「よし、行くか」

 まごまごしていても事は進まない、と坂江は店の扉を開いた。

 こじんまりとした店舗は民家を改装したような内装であり、引き戸で広めに設けられた入口を潜ると、右手にキッチンとカウンター。そして奥の部屋へとテーブル席が続く。


 待ち合わせだと伝えると、すでに待ち人は先に来ているらしく、日本語の怪しい店員に案内され、店の最奥である個室へと入る。

 そこに御荘がいた。

「来たな。まあ座れよ。料理はもう適当に注文しているが、食べたい物があるなら好きに追加すると良い」


「……どうしてここに呼び出した?」

「一つは普通の会話スピードだと日本語が伝わらないこと。もう一つは個室があること。そして最も重要で絶対にはずせない条件がある」

 椅子に座った坂江を真正面から見据えた御荘は、これ以上ない真剣な目をしている。

「料理が美味いことだ」


「……はあ?」

「ここの飯は美味い。ギリシャ料理は日本人にとってあまり一般的じゃないが、そのポテンシャルは間違いなく高い。酒は飲むか?」

「いや、いらない」

 饒舌に語り始めた御荘に勧められたが、坂江は断った。酔っている場合では無い。目の前にいるのは爆弾テロの容疑者なのだから。


「そうか。ウゾという酒がある。癖はあるがカクテルのマティーニが飲めるならいけるはずだ。今度試してみると良い」

 そんな説明をしているが、御荘は店員にヴィシノというサワーチェリードリンクを二つ頼み、自分も飲まないことにした。

「色々と話題はあるが、話は後だ。まずは食おう。毒なんて入っていないから安心しろ」


 最初に運ばれてきたのは、ギリシャ料理の中では日本でもポピュラーな部類に入るムサカだった。

 オリーブオイルで炒めたジャガイモの上にトマトソースとひき肉、茄子が何層にも重なった料理で、ケーキのように切り分けて食べる。

 手を付けるかどうか迷っている坂江を尻目に、御荘は慣れた手つきでナイフを入れて自分の取り皿に移すと、大き目にフォークで掬い上げて口に入れる。

「おお、今日はほうれん草が入ってるな。これは美味い」


 カリッとしたジャガイモの香りとトマトが混じり合い、そこにひき肉の脂や茄子の風味が加わる。胡椒が利いた味は、もはやメインディッシュ級の力強さがある。

 さらに羊肉をミートボールにして揚げたケフテデス(ケフテダッキャ)や、同じく羊肉のスブラキ(串焼き)が次々と運ばれてきた。

 スブラキにはギリシャのヨーグルトソース「ザジキ」やパンも添えられている。


「ケフテデスは香辛料で味付けがしっかりされているから、このままでも美味い。羊肉は独特の臭みがあるが、ちゃんと処理された肉で、尚且つ店ごとにブレンドされて練りこまれたスパイスがそれを臭みではなく香りと呼べるものに変えている」

 この味と香りを出すのに、どれだけ試行錯誤を重ねたことだろうか。

「そのことを考えると、羨ましくもある。料理に打ち込み、外国に自分の店を持つ人生。大変だったろうが、素晴らしいことだとも思う」


「それを破壊したお前が言えることじゃないだろう」

 覚悟を決めた坂江は、ケフテデスとムサカを取り、少しずつ口に入れる。

 香辛料が強く、複雑な味だと感じたが、美味しい。ヴィシノも酸味があるものの甘いシロップも入っているのか、落ち着くような爽やかな味だった。

「スブラキは一本ずつな。ザジキを付けて食べるのも美味い」


 坂江の言葉を聞いているのか居ないのか、御荘は次々と料理に手を伸ばしていく。

 スブラキは羊以外の肉で作ることもあるが、御荘は羊肉のものを好んだ。これこそギリシャ料理であるというイメージも手伝ってのことだが、何より好みで付けるソースのザジキとの相性が良い。

 塩胡椒だけの味付けで串焼きにされたスブラキに、香辛料やレモンが入った酸味の強いザジキを軽く付けて食べる。


「ここのザジキはレモンが利いて酸っぱいから、あまり付け過ぎるなよ。ひどい目に遭うぞ」

 その“酷い目”に遭ったことがあるのだろうか、御荘は苦笑いしながら串焼きに齧りついた。

 強烈な香りを放つ羊肉に、しっとりと絡みつくザジキ。羊乳で作ったヨーグルトと香辛料を混ぜ合わせて作るザジキは、パンに塗ることもあるが、日本人には肉と一緒に食べるのが合う。


