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13.糸口

 薄くスライスした玉ねぎを水に晒し、軽く水けを切った物を薄めの出汁の中に漬け込む。

 そうめんをさっとゆであげ、水にさらしてもみ込んでぬめりを取り、ざるで水を切り、皿に盛る。その上に出汁から引き揚げた玉ねぎを盛りつけた。

 スーパーで買ってきた鳥のたたきをおろし生姜と醤油に絡めて濃い目に味付けしたものを乗せれば、季節外れの鶏そうめんが完成だ。


「あら?」

 ふと思い出して前日に作っておいた卵黄の醤油漬けを落としたところで、スマホに着信が来て、藤島は箸を置いた。

「もしもし? ……あ、坂江さん。どうしたんです? 私ですか? 私は仕事が終わったんで、家でご飯を作っていたところです。一人暮らしの手抜きご飯ですけど。あはは」


 時刻は夜8時。

 藤島は坂江に通報内容を伝えると、彼が署に戻る前に定時となった。爆破テロに続いてバイオテロが立て続けに発生したことで署内はてんやわんやの状況だったが、捜査員でも無く、まだ日が浅い彼女は帰宅するように命じられたのだ。

 警察署が狙われる可能性もあるとのことで、上司の気遣いでもある。


「いえそんな。私の方は大丈夫ですよ。もう家から出る予定はありませんし。あの、お疲れですよね。よかったら、うちにご飯でも……あ、そうですか。ですよね……」

 勇気を振り絞ったお誘いだったが、坂江は一度病院で検査だけを受けたあと、バイオテロ事件の捜査に加わるよう命じられているという。これから、休む間もなく仕事に戻らなくてはいけないのだ。


「あまり無理をしないでくださいね。はい、お疲れ様です」

 また明日、と電話を切る。

 傍らにスマホを置くと、藤島は両手を合わせて「いただきます」と呟いた。

「おいしい。あ、そうだった。忘れてた」

 ちゅるり、と一口目のそうめんを啜り、うまくできたと自画自賛と共にドアが閉ざされた隣室へと目を向ける。


「あの子のご飯も用意しないと」

 隣室にいるペットの存在を思いだした藤島は、食べ終わってからで良いかと思い直し、噛み応えのある鶏のたたきと爽やかな辛みが残った玉ねぎを頬張った。

「うん。ちゃんと美味しい。これなら坂江さんにも出せるかな?」

 事件が一段落したら、改めて声をかけてみよう。それまでにもう少しおもてなしメニューを練習しておこうと決意する藤島だった。



 今回の三か所連続バイオテロが先日の爆破テロと関連があると認定した警察は、連続テロ事件として捜査員の増員を即時決定。捜査範囲を広げると共に、町のあちこちで聞き込みと検問を開始した。

 町は一夜にしてぴりぴりとしたムードに包まれ、警察車両が走り回っている。

 そんな雰囲気を他所に、御荘の方は水野の自宅を訪ね、彼女を連れ出して天ぷら屋へと入っていた。


 自分を探し回っている警察がいるというのに、異常なまでに大胆な行動だ。付き合わされる水野の方は少々周囲を気にしているが、御荘の方はいつも通り、食事を楽しんでいる。

「あそこが屋外のプールで助かった。風向きも運が味方したな」

 キンキの皮と頭を天ぷらにしたものをさっくりと噛みしめ、酒は飲まずに吸い物でさっぱりと口をリセットする。幸福を感じる瞬間だ。


「どうして天ぷら屋なんだ」

「気色の悪いものを見たんだ。上品で美味い物を食べて気持ちを切り替えたいと思うのは当然だろう」

 それに、とテーブルではあるが個室になっている席をぐるりと見回して、御荘は文句を言っている水野に答えた。


「とりあえず、先にこれは渡しておく」

 水野が差し出した封筒を、御荘は中身も確認せずに懐へ納めた。

「まさか三か所もやってくれるとは思わなかった。電話やら電報やらが来た時は何かと思ったし、全て違う日時と場所だったから、とうとうお前の頭がおかしくなったかと……いや、元々か。とにかく、変になった……それも元々だな」


