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14.独断専行

 三崎が目を覚ましたのは、脇腹の痛みからだった。

「うぅ……痛い……」

 自分のうめき声が聞こえたことで、よりはっきりと覚醒した彼女は、自分が置かれた環境を最初は理解が出来なかった。

 畳敷きの四畳半。アパートか一軒屋かはわからないが、天井を見上げると古ぼけた照明がぶら下がっているだけの殺風景な部屋だった。


「え、これ、どこ……?」

 自分の身体を見下ろすが、入院着はそのままで、痛みがある以外は身体に違和感も無く、確認したがショーツは穿いたままだった。

 異様なのは、風景が見えないように窓の外側から貼り付けられた鉄板のようなものと、足首にがっちりと嵌められた鉄環と柱を繋ぐ鎖。


 身体の痛みの他に、しくしくと頭を重たく感じるような頭痛が残っている。

「確か、私……」

 初めて見た男性の看護師は、車いすをベッドの脇まで押してきたかと思うと、いきなり口を何かで塞がれて、そのまま意識を失ったのだ。

 酷い頭痛は、何かを嗅がされたせいだろうか。


 鼓動がひどく速くなるのを感じながら、できるだけ冷静になるように自分に言い聞かせる。足首をぐるりと固定する鉄環には鍵穴が見えるが、当然ながら鍵らしきものは見当たらない。

「これ、見覚えがある」

 目の前にあるのは、病院で火傷に毎日塗りつけられていた軟膏と、真新しいガーゼに包帯。そして数枚のタオルと水が入ったペットボトルだった。


 軟膏のキャップを開いて、臭いを確認する。

 覚えがあるくらくらするような臭いを感じ、とりあえずはべったりと濡れた包帯とガーゼを外し、薬を塗りなおした。

 少し怖かったが、このまま痛みに耐えているのも、火傷が治らないまま身体に大きな跡が残るのも嫌だったのだ。


 自分で身体に包帯を巻くのは大変で、四苦八苦しながら格闘している間、三崎は自分が置かれた状況が『誘拐された』ものだと改めて認識する。

「一体どうして! もう!」

 空腹も手伝って、腹が立ってきた。

「これもあのお客さんの関係? 怪しいとは思ってたけれど、こんなことに巻き込まれるなら、もっと警察に協力……」


 ぞわり、と三崎の背筋を寒いものが奔る。

「警察がいたはずなのに……」

 三崎が知る限り、護衛だか監視だかという状況で、常に病室の前には警官が二人以上いたはずだった。

 他にも、外や路上に警官が配置されていると聞いたことがある。


「一体どうやって?」

 眠らされている間にどのように運ばれたのだろうか。

 車いすが用意されていたのだから、それに座らされたのであろうことは想像できるが、警察の目を潜ってすり抜けることなど可能なのか。

 警察の力すら及ばない相手など、三崎には想像すら難しい。


 彼女が幼かったころに比べれば、この国はテロリズムの脅威が増大している。それでも、一般的な犯罪は他国に比べて少なく、稀に発生するテロにさえ巻き込まれなければ安全であり、何かあっても警察が動いて解決してくれるというのが一般的な認識だった。