 ザジキをそのままひと嘗めしてみた坂江は、想定外の酸味と香辛料の味に思わず顔を顰めてしまい、御荘に笑われてしまった。

「はっはは。そのままだと結構キツイんだよな。ほら、肉に付けて食べてみろ」

 言われるままスブラキを皿に取り、坂江が小さなスプーンでザジキをかける。先ほどの味を思いだし、かなり控えめな量だ。


「へえ……」

 羊肉自体は坂江も食べたことはあるが、この食べ方は初めてで、記憶にあるものとはまるで違う風味だった。

 肉汁とヨーグルトという異色の組み合わせだが、噛むごとにお互いのとげとげしさが消えたかのようにまろやかな味へと変化していくのだ。


「気に入ったか。他にもまだ料理は来るぞ」

 御荘はどれだけ注文していたのか、と坂江が驚くほど、料理が次々とテーブルに並ぶ。

 米を使ったシチューのような料理『コトスパ』には鶏もも肉がごろりと豪快に入っていた。米の粒粒がはっきり残っていて、味はコンソメ系であっさりしている。

「本場だともっとレモンが強いらしいが、ここのは日本人向けで食べやすいだろう?」


「確かに、リゾットのようなものかと思ったが、全然違うな。こっちの『パスティッチョ』だったか……ミートソースグラタンのようだが、味が少し違うな。これも美味い」

「羊乳から作るフェタチーズの味が独特なんだ。グラタンというよりラザニアに近い重ね焼きのオーブン料理だな」

 互いに向かい合っているものの、目は合わせずに料理を平らげていく。


 結局、パンにザジキを付けて食べるのは苦手だった坂江だが、その酸味にも次第に慣れて、ケフテデスにもたっぷり付けて食べるようになった。

 御荘も食べる量では負けていない。スブラキを数本追加し、ムサカも二種類ほど追加注文する。

 一時間程食べ続けた男たちは、すっかり空になった皿を片付けてもらい、甘いギリシャコーヒーを啜って人心地ついたところで、話を再開した。


「正直、容疑者と夕食を共にすることになるとは思わなかった」

「俺も警察と顔を合わせて食事をする機会があるとはな。で、話は戻すが、まず俺はあのベーグル店を爆破してはいない」

「それを信用しろとでも?」

「まさか」


 食べ物で懐柔するつもりは毛頭無い、と御荘は笑って答えた。

「ここに呼んだのは、単に俺が久しぶりにここの料理を食べたかったからに過ぎない」

 そう言ってコーヒーを啜り、カップを置くと、御荘は懐から小さな箱を取り出してテーブルに置いた。赤い小さなボタンが一つだけついたシンプルな機械だ。

「どうやらご同伴の警察は居ないようだが、色々警戒しておきたいし、話をちゃんと聞いてもらいたいんでね、悪いがちょっと離れた駅のプラットフォームに一つだけ爆弾を仕掛けさせてもらった」


 話を聞いてもらえれば起爆はしない、と御荘は語る。

 信用は出来ないが、坂江はこの時点で御荘の話を聞く気になっている。わかった、と短く伝え、話の続きを待った。

「素直で宜しい。助かるよ」

 御荘はテーブルの上のスイッチに左手を乗せたまま、ベーグル店の話を続けた。


「正確に言えば、あの爆弾自体は俺が作ったものだ。そうだな……先日のビル爆破で使用された爆弾。あれも俺が作ったものだが、破片の中にこういうマークが彫られたものがあるはずだ。あとで調べてみるといい」

 それで確認できるだろう、と御荘は手元に置いていた紙ナプキンにボールペンでさらさらとフォークのような印を書いて坂江に押し付け、言葉を続ける。


「標的はベーグル店じゃ無かった。本来は自衛軍地方本部が標的だったんだよ」

「誤爆か」

 坂江は燃え盛る町でちらりと見た、地方本部の無骨な建物を思い出した。狙うならそこじゃないかと考えたのは、あながち間違いでは無かったらしい。

「俺が誤爆なんかするか。あれは一度仕掛けたのを誰かが移動させたんだよ」


 依頼人たちは殺害された上に火を付けられ、ようやく犯人かと思われた緑目の男を見つけ出したかと思ったら、あっさりと死んだ。

「おまけに、どうもあの緑目の男も指示されてやっていたに過ぎないらしいからな。他に誰かが裏で糸を引いているわけだ」

「緑目の男?」


「プールサイドで毒を喰らってくたばった奴だよ」

「ああ、あの……」

 その死に様を坂江はよく憶えている。現場検証の後、死体安置場所と同じ病院で検査を受けた坂江は、改めて検死の様子を見ていたのだ。

 結果、びらん性の毒による死亡だと確認され、改めてゾツとした。


「毒は別の奴が作った。そいつについては俺に聞くなよ?」

 御荘はさっさと自分の話題だけを進めていく。坂江の質問は受け付けないといった様子で、ただただ腹を立てて言葉を紡いだ。

「緑目の男が俺の依頼人を殺したのは間違いない。だが、自衛軍のビルに入り込んで爆弾を移動させたり、まして自動発火装置を作れるようなタイプには見えなかった」


 間違った情報を持っていたこともあり、御荘は緑目の男の背後にいる人間はもっと機械関係に精通し、相手を上手にだますことができる人物だと想像している。

「そのあたりを加味して、俺が一番怪しいと思っているのは……」

 御荘は、坂江を指差した。

「お前たち、警官だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