 失礼な女だな、と言いかけて、御荘は新しい料理が来たことで言葉を止めた。

「鯛とウニの天ぷらです。どうぞ」

「ありがとう。あと、三色さんが焼き丼を頼むよ」

 水野に目配せすると、彼女は首を横に振る。

「ひとつね」


「私にはウォッカ・トニックを」

 店員が個室から出ていくと、御荘はさっそく届いたばかりで揚げたての天ぷらを箸で摘まみ上げた。

 一口サイズにまとめらたそれは、薄くスライスされた鯛で生うにを挟んで天ぷらにしたもので、青海苔塩をつけて食べる。


 温かく甘い鯛と、量は多くないもののしっかりと主張するウニの味。

 青海苔塩が海の幸をより活かす。口の中が大海の洗礼を受けたかのように強烈な滋味に打ちのめされるのだ。

「くぅ、美味い!」

「暢気なものだな」


「危うい状況から命を長らえたんだ。人生を楽しませろ」

 御荘にとって、人生は食にある。食こそが人生であり、美味い物が彼の人生を作り上げている。

「それで、態々連れ出した理由を聞かせてもらおうか。まさか、生還の祝いというわけじゃないだろう」


 酒を一口飲み、貝柱の天ぷらを食べて水野が言う。

「私の目的は達成したが……お前の方も、例の緑目の男が死んだことで解決じゃないのか?」

「いや、これは確信をもって言うんだが、終わっていない」

 それどころか、謎が増えてヒントが消えた。


「首謀者は緑目の男じゃない。あいつは単なる使い走りだ。あのオツムじゃ、荻たちのアジトを焼いたような装置は作れない。誰かから作ってもらって、一から十までやり方を教わっているはずだ」

 御荘の見立てでは、緑目の男は軍か何かで鍛えていたのだろうが、自身で判断しているにしては妙なところが多い。


「あいつは俺について知らないことが多すぎた」

 緑目の男は、御荘がプールに現れた理由を『隣のビルを爆破するため』だと言っていたが、そんな話は一度も出していない。

 そして、御荘が持っている爆弾の中身が粉末状の毒であることも知らなかった。

「俺は相手が電話で情報を傍受していると仮定した。いや、今でもそう考えているんだが、緑目の男は俺がお前と電話で会話した内容を知らなかった」


「じゃあ、その仮定が間違っているんじゃないの?」

「それを確かめるために、態々三か所も爆弾を抱えて回ったんだよ」

 結果、電報とメールで連絡した場所には誰も現れず、邪魔が入ることもなかった。そこで残り一つ、電話での連絡を行った場所だけが残り、実際に緑目の男が来た。

 ついでに警察も来た。


「緑目の男は、自ら傍受しているわけじゃない、と思う」

 直接御荘の通話を聞いていたなら、最初に水野から毒薬散布の依頼を受けた時やその後の連絡で爆弾の内容や日時、対象を把握しているはずだ。

「通話の傍受をしている者や発火装置を作った者は緑目の男とは別だ。それが同一人物なのか別々の奴なのかはわからないが」


 話が途切れたところで、御荘が注文していた三色さんが焼き丼が到着する。

「おお、来た来た。これを食いに来たんだよ」

 青魚に味噌やショウガなどの薬味を混ぜて包丁で叩いて混ぜ合わせた“なめろう”を焼き固めたものを“さんが焼き”と言って、簡単に言えば魚のハンバーグだ。

 この店のさんが焼きは鯵、秋刀魚、鰯の三種類があり、それを一つずつご飯の上に盛り付けたものが店の名物『三色さんが焼き丼』だった。


「いったん話は中止だ」

「はいはい」

 食事に集中したいという御荘に、水野はわかりきったことだとばかりに酒を呷った。

「鯵は新鮮で臭みがないものを使って、味噌を始めとした薬味は少な目。しかし葱はしっかり利いている。あっさりした旨味がはっきりわかる」


 盛り付けの中央に小山を作っている大根おろしにポン酢をかけ、切り分けたさんが焼きに乗せて食べるのだ。

「秋刀魚は脂が強いぶん、紅ショウガが入っているのが特徴で、濃いずっしりとした味わいにきっぱりと辛いアクセントを加えている。鰯の方も脂が強いが、こちらは酢漬け生姜が味を調えている」


 すべてに個性があり、どれもが驚くほど飯に合う。

「……さんが焼きだけのを注文する」

「そうしておけ。酒の肴にも間違いないぞ、これは」

 ガツガツとどんぶりを平らげた御荘は、蕪の漬物を摘まんで茶を飲みながらゆっくりと余韻を楽しむと、話を戻した。


「さて、話を戻すが……俺の存在をある程度知っている女が、病院から誘拐された」

 まずは三崎の居場所を探す、と言いたいところだが、追跡しようにもヒントがまるでない。

「どうするんだ? 探偵でも雇うのか」

 そういう知り合いがいなくもないという水野に、御荘は紹介を頼みたいと伝えた。


「もちろん、こっちでも動く。三崎の行き先についてはわからないが、緑目の男の背後にいる奴については、辿るための糸口はある」

「ほう? 聞かせてもらおうか」

「これで終わりだとは相手も思っていないだろうよ。当然、電話の傍受も続けているはずだ。だから……」


 湯呑を置き、御荘はテーブルに置いたスマホを指先でつつく。

「それを逆手にとる」

 協力して欲しい、と先ほど受け取った報酬をそっくりそのまま差し出し、御荘は水野の目をまっすぐに見据えた。

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