 暴力団や反社会組織と言っても、何かしらの際には機動隊が壁を作り、それをテレビで眺めるというのが一般市民としての感覚だ。


「爆弾でお店壊されて、警察に質問攻めにされて、今度は誘拐なんて……」

 店舗を作ったときには、今から始まるであろう様々な出来事に緊張とやる気を漲らせていたのだが、まさか犯罪に巻き込まれるとは思っていなかった。

 いや、詐欺や暴力団の嫌がらせくらいはあるかもとは思っていた。だが、まさか爆破までされるとは夢にも思わない。


 とにかく、今の状況でできることはほとんどない。

 包帯を交換し終わった三崎は、変色しているもののまだい草の匂いが残っている畳へと横になった。

「いたた……」

 柔らかな布団とは違う。火傷のせいで触れると痛い部分を避けられる姿勢を模索すると、横向きで少し苦しい姿勢になってしまう。


「これからどうなるんだろう」

 嫌な予想ばかりが頭に浮かび、じわりと涙が溢れてくる。

「お店、まだ始めたばかり……」

 再建を約束した御荘のことを思い出すものの、それがとても遠いところに離れてしまったように感じて、泣き疲れて眠ってしまうまで、静かに涙は流れ続けた。



「お前のジャケットが戻って来たぞ。とりあえず問題は無いらしいから、一階で回収してくれ」

 病院で診察を受けて問題は無いと言われた直後、藤島に状況確認と礼を兼ねた電話を入れてから、延々と状況報告を口頭と文書で行った坂江は、疲労困憊で一度帰宅していた。

 その際に毒物検査のために回収されていたジャケットが戻って来た、と言われたのは、翌日に出勤した時のことだ。


 一階の証拠品保管室で担当者に尋ねると、すぐに生乾きでごわごわとした感触のジャケットを差し出された。

「クリーニングしないと……」

「これがポケットに入っていたそうです。見た感じ防水みたいだけれど、機能は確認していませんから、ご自身でチェックをお願いします」


 そう言って担当者が差し出したのは、ビニール袋に入れられたスマホだった。

 よく見る薄いデザインのものでは無く、分厚く、いかにも頑丈そうな見た目のそれは、確かに防水加工がされているようだ。

 何らかのメッセージがあるのだろう。端のランプが緑色に点滅している。

 しかし、坂江はこのスマホに見覚えが無い。


「これは?」

「あ、すみません。受け取ったら早めに場所を空けてください。最近は忙しくて、入ってくる物も出ていく物も多いんですよ」

 言っている間に、捜査本部の人員らしき者たちが、証拠品として預けられているものを見たいと言いに来た。


 押し出されるように証拠保管室から追い出された坂江は、とりあえずスマホの画面を確認する。忘れ物が混入したのであれば通話履歴などから持ち主を探すなり、遺失物として担当者に渡すなりすれば良い。

「……着信が何度か来ているな。しかし、電話帳登録はゼロ。どこかに電話をした記録も無い?」


 まるで新品のスマホだった。

 さらに調べてみると、メールのやり取りをした形跡も無く、アプリなどもほとんど入っていない。気持ち悪いほどに特徴が無く、誰の物なのか推測すら難しい代物だ。

「っと、着信がまた来ているな」

 とにかくヒントにはなるだろう、と持ち主を確かめるために電話に出たのだが、聞こえて来たのは想定外の相手だった。


「もしもし?」

『やっと出たか。その声、プールで一緒に泳いだ刑事だな? 風邪はひいていないか?』

 坂江は息を呑む。

 聞こえて来たのは、屋上プールで見つけた相手。そしてその前に病院で顔を合わせて争った男の声だった。


「この電話、お前のものか」

『合っているが、少し違う。こういう時のために予備として持ち歩いている分だよ。プールサイドで上着に放り込んでおいたが、無事に受け取ったようで何より』

 何らかの理由でスマホが使えなくなるというトラブルは考えられるので、履歴も何もない、足がつきにくいものを持っていたらしい。


『契約の名義は架空の人物だから、追おうとしても無駄だ』

「警察の捜査力を甘く見るなよ。必ず見つけ出してやる」

『はっはは、いやいや、その必要は無い』

 押し殺したような声で話している坂江とは対照的に、御荘の声は明るい。

『直接会ってやるよ。今から言う店に今日の夜8時だ。遅れるなよ?』


 一方的に伝えられた店の名前と住所。

 それを慌てて坂江がメモをすると、御荘は『見張りを付けるのは自由だが、何かあればあちこちで花火が上がるぞ』と脅しを添えてからあっさりと電話を切った。

「……直接、会うだって?」

 爆破事件の容疑者であり、誘拐の疑いがかかっている相手に会う。


 通常では考えられないことだが、坂江には確かめておきたいことがあった。

「捜査本部へは……情報が揃ってからにすべきか」

 この状況で捜査本部へ報告すれば、間違いなく坂江は外されたうえで強行的に御荘を確保しようと動くだろう。

 三崎への対応を見ても、捜査本部は三崎を共犯だと考えている節があって誘拐と仮定しつつも逃亡したと考えている捜査員が圧倒的に多い。


 被疑者の一人が死亡した状態で見つかっている今、捜査本部は何らかの成果を挙げなければ記者会見で話すことが全てマイナス情報になってしまう。

 確保に動くにしても、察知されれば爆破が行われ、被害はさらに拡大するだろう。

 虚仮脅しだとはどうしても思えない。


「密かに、会うべきか」


 相手の目的は不明だが、変に刺激して危険を冒すよりは、なるべく多くの情報を引き出すことに尽力すべきだと坂江は判断した。

 それでも、保険はかけておかねばならない。

「誰か、信頼できる人物にだけは話しておこう。何かあれば、すぐに応援を呼べるように」

 下手をすれば免職ものの独断専行だが、坂江にとって、所属している本庁の捜査本部よりも、出向先の県警の方が信用できた。


 そう、思い浮かぶのは一人だ。

「藤島さんにだけ、話しておこう」

 彼女ならば、何かあったときに県警の同僚たちへも連絡がすぐ伝わる。間違いなくそうしてくれるという信頼がある。

「情けない話だけれど」


 数合わせのボンタン刑事でしかない坂江には、味方が少ない。

女性を巻き込むのは気がひけたが、何かあれば自分だけの責任で済むよう話を合わせておくのだ。せめてそれくらいはしなければ、と坂江は彼女の姿を探して、階段をゆっくりと上がっていった。

